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あなたが探した妹は、あなたが炎に沈めた
あなたが探した妹は、あなたが炎に沈めた
Autor: 不思議の国のアリス

第1話

Autor: 不思議の国のアリス
過ぎ去ったはずの記憶が、堰を切ったように胸の内へとあふれ出す。

前の人生で、響子は貧しい家に生まれ、幼いころから祖母とふたり、肩を寄せ合うようにして生きてきた。

16歳のとき、祖母は車にひかれそうになったひとりの老婦人を助けたものの、事故で命を落とした。

唯一の拠り所を失った響子は、その老婦人に引き取られた。「恩を返したい」と言った老婦人は、さらに実の孫の反対を押し切って、響子と脩平の婚約を強引にまとめたのだ。

こうして響子は、脩平の婚約者となった。

けれど脩平は、響子との結婚など少しも望んでいなかった。彼が心を寄せていたのは、親友である洲人の妹、宮近萌音(みやちか もね)だったからだ。

幼なじみとして共に育った脩平と萌音の絆は深く、それゆえに脩平は、この婚約をひどく疎んじていた。

やがて無理やり結婚させられてからも、響子が彼や家のために尽くしてきたことには目もくれず、終始冷たく接し続けた。

洲人もまた、妹から幸せを奪った女として、響子をことあるごとに虐げた。

萌音はなおのこと手段を選ばず、あらゆる手を尽くして響子を陥れようとした。

そしてそのたびに、洲人と脩平は迷うことなく萌音の側に立った。

萌音が「響子の運転する車にはねられた」と濡れ衣を着せたときでさえ、証拠ひとつないというのに、彼らはその言葉を微塵も疑わなかった。それどころか自分たちの立場を利用して、響子を刑務所へと送り込んだのだ。

刑務所での3年間、響子は死んだほうがましだと思えるほどの苦しみを味わった。手足は折られ、全身に傷を負い、無傷のところなどひとつも残っていなかった。

虐待の末に命を落とす寸前、萌音がわざわざ姿を見せ、勝ち誇ったように彼女を見下ろした。

そこで響子は、思いもよらぬ秘密を知らされた。

萌音がここまで自分を目の敵にしてきたのは、脩平のためだけではなかった。萌音自身が、宮近家の養女だったからだ。

宮近家が血眼になって探し続けていた実の娘、それこそが、響子だったのだ。

25年間、知らずに生きてきた出生の秘密は、こうして明かされた。

けれど響子は何ひとつ言い返すこともできないまま、獄中で無惨な最期を迎えた。

それでも神様は、彼女を見放さなかった。そう、もう一度やり直す機会を与えてくれたのだ。

今度こそ、同じ轍は踏まない。

響子が全身の痛みに耐えながら立ち上がると、萌音がふたりの男を伴って目の前に現れた。

洲人は冷たい表情で、嘲るように吐き捨てた。

「おい、恩を笠に着ていれば何をしても許されるとでも思ってるのか?萌音をいじめるなんていい度胸だな!お前が萌音と張り合う資格なんて、初めからねえんだよ!」

脩平は響子を一瞥し、感情の欠片も見せずに言った。

「無理やり決められた婚約なんてうまくいくはずがない。俺がお前みたいな女を愛することなど、永遠にあり得ない」

そう言い捨てると、ふたりは「ブランド品でも買ってやるから」と萌音の機嫌を取りながら、背を向けて去っていった。

遠ざかる背中を見つめながら、響子は傷ついた脚を引きずり、悲しげに笑った。

そこへ折悪しく通りかかった脩平の母、冴木美里(さえき みさと)が、響子の姿を見るなり蔑むような目を向け、嫌悪を隠そうともしなかった。

「まあ、またそんなみっともない姿を晒して。いい気味だわ!あんたみたいな貧乏娘、うちの脩平にはまるで釣り合わないのよ。お義母様も、いったい何を考えていらっしゃるのかしら。

おとなしく手切れ金を受け取って出ていけば、どんなに面倒がなかったか。身の程もわきまえず、いつまでも脩平にしがみついて!」

侮蔑に満ちたその口調に、響子の瞳がかすかに揺れた。知らず拳を握りしめ、口を開きかけたが、その前に美里が言葉を重ねた。

「まあ、もういいわ。今日、私が何をしに来たか、あんたにもわかるでしょう。これまでも1千万から5千万まで、そのたびに金額を引き上げて提示してやったわ。今回は1億よ。これで脩平から離れなさい!」

条件を口にしながらも、美里は心のどこかで、今回も徒労に終わるだろうと半ば諦めていた。

ところが響子は、これまでとはまるで違う反応を見せた。静かにうなずいたのだ。

「1億ですね。わかりました、お受けします」

その言葉に、美里は凍りついたように動きを止めた。

「あ、あんた……本当に、お金を受け取って出ていくつもりなの!?」

「ええ」

美里は小躍りせんばかりに喜び、すぐさま響子の手を引いて、合意書に署名するよう急かした。

署名と捺印をその目で見届けると、彼女は長い安堵の息をつき、それからまた皮肉を浴びせた。

「ふん、やっと自分の身の程を悟ったようね。あんたみたいな貧乏くさい娘が脩平のそばにいること自体、あの子の人生にとって一生消えない汚点なのよ!萌音ちゃんのような名門のお嬢様でなければ、うちの嫁にはふさわしくないの!」

その嘲りを、響子はさらりと受け流し、落ち着き払って問い返した。

「でも私、萌音さんも養女だって聞きましたけど?」

美里の目に、苛立ちがよぎった。

「どうしてそれを?萌音ちゃんが養女だろうと、あんたには関係ないことよ。宮近家の本当のお嬢様は十数年も前に行方不明になったきり、音沙汰がないの。

だからこそ、寂しさを紛らわせるために萌音ちゃんを養女に迎えたのよ。どうせ実の娘はもう戻ってこないのだから、萌音ちゃんが本物の娘も同然じゃないの!」

確信に満ちた口ぶりは、それが動かしようのない事実だと信じきっているようだった。

響子はそれ以上何も言わず、ただ目を伏せた。その胸の内で何を思っているのか、うかがい知ることはできない。

手元の合意書を眺めるうち、美里はいっそう響子が疎ましくなったらしい。

「それで、いつ消えてくれるのかしら?」

「最後にひとつ、用事を済ませたらすぐに出ていきます」

美里は眉根を寄せ、なおも何か言おうとしたが、響子のほうが先に口を開いた。

「ご安心を。お金をいただいた以上、約束は守ります。誰にも見つけられないくらい、跡形もなく姿を消して、二度とあなた方の前には現れませんから」

それを聞いて、美里はようやく満足げに去っていった。

響子もまた、一刻も無駄にはしなかった。洲人が泊まっていた2階のゲストルームへ向かい、彼が残していった髪の毛を何本か拾い集めた。

その足でDNA鑑定を扱う検査機関を訪れ、自分の検体も提出して、洲人との血縁関係を調べるよう依頼した。

「結果が出るまでには、2週間ほどかかります」

担当者にそう告げられても、響子の心に期待はひとかけらもなかった。

その答えなら、前の人生でとうに知っていたのだから。

あのころの洲人は萌音を、何も見えなくなるほど溺愛していた。

萌音のために、彼は響子を家に閉じ込め、名門大学への推薦入学の枠を譲るよう強要した。萌音のために、海に飛び込んで貝殻を拾ってこいと強いた。

そして最後には、響子を刑務所へ送り込んだあと、「たっぷり可愛がってやれ」とひと言命じ、死に至るまで虐待させたのだ……

響子がただひとつ心待ちにしているのは、自分が去ったあと、鑑定結果を手にした洲人が、響子こそ自分の実の妹だったと知ったとき、どんな顔をするのか。それだけだった。

貧しい家の生まれだから、どんな仕打ちを受けても自業自得だと彼が思っているのなら、思い知らせてやればいい。いったい誰がこの悲劇を招いたのかを。

脩平だって同じだ。

自分の幸せを邪魔する存在だと思うのなら、望みどおり、離れてあげる。

この人生では、婚約者も兄も、もうどちらもいらない!

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