LOGIN再び意識が戻ったとき、和山響子(わやま きょうこ)は全身がばらばらになりそうな痛みに襲われていた。 痛みに耐えながら目を開けると、すぐ傍らには血だまりが広がり、見上げると、折り返しながら上へと続く階段が見えた。 朦朧とした意識の向こうから、かすかに人の声が降ってくる。 「萌音、聞いてくれ。響子との婚約は、家が勝手に決めたことなんだ。誓って言うが、俺はあいつのことなど何とも思っていない。この先好きになることなんて絶対にあり得ない」 「そうだよ、萌音。俺は兄貴として約束しただろ。お前を泣かせる奴は、誰であろうと許さないって。響子が目障りなのはわかってる。だからさっき階段から突き落として、たっぷり痛い目を見せてやったんだ。 脩平だってあいつのことなど放っておいて、こうしてお前を慰めてるじゃないか。だからもう泣くな。な?」 この聞き慣れた声は…… 宮近洲人(みやちか しゅうと)と冴木脩平(さえき しゅうへい)だ。 響子ははっとして、完全に意識を取り戻した。 そして、ようやく悟る。 自分は生まれ変わったのだ。しかも、まだ脩平と結婚する前に!
View More智史の声は、低くかすれていた。「響子……俺たちも、もうずいぶん年を取った。今さらだって分かってる。それでも、せめて一度だけ、やり直す機会をくれないか……」会場の人々は声を上げて泣き、画面の向こうの視聴者たちも涙を流していた。そのとき、洲人が顔を上げた。その声には、かすかな希望がにじんでいた。「今日は、約束した1週間の最後の日だ。もし俺たちを許してくれるなら……この配信の会場に、来てくれないか」その言葉が終わると同時に、すべての視線が入り口に注がれた。誰もが息を詰めて待っている。1秒、2秒、3秒……息を殺して10秒数えたところで、会場の扉がゆっくりと開いた。シンプルな黒のロングドレスに身を包んだ響子が、静かに入ってきた。響子は無表情だった。煌びやかな配信会場を冷ややかに見渡し、壇上の人々を眺めるその目は、まるで茶番劇でも見ているかのようだった。「響子!」洲人と脩平が同時に叫び、その顔に喜びが広がった。宮近夫妻も興奮に全身を震わせ、とめどなく涙を流していた。「響子、あなた……私たちを、許してくれるの?」満子の声は震え、その目は期待に満ちていた。響子は冷ややかに彼らを見つめ、皮肉のこもった声で言った。「許す?いいえ。私はただ、この懺悔の結末を見届けに来ただけ」その声は配信を通じて世界じゅうに届き、誰もが驚愕の目で響子を見つめた。洲人の顔から一瞬で血の気が引いた。信じられないという声が漏れる。「そ……それは、どういう……?」響子は冷たく笑い、嘲りのこもった声で言った。「謝罪を聞いたくらいで、私の気が変わるとでも思った?まさか。最初から、あなたたちを許すつもりなんてなかった」脩平の表情が苦痛に歪んだ。その声は低かった。「……じゃあ、どうして1週間待ってくれたんだ?」響子の視線が、冷ややかに彼らを射抜いた。その声には皮肉がにじんでいた。「期待させておいて、それを一気に打ち砕く。あなたたちが昔、私に何度もやってきたことでしょう?私はただ、あなたたちに同じことをしただけよ」その冷たく容赦のない声は、鋭い刃となって、その場にいる全員の胸を深々と貫いた。宮近夫妻の顔から血の気が失せ、その体は小刻みに震えていた。今にも崩れ落ちてしまいそうだった。洲人の表情には苦痛がにじみ、その
約束の1週間が、もうすぐ終わろうとしていた。洲人と脩平の傷はかなり治っていたが、ふたりは無理を言って退院した。「響子、お前のために、とびきりのサプライズを用意したんだ」洲人の声はどこか秘密めいていて、期待を隠しきれない様子だった。響子は冷ややかにふたりを見つめ、皮肉のこもった声で言った。「今度はいったい、何を企んでるの?」脩平は優しい表情を浮かべた。その声は低かった。「とにかく、一緒に来てくれ。今度こそ、お前をがっかりさせたりしない」響子はしばらく黙っていたが、やがてうなずいた。この茶番劇は、まだ終わらないようだ。ならば見届けてやろうと思った。彼らがいったい、どんな手を打ってくるのかを。ほどなくして、響子は彼らの言うサプライズの正体を知った。それは、すべてが生配信される公開謝罪の場だった。なんと大げさで、なんと誠意にあふれた謝罪なのだろう。その噂は瞬く間に広まり、上流社会の人々を騒然とさせた。会場はまばゆい照明に照らされ、カメラは舞台中央に立つ洲人、脩平、そして宮近夫妻に向けられていた。4人の顔には疲労と苦悩が色濃く刻まれ、その表情には深い後悔がにじんでいた。舞台の中央に立った洲人が、低くかすれた声で語り始めた。「今日、俺たちがここに立っているのは、誰かの同情を得るためではありません。ある人に、心から詫びるためです。俺の妹、和山響子に」その声は配信を通じて世界じゅうに届き、数えきれない視聴者が、息を詰めて次の言葉を待っていた。「響子。俺たちが何をしたところで、お前を傷つけた事実を埋め合わせることはできない。それはわかってる。それでも、伝えたいんだ。俺たちは本当に、悪かったと思ってる」洲人の声は詰まり、その表情には苦痛がにじんでいた。言い終えるなり、洲人はがくりと両膝を折り、カメラの前にひざまずいた。「響子、俺たちはお前に、こうして頭を下げるべきだったんだ」その声はかすれていたが、マイクを通じて会場の隅々にまで届いた。会場は騒然となり、画面の向こうの視聴者たちも、一様に衝撃を受けていた。あの宮近洲人が、これまで誰にも頭を下げたことのないような御曹司が、たったひとりに許してもらうために、人前でひざまずいている。続いて、脩平が前へ出た。その手には、ゴルフクラブが握られて
洲人はとっさに響子を突き飛ばした。だが自分は避けきれず、刃先がまともに肩へと突き刺さる。たちまち鮮血がシャツを赤く染め、その顔から血の気が引いていった。「洲人!」脩平が叫び声を上げて駆け寄り、萌音を蹴り飛ばして床に押さえつけた。床に倒れた萌音は、それでも獣のように激しく暴れ、脩平にナイフを突き立てた。脩平は低くうめき、残る力を振り絞って、萌音の手首を力任せにひねり、関節を折った。「ああっ!」萌音が悲鳴を上げ、その手からナイフが滑り落ち、床に転がった。萌音はなおも起き上がろうともがいたが、脩平にしっかり押さえ込まれていた。「離して!離してよ!」萌音の声はヒステリックに裏返り、その目は狂気に染まっていた。脩平の表情は氷のように冷たかった。その声は低く沈んでいた。「萌音……お前はもう終わりだ」……病院の廊下には、消毒液のツンとした匂いが漂っていた。洲人と脩平は手術室へと運び込まれた。響子は廊下に立ち、固く閉ざされた手術室の扉を冷ややかに見つめていた。心は少しも揺れなかった。洲人と脩平が自分を守ろうとして傷を負ったことは、わかっている。けれど、それで何かが変わるわけではない。前の人生で、響子は獄中であらゆる責め苦を受けた。腕を折られ、脚を折られ、体には無傷の場所などどこにも残っていなかった。あの痛みは、今もありありと覚えている。因果応報。ただそれだけのことだ。ようやく手術室のランプが消え、医師が出てきた。その顔には疲れの色が浮かんでいた。「おふたりとも、峠は越えました。傷はそれほど深くありませんから、しばらく安静にしていれば回復しますよ」響子はうなずいただけで、それ以上は何も言わなかった。宮近夫妻が慌ただしく病院に駆けつけ、響子が無事なのを見て、長い安堵の息をついた。「響子、大丈夫だった!?」満子の声には気遣いがにじみ、目元がうっすらと赤くなっていた。響子は淡々とうなずいた。その声には、一片の温もりもなかった。「大丈夫です」智史の顔は険しかった。その声は低く沈んでいた。「萌音は……もう警察に連れていかれた。あの子には一生、刑務所で罪を償ってもらうつもりだ。中でも楽には過ごせないよう、手は打ってある」響子は何も答えず、背を向けて病室へと入っていった。病室では、洲
3年前、萌音は洲人たちの手から逃げ出した。刑務所に入れられることは免れた。けれど一文無しになった萌音を待っていたのは、死んだほうがましだと思えるような日々だった。見つかるのが怖くて、隠れるように逃げ回るしかなかった。橋の下で眠り、ホームレスと食べ物を奪い合った。生きていくため、嫌悪感を抱く年配の男たちに体を委ねることさえあった。その男たちに触れられるたび、萌音は死にたくなるほどの屈辱と苦痛を味わった。かつての自分は、宮近家のお嬢様だった。誰よりも可愛がられる、お姫様だったのに。どうしてそのすべてが、宮近家の実の娘が見つかったあの瞬間に終わってしまったのか。何より信じられなかったのは、自分がいちばん嫌っていたあの貧乏娘こそが、実の娘だったということだ。このところ、宮近家の人々と脩平は響子をこれでもかというほど甘やかしていた。響子が欲しいと言えば何でも与える姿が、萌音にはどうしても我慢ならなかった。あれは全部、本来なら自分のものだったのに!嫉妬が全身を呑み込み、萌音はもはや身を隠すことも忘れて、響子をさらったのだ。「うちに戻れば、私から全部奪えるとでも思ったの?」萌音の声はヒステリックに上ずっていた。「言っとくけど、そんなの無理だからね!全部私のもの、脩平だって私のものよ!あんたなんかに奪わせない!」響子は冷ややかに萌音を見つめた。その眼差しには嘲りがにじんでいた。その眼差しに逆上した萌音は、つかつかと歩み寄り、響子の口の粘着テープを乱暴に引き剥がした。「何なのよその目は?あんたなんか、田舎の山村で育った、ただの貧乏娘じゃないの!それが何で私と張り合えるのよ?」響子は冷たく笑い、嘲りのこもった声で言った。「そっちこそ、ただの身代わりでしょう。そんな立場で、よく偉そうな口が利けるわね」萌音の顔から、一瞬で血の気が引いた。うろたえた声が震えた。「な……何言ってるのよ!本物の娘は私よ!私なんだから!」響子は冷ややかに萌音を見据え、皮肉を込めて言った。「本当は、あなたもわかってるんでしょう。自分がただの養女だってこと。宮近家のものは、最初から何ひとつあなたのものじゃなかったのよ」萌音の体が大きくよろめいた。その声には絶望がにじんでいた。「違う……そんなはずない……娘は私なの……私なの