All Chapters of Your'e My Only Shinin' Star〜あなたに逢いたい〜: Chapter 1 - Chapter 10

40 Chapters

1

「おめでとう!」周りから拍手とおめでとうの声に迎えられて、真田准は驚いて玄関先で目をパチパチとさせていた。目の前には父親である真田怜士と、自分にピアノを教え続けてくれているピアニストの浅野美月、それから叔父の真田聖人と、その妻で美月の親友でもある如月尚。彼女は人気作家でもあった。それから一番下の叔父の英明。そして真田家に仕える執事や使用人たち。皆が自分の大学合格を祝ってくれていた。残念ながら、進学先に不満を持っていた祖父母はここにはいないようだが、構わない。自分は今、目の前にいる人たちの祝福だけで十分だった。「准、よく頑張ったな」「はい。ありがとうございます」父親からの褒め言葉に照れながら、チラリと美月を見ると、彼女も嬉しそうに微笑っていた。「先生」「准くん、合格おめでとう。これからも頑張ってね」「はい。これからもよろしくお願いします」ペコリと頭を下げた。するとその時、トテトテと歩いてきた従妹、聖人と尚の娘の真田芽衣(さなだめい)が、准の足にギュッと抱きついてきた。「じゅんちゃ、おめえとー」その舌足らずな言葉に、一気に場の雰囲気が柔らかく慈愛に満ちたものになった。准は彼女の頭を優しく撫でて「ありがとう」と言うと、ひょいとその身体を抱き上げた。「きゃ〜」楽しそうに笑い声を上げる芽衣は5歳の女の子で、誰もが目に入れても痛くないほど可愛がっていた。*彼女が生まれた時、医師は言いにくそうに疲労困憊の尚に伝えた。「大きな病院での検査をお勧めします」と。どういうことか尋ねると、医師は「赤ちゃんには障害があるかもしれない」と言った。そこで尚は産後の療養もそこそこに聖人と大学病院に行き、〝芽衣〟と名付けた娘の検査をお願いしたところ、難しい顔をされたのだった。「正直に言いますと、まだよくわかりません。脳波の検査はもう少し大きくなってからでないと、診断が難しいんです。ただ言えるのは、お子さんの反応から見て、発達に何らかの障害がある可能性があります。定期的に診察しますので、予約を入れておきます」そう言われて、尚は重く頷いた。この時点で、彼女は聖人との話し合いが必要だと思った。真田家のような家に障害のある子どもがいることを、彼らが受け入れることは難しいだろうと思ったのだ。大丈夫。一人でも子供は育てられる。尚はそう覚悟して、夫である聖人
last updateLast Updated : 2025-12-30
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2

それからの年月、芽衣は他の子と比べると成長がゆっくりだったが、順調に育っていった。もちろんその過程で免疫力の低さからくる感染症や、言葉の遅さからくるコミュニケーションの取りづらさなど、いろいろと乗り越えなければならないことは多かった。筋力も弱く、歩行訓練にも通った。言葉の方は、3歳になった頃から医師の勧めで言語訓練に通っている。成長の度合いが何もかも遅いことに、祖父母にあたる聖一や英恵はいい顔をしなかったが、尚や聖人は寝返りもハイハイも、つかまり立ちも、初めての一歩も、全て見逃すことなくビデオに収められる、と前向きに考えていた。そして彼女は、少しずつ成長していくほどにその可愛らしい笑顔で周りの人々を癒し、年齢よりも幼く見える容姿や舌足らずな言葉で愛嬌を振りまいていた。最初のIQテストで軽度の知的障害があることが分かったが、その頃にはもう、誰もそんなことは気にしていなかった。「じーじ!ばーば!」全開の笑顔で、トテトテと小走りで寄って来る芽衣の可愛らしさには、あれほどいい顔をしなかった聖一でさえ僅かに絆されているようだった。英恵に至っては、今や普通のどこにでもいる孫可愛がりの祖母になっていた。尚は、娘が祖母の胸に飛び込んで嬉しそうに笑っているのを見て、安心したように微笑んだ。「芽衣ちゃん」その時、部屋で着替えを済ませてきた准がリビングにやって来た。「じゅんちゃ!」芽衣は英恵の側から、大好きな従兄の下へ行こうと足を踏み出し、気が焦ったのか転びそうになってしまった。「危ないー!」急いで皆が駆け寄ったが床に倒れてしまって、一瞬固まった芽衣は次の瞬間、涙をボロボロと零し始めた。「いちゃい……じゅんちゃ、こえ、いちゃい…」必死に訴える芽衣に、准はしゃがんで抱き起こし、よしよしと頭を撫でてやった。「うんうん、大丈夫だよ。見せてごらん?」「ここ…ここ…」覚束ない言葉で掌を見せる芽衣に、准はそっとそれを手にとってふーふーと息を吹きかけてやった。「痛いの痛いの……飛んでけ〜っ」呪文を唱えると、彼女も嬉しそうに唱えた。「とんじぇけ〜」そして2人で顔を見合わせて、クスクスと笑った。「もう痛くない?」「あい!」准の問いかけに元気よくビシッと手を上げる芽衣。リビングには笑顔が溢れていた。*その日の夕食は、准の念願叶って音楽大学に合格した
last updateLast Updated : 2025-12-30
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3

大学に通い始めると准は車での送迎になり、格段に快適な登下校をしていた。「いっちぇあ…さ〜い」その日も、玄関先まで見送りに来てくれた芽衣に、准は朝から癒されて車に乗り込んだ。聖人の家族は彼らが仕事をそれぞれ持っている為、なかなか芽衣にきちんと向き合ってやれないことがあるかもしれないと、怜士たちと同居していた。同居とはいっても真田邸はとても広く、ほとんど別に住んでいるのと変わらない環境だった。だが邸の中は当然繋がっているのでお互い好きに行き来できるし、准のことが大好きな芽衣は、毎日目が覚めると一目散に彼の下へと行ってしまうのだった。それを見て父親の聖人は苦笑交じりに「嫁に出した覚えはないんだけどなぁ…」と呟き、尚に呆れられていた。「じゅんちゃ、いった」芽衣は、一緒に見送りをしていた執事の井上を見上げて、そう報告した。彼はそれに微笑んで頷き、「上手にお見送りできましたね」と頭を撫でてやった。芽衣は嬉しそうに笑うと朝ごはんの続きに戻っていき、ダイニングテーブルでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた怜士にも、同じように報告した。「じゅんちゃ、いった」「ああ、ご苦労さん」怜士はその得意気な顔に目元を緩めると、彼女の好きな苺をひと粒取ってやった。「あいあとー」彼女はそれを受け取ってお礼を言うと、美味しそうに口に入れた。尚はその場面をたまたま目撃し、幸せに目を細めたのだった。*「ねぇねぇ、ちょっと聞いたんだけど、この学年にすごい人がいるの、知ってた!?」入学式からしばらく経つと、いくつかのグループに別れて人々は行動するようになった。その中に一際目立つ、容姿の整った何人かがまとまっているグループがあって、彼女たちは既に大学の中でも有名人だった。「すごい人?誰?」興奮気味にまくしたてていた入江華子(いりえはなこ)は、一斉に振り向いた友人たちに得意気に言った。「真田准。彼、本当にこの大学に来てたのよっ。びっくりだわ!まさか本人だったなんて!てっきり同姓同名の別人だと思ってたわよっ」「……」華子は頬を紅潮させて、益々興奮しているようだった。そしてそれを、このグループのリーダー的な存在でもある有賀麻沙美(ありがまさみ)は興味なさげに聞いていた。他の皆も「ああ…彼ね」という感じで、実際、華子の情報はもうほとんどの者が知っていた。「ね、ね、麻
last updateLast Updated : 2025-12-30
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4

そしてその時はやってきた。毎年、後期授業が始まってすぐ、大学では【発表会】が行われている。これは生徒たちの習熟度を発表する場であり、4年生にとってはこれを通して何らかのスカウトや支援を得たりする、いわゆる自己アピールの場でもある。【発表会】には毎年10人が出場できるのだが、1年生から4年生の成績上位者の内、4年生の1位から5位、1年生から3年生の1位の人たちは確定で、残りの2枠を1・2・3年生の2位3位の6人で争うのだだった。争うといっても別に何かを競ったりする訳ではない。ただ講師陣からの推薦を得た者が出場できるのだ。准は1年生のトップとして既に出場を決めている。麻沙美は2位の成績だったが、だいたいこういう時は上級生が選ばれることが世の常だと思っているので、半ば諦めていた。だがー彼女は出場権を手に入れた。信じられない気持ちもあったが、彼女は自分の実力に自信を持っていたので、推薦してくれた講師の見る目を内心褒め称えていた。「やったね、麻沙美!」「ありがとう」彼女は余裕の笑みを浮かべた。だが次の瞬間、信じられない言葉を聞いた。「やっぱり伯父さんに言って正解だったわ〜」「?……どういうこと?」訝しげに眉を顰めた。そんな彼女に、華子は邪気のない笑顔で言った。「伯父さんがね、ここの理事の一人なの。で、あなたを出してもらえるように言ってみたの」「なんですって…?」そのあまりの罪悪感の無さに、麻沙美は腹が立った。「どうしてそんな事を!?私の実力じゃ出ることができないって思ったの!?」「え…!?」華子は彼女が喜んでくれると思っていたのに、まさかこんな風に怒鳴られるとは思わなかった。「ど、どうしたの?なんでそんなに怒ってるの?」「わからないの!?」「……」わからない。だって、麻沙美は本当にピアノが上手だし、1年ってだけで出場できないなんて、おかしいじゃない?華子は伯父から、残りの2枠は2・3年生の2位の人たちが出るだろうと聞いていた。確定ではないが、おそらくその2人が推薦されるだろうと。だから言ったのだ。「麻沙美の方が上手く弾ける」って。それで伯父さんが残り2枠を決める会議を開いた時にそんな事実があるのか確認して、先生たちも頷いたから、麻沙美の出場が決まったのだ。それのどこがいけないの?何も賄賂とか渡した訳でも、無理なと
last updateLast Updated : 2025-12-30
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5

ぐすっ…ぐすっ…中庭にあるベンチに座って、麻沙美は悔し涙を止めようと必死になっていた。あーもー止まらないっ。悔しい!悔しい!悔しい〜!腹立ち紛れに目元をゴシゴシこすっていると、不意に触れる手があった。「こすっちゃ、めーよ」「……」誰…?迷子?いきなり現れた小さな女の子に驚いて、麻沙美の涙も引っ込んだ。女の子は下から彼女を見上げて首を傾げ、再び口を開いた。「いちゃいの?」「え…?」女の子はその澄んだ瞳で麻沙美をじっと見つめ、もう一度尋ねた。「とんじぇけ〜、しゅゆ?」「……」え…と、これは〝痛いの痛いの飛んでけ〟かしら…?麻沙美が戸惑っていると、女の子は「んしょ!」とかけ声を出して背伸びをし、ベンチによじよじと登って彼女の頭を撫でた。「いちゃーの、いちゃーの…とんじぇけ〜」そう言うと、まるで「どう?」と言うように期待に満ちた瞳を向けられた。「え…と、ありがとう…」麻沙美が応えると、女の子は元気よく「あい!」とニッコリ笑った。ふふっ…麻沙美はなんだか可笑しくて、思わず微笑ってしまった。そこへー「芽衣!?」いきなり後ろの茂みがガササッ…と音を立てて割れ、男が飛び出して来た。「きゃっ!」「……」驚いた麻沙美は咄嗟に女の子を庇い、腕の中に包み込んだ。「じゅんちゃ!」耳元で嬉しそうな声がして顔を上げると、そこには複雑そうな表情をした真田准が立っていた。彼は麻沙美の腕の中でニコニコと笑っている従妹を見て、はぁ…とため息をついた。「芽衣ちゃん、探したよ?」優しくそう言うと、芽衣という女の子はちょっとだけ悲しそうな顔でペコリと頭を下げた。「ごめんねー」それを聞いて准はフッと微笑い、彼女に手を差し出した。「おいで。ママが待ってるよ」「あいっ」芽衣は嬉しそうに頷くと、麻沙美の腕の中から抜け出した。「有賀さん、芽衣を保護してくれて助かったよ。ありがとう」「あ…いえ…」麻沙美は、たった今見たばかりの准の笑顔に呆けていた。あんな顔、できるんだ…。彼女の知る限り、准はいつも感情のない目で周りを見ていた。友人らしきクラスメイトと話をしている時も、穏やかな微笑を浮かべていることはあってもその目は決して笑っていなかった。前はそんなじゃなかったのに…。麻沙美は今のどこか冷めた目で、世の中こんなものだというような、達観
last updateLast Updated : 2025-12-30
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6

【発表会】当日。麻沙美は1年生の控室で、自分の出番を待っていた。4年生は後半に組まれている為、残りの5人は前半で、くじ引きで順番が決まっていた。麻沙美は3番目で、准は4番目だった。控室は学年毎だったので、ここには彼女たちとそれぞれ準備などを手伝う人がいるだけだった。が、准に限って言えば、手伝いはクラスメイトの中からではなく、自分の秘書にさせていた。ついでにボディーガードも2人ずつ、部屋の中と外に配置されている。「うーん…別世界ね」そう呟く華子に、麻沙美も苦笑して頷いた。彼女の家も名門と言われる家柄だったが、学校の中でまで家の者を使ったりはしないし、使えない。これはおそらく、彼の為の特別な対応なのだろう。彼女たちの視線に気がついたのか、准の秘書だという男が近づいて来て頭を下げた。「すみません、お邪魔でしたら別の部屋を取ることもできますが…」「……」ここ学校よね…?ホテルみたいに言うのね。彼女たちは一瞬ポカンとしたが、返事を待っているような様子の男に慌てて手を振った。「大丈夫ですっ。お気遣いなくっ」そうして緊張していた心も、こうした他のことに気を取られたおかげでいつの間にかほぐれていた。一方准は、ずっと真剣な顔で楽譜を睨んでいた。以前、彼の練習しているところを見たことがある麻沙美はその曲のタイトルが分からなくて、こっそり録音して調べてもらったことがあった。でも誰もが聴いたことがない曲だと首を振ったのだった。まさか、彼のオリジナル曲なの?滅多にあることではないが、この【発表会】で自らが作曲した曲を弾く者もいると聞いたことがある。だがそれは、学校側に楽譜を提出して審査が通らなければ許可されないので、なかなかチャレンジする者はいなかった。中には作曲科に通う友人などに頼む者もいるようだったが、そもそもそれはとてもリスクの高いチャレンジになる為、積極的に協力をする者もあまりいなかった。審査に通れば注目されるが、通らなくてもある意味注目されるのだ。よっぽど自信がなければ提出はできなかった。だが准はおそらくオリジナル曲だ。いったい誰に頼んだんだろう…。まさか彼が作ったとは思えないし…。麻沙美は、そのことを考えると少しだけもやもやとした気分になった。*そして初めての【発表会】は、あっという間に終わった。麻沙美はまぁまぁの出来で、たぶん
last updateLast Updated : 2026-01-02
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7

3年生の終わり、相変わらず仲良くしていた華子が慌てたように教室に駆け込んで来て、周りをキョロキョロと警戒した後、コソッと麻沙美に耳打ちした。「真田くん、卒業するんだってっ」「え…!?」麻沙美は信じられないことを聞いたというように少し身を引き、マジマジと華子の顔を見た。「どういうこと?」真剣な顔で尋ねる麻沙美に、華子も真面目な顔で口を開いた。「真田くん、この前の試験、進級試験じゃなくて卒業試験受けたって」「伯父さんが言ってたの?」そう訊くと、華子は大きく頷いた。そして麻沙美は、それを見て呆然とした。嘘でしょ?卒業なんて…。確かに彼なら試験にも受かるだろうけど、そんな…。あと、一年あると思ってたのに…。麻沙美は今まで、准とは良くも悪くもない関係を維持してきていた。彼は基本的に人を寄せ付けないし、話しかければ応えるけれど、だからといって特に親しくなったような感じは抱かせなかった。昔、ちょっとだけ2人の仲を噂された時に少しばかり気不味い雰囲気になりはしたものの、その後は普通だったので麻沙美としても特にそれを引きずることもなかった。本当は進展したかったけど、無理だった。だから、彼女はこの一年にかけていた。卒業してしまえば、これまでのように頻繁に顔を合わせることなどなくなるだろう。彼は真田グループの後継者としてきっと、今まで以上に忙しくなるし、自分だって、父親による嫁ぎ先探しで学生の頃のようには自由に誰かと交流などできなくなる。どうしよう…。積極的に声をかけていくべき?でも…。准はいつもボディーガードたちに守られていた。彼にとって適当にお喋りする友人など必要ないのだというように、それはもう、徹底的なガードをされていたのだ。といっても、本人に積極的に友人を作る気があればここまでガードされることはなかったと思うので、それがないということは、言わずもがなということだ。麻沙美はいろいろと考えた末、〝決めた〟とばかりに顔を上げ、一人頷いた。*休日ー。「准」父親の呼びかけに、芽衣のお絵かきに付き合っていた准が振り返った。彼は使用人に彼女を見ているよう言って立ち上がると、リビングのソファに座っている怜士の下へと向かった。そして父親の向かいに座ると、目の前に出された物に目を走らせた。「なんですか、これ…?」その眉は不快げに顰められ、尋ねる声
last updateLast Updated : 2026-01-02
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8

あの後、泣きそうな顔で教室に戻って来た麻沙美を女子生徒が気遣い、自然と准を敵視するような視線を向けてくるようになったのだ。なんなんだよ、ったく…。彼は被害者ぶる麻沙美の態度にも腹が立ったが、事実を確認もせずに責めるような視線を向けてくる奴らにも苛ついた。そしてその内、もういいか…と思うようになった。それまでは一応人付き合いに気を遣っていたのだが、その結果がこれなら、もう面倒くさいことはやめようと思ったのだ。「まぁまぁ、許してやれよ」「ドンマイ」「それだけお前が好きってことだろ〜?」などと、男子生徒は苦笑するか揶揄するばかりだったのだが、そこにほんの少しの見下しや嘲笑が混じっていることに准が気がつかないはずもなく、結果的に彼は全方位に向けて〝無関心〟を貫くようになってしまったのだった。どうやら自分は、周りに優しすぎたようだ。彼はそれまでの〝誰に対しても優しくて、気遣いができて親切な人〟という装いをやめ、〝害のない者にはそれなりに対するが、敵対する者には容赦しない〟という本来の彼に近い性質を惜しみなく出していった。余計なものに煩わされる手間を惜しんだ結果だった。昔、父親に言われた言葉が頭の中を巡った。「俺たちのような者が本当の意味での友人や伴侶を得るのは難しい。もしそんな相手に出会ったら、何が何でも手に入れろ。孤独な一生を過ごしたくなければな」幼い頃はそれがどういう意味なのか、よく分からなかった。だが成長するに従って自分を取り巻く環境が他の人とは少し違うことに気が付き、そして周りの大人たちの自分を見る目も段々と変わってきたことに気がついたのだった。男女関係なく、やたらと自分の家族のことを話題にするし、会わせようとする。友達になりたいということだろうと思ったのだが、どうやらそれも微妙に違うようだった。「君たちはさ、なんでいつも僕の側にいるの?」ある日、昼間に開かれた親子連れで参加できるパーティーに行った時、このところやけに近くをうろついている子供たちに訊いてみた。彼らは一様にキョトンとして、おそらく親に言われたのであろうことを口にしたのだった。「よくわかんないけど、お前の近くにいろってさ」「バカだな。友達になれって言われたんだよ」「え?僕は将来、側近にしてもらえるように仲良くなりなさいって言われたけど…」「側近?それなに?」「
last updateLast Updated : 2026-01-02
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9

それ以降、この婚約の話は全く怜士の口から出なかった。准もとりあえず卒業を言われたことから、まずそこをクリアする為に今まで以上に練習に打ち込んだ。「ねぇ、准くん。どうしてそんなに急いで卒業したいの?」ある日、幼い頃から自分にピアノのレッスンをしてくれていた美月が言った。彼女は人気のあるピアニストで毎日とても忙しくしているが、一週間に一度はこうして准の為に時間をとってくれている。准が今通っている音楽大学は彼女が卒業した大学で、その彼女も3年の終わりに受ける試験で進級ではなく卒業資格を獲得した。彼女は卒業後、一度結婚をしたのだがいろいろあって離婚をし、それからピアニストになるという変わった経歴の持ち主だった。だが今の彼女はとても生き生きとして、ピアニストとして生きていける人生にとても満足しているようだった。そしてそんな彼女を支えているのが真田家であり、准の父親の怜士だった。2人は美月が准のピアノ講師になったことで知り合ったのだが、当時からずっと、なんだかケンカ友達のような感じがあった。だが、准は知っていた。少なくとも彼の父親は、口では「厄介な女だ」だとか言っているけれど、その眼差しにはいつも優しさが溢れていた。まるで「しょうがないな…」と言っているような、諦めというよりは全てを受け止めるかのような深い気持ちを宿していた。彼は見つけたのだ。きっと彼が言った「何が何でも手に入れる」べき相手を。准はそんな父親が羨ましかった。2人のことも、別に反対じゃない。むしろ祝福したい。美月は准の母親にはなれないが、家族にはなれる。早いとこくっついてほしいくらいだった。准は、彼女の質問に慎重に答えた。「守ってあげたい子がいるんです。その為に、なるべく早く力をつけたいんです」「それは……」美月は言い淀みながらも、尋ねた。「芽衣ちゃんのことなの?」真剣に問う彼女に、准も真剣に答えた。「はい」「……」彼の落ち着いた声音に、美月は眉をひそめた。彼女はこのことを、怜士から雑談のような、愚痴のような形で聞いていた。聞かされた時、もちろん彼女も驚いた。最初に思ったのは「なんで?」だった。だって、意味がわからない。年齢だけみてもかなり離れていて、芽衣は今だって7歳だ。小学1年生。もちろん恋愛対象なんかにはならないだろうし、彼女自身誰かに守ってもらわなければい
last updateLast Updated : 2026-01-02
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10

その年の夏休み。准は課題を図書館に通いながら片付け、合間合間で芽衣の遊び相手になっていた。彼女の幼稚園も休みに入っていて常に誰かが側についていなければならず、尚や准が相手になれないこともある為、若い保育士を雇っていた。准は芽衣を可愛がってはいたが自分のこともしなければならず、芽衣自身も新しい保育士に懐いていたので自然と昼間はその保育士に、夕食以降は准や尚など家の者たちが相手になる、というようなスタイルになっていた。そしてある日、准は見たのだった。図書館に行く道すがら、彼はふと通りがかった公園に芽衣と保育士、そしてボディーガードの男が一人いるのに気がついた。なんでここに?そこは家からは少し離れたところにある公園で、准は芽衣たちがなぜわざわざここまで来ているのか分からず首を捻った。家の近くにも中規模な公園がある。そこには芽衣お気に入りの動物をかたどった遊具やピンク色のブランコがあるのに…。気になった彼は立ち止まり、3人からは見えない位置で観察を始めた。芽衣は幼児用の、お花の絵がペイントされている滑り台に夢中のようだった。一人で黙々と滑っては登り、滑っては登り…を繰り返していた。だが幼児用で低く、大きな階段も3段くらいしかないとはいえ、まだ3歳の芽衣を補助することもなくただ立って見守っているだけのボディーガードや、その彼にぺちゃくちゃと話しかけている保育士に、准は怒りを覚えた。一言注意してやろうと足を踏み出しかけた時、どこからか親子連れがやって来た。男の子2人と女の子1人、そしてその母親らしき大人が2人だった。どうしたものか…と准が対応に躊躇した隙に、それは起こった。「ずっと一人で滑っててずるい!」女の子が芽衣に癇癪をぶつけてきた。そうは言っても彼女はただ黙って滑り台の近くに立っていただけで、階段の前で順番待ちをしていた訳ではない。芽衣は、そういうことは言われなければわからないので彼女を無視して滑っていたのだが、どうやらそれが女の子には意地悪をされていると思われたらしい。「お前!ひなちゃんに謝れ!」「そうだ!謝れ!」一緒にいた男の子たちも一斉に芽衣を非難しだした。「どうしたの!?」そこへ彼らの母親たちも加わって、保育士はオロオロしだした。「ママ!」ひなと呼ばれていた女の子は途端にわっと泣き出し、母親にしがみついて訴えた。
last updateLast Updated : 2026-01-02
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