INICIAR SESIÓN彼女の姿が見えなくなると同時に、登紀子は両手で杖を握りしめ、頭上へ高く振り上げた。「拓真!」拓真は素早く身をかわし、その杖を片手で受け止めた。「おばあちゃんの連絡先なんて、金積んでも欲しがる奴が山ほどいるっていうのに。あいつは食事に付き合うことすら拒んだんだぞ。なんで庇うんだよ」「琴音ちゃんはこの数年、苦労してきたんだよ。心を閉ざしてしまうのも無理はない」「ふん、もしかしたら元から心なんて無いのかもしれないぜ」……そこを離れた後、琴音は迷わず健二のオフィスへと向かった。健二は頭を抱え、目の前には大量の資料が山積みになっていた。彼の父親は女遊びが激しく、私生児がたくさんいた
これ以上言葉を交わしたくなかった琴音は、拓真をすり抜けて個室に戻ろうとした。だが、拓真は彼女の手首を力任せに掴み、個室のドアをバンッと乱暴に閉めた。少し離れた廊下には登紀子のボディガードたちが立っていたが、この光景を見ると、申し合わせたように全員が一斉に視線を逸らした。腕を締め付けられる痛みに顔をしかめた琴音は、ふと咲の言葉を思い出した。「彼はいつもああだから、いつまた気まぐれを起こすか分からない。あなたがまた傷つくのが心配なのよ」つまり、拓真はまた、自分を弄ぶ気になったのだろうか?彼女はばかばかしいと思いながらも、口元には自嘲するような歪んだ笑みが浮かんだ。拓真は彼女を見つめ、
ただ、ここの空気が息苦しくて押し潰されそうに感じていた。そんな時、幸運にも彼女のスマホが鳴った。彼女は勢いよく立ち上がった。「電話に出てきます」背後から登紀子の声が聞こえた。「どうしていつも琴音ちゃんをいじめるのよ。昔からちっとも変わってないね!」「俺がいつあいつをいじめたって?」こんなやり取りを、琴音は柚木町で何度も何度も聞いてきた。個室のドアが閉まり、その声が遮断された。着信音が鳴り続ける中、彼女は壁に背中を預け、先ほどの窒息しそうな雰囲気から逃れるように深呼吸をした。数回深く息を吸い込むと、ようやく少し胸のつかえが取れた気がした。通話ボタンを押すと、電話越しに健二の
登紀子は箸を置き、拓真を睨みつけた。「その減らず口は昔とちっとも変わらないわね。忙しいって言ってなかった?どうして来たの?」「ばあちゃんが風に当たっちゃいけないのに、わざわざどうでもいい人と会うためにのこのこ出歩いてるからですよ。それで救急救命室に運ばれでもしたら、焦るのはこっちなんですからね」琴音は背筋をピンと伸ばし、箸を握る手にぐっと力を込めた。拓真は身じろぎすると、こちらへ向かって歩いてきた。ここ数年、登紀子と拓真は顔を合わせておらず、電話で挨拶を交わす程度だった。拓真は帰国後もすぐに仕事に没頭し、未だに本家へ顔を出して食事をとることすらしていなかった。登紀子はふいに笑
登紀子の存在があるため、咲と雅子はひとまず琴音への敵意を抑え込んだ。それに、表向きには白鳥家は琴音の支援者でもあるのだから。咲はすぐに駆け寄り、気遣うように言った。「お祖母様、お医者様から風に当たってはいけないと言われているのでは?どうして外に出歩いていらっしゃるんですか?」登紀子は雅子を見やり、満足げに笑った。「雅子に琴音ちゃんを探すよう頼んでいたのに見つからなくてね。結局、私が偶然見つけたというわけだよ。今から琴音ちゃんと2人で静かに食事をするから、あなたたちは邪魔しないでおくれ」雅子は頷き、いかにも年配者を敬う完璧な嫁そのものだった。登紀子は上機嫌で、雅子の脇を通り抜
そのマグカップは、拓真と一緒に陶芸教室で作ったものだった。二人のサインまで入っている。現実に打ちのめされて辛い時、彼女はいつもそれを取り出しては両手で包み込み、まるで傷を癒す薬のように大切にしていた。結衣は疲れたようにタオルで顔を拭きながら、琴音がいまだにそのマグカップを見つめてボーッとしているのに気づき、口を開いた。「彼、海外で咲に別荘を買ってやって、自分の娘にはブラックカードを持たせてるらしいよ。あんたは3年も付き合ったのに、もらったのはマグカップと、その辺で拾った小石と、道端で拾った落ち葉のしおりだけ?」以前の琴音なら、間違いなく反論していただろう。「あんたには分からないよ