LOGIN男子高校生の敏貴は父親とうまくいってない。 育ててくれてることには感謝こそしているが、父親の容姿、声、そして「ママ」という1人称が気持ち悪くて仕方ない
View More「敏貴……」 先生の前だと言うのに、涙が止まらない。ぼやけた視界で原稿用紙を見つめる。「お父さん、どうぞ」「すいません……」 差し出されたティッシュで涙を拭うと、先生も泣いていたのが分かった。「本来なら、作文は一定期間保管してから処分するのですが、これはさすがに処分できなくて……。もちろん、他の生徒もそうなんですけど」 慌てて付け足す先生に、笑みがこぼれる。「ぜひ、他の生徒さんの作文も、返してあげてください」「そうですね、そうします」「これ、一旦お返ししますね。敏貴だけ返却されないのは、おかしいでしょう?」 名残惜しいが、作文を先生に返却する。「はい、分かりました。今日はお時間を作ってくださって、ありがとうございます」「こちらこそ、素敵なことを教えてくれて、ありがとうございます」 雅紀は一礼すると、教室を出た。誇らしい気持ちで、帰路を辿る。「ただいま」「ん、おかえり」 帰宅すると、敏貴はスマホゲームをしている。そっけなくしている敏貴だが、本当はあんなに親想いの優しい子だと思うといじらしくて、愛おしくて、思わず抱きしめる。「な、なんだよ!? あー! 邪魔したから負けたじゃん! サイアク……」「ごめんごめん。でも、ありがとね、敏貴」「は? 何が?」「ふふ、別に。今夜は焼肉行くから、お風呂の準備してきて」「よく分かんねーけどやったぜ!」 敏貴はスマホを置いて、風呂を沸かしに行く。そんな息子の後ろ姿を見ながら、雅紀はひとり、幸せを噛みしめるのだった。
僕のお父さん 白川敏貴 僕のお父さんは、最近までママでした。趣味が女装とか、女性になりたい願望があったからではなく、僕のためにママになってくれました。 僕は2歳の頃、母に捨てられたそうです。ふたりは結婚してなくて、別々の人生を歩んでいました。身勝手な母は、当時まだ20歳の父に、僕を押し付けるように置き去りにしました。 その時のお父さんはホストで、金髪で、たくさんピアスをつけてたみたいで、僕は怖がって泣いたそうです。 お父さんの友達が、お父さんにウィッグを被せたら、僕は泣き止んだそうです。 お父さんは最初、マサって呼ばせようとしたけど、僕がママと呼んだり、長髪のウィッグをかぶったお父さんの姿で安心したことから、ママになる覚悟をしてくれました。 それからお父さんはピアスを外したり、髪を伸ばしたりして、仕草も女性らしくして、ママになってくれました。 僕もしばらくはママを女性だと思っていました。声も見た目も、男性っぽくないから。 でも、小学5年生の授業参観で、友達に「お前の父ちゃんオカマなの?」って言われてしまいました。気になって、友達に言われたとおり銭湯に行くと、男湯に入るお父さんを見て、オカマのお父さんで恥ずかしいと思い、ずっと冷たい態度を取ってしまったことを、後悔しています。 冒頭にも書いたように、お父さんをママにしたのは僕で、お父さんは覚悟を決めてママになってくれたのに。 色々あって、お父さんがママになった理由について知った時、自分が恥ずかしくなりました。同時に、伝えきれない感謝がこみ上げてきました。 最初に書き忘れたけど、お父さんはパソコンが苦手なのに、僕のために在宅ワーカーになってくれたり、ホストをしてる時に、お客さんから子育てについて色々聞いてくれたりしました。 小学5年生から最近までまともに会話できてないので、どうすればいいのかまだ分かりませんが、お父さんと少しずつ仲良くなれたらいいなって思ってます。 お父さんは自分の女顔と女声をコンプレックスだと言ってましたが、そこも含めて最高の父親です。
「ベタベタすんなよ! と、父さんがいつまでもあんなみすぼらしいのつけてるから、俺としても恥ずかしいんだよ。だから、買っただけで……」 「うん、うん……。ありがとう!」 「うっせぇ……」 悪態をつき、雅紀を押しのけて部屋に戻る。 「お前は自慢の息子だよ、敏貴……」 そう呟き、エプロンを抱きしめた。 9月3日の夕方。高校も終わり、大半の生徒が帰って行った校舎に、雅紀は呼び出されていた。 「先生に呼び出されたことなんて、今までなかったのに……。雅紀はいったい何を……」 和解する前の反抗期でさえ、先生に呼び出されたことなどなかった。それに、敏貴がそこまでのことをやらかすとは思えない。特に、修学旅行直前のこの時期に。 ドキドキしながら教室に入ると、ふたつの机が向かい合わせにされ、雅紀から見て奥の方に担任の教師が座っていた。「お父さん、お座りください」「はい……」 教室のドアを閉めて、先生の前に座る。緊張で喉が渇く。生きた心地がしない。「あの、敏貴は何を?」「え?」 先生は数秒ほど雅紀を凝視したあと、小さく笑う。「あぁ、安心してください。敏貴くんは何もやらかしてませんよ。優等生ってわけではありませんが、特に問題は起こしてません」「では、どういったご用件で……?」「わが校では2年生になると、夏休みの宿題で、親に感謝を伝えるための作文を書くんですよ。高校生になると、バイトも出来るようになって、大人に近づくでしょう? バイトで労働の大切さを学ぶ子もいれば、いい気になって、感謝を忘れる子もいるんです。だから、感謝の作文を宿題にしています」「はぁ……、そうですか。それで、敏貴の作文に、何か問題でも?」「問題だなんてとんでもない! あまりにも素晴らしい内容だったので、是非お父さんに見てほしくてお呼びしたのです」 先生は原稿用紙の束を、雅紀の前に置いた。
車内は静かだが、気まずい雰囲気はない。雅紀は上機嫌で運転し、敏貴は窓の外を眺めている。本人は隠しているつもりだろうが、ガラスの反射で泣いているのがまる分かりだ。 「修学旅行に必要なの、買いに行こうか」 「ん」 以前は不安になった短い返事も、今は心地良い。 ショッピングモールにつくと、キャリーケースや変圧器。酔い止めなどを買う。 「念の為にトイレットペーパーも持っていったほうがいいらしいな。家にあるのでいいか?」 買い漏れがないか、しおりを見ながらチェックする。 「いいよ」 「分かった。にしても、海外か……」 「行ったことねーの?」 「ねーな。だから、土産話楽しみにしてる」 「そうかよ……」 相変わらずぶっきらぼうな返事だが、以前のような刺々しさはない。 (これでいいのかもな) 敏貴を見て、そう思う。和解したての頃は寂しさもあったが、急にベタベタ来られても、喜びより困惑が勝つだろう。 夏休み終盤、パスポート引換可能の日になり、ふたりで取りに行く。 「良かったな、間に合って」 「うん、正直、ヒヤヒヤしてた」 パスポートを片手に、敏貴は苦笑する。引換書に、引換できる日時は書いてあるが、敏貴の同級生の大半はこれを機に取得する。遅れる可能性も考慮していたが、杞憂だったようだ。 「んじゃ、食材買いに行くか」 「行きたい店あるから、ショッピングモールがいいんだけど、いい?」 「珍しいな、いいぞ」 雅紀はショッピングモールへと車を走らせた。目的地につくと、雅紀は食材の買い出し、敏貴は個人的な買い物をしに行く。買い物が終わったら、1階のベンチで待ち合わせだ。 約3日分の食料品を買うと、待ち合わせ場所のベンチに行く。敏貴は片手にネイビーの紙袋を持って待っていた。 「おまたせ。好きな子へのプレゼントか?」 「ちげーから」 敏貴はそっけなく言い、ふんだくるように雅紀が持っていた荷物を持ち、外に向かって早歩きをする。 「思春期は難しいな」 苦笑し、敏貴の後を追う。 帰宅して冷蔵庫に食品を詰め込むと、ルイボスティーを飲んでひと息つく。 「こういう時間、大字だな……」 しみじみする自分に歳だなと小さく笑う。 「ん」 敏貴が先程持っていた紙袋を、雅紀に差し出す。