「お嬢様、起きてくださいませ。お嬢様」
目が覚めると見慣れない天井だった。
天井?いや、天蓋だ!私は勢いよく目覚める。「今日は皇太子殿下とお食事のお約束ですよね。準備を始めましょう」
全く、理解できない。皇太子?どういうことだろう。私は日本の高校生で、今日は東大の合格発表で合格を確認した帰り道だった。
私は親に合格を報告しようとカバンからスマホを出していたら車に轢かれそうになったんだ。「え! どういこと?」
「どうしました? お嬢様そろそろご準備をはじめませんと」 周りを見渡すと西洋風の煌びやかな家具に囲まれていた。洋館? そうだ帰りにこの合格の余韻に浸りながら浅草の芋羊羹でも買って帰ろう。
それから、美容院で髪の毛を染めて、ピアスも開けたりして。オシャレな服も買いたい。
長い受験勉強生活から解放されたんだ。そんなことを考えているうちに私は美しいドレスに着替えさせられていた。
鏡台の前の椅子に座らせられ、長い髪を結い上げられている? え! 長い髪? 長い髪であるはずはない。 私はヘアケアなど受験の邪魔だと思い、ばっさりショートカットにしていたはずだ。それとも急激に髪が伸びたのか? いやいや、それはない。
艶々の金色のウェーブヘアーにルビーのような赤い瞳。かなりの美人なんだけど、これが私?
ビフォーアフターが別人なんですが。 メイクの力ってコレくらいなのだろうか?メイクなどしたことがないから分からない。
特殊メイクに近い気もするが。えっと、大学デビューを目指して金髪にしてカラコン入れたんだっけ。そんなわけはない。
「夢か⋯⋯」
思わず、私は呟いていた。「そうです。お嬢様は、全ての女性の夢でございます。お美しく、聡明で、未来の皇后陛下でございます」
このメイド服のお嬢さんは何を言っているんだろう。 新手のサービスかしら。 私、合格に興奮しすぎて無意識に秋葉原まで歩いて貴族お嬢様なりきりサービスを受けてる?「お嬢様では参りましょう」
ノックとともに黒髪に翡翠色の瞳をもった真っ白な騎士服の男性が入ってきた。なかなか良い生地を使っている。「本格的ね」
思わず呟くと。騎士は不思議そうな顔を一瞬したが、すぐに真顔に戻った。エスコートをされて馬車に乗る。
外の風景は立派な庭園が広がっている。もしかして、VRの仮想空間かしら。馬車が揺れに揺れる。気持ち悪い、寝てしまった方がよいかもしれない。
三半規管がそんな弱い方ではないと思っていたのに馬車の揺れは苦手だったようで吐きそうだ。「到着いたしました。」
騎士にエスコートされ、馬車を降りる。足元がふらつく。 目の前に銀髪にアメジストのような美しい紫色の瞳を持った少年が現れた。 小学校高学年くらいかしら?可愛らしい子ね。ハーフ? 劇団の子かしら。「も、もうだめ、うげー!!」
馬車から降りて気が抜けたのだろうか、私は、思いっきり嘔吐してしまった。 少年は表情一つ変えず、私を見ている。固まっていると言っても良いかもしれない。
「侯爵令嬢、皇太子殿下にご挨拶もせずなんたる失礼を」彼の後ろに控えている御付きの人みたいな男性が慌てたように言う。
「構わない。エレナは体調が悪いようだ。すぐに風呂と部屋の用意を」
少年がそういうと、私はお風呂に連行された。えっと、VR空間で脱ぐのかしら。 ちょっと待って、それは待って。「侯爵令嬢、整いました」
私は風呂に連れて行かれて、メイド服のお姉さん二人に隅々まで洗われた。
お風呂に浮かぶ薔薇の花びらが綺麗だったが、恥ずかしさに人としての尊厳を失ってしまった気がした。 無になろう。現実逃避しよう。死ぬこと以外はかすり傷だ。
宇宙に比べれば私はちっぽけな存在だ。 人工衛星から見れば今のこの光景もちっぽけなものに違いない。様々な五感がこれは現実なのではないかと私に問いかけ続けていた。
部屋で呆然としつつ、現実逃避したい気持ちを抑えながら現状把握をするよう自分を鼓舞し続けた。認めざるを得ない、私は異世界に転生したのだ。
異世界転生もののアニメやライトノベルが流行しているのは知っていたが現実に本当にあるなんて。もしかして、私、人生最良の時に死んで転生したの?
将来を考えるなら勉強をするよりもライトノベルを読み漁るべきだったの?私には年の離れた優秀な兄がいた。
自慢の兄で人間的にも尊敬できた。 父は病院の院長で兄は父の病院を継ぐことを両親から期待されていた。私は兄と比較されるわけでもなく、すでに優秀な兄で満足している親からすれば関心を持たれない存在だった。
あるきっかけから自分が父の病院を継ぎたいと思っていたが、両親の期待は常に兄にあった。兄が東大に行ったため、兄より有能であることをアピールするには最低でも東大を目指さなければならなかった。
生まれつきの天才である兄と違い、凡人であった私は中学受験にも失敗した。凡人でも人の10倍努力をすればいつか天才と戦えると信じ、恋愛も、娯楽、友人も全てを捨てて勉強に時間を割いた。
ライトノベルの世界に転生するようなことがあっても原作など知る由もない。そうこう思いを巡らせているうちに、ノックとともに先ほどの少年が入ってきた。
「先程はありがとうございました」 私は立ち上がりその少年にお礼を言った。「そなたは誰だ? 目的はなんだ? 」
「すみません。どうやら、私、この体に憑依してしまったみたいなんです。私は誰なんでしょうか?そなたと私を呼ぶということはあなたはやんごとなき身分の方ですか? 」私の言葉に少年の表情が少し歪み、紫色の瞳が曇る。
「確かに、完璧令嬢と名高いエレナが、あのような失態をするというよりは、そなたの虚言ともとれる言動を信じた方が良いかもしれないな」
驚いた、こんな現実離れした話を少年は受け入れてくれている。 「え、信じてくれるんですか? あなた神ですか? 」私は拝むようなポーズを少年に取ると、少年は少し呆れたような顔をして私に言った。
「神ではない。アラン・レオハード。この帝国の皇太子だ。そして、そなたはエレナ・アーデン侯爵令嬢。私の婚約者だ」「婚約者? 年の差は? あなた、いや皇太子殿下は10歳くらい、私は17歳くらいですよね? あと、同じ名前です。私の本当の名前えれなです。松井えれな」
アランは、少しムッとしたような顔になり、一言返してきた。
「し、失礼な私は12歳だ。そなたは17歳であっている。名前が同じか、エレナの中にはいるだけに縁があるようだが、思慮深いエレナとは性格は違うようだ」
エレナはしっかりした子らしい。
「失礼致しました。皇太子殿下。でも、殿下、精神年齢はとても高そうですね。私が嘔吐した時も非難するでもなく迅速に対処してくださった」私は、彼に感動し感謝した。
ここまで対応能力のある小学生はなかなかいない。「それは当たり前だろう」
アランは本当にしっかりしている。
「当たり前ではないですよ。今もこうしてありえないような私の話を真剣に聞いてくださっているではないですか」少年は少し頰を赤くして照れたように押し黙った。
「私、これからこの世界のエレナとしての生を送るのか、また元の世界に戻るのかわかりません」
彼の表情が一瞬曇り、彼を安心させたくて私は続けた。
「でも、これだけは言えます。エレナがこの体に戻るようなことがあった時、彼女が困るようなことはしたくないんです」彼は私の言葉に紫色の瞳を輝かせると、しばらく人払いをするように外の護衛に伝えた。
「皇太子殿下のエレナが戻るまで私がエレナを演じようと思います」
アランはエレナを大切にしているようだし、皇太子という地位もある。
味方にして助けてもらうのが得策だと思った。「ありがとう。私もエレナにはよく助けられた。未来の夫としてエレナにできることは何でもしてやりたい」
彼の真剣な表情を見て気が付いた。彼はエレナのことが好きなんだと。
だからこそ、私が本当のエレナではないとすぐに気が付いたのだ。「エレナが戻ってきた際に困らないよう、そなた自身がこの世界で生活できるように私も取り計らう」
彼が少し寂しそうな顔をのぞかせた。
彼も彼のエレナが戻らない可能性に気が付いているのだろう。「私、努力の天才なんですよ。任せてください」
彼を少しでも元気づけたくて私は胸を張って言った。「ありがとう。では、これからそなたに新しい家庭教師をつける。彼女にだけはそなたの事情を話そう」
「こちらこそ、ありがとうございます。お任せください。このエレナもなかなかだと殿下に言わせてみせます」
こうして、私の秘密特訓の日々がはじまったのであった。
アランが紹介してくれたのは彼の乳母だったスカーレット伯爵夫人だった。
私をなんとかしようと、必死になり厳しくしてくる彼女がありがたかった。たまに、私にあまり関心のなかった自分の母の姿と比べ寂しくなったが、
期待をしてくれているスカーレットやアランに応えたくて寝る間もおしみ努力をした。日々、窓の外を見るしか息抜きのない時間の中で私はどうしても気になることがあった。
アーデン侯爵邸の護衛騎士たちの勤務態度だ。 しょっちゅう休憩をとっているし、お昼時には誰もいない時もある。お昼になると、なかなか戻ってこない。
日本でも地方公務員がたまにやると言われる中抜けってやつだろう。侯爵と侯爵夫人が領地の方に行っていて留守だからなのか、それにしても目に余る。
これだけ、豪華な邸宅だしっかり守ってもらわないと。 強盗でも入ったらどうするのだろうか。「この侯爵邸の勤務表を見せて頂けるかしら?」
侯爵邸は騎士団を持っていて有事には出動もしたり、時には私の護衛をするらしい。 黒髪に翡翠色の瞳を持ったエアマッスル副団長が全騎士のスケジューリングをしていると聞き私は彼を呼びつけた。騎士たちは2交代の12時間勤務で、4日働いて1日休むという形をとっていた。
昼と夜の担当の人は基本的に固定らしい。 午前と午後の8時に交代をする。お昼や休憩はできる限り重ならないように、随時とるようにしているということだった。
「勤務の仕方、こんな感じに変えてくれる?」
私の考えた勤務は8時間の3交代勤務、 午前5時から午後1時、午後1時から午後9時、午後9時から翌朝5時だ。これらをA勤務、B勤務、C勤務とし、
全騎士がA、B、C、休、A、B、C、休、休 という順番で勤務するのだ。A勤務、B勤務、C勤務から始まる騎士にわけ、必ず誰かが出勤し全ての時間の勤務を経験できるようにした。
「食事休憩などの休憩は必ず勤務時間外にとってね。勤務時間は仕事に専念すること。それから夜間勤務は手当もつけるから」
優しい微笑みを浮かべるよう意識しながら、新しいシフト表を出しながら説明する。
「夜間勤務に手当がある上に、2連休があるんですか?」エアマッスル副団長は、飛び上がりそうに喜んだ。
「そうよ、2連休もあれば家族に会いに行ったり、剣術の訓練をしたりブラッシュアップもできるでしょ」
自主的に訓練はして欲しいものだ、侯爵邸の騎士団は見るからに頼りない。「自分はもちろん副団長として訓練に励みます」
エアマッスル副団長が得意げにいう、有言実行を願うのみだ。「じゃあ、今日からこのシフトで勤務してくれる?」
もちろん受け入れてくれるものだと思っていた。「あ、でも、新しい勤務でよいか侯爵夫人にお伺いして侯爵様に裁可して頂かないと」
夫人にお伺いをたてるだなんて、かかあ天下なお宅なのかしら。
「侯爵の留守時として緊急に私が裁可することはできないの?」
3人家族のようだから、当然、侯爵家の人間として家に残っている私が裁可できるものだと思っていた。
「一応、軍に関わる裁可は命に関わるものですので成人してからとの決まりなんです」
帝国では18歳で成人らしい、エレナは再来月には18歳になるとのことだった。
「じゃあ、これはあなたが考えたってことで、試しに今日からこのシフトでやってみて、お父様たちが戻り次第そのお試し期間の成果とともに提案するのはどうかしら?」
エアマッスル副団長に恩を売っとくことにした。
「え、いいんですか?」 彼は、ほくそ笑みながら言った。まあ、脳筋には思いつかないだろうし、知恵を分けてあげよう。
「君の手柄にすると良いってやつよ」彼の肩を叩きながら言ってやると副団長は上機嫌で他の騎士たちの元への去っていった。
「超ブラック企業へようこそ。脳筋は扱いやすくていいわ」
部屋で1人呟きながら考える。8時間休憩なしの勤務なんてとんでもないけれど、
実際、私を護衛することになったら、それくらい集中力を続かせられるようにして欲しい。朝、昼、夜注意するべきことは違うのだから全員が全ての時間帯を経験してもらった方が、
突然の離職などにも対応しやすいだろう。成人してから裁可できるものなど、帝国法には独特のきまりがあるらしい。
しっかり、頭に叩き込んでおく必要がある。新しい勤務のプランも副団長が考えたことにして結果的に良かっただろう。
侯爵や侯爵夫人が自分の娘に他人が憑依していると気が付いた時どういう反応をするか分からない以上、
気が付かせないように注意した方が安全だ。これまで、エレナがしなかったような事には手を出さない方が無難だろう。
1ヶ月が経った時、私の完璧令嬢育成計画の発表の舞台が訪れた。
第一皇子の凱旋を祝う宴会だ。「いざ、新生エレナ・アーデンの初陣じゃ!」
朝から入浴をしたり準備をして、夕方やっとドレスという戦闘服を着た私は秘密アイテムを持って馬車に乗った。ナンテンである。乗り物酔いには生葉を噛むとよいらしい。
日本でも民間薬としてよく用いられ、果実には鎮咳作用があり、生の根は頭痛に効くらしい。私がなぜこのようなことを知っているかというと、勉強の息抜きに雑学を極めていたからだ。
東大に入学したら東大生タレントとしてクイズにでも出る可能性があるかもしれないと思ったのだ。高校生クイズにも出ようかと思ったが、一匹狼だった私には一緒に出る仲間がいなかった。
青春は大学入ってから、謳歌すれば良い。 私は、自分にそう言い聞かせながら努力を重ねてきた。日本の薬局で売っている酔い止めとまではいかないが、
私の秘密アイテムも効果を示し、私はそこまで酔うことなく初めての戦場に到着したのだ。「皇太子殿下にエレナ・アーデンがお目にかかります」
「今日は体調が良さそうだ。」
アランが安心したような表情で私に手を差し出した。1ヶ月の私の成果を見たら、きっと彼を安心させられるはずだ。
礼節を身につけたくさんの知識を得てきた。 さあ、いざ本番だ。「あら、残念。」俺はイヤホンから聞こえた、エレナ・アーデンのサンプルボイスに恐怖のあまりイヤホンをはずしてしまった。声だけで男を誘惑できる。超人気声優さんらしく、見た目が可愛いらしい。でも、この声優さんのスゴさは東京女らしいクレバーさだ。このセリフはエレナがライオットに無理な要求をして、初めてライオットが断った時のセリフだ。エレナはライオットに断られても別プランを持っているので、全く残念とは思っていない。だから、残念そうに言わないのが、このセリフを言う時の正解。適当に言われたことで、ライオットはエレナの要求をのまないと彼女に切り捨てられると思って焦る。結局、ライオットはエレナの無理な要求に従い、帝国に不利なことをしてしまう。このセリフをこんな風に適当に魅惑的に言うということは、脚本からライオットやエレナの関係性や心情の理解をしていないとできない。こんな声でこんなセリフを聞いたらオタクはいくらでもお金を貢いでしまいそうだ。この声優さんは東京で生き残るだけはある。可愛くて声が良いだけでは生き残れない、どういう風な話し方をすれば、人の気持ちを惹きつけるか常に計算している強かな女だ。俺の思っているエレナ・アーデンそのものだ。そんなことがあって楽しみにしていたアニメ第1話を見ようとしていた時だった。俺はオープニングを見た時点で今までにない、吐き気と冷や汗に襲われた。アニメのオープニングのクオリティーがとてつもなく高かったのだ。短期間でこれだけものを作ったアニメ制作会社の人たちを思い浮かべてしまった。きっと、俺のいたようなブラックな職場だ。やりがいを感じるように強制され、寝る間も惜しみ仕事に没頭させられる。『赤い獅子』はネタ元があったから書けた。その上、メディア界のフィクサーにエレナが気に入られたから運良くヒットした。フィクサーのおじさんのように成功していると美女に振り回されたい願望でも出てくるのだろうか。俺はもう強かな東京女に振り回されるのはたくさんだ。
ライオットのことを考えると、何もかも手につかなくなった。自尊心がズタボロになり、彼との恋と勉強を両立する自信がなくなった。私は少女漫画のアホ主人公のように恋に振り回されるのは嫌だった。恋を糧にして、しっかりと自分のすべきことを頑張りたいのだ。「あれ、でも私がやっていることって確実に悪役の行動。」小学校の頃借りた少女漫画を思い出すと、純粋な主人公の彼氏が入院中に悪役の女に近づかれる漫画があった。外堀を埋めて、あざとい言動で、周りの人間を味方につけた悪役の女。周りの人間は悪役の女が彼の彼女であると勘違いする。主人公はピンチに陥るが悪役の女はしっかり「ざまあ」されている。でも、電車の音で告白を聞きそびれたり、パンを咥えたまま登校したりする主人公が勝利するのはおかしくないだろうか。電車なんて新幹線でもない限り、声が聞こえないほど煩くない。大抵の少女漫画の主人公は聴力検査の再検査に引っかかるレベルで大切な言葉を聞落としたり、天然気取りですっとぼける。家で朝食を食べてから登校もできないズボラな女が好きな男がいるのだろうか。気になる相手を作戦を練って落とすのは当たり前だ。きっと少女漫画界にもダーク主人公の時代が来るに違いない。『赤い獅子の裏話』がヒットしたのは、大ヒットした『赤い獅子』の次回作であり、出てくる登場人物が同じということで話題になったのが大きい。雷さんが読んだら私の彼のかいた『赤い獅子の裏話』は便所の落書きかもしれない。でも、実際レオハード帝国のライオットの立場になったら、突然出兵を言い渡され、周りに翻弄され自分の考えなど尊重されない。敵が架空の魔物なのも彼が本当は戦いたくなかったという表れだろう。長い間入れ替われば、彼がどんな厳しい立場で神視点をもてる程情報を与えられてないことが分かるはず。おそらく短時間入れ替わって見た世界に刺激を受けて小説のネタにしたのだろう。会ったこともないけれど、私の彼をネタにして一儲けした雷さんが私は好きではない。雷
「SNSにでも載せるの?」家でフルーツカービングの練習をしていると、母から話しかけられた。一言だけイラっとする爆弾を置いて、母は自分の部屋へと消えていく。本当に18年一緒に暮らしても、彼女は全く娘のことが分かっていない。私くらいの年頃の子が、みんなSNSに夢中だと思っているのだろう。私は一切のSNSをやっていない。どうして、私の手の内を世界に発信してあげなければならないのだ。知りもしない人間に「いいね。」なんて言われても気持ち悪いだけだ。以前の私なら母は私のことを全然見てくれてないと、悲しい気持ちになり心の健康を害していただろう。今はただ誰でも良いから自分を認めて欲しいと、個人情報を晒すようなバカ共と同類に見られたようで腹立たしい。目の前の果物を全て握り潰してジュースにしてしまいそうだ。果物は高い、お取り寄せしなければ手に入らないものもあった。私の中でジュースにして良い果物はバナナだけ。安売りスーパーでも、一年中5本1束128円で手に入る。物価高も跳ね返す強さに真の果物王の称号を与えられる日も近いだろう。それにしても私のこの怒りっぽさは異常だ。異世界でもずっと苛立っては切れて喧嘩ばかりした気がする。ここまで人様の世界に赴いてキレ散らかしてくるのも私くらいだろう。原因は私が6年間ろくに人間と関わってこなかったからだろう。ゲームばかりしてキレやすくなることは問題視されているのに、勉強しすぎでキレやすくなることはなぜ問題にならないのか。将来、秘書ができるような要職についた時、キレたところを隠し録音されないように気をつけねば。異世界で9割の時間イライラしていて、怒りを抑えられずキレてしまったことが多かった。自分の問題に気が付けた私は「アンガーマネジメント」に関する本を何冊か読んだ。でも、一番の治療法は友達が多く怒ったことなど見たことのない三池の側にいて彼のコミュニケーション能力を学ぶことな気がする。気がつくと三池に心変わりしたような自分を正当化する思考をしている
『赤い獅子』と『赤い獅子の裏話』は主人公が強くてモテモテという共通点はあるが、同じ人が書いたものとは思えなかった。 対外的にはラノベ作家RAIの作品にはなっている。『赤い獅子』は多くの伏線が張り巡らされて、 その伏線がずいぶん後に回収されたりする。そして、主人公であるライオットは神視点を持っているのかという程の洞察力がある。 彼に惚れる人たちも自分のトラウマを解消されたり、 一番かけて欲しい言葉をかけられたり理由があって彼に惚れている。 私はそこに登場人物の女性たちが、本ばかり読んできた童貞の理想の女のように感じた。「両親の期待を得られずに寂しかったね。」 もし、私がそんな風に声をかけられたらトラウマが解消するどころか、 「お前、何様?お前ごときが私を語るな。」 と言った風にムカついたはずだ。「君はいつも頑張ってるって知っているよ。」 かけてもらったら嬉しい言葉。 でもその言葉は私の両親にかけて欲しい。 謎のイケメンにかけられたらムカつく。 「お前はもっと頑張れよ。」 そんなことを思い彼を蹴り上げてしまうかもしれない。ひょっとして、文系の人はそんな恋の仕方をするのだろうか。 トラウマを解消されたり、欲しい言葉をかけられたり。 『赤い獅子の裏話』を読む限りライオットも文系だ。 しつこいくらい、ポエミーな表現が多い。だとしたら、ライオットが恋に落ちたのは松井えれなではなくエレナ・アーデンだ。 彼の母が亡くなった時、エレナ・アーデンは彼に欲しい言葉をかけている。 おそらく、誰にも愛されていないと思っている彼のトラウマを少なからず解消している。私ではなくエレナ・アーデンが彼は好きなのだ。 分析するほど、その解に辿り着いてしまう。 自分や相手の気持ちを分析などせず、ただ馬鹿になって彼を好きでいたいのに。『赤い獅子の裏話』は起こる出来事が行き当たりばったりなところがあり、 主人公ライオットは物理的な強さは感じるが、状況に翻弄されている面もあ
「エレナ! 良かった! 主治医を呼んで来てくれ! エレナが目覚めた」豪華絢爛な寝台で目覚めた私。目の前には銀髪にアメジストのような紫色の瞳をもった超美形。「もしかして、アル?」宝石のようにキラキラしていた瞳が曇っていた。どうやら私はまた『赤い獅子』の世界に飛んできてしまったらしい。私と三池の仮説が確かなら、もしかして6年以上経過している?「レナなのか?嘘だろう。なんてことだ。」可愛い美少年から私より年上なのではないかという位、大人な美青年になったアランが呟いている。私がエレナの体に憑依してがっかりしている。また、彼は一瞬にして私の正体に気が付いた。私が彼をアルと呼ばなくても気がついていた、私を見た瞬間に。一体どうして、本当に超能力でもあるのだろうか。「私、朝起きて大学に行く準備をしていたところだったんですけど、エレナ嬢になんかあったんですか?」私は、意識を失っていないし、普通に外出着に着替えて一人朝食を食べていたところだった。もし、入れ替わることの入り口のスイッチがあるのなら意識を失うことだと思っていたのだ。「オタム湖にボート遊びにいこうと馬に跨った時、彼女が落馬をして意識を失ったんだ。」どんどん彼の瞳が光を失っていく、私は彼を元気付けようと口を開いた。「エレナ嬢は大丈夫ですよ。私と入れ替わっているだけです。日本の私は家にいて、今、家に誰もいないし安全です。」今回の日本での私は意識を失っていない、しかし外出もしていないから安全な場所にいる。「どこにも行かなくても、君がいれば幸せだと言えば良かった。馬なんか乗せるんじゃなかった。」今の状況に相当ショックを受けているのか、あの淡々と物事を解決するアランが切り替えられていない。「おそらく私の世界の1日とこの世界の1ヶ月が同じくらいの時間の流れなので、早めに戻ることができればエレナ嬢に害が及ぶことはありません。」彼を安心させるために、自信はないけれど言い切ってみた。「皇帝陛下に、皇宮医レノア・コットンがお
「流石だね、今受験したら受かっちゃうね。」なぜだか、宿題を俺にやらせた話は俺の力試しをしてやった的な話にすり替わっていた。彼女の退院と同時にアメリカに戻った彼女の兄がいたら、きっと彼にやらせていただろう。俺のカンニング疑惑事件の彼女を見るに、彼女はまじめな人間だと思っていた。そもそも、医者になるにはここからの勉強が大事なんのではないだろうか。医者になりたいというのも、俺が宇宙飛行士か社長になりたいというのと同じくらい曖昧な夢なのではないだろうか。中学から6年間学年トップの成績をとっていたわけだし、受験にも合格しているのだからヤル時はやるはずだ。でも、近寄りがたかった孤高の雰囲気からポヤポヤした感じになっている。受験疲れと異世界疲れで燃え尽き症候群になっているのではなかろうか。この病院はおそらく優秀な彼女の兄が継ぐだろうし、彼女が親から医者になることを強制されているとも思えないからプレッシャーはないだろう。それにしても、俺は彼女のことが心配になった。彼女の今いる場所は、日本のトップエリート集団が本気で勉強しているところだ。いくら優秀で強気な彼女でも本気で頑張らないと挫折してしまいそうだ。弱ってしまって、泣きそうになってしまったら近くにいて支えてあげたい。彼女にただ憧れていた時にはなかった色々な感情が目覚めてくる。そもそも、なんで東大なんだろうか。お嬢様が通う女子大とか行くのが今の彼女の雰囲気的には一番あっている。経済的に困っているようには見えないし、医者になりたいにしても私大にいけば良い気がする。東大なんて彼女の大好きな賢い人間がゴロゴロいるじゃないか。まさか、それが狙いなのか。狩猟本能が掻き立てられられるのだろうか。男子校育ちが多そうなのに、彼女みたいな女にロックオンされたら全滅しそうだ。日本のトップエリートたちの心を奪い、裏の支配者になるつもりなのか。彼女へのほのかな恐怖心から謎の妄想までしてしまった。俺の知る限り、彼女が誰