東大合格に浮かれていた松井えれなは、歩きスマホの最中に車に轢かれレオハード帝国のアラン皇太子の婚約者エレナ・アーデン侯爵令嬢に憑依した。 中高を勉強に捧げてきた彼女は、知恵を絞って破滅を回避しようと奮闘する。 彼女に複雑な感情を持つライオット皇子は主人公とは思えない陰湿さで彼女につきまとっては嫌味をいってくるが、なぜか彼女のピンチを救ったりして彼女は彼が気になって仕方がない。 さらに同時期に元の世界で松井えれなに思いを寄せていた三池勝利も独裁者エスパル国王に憑依していた。 エレナはライオットと心を通じ合い、自分の世界で彼と再会する。しかし、異世界でカッコよく見えた彼は自分の世界では冴えなくて⋯⋯。
view more「お嬢様、起きてくださいませ。お嬢様」
目が覚めると見慣れない天井だった。
天井?いや、天蓋だ!私は勢いよく目覚める。「今日は皇太子殿下とお食事のお約束ですよね。準備を始めましょう」
全く、理解できない。皇太子?どういうことだろう。私は日本の高校生で、今日は東大の合格発表で合格を確認した帰り道だった。
私は親に合格を報告しようとカバンからスマホを出していたら車に轢かれそうになったんだ。「え! どういこと?」
「どうしました? お嬢様そろそろご準備をはじめませんと」 周りを見渡すと西洋風の煌びやかな家具に囲まれていた。洋館? そうだ帰りにこの合格の余韻に浸りながら浅草の芋羊羹でも買って帰ろう。
それから、美容院で髪の毛を染めて、ピアスも開けたりして。オシャレな服も買いたい。
長い受験勉強生活から解放されたんだ。そんなことを考えているうちに私は美しいドレスに着替えさせられていた。
鏡台の前の椅子に座らせられ、長い髪を結い上げられている? え! 長い髪? 長い髪であるはずはない。 私はヘアケアなど受験の邪魔だと思い、ばっさりショートカットにしていたはずだ。それとも急激に髪が伸びたのか? いやいや、それはない。
艶々の金色のウェーブヘアーにルビーのような赤い瞳。かなりの美人なんだけど、これが私?
ビフォーアフターが別人なんですが。 メイクの力ってコレくらいなのだろうか?メイクなどしたことがないから分からない。
特殊メイクに近い気もするが。えっと、大学デビューを目指して金髪にしてカラコン入れたんだっけ。そんなわけはない。
「夢か⋯⋯」
思わず、私は呟いていた。「そうです。お嬢様は、全ての女性の夢でございます。お美しく、聡明で、未来の皇后陛下でございます」
このメイド服のお嬢さんは何を言っているんだろう。 新手のサービスかしら。 私、合格に興奮しすぎて無意識に秋葉原まで歩いて貴族お嬢様なりきりサービスを受けてる?「お嬢様では参りましょう」
ノックとともに黒髪に翡翠色の瞳をもった真っ白な騎士服の男性が入ってきた。なかなか良い生地を使っている。「本格的ね」
思わず呟くと。騎士は不思議そうな顔を一瞬したが、すぐに真顔に戻った。エスコートをされて馬車に乗る。
外の風景は立派な庭園が広がっている。もしかして、VRの仮想空間かしら。馬車が揺れに揺れる。気持ち悪い、寝てしまった方がよいかもしれない。
三半規管がそんな弱い方ではないと思っていたのに馬車の揺れは苦手だったようで吐きそうだ。「到着いたしました。」
騎士にエスコートされ、馬車を降りる。足元がふらつく。 目の前に銀髪にアメジストのような美しい紫色の瞳を持った少年が現れた。 小学校高学年くらいかしら?可愛らしい子ね。ハーフ? 劇団の子かしら。「も、もうだめ、うげー!!」
馬車から降りて気が抜けたのだろうか、私は、思いっきり嘔吐してしまった。 少年は表情一つ変えず、私を見ている。固まっていると言っても良いかもしれない。
「侯爵令嬢、皇太子殿下にご挨拶もせずなんたる失礼を」彼の後ろに控えている御付きの人みたいな男性が慌てたように言う。
「構わない。エレナは体調が悪いようだ。すぐに風呂と部屋の用意を」
少年がそういうと、私はお風呂に連行された。えっと、VR空間で脱ぐのかしら。 ちょっと待って、それは待って。「侯爵令嬢、整いました」
私は風呂に連れて行かれて、メイド服のお姉さん二人に隅々まで洗われた。
お風呂に浮かぶ薔薇の花びらが綺麗だったが、恥ずかしさに人としての尊厳を失ってしまった気がした。 無になろう。現実逃避しよう。死ぬこと以外はかすり傷だ。
宇宙に比べれば私はちっぽけな存在だ。 人工衛星から見れば今のこの光景もちっぽけなものに違いない。様々な五感がこれは現実なのではないかと私に問いかけ続けていた。
部屋で呆然としつつ、現実逃避したい気持ちを抑えながら現状把握をするよう自分を鼓舞し続けた。認めざるを得ない、私は異世界に転生したのだ。
異世界転生もののアニメやライトノベルが流行しているのは知っていたが現実に本当にあるなんて。もしかして、私、人生最良の時に死んで転生したの?
将来を考えるなら勉強をするよりもライトノベルを読み漁るべきだったの?私には年の離れた優秀な兄がいた。
自慢の兄で人間的にも尊敬できた。 父は病院の院長で兄は父の病院を継ぐことを両親から期待されていた。私は兄と比較されるわけでもなく、すでに優秀な兄で満足している親からすれば関心を持たれない存在だった。
あるきっかけから自分が父の病院を継ぎたいと思っていたが、両親の期待は常に兄にあった。兄が東大に行ったため、兄より有能であることをアピールするには最低でも東大を目指さなければならなかった。
生まれつきの天才である兄と違い、凡人であった私は中学受験にも失敗した。凡人でも人の10倍努力をすればいつか天才と戦えると信じ、恋愛も、娯楽、友人も全てを捨てて勉強に時間を割いた。
ライトノベルの世界に転生するようなことがあっても原作など知る由もない。そうこう思いを巡らせているうちに、ノックとともに先ほどの少年が入ってきた。
「先程はありがとうございました」 私は立ち上がりその少年にお礼を言った。「そなたは誰だ? 目的はなんだ? 」
「すみません。どうやら、私、この体に憑依してしまったみたいなんです。私は誰なんでしょうか?そなたと私を呼ぶということはあなたはやんごとなき身分の方ですか? 」私の言葉に少年の表情が少し歪み、紫色の瞳が曇る。
「確かに、完璧令嬢と名高いエレナが、あのような失態をするというよりは、そなたの虚言ともとれる言動を信じた方が良いかもしれないな」
驚いた、こんな現実離れした話を少年は受け入れてくれている。 「え、信じてくれるんですか? あなた神ですか? 」私は拝むようなポーズを少年に取ると、少年は少し呆れたような顔をして私に言った。
「神ではない。アラン・レオハード。この帝国の皇太子だ。そして、そなたはエレナ・アーデン侯爵令嬢。私の婚約者だ」「婚約者? 年の差は? あなた、いや皇太子殿下は10歳くらい、私は17歳くらいですよね? あと、同じ名前です。私の本当の名前えれなです。松井えれな」
アランは、少しムッとしたような顔になり、一言返してきた。
「し、失礼な私は12歳だ。そなたは17歳であっている。名前が同じか、エレナの中にはいるだけに縁があるようだが、思慮深いエレナとは性格は違うようだ」
エレナはしっかりした子らしい。
「失礼致しました。皇太子殿下。でも、殿下、精神年齢はとても高そうですね。私が嘔吐した時も非難するでもなく迅速に対処してくださった」私は、彼に感動し感謝した。
ここまで対応能力のある小学生はなかなかいない。「それは当たり前だろう」
アランは本当にしっかりしている。
「当たり前ではないですよ。今もこうしてありえないような私の話を真剣に聞いてくださっているではないですか」少年は少し頰を赤くして照れたように押し黙った。
「私、これからこの世界のエレナとしての生を送るのか、また元の世界に戻るのかわかりません」
彼の表情が一瞬曇り、彼を安心させたくて私は続けた。
「でも、これだけは言えます。エレナがこの体に戻るようなことがあった時、彼女が困るようなことはしたくないんです」彼は私の言葉に紫色の瞳を輝かせると、しばらく人払いをするように外の護衛に伝えた。
「皇太子殿下のエレナが戻るまで私がエレナを演じようと思います」
アランはエレナを大切にしているようだし、皇太子という地位もある。
味方にして助けてもらうのが得策だと思った。「ありがとう。私もエレナにはよく助けられた。未来の夫としてエレナにできることは何でもしてやりたい」
彼の真剣な表情を見て気が付いた。彼はエレナのことが好きなんだと。
だからこそ、私が本当のエレナではないとすぐに気が付いたのだ。「エレナが戻ってきた際に困らないよう、そなた自身がこの世界で生活できるように私も取り計らう」
彼が少し寂しそうな顔をのぞかせた。
彼も彼のエレナが戻らない可能性に気が付いているのだろう。「私、努力の天才なんですよ。任せてください」
彼を少しでも元気づけたくて私は胸を張って言った。「ありがとう。では、これからそなたに新しい家庭教師をつける。彼女にだけはそなたの事情を話そう」
「こちらこそ、ありがとうございます。お任せください。このエレナもなかなかだと殿下に言わせてみせます」
こうして、私の秘密特訓の日々がはじまったのであった。
アランが紹介してくれたのは彼の乳母だったスカーレット伯爵夫人だった。
私をなんとかしようと、必死になり厳しくしてくる彼女がありがたかった。たまに、私にあまり関心のなかった自分の母の姿と比べ寂しくなったが、
期待をしてくれているスカーレットやアランに応えたくて寝る間もおしみ努力をした。日々、窓の外を見るしか息抜きのない時間の中で私はどうしても気になることがあった。
アーデン侯爵邸の護衛騎士たちの勤務態度だ。 しょっちゅう休憩をとっているし、お昼時には誰もいない時もある。お昼になると、なかなか戻ってこない。
日本でも地方公務員がたまにやると言われる中抜けってやつだろう。侯爵と侯爵夫人が領地の方に行っていて留守だからなのか、それにしても目に余る。
これだけ、豪華な邸宅だしっかり守ってもらわないと。 強盗でも入ったらどうするのだろうか。「この侯爵邸の勤務表を見せて頂けるかしら?」
侯爵邸は騎士団を持っていて有事には出動もしたり、時には私の護衛をするらしい。 黒髪に翡翠色の瞳を持ったエアマッスル副団長が全騎士のスケジューリングをしていると聞き私は彼を呼びつけた。騎士たちは2交代の12時間勤務で、4日働いて1日休むという形をとっていた。
昼と夜の担当の人は基本的に固定らしい。 午前と午後の8時に交代をする。お昼や休憩はできる限り重ならないように、随時とるようにしているということだった。
「勤務の仕方、こんな感じに変えてくれる?」
私の考えた勤務は8時間の3交代勤務、 午前5時から午後1時、午後1時から午後9時、午後9時から翌朝5時だ。これらをA勤務、B勤務、C勤務とし、
全騎士がA、B、C、休、A、B、C、休、休 という順番で勤務するのだ。A勤務、B勤務、C勤務から始まる騎士にわけ、必ず誰かが出勤し全ての時間の勤務を経験できるようにした。
「食事休憩などの休憩は必ず勤務時間外にとってね。勤務時間は仕事に専念すること。それから夜間勤務は手当もつけるから」
優しい微笑みを浮かべるよう意識しながら、新しいシフト表を出しながら説明する。
「夜間勤務に手当がある上に、2連休があるんですか?」エアマッスル副団長は、飛び上がりそうに喜んだ。
「そうよ、2連休もあれば家族に会いに行ったり、剣術の訓練をしたりブラッシュアップもできるでしょ」
自主的に訓練はして欲しいものだ、侯爵邸の騎士団は見るからに頼りない。「自分はもちろん副団長として訓練に励みます」
エアマッスル副団長が得意げにいう、有言実行を願うのみだ。「じゃあ、今日からこのシフトで勤務してくれる?」
もちろん受け入れてくれるものだと思っていた。「あ、でも、新しい勤務でよいか侯爵夫人にお伺いして侯爵様に裁可して頂かないと」
夫人にお伺いをたてるだなんて、かかあ天下なお宅なのかしら。
「侯爵の留守時として緊急に私が裁可することはできないの?」
3人家族のようだから、当然、侯爵家の人間として家に残っている私が裁可できるものだと思っていた。
「一応、軍に関わる裁可は命に関わるものですので成人してからとの決まりなんです」
帝国では18歳で成人らしい、エレナは再来月には18歳になるとのことだった。
「じゃあ、これはあなたが考えたってことで、試しに今日からこのシフトでやってみて、お父様たちが戻り次第そのお試し期間の成果とともに提案するのはどうかしら?」
エアマッスル副団長に恩を売っとくことにした。
「え、いいんですか?」 彼は、ほくそ笑みながら言った。まあ、脳筋には思いつかないだろうし、知恵を分けてあげよう。
「君の手柄にすると良いってやつよ」彼の肩を叩きながら言ってやると副団長は上機嫌で他の騎士たちの元への去っていった。
「超ブラック企業へようこそ。脳筋は扱いやすくていいわ」
部屋で1人呟きながら考える。8時間休憩なしの勤務なんてとんでもないけれど、
実際、私を護衛することになったら、それくらい集中力を続かせられるようにして欲しい。朝、昼、夜注意するべきことは違うのだから全員が全ての時間帯を経験してもらった方が、
突然の離職などにも対応しやすいだろう。成人してから裁可できるものなど、帝国法には独特のきまりがあるらしい。
しっかり、頭に叩き込んでおく必要がある。新しい勤務のプランも副団長が考えたことにして結果的に良かっただろう。
侯爵や侯爵夫人が自分の娘に他人が憑依していると気が付いた時どういう反応をするか分からない以上、
気が付かせないように注意した方が安全だ。これまで、エレナがしなかったような事には手を出さない方が無難だろう。
1ヶ月が経った時、私の完璧令嬢育成計画の発表の舞台が訪れた。
第一皇子の凱旋を祝う宴会だ。「いざ、新生エレナ・アーデンの初陣じゃ!」
朝から入浴をしたり準備をして、夕方やっとドレスという戦闘服を着た私は秘密アイテムを持って馬車に乗った。ナンテンである。乗り物酔いには生葉を噛むとよいらしい。
日本でも民間薬としてよく用いられ、果実には鎮咳作用があり、生の根は頭痛に効くらしい。私がなぜこのようなことを知っているかというと、勉強の息抜きに雑学を極めていたからだ。
東大に入学したら東大生タレントとしてクイズにでも出る可能性があるかもしれないと思ったのだ。高校生クイズにも出ようかと思ったが、一匹狼だった私には一緒に出る仲間がいなかった。
青春は大学入ってから、謳歌すれば良い。 私は、自分にそう言い聞かせながら努力を重ねてきた。日本の薬局で売っている酔い止めとまではいかないが、
私の秘密アイテムも効果を示し、私はそこまで酔うことなく初めての戦場に到着したのだ。「皇太子殿下にエレナ・アーデンがお目にかかります」
「今日は体調が良さそうだ。」
アランが安心したような表情で私に手を差し出した。1ヶ月の私の成果を見たら、きっと彼を安心させられるはずだ。
礼節を身につけたくさんの知識を得てきた。 さあ、いざ本番だ。「あら、残念。」俺はイヤホンから聞こえた、エレナ・アーデンのサンプルボイスに恐怖のあまりイヤホンをはずしてしまった。声だけで男を誘惑できる。超人気声優さんらしく、見た目が可愛いらしい。でも、この声優さんのスゴさは東京女らしいクレバーさだ。このセリフはエレナがライオットに無理な要求をして、初めてライオットが断った時のセリフだ。エレナはライオットに断られても別プランを持っているので、全く残念とは思っていない。だから、残念そうに言わないのが、このセリフを言う時の正解。適当に言われたことで、ライオットはエレナの要求をのまないと彼女に切り捨てられると思って焦る。結局、ライオットはエレナの無理な要求に従い、帝国に不利なことをしてしまう。このセリフをこんな風に適当に魅惑的に言うということは、脚本からライオットやエレナの関係性や心情の理解をしていないとできない。こんな声でこんなセリフを聞いたらオタクはいくらでもお金を貢いでしまいそうだ。この声優さんは東京で生き残るだけはある。可愛くて声が良いだけでは生き残れない、どういう風な話し方をすれば、人の気持ちを惹きつけるか常に計算している強かな女だ。俺の思っているエレナ・アーデンそのものだ。そんなことがあって楽しみにしていたアニメ第1話を見ようとしていた時だった。俺はオープニングを見た時点で今までにない、吐き気と冷や汗に襲われた。アニメのオープニングのクオリティーがとてつもなく高かったのだ。短期間でこれだけものを作ったアニメ制作会社の人たちを思い浮かべてしまった。きっと、俺のいたようなブラックな職場だ。やりがいを感じるように強制され、寝る間も惜しみ仕事に没頭させられる。『赤い獅子』はネタ元があったから書けた。その上、メディア界のフィクサーにエレナが気に入られたから運良くヒットした。フィクサーのおじさんのように成功していると美女に振り回されたい願望でも出てくるのだろうか。俺はもう強かな東京女に振り回されるのはたくさんだ。
エレナ・アーデンに憑依していたという松井えれなちゃんだ。「本当にとんでもなくバカな子なんだろうな。」そう、きっと彼女はとんでもなく愚かで本能に正直な子だ。だけど、自分自身が異世界だろうと主役であるふるまいができる子。そして実は強かなたくましさのある子に違いない。自分の婚約者の兄の脱獄を手引きしようとしたんだ。あんな完璧ボーイのアラン君より、パンツを履いているか心配のライオットが好き?にわかには信じがたい、男の趣味が悪すぎる。恋愛経験がない恋に恋する女の子なのかもしれない。赤い髪に黄金の瞳をもったワイルドな見た目。「ワイルド系が受けるのは若い時だけなんだよな。経験を積めば、包容力のある男の方が良いってえれなちゃんも分かるだろうに。」俺がライオットに憑依した時、彼はルックスも含めてティーンに受けそうな主人公だと思った。登場人物の見た目も含めて参考にさせてもらった。でも、松井えれなちゃんは俺のようなニートではない。異世界に1度目憑依した時は30分くらいだった。それでも、異世界では自分の世界以上にいる時いじょうの無力感を感じた。自分の世界で何もできない人間が異世界に行って何ができるのだろう。今も前にライオットに憑依した時も俺は何もかもが違うこの世界で何かできる気がしない。松井えれなちゃんが異世界でやらかしたと言うことは、彼女が自分の住む世界である程度の万能感を持って暮らしている人間だということだ。そうでもなければ、全く常識も何もかも通用しない世界でやらかすことさえできない。その上、手紙から察するにアラン君以外松井えれなちゃんがエレナ・アーデンのフリをしていたと誰も気づいてなかったとのこと。ものすごく本能的なバカに見えるけど、完璧令嬢エレナのフリをできるレベルだったということだ。俺がパンツもはいてるかわからないライオットのフリをしているのとは次元が違う。それに、アラン君の手紙の20通目までに書かれていた松井えれなの行動記録。たった2ヶ月のことなのに、凱
兄上、帝国に兄上を迎える準備が整いそうです。また、兄上とお話しできるのを楽しみにしています。アラン君の268通目の手紙の最後にそう書いてあった。俺はその言葉に震撼した。俺は彼と会うわけにはいかないのだ。彼は絶対に俺が本物のライオットではないと気がつくだろう。彼は俺が本物の兄ではないと気づいても大切にしてくれると思う。どれだけ彼が器の大きい優しい男かは知っている。しかし、彼はとんでもなく過保護で重い愛を兄に対して持っている。俺にも7歳年下の弟がいるが、もっとドライな関係だ。東京に出てからは盆暮れ正月に会うくらいだ。連絡なんて取り合わないし、年の離れた男兄弟なんてそんなもんだと思っていた。アラン君の兄への想いは、とてつもなくウェッティーだ。なにせ、俺は本物でないことがバレないように1度も手紙の返事をだしていない。それにも関わらず、毎週のように手紙を送ってくる。本物の兄が自分の知らない異世界にいるなんて知ったら、彼は心配のあまり卒倒するのではないか。手紙でアラン君に俺は島生活が気に入っているから帝国に戻りたくないと伝えれば良いかもしれない。でも、ライオットがどういう手紙の書き方をする人物なのか分からない。筆まめなアラン君のことだ、兄弟間でお手紙回しをしていたかもしれない。俺はこの優雅でのどかな生活に甘えていた。弟のアラン君のヒモか現地妻のようなポジション。彼から惜しみない愛を注がれている。傷ついた心を癒されて、今なら普通に東京でまた頑張れそうだ。俺はのんびりした生活で日本での生活を忘れそうになっていた。だから、アラン君の年表ラブレターを見習って自分の日本での生活を書き留めていた。今まで俺が生きて来た自分史みたいなものだ。地方出身の男が東京に夢見て、その非情さに打ちひしがれる話だ。それを出版して、あとがきに俺からアラン君へのメッセージを書いて俺の動向をチェックしてそうな彼に伝えようと思った。「島生活は執筆活
この世界そのものが一夫多妻制で、男尊女卑な傾向があった。しかし、アラン君の行った改革によって急速に男女平等に傾いていった。年齢も性別も関係なく能力によって要職に就けてしまうのだ。貧乏貴族令嬢や貧しい平民が家のために、望まぬ結婚をしなくてもすむ道筋が作られていた。貴族間においても、恋愛結婚する人も増えて来た。ほどなくして、北部の3つの国も帝国領となった。俺は、その1つの国に1時的に身を置いていたことがあった。驚くことに国民たちはエスパル王国が帝国領になったことで豊かになったのを見て、自分の国が帝国領になることを期待していた。愛国心より、自分の生活が豊かになることの方が大事なのだ。エスパルの出身者が帝国において一切の差別を受けておらず、能力さえ示せれば夢のような生活を送れることを示していた。帝国史を学んだり、帝国の要職試験への対策をすることがブームになっていた。そしてその国も、帝国領となり、俺はまた帝国外に移動した。アラン君に判断してもらうことを、人は平等な判断と思うようになっていた。アラン・レオハードという神の前で人は平等で、彼が献身的に帝国民に尽くしているのは誰の目にも明らかだった。彼が同等の権利を与えているエレナ・アーデンも女神のように思われていた。最初はアラン君は幼く皇帝としてどうかと不安を持たれていたらしい。俺の見た彼の姿は地上に舞い降りた天使の子だったからわかる。その外観からは彼を愛でたいという感情は湧いても、彼に従いたいと思わせるのは難しかっただろう。人々の生活を目に見えて変えることで、アラン君は自分が皇帝という地位にふさわしい人間だと納得させていったのだ。今は誰もがひれ伏すほどの絶世の美男子になっていて、その姿が余計に彼を余計に神格化しているようだった。毎週のように届くアラン君の手紙には、いつも花の種が入っていた。その花を育てるのが俺の楽しみだった。「さあ、次はどんな赤い花が咲くのかな?」水をあげていると、とても優しい気持ちになれた。いつ
「登場人物が生きてないんですよ。」2作目もダメ出しをくらった。心理描写については1作目より褒められたが、キャラクターに魅力がないらしい。それは、そうだ俺自身が女や人間に失望している。そんな俺に魅力的なキャラクターなど書けるはずもない。適当な甘い言葉にフラフラする薄っぺらい人間しか俺には書けない。人間という存在に魅力を感じていない、今すぐ人間をやめて鳥にでもなりたいくらいだ。俺の信じた人間は、結局俺のことをそこまで愛してもくれていなかったじゃないか。困った時に手を差し伸べてくれる人など1人もいなかった。女なんて調子の良い時だけ近づいてきて、俺を暇つぶしに使っていただけだ。出版社のブースで気落ちしながらダメ出しをくらっていたら、急に辺り一面が光って、ライオット・レオハードに憑依した。ライトノベルをひたすらに書く毎日を送ってたせいか、俺は異世界に転生したとすぐ判断した。あの時の俺はラノベ作家として成功することしか考えてなくて、ひたすらに異世界の情報を集めた。しっかりとモデルがいるから魅力的な登場人物が書ける気がした。兵士達は不幸皇子ライオットに気を遣って言いづらそうにしていたが、6歳の弟に乗り換えた強欲美女が気になって仕方なかった。一時的な記憶喪失を装い、とにかく彼女を中心とする人物の詳細を集めた。女性不信を最高に極めていた俺は彼女を徹底的に悪として書くことにした。俺の知っている女の強かさやズルさを詰め込んでやろうと思った。物語の中で思いっきり破滅させてやることで、俺を傷つけた女という存在そのものに復讐してやろうと思った。アラン君は自分の一番の後ろ盾であるカルマン公爵家を粛清しただけではない。皇帝に即位するのと同時に公の場で紫色の瞳の逸話も完全否定してしまった。彼が自分の立場を弱くすることを自らしていることが心配だった。俺の心配をよそに帝国の領土はとてつもないスピードで拡大していった。俺はその都度、帝国外の国に引越しをした。どこにいっても豪邸暮らし
『赤い獅子』での、アラン・レオハードは何にもできない世間知らずのおぼっちゃまだ。美しい婚約者エレナの言うことを疑うことなく、何でも聞いてしまう愚かな男。俺は以前ライオットに憑依した時、伝え聞いたアラン君の境遇は恵まれ過ぎていた。自分でも気がつかないうちにアラン君に嫉妬していて、こんな酷いキャラクターにしたのだろう。本当の彼は、とてつもなく聡明でライオットに対しても深い愛情を持っていた。忙しいだろうに、ライオットが寂しくないようにと毎週のように長文のお手紙をくれる。アラン君の人柄を表すような優しい文字と文章に俺は癒されていた。そして、それと同時に毎日のように考えてしまう松井えれなを少し恐ろしく思っていた。アラン君の婚約者の体を借りながら、勝手に他の人間に恋をして脱獄の手引きをして正体を明かす。アラン君にとって彼女は地獄の使者のような存在だろう。なぜ、彼女が剣を携えた騎士の中で自分の正体を明かしたり、好きな男を思い危険を顧みず脱獄の手引きをできたのか考えた。アラン君の最愛のエレナ・アーデンの体に入っていたからだ。そんな可能性を知りつつ彼女が自由に降り回っていた可能性に辿り着くと純粋で無鉄砲なだけではない松井えれなが余計に気になってしまった。21通目のアラン君の手紙から細かすぎる感想付きの年表のような展開がはじまった。この体の主ライオットとアラン君の出会いから時系列に沿って書かれていた。アラン君は0歳の時から、周囲の人々が話す言葉を完全に理解していたようだ。彼は全ての会話の内容を覚えていて、その時自分がどんなことを感じたかが書かれていた。ユーモアのある、優しい兄上が大好きで恋しいというのが行間からひしひし伝わってきた。アラン君は本当に兄ライオットに対して過保護だった。「兄上、パンツは履いていますか?」と書かれていた時には、ライオットは3歳児か何かなのかと笑いそうになった。アラン君はものすごく警戒心の強い子のようだった。「兄上、周囲の人間はみんな詐欺師です。親切な人はみんな兄上を陥
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