LOGIN十八歳で行き遅れと言われるカイザーク王国で、婚約者が現れないまま誕生日を迎えてしまうリージュ・フェリット。 しかし、父から突如言い渡された婚約相手は十三歳の王太子アイフェルト・フェイツ・カイザーク殿下で!? 何故好意を寄せられているのかも分からないリージュは恐る恐る王城へと向かうが……。 雄過ぎるショタによる溺愛ファンタジー!!
View More「リージュ、お前の婚約が決まった」
暖かな息吹が感じられる春のある日に、父の執務室に呼び出された私、リージュ・フェリットは、その言葉に目をぱちりと瞬いた。
「婚約……ですか? 急な話ですね」
私は今年、十八歳を迎える。
この国、カイザーク王国では十三歳で婚約が解禁されるけれど、今までそんな話は微塵も無かったのに。他の子息令嬢達が早い内から婚約が決まっていく中、私には一向に求婚者は現れなかったのだ。
我が家は伯爵家で、それなりの地位もあるのに決まらない婚約に、周りは私を腫物扱いし、社交界では浮いていた。早ければ、成人の十六になってすぐ結婚する人も多い中、私は既に行き遅れの部類になってしまっている。
それが急に?
一体どんな物好きが相手なのか。
「お相手はどなたですか?」
父は難しい顔をして黙り込んでいる。
何かを言いかけては、また口を閉じるといった仕草を繰り返し、大きく息を吐くと、意を決した様に私を見つめ声を張る。
「お相手は王太子殿下、アイフェルト・フェイツ・カイザーク様だ」
その言葉に、驚きのあまり口を閉ざしてしまった。
父も私の様子をじっと見ている。
しんと静まり返った室内に、時計の秒針の音だけが鳴り響く。
十分すぎる間を置いて、私は驚愕の声を上げた。
「ア、アイフェルト殿下!? 何故……殿下は今年十三になられたばかりのはず。婚約者ならば同じ年頃の令嬢が選ばれるのでは? どうして私なんか……」
驚く私に、父も小さく溜息を吐き、首を振る。
「分からん。ただ殿下がお前を強くご所望なのだ。私とて今から王妃教育は難しいと申し上げたのだよ。それでもお前以外は娶りたくないと仰って……国王陛下も、何故か乗り気でな。お前は殿下と面識があるのか?」
その問いに、私も思案するけれど、全く身に覚えが無い。殿下は今まで、王家主催の夜会にもおいでにならなかった。
それはまだ、社交界にお披露目されていなかったから。十三歳になられて、正式に立太子される。そのための夜会が、五日後に迫っていた。
勿論私も参加するけれど、殿下とはそこで初めてお会いするはず。そう告げると、父は唸りながら溜息を吐いた。
「どういう事だ。国王陛下からは、その夜会でお前との婚約を発表するとお達しがあった。殿下からは、ドレスと装飾品一式が贈られている。夜会にはそれを着て参加する様にとの仰せだ」
その言葉に、私は疑問を投げかける。
「ドレスですか? ︎︎でも私の寸法など、ご存知ないのでは……」
父もそれは気になっていたのか、頷きながらも苦悶の表情を浮かべている。
「ああ。私も気になってな、ネフィに確認させた。問題無いどころか、ピッタリだろうとの答えだったよ」
ネフィというのは、私付きのメイドの名前だ。小さい頃からの付き合いで、私の事ならなんでも知っている。そのネフィが言うのなら間違いないと思われた。
父は溜息交じりに口を開く。
「相手は王太子殿下だ。お前の情報を手に入れるなど造作もないんだろう。一体何をお考えなのか……」
まだ四十手前の父の顔は、一気に老け込んで見える。父の意見には私も同感だった。
私は特別見目が良い訳でも、頭が良い訳でも無い。どこにでもいる、薄い茶色の髪に鳶色の瞳。体型だって、至って普通なのに、何が王太子殿下のお気に召したのか。
父は何度目かも分からない溜息を吐きながら、表情を引き締めた。
軍議が終わり、諸侯達がそれぞれの持ち場へと散っていく。 アルは私の手を取って優しくエスコートしてくれた。「リリー、体調は大丈夫? 少し外の空気を吸っていこうか」 私はその言葉に頷いて、一緒に歩き出す。 王宮から離宮までは散歩に丁度いい距離で、重苦しい軍議からの息抜きには最適だった。 途中の中庭で足を止め、東屋で一休みする。 お腹の膨らみは日に日に大きくなって、歩くのも大変だ。最近ではお腹を蹴ることもあって、元気に育ってくれているのが嬉しい。 アルもお腹を撫でながら語りかけてくれる。「今日も元気だね。会えるのはまだ先か……その頃には、この騒動も収まってるといいね」 そう言って微笑むアルに、私は頷く。「はい。この子や、これから生まれてくる命が脅かされることの無いよう、頑張らなければ」 この戦は、何もヴィスハイムやアックティカ、トスカリャだけの問題ではない。アックティカが鎖国したことで市場は崩れ、その影響は世界各国に及んでいる。 野菜の品不足による高騰、そして栄養の偏りから引き起こされる病も深刻化して来ていた。 農業とは、一朝一夕で補えるものではない。土づくりから、種植え、田畑の管理、収穫まで多くの手順が必要なのだから。 他にも農業国家はいくつかあるものの、市場に出回るには時間がかかってしまう。商隊の数にも限りがあり、商家も対応に追われている。 そしてこういう時には悪漢がのさばるのが世の常だ。 商品を買い占め、法外な値段で売りつける者が既に現れ始めていた。これも鎖国の悪影響のひとつだろう。 思わずため息が零れると、アルが私の頬を抓った。「い、いひゃい」 抗議の声を上げる私に、アルはぷっと吹き出す。「リリー? しかめっ面になってるよ? それも可愛いけど、笑ってほしいな」 ぷにぷにと頬をつつきながら、アルは首を傾げる。「あれ……少しふくよかになった? 触り心地最高なんだけど……」
視線が集まる中、私は口を開く。「アックティカは農業国家です。領土には田園が広がり、梟が生息できるほどの森はありません。あるとすれば、それは……」 陛下がその後を継いだ。「テューフグリューン……か……」 私は静かに頷く。「はい。その言葉を告げたのも、アックティカやトスカリャとは違う装束の者でした。現地へ赴いた兵士とは会話ができませんから、それ以上は分かりませんでしたが、狡猾な梟が動くことは間違いないかと」 私の言葉に、諸侯がざわめく。その中をアルは静かに私に寄り添い、肩を抱いて陛下を見据えた。「その件に関しましては、私も兵士と面談し、過去視にて確認いたしました。必要であれば召喚も可能です」 その言葉が後押しとなって、一同は納得したように頷き合う。 アルは私を見つめてふわりと微笑んだ。 やはり、アルがかつて語った番は、お互いを補い合う存在と言えるのだろう。私の遠見を、アルが過去視で確認することで、こうして諸侯を納得させられる。 これが私ひとりでは、そうもいかない。 そもそも、アルと出会わなければ発現しなかった力だ。それはアルも同じ。 精霊王の契約によって穿たれた楔は、私達の絆となっている。 陛下と王妃様もそうなんだろう。 こうして王妃様が軍議に参加すること自体、他国では珍しい。戦は男の仕事というのがごく一般的で、それは戦う力があること、そして子を産む女を守るため、ある種の本能とも呼べるものだ。 だけど私達は手を取り合うことで、更に善き方向へと進める。 地域によっては女性の地位が著しく低く、陽の下を歩くことさえ難しい国が実在する。それが悪だとは言わない。それに至る歴史があり、価値観があるからだ。 精霊王がヴィスハイムと契約した経緯も、その内のひとつでしかない。 そして、アックティカやトスカリャも。 今、まさに歴史が動いている。 悪しき君主が誕生したのも、何か意味があるのかもしれない。 アルの優しい眼差しに応えながら、私は想いを馳せる。 果たして私達は勝つことができるのか。 民を、愛する人達を守ることができるのか。 テューフグリューンを制することが、その結果に直結する。 陛下は静かに顔を上げると、凛とした声で判断を下す。「ホルター、テューフグリューンに罠を施せ。見破られても構わ
「しかしながら」 ホルター様の硬い声が部屋に響く。「傭兵の動きを封じることができなければ、王都に被害が及ぶのは必定。如何に対応するかが問われます」 一同の視線が集中する中で、王妃様が口を開く。「現時点で、私には王都が燃える未来は視えません……ですが、黒い影が視えるのもまた事実。陛下、いかがいたしますか?」 そこには、いつもの穏やかなやり取りは存在しなかった。軍議の場で、公私を混同していては臣下に示しがつかないからだ。それは私も見習うべき点であり、次代の王妃として、その凛とした姿を目に焼き付けた。 陛下は思案すると、ホルター様に視線を向ける。「敵軍が到着する前に、罠を仕掛けることは可能か? 奴らは鼻が利くから効果は無いだろうが、進路を誘導し、森を抜けた先で討つ」 陛下の言葉に、ホルター様も頷いた。「それがよろしいかと。アックティカの民兵は、鎖国によって既に疲弊しております。トスカリャも、山間トンネルの強行により頭数は減っていると見てよいでしょう」 そして、ひとつの大きい黒い駒を動かす。それは森を真っすぐ抜け、ルストニカ平原へと至った。「一番憂慮すべきは傭兵団の頭目、狡猾な梟。その名が表す通り、狡猾で残忍な人物です」 低く唸るようなホルター様の声に、部屋に重い空気が広がる。「本名不明、性別も年齢も不明の不気味な存在です。かつてアックティカの行った川への毒物投与、それも奴の指示だと噂されております。たかが噂、されど無視するにはあまりに危険です」 みなの視線が陛下に集中する。アルも、陛下の隣で思案していた。
ルストニカ平原は、国境の森から約二日の距離にある。 このままアックティカとトスカリャが進軍を続ければ、一週間後には森に辿り着くだろう。そこで叩かない理由は、ゲリラ戦を得意とする傭兵がいるためだった。 ルストニカ平原で布陣を築けば、我が軍は迎え撃つ体制を整え、王都を戦火から守ることもできる。しかし、それは相手も重々承知しているはずだ。 そうなれば、やはりこの戦の肝は国境の森、テューフグリューンが握っている。 平原を横断するこの森は、越えるだけなら半日程度の深さしかない。けれど、東西に長く伸び、その樹影に潜み後方に回られてしまう危険性も持ち合わせている。補給路が立たれれば、勝てる戦も勝てなくなるのは必定だ。 今開かれている軍議も、まさにその件についてのもの。 私は身重のため着席を許され、椅子に座ってその様子を見つめる。 主だった貴族が陛下を中心に円卓を囲み、ざっくりと描かれた地図に注視していた。陛下から見て下方にカイザークの国旗、中央にテューフグリューンを示す緑の線、その上にアックティカとトスカリャの国旗が描かれている。カイザークには青、アックティカには赤と黒の駒が複数配置され、白い髭を蓄えた元帥、ホルター様が場を仕切って声を上げた。「十中八九、敵は傭兵を重用するでしょう。陽動、攪乱、そして補給路の断絶を狙って行動すると予想します」 ホルター様は黒い駒を、緑の線の上へ移動させ、その淵に沿ってカイザーク軍を表す青い駒の後ろに回す。ここまでは、私でも分かる流れだ。問題はその後。ホルター様はアックティカ、トスカリャの連合軍へと視線を向ける。「アックティカの戦力は、その殆どが民兵です。兵士も、繁忙期には農民として畑に出ます。その錬度は極めて低いでしょう」 そう言って、一部の赤い駒を後ろに下げる。「そのため、主戦力はトスカリャと見て間違いありません。大将首は首領、ダッツェ・バズ。十年連続で首領を務めている猛者です。しかし、戦となればこちらに利があります。一対一と多対多の違いを思い知るでしょう」 トスカリャの首
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