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第43話

Author: ルーシー
玲奈は警察署で取り調べを受けてから、8時間拘留されてしまった。

夜の9時になって、ようやくある警察官が拘留室のドアを開け、彼女に言った。「春日部さん、保釈してくれる方が来ました。帰っていいですよ」

保釈してくれる人?

心晴?

それとも春日部家の人なのか。

玲奈は詳しく聞かず、立ち上がって警察に「ありがとうございます」と言った。

すると、拘留室を出た。

警察署のロビーにあったのは、ここには場違いのような姿だった。

それは智也だ。

スーツ姿の彼は入り口に立ち、玲奈に背を向けていた。背が高くバランスの取れた体格が、まるで歩くマネキンのようだ。スラックスに包まれた長い足も含め、実に完璧な外見を持っていたのだ。

しかし、夜の夫婦の営みでは、彼は一度も玲奈に満足を与えたことがなかった。

恐らく、幸せに満たされる人は沙羅だけだろう。

玲奈の足音に気付いていたが、なかなか出てこないので、智也は振り返って言った。「行こう」

彼の声には感情が込められておらず、顔にも何の情緒が見えなかった。

玲奈は彼にどう思われても構わなかった。

和真を殴ったのは確かに衝動的だったが、別に後悔はしていない。

「うん」

彼女は淡々と返事し、彼を避けて警察署を出た。

以前のように、彼と肩を並んで歩きたいとも、手を繋ぎたいとも、もう思わなかった。

今は、彼は彼、彼女は彼女、全く無関係な二人だった。

智也のロールスロイスが道端に止まっていたが、玲奈は乗る気がなかった。

彼女が手をあげ、タクシーを拾おうとした時、智也は助手席のドアを開けてくれた。「車に乗れ、話がある」

玲奈は手をおろしたが、助手席に乗らず、自分で後部座席のドアを開けて乗り込んだ。

智也は少し驚いた。今まで玲奈に対してこんなことをしなかったが、彼女はきっと内心ではそれを望んでいたのを分かっていたのだ。

しかし、今彼がそうやってあげたのに、彼女は全く興味がないようだった。

その一瞬、智也はどうしたらいいか分からなくなってしまった。

暫く沈黙してから、彼も後ろに乗り込んだ。

玲奈は彼が自分の隣に座ったのを見て、わずかに眉をひそめた。

もう長い間、二人はこんなに近く座っていなかったのだ。

智也は煙草を吸うが、香水も付けるので、彼から常にいい香りがした。

二人は黙ったまま車に座り、空気がますます重
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