その刃は、声なきままに首を断つ

その刃は、声なきままに首を断つ

last updateLast Updated : 2025-12-22
By:  三毛猫丸たまUpdated just now
Language: Japanese
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 過去の事件により、記憶を封じられた殺し屋。  アラーナ・ノクターン。  王国の闇を歩き、命じられた首を、ためらいなく狩る。  その動きは祈りのように静かで、その刃は、夜気よりも冷たい。  語ることも、嘆くこともなく、彼女の存在は風のように通り過ぎる。  光は届かず、血も熱を持たない。  世界の底で、ただひとり、彼女は「沈黙」という名の孤独を抱いていた。  けれど、刃が触れるたびに、ほんの一瞬だけ、生と死のハザマに“音”が生まれる。  誰にも届かぬその音こそ、彼女がこの世に残せる唯一の“声”。  ――その刃は、声なきままに首を断つ。  アラーナの声は、ひとつの詩となる。

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Chapter 1

幕零 伝承の街

 夕暮れ。

 ルメアの下層区は、深く沈んでいた。

 市場は閉ざされ、風見鶏は止まっている。

 風だけが、影のように通り抜けていった。

 通りの片隅で、子どもたちが輪をつくる。

 声は小さい。けれど、確かに歌があった。

 誰が教えたのかも、いつから始まったのかもわからない。

 それでも皆、その歌を知っていた。

 少女がぬいぐるみを抱き、片足で回る。

 歌が輪を描き、影が地面に伸びる。

 風が通り抜け、誰かの髪を揺らした。

―――――――

 ねぇねぇ おしえて

 だれのなまえが きょうはきえるの?

 しらないこえが ふりむいたら

 くびが ころん おちるから

 なまえはかくして ほら うたおう

 しんだふりして ねむろうよ

―――――――

 それは遊びだった。

 目隠しをした鬼がひとり、中央に立つ。

 誰かがそっと背を叩き、「なまえは?」と囁く。

 答えられなければ捕まる。

 ただ、それだけのこと。

 意味を知る者はいない。

 けれど、この街では“暗闇で名を呼ばれたら首が落ちる”と信じられていた。

 石畳の向こうで、店主が窓を閉めた。

 古書屋の老婆は本を読むふりをしている。

 誰も歌に触れない。

 ただ、聞こえないふりをしていた。

 この街では、名は呪いに似ている。

 呼ぶことは、結ぶこと。

 呼ばれることは、切られること。

 それでも、誰かが必ずその歌を口にする。

 忘れないために。

 あるいは、思い出してしまうために。

 その歌は、今も起こっている。

 ほんとうに“あった”ことだった。

 けれど――誰も、その意味を知らない。

 風が通りを撫でた。

 輪が揺れ、歌が止まる。

 空気が一瞬、遠い過去の色を帯びた。

 その夜、ひとつの名が誰にも知られずに消えた。

 誰もそれを知らない。

 けれど確かに、存在していた。

 それは過去ではない。

 今も起こっていることだった。

 けれど、“誰の話か”を知る者はいない。

 物語は記録されなかった。

 沈黙の底で、ひとつの刃が動き出す。

(つづく)

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幕零 伝承の街
 夕暮れ。 ルメアの下層区は、深く沈んでいた。 市場は閉ざされ、風見鶏は止まっている。 風だけが、影のように通り抜けていった。 通りの片隅で、子どもたちが輪をつくる。 声は小さい。けれど、確かに歌があった。 誰が教えたのかも、いつから始まったのかもわからない。 それでも皆、その歌を知っていた。 少女がぬいぐるみを抱き、片足で回る。 歌が輪を描き、影が地面に伸びる。 風が通り抜け、誰かの髪を揺らした。――――――― ねぇねぇ おしえて だれのなまえが きょうはきえるの? しらないこえが ふりむいたら くびが ころん おちるから なまえはかくして ほら うたおう しんだふりして ねむろうよ ――――――― それは遊びだった。 目隠しをした鬼がひとり、中央に立つ。 誰かがそっと背を叩き、「なまえは?」と囁く。 答えられなければ捕まる。 ただ、それだけのこと。 意味を知る者はいない。 けれど、この街では“暗闇で名を呼ばれたら首が落ちる”と信じられていた。 石畳の向こうで、店主が窓を閉めた。 古書屋の老婆は本を読むふりをしている。 誰も歌に触れない。 ただ、聞こえないふりをしていた。 この街では、名は呪いに似ている。 呼ぶことは、結ぶこと。 呼ばれることは、切られること。 それでも、誰かが必ずその歌を口にする。 忘れないために。 あるいは、思い出してしまうために。 その歌は、今も起こっている。 ほんとうに“あった”ことだった。 けれど――誰も、その意味を知らない。 風が通りを撫でた。 輪が揺れ、歌が止まる。 空気が一瞬、遠い過去の色を帯びた。 その夜、ひとつの名が誰にも知られずに消えた。 誰もそれを知らない。 けれど確かに、存在していた。 それは過去ではない。 今も起こっていることだった。 けれど、“誰の話か”を知る者はいない。 物語は記録されなかった。 沈黙の底で、ひとつの刃が動き出す。(つづく)
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幕一 祝宴の夜
 暖かな光が、ホールを満たしていた。 燭台の炎がゆらめき、窓辺のレースがやわらかく揺れる。 磨かれた銀器には火の色が映り、花々の香りが空気を染めていた。 音があった。 笑い声、椅子のきしみ、皿が触れ合う音。 それらがひとつに溶け、夜は幸福そのものの形をしていた。 今日は祝福の日。 ノクターン家の第五子。 リシェル=アリシア=ノクターン。 五歳の誕生日だった。 少女は家族に囲まれ、笑っていた。 赤いリボンのドレスは少し長く、階段を降りるたびに裾を踏む。 けれど、そのたびに兄たちが笑い、彼女も釣られて笑った。 兄弟たちの手の温かさが、ドレス越しに伝わる。 その温もりが、幼い胸の奥で初めての誇らしさに変わっていった。 長兄が立ち上がり、少女を抱き上げる。「さあ、この子が今日の主役だ」 拍手が広がる。 光がきらめき、笑顔が花のように咲く。 少女は少しうつむき、誰かの声を聞いた。「アリーシャ。おめでとう」 自分の名前。 その響きが胸に届くたび、心が光に包まれていく。 自分が“ここにいる”という確かな感覚。 名前という音が、存在そのものを形づくっていた。 母が微笑み、父が頷く。 その瞬間だけ、世界は完全だった。 ワインのかわりに、林檎の蜜が注がれる。 兄たちは競うようにグラスを掲げ、父は料理人をねぎらった。 姉が皿を運び、笑い声が続く。 それは、当たり前の夜。 何も起こらないことこそが、幸福だった。 だが――幸福の奥には影が潜んでいる。 扉の向こうは、妙に暗かった。 いつもなら聞こえる給仕の足音がない。 食器の音だけが、異様に大きく響いていた。 光のざわめきが、すこしずつ退いていく。 炎がゆらぎ、空気が変わった。 最初に気づいたのは、父だった。 ゆっくりと立ち上がり、低く言う。「……エリオットを呼べ」 その声が、祝宴を断ち切った。 笑いも音も、静かに消える。 誰も意味を理解できなかった。 ただ少女だけが、 胸の奥で何か冷たいものが落ちていくのを感じていた。(つづく)
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幕二 粛清の始まり
 静寂は、いつも唐突に訪れる。 音が失われるのではなく、音そのものが、世界から役割を奪われる瞬間だった。 祝宴の光はまだ消えていない。 燭台の炎が、ゆらりと揺れる。 蜜の香りが残り、花がまだ咲いていた。 けれど、誰もそれに気づかない。 ホールの扉が、きしみもせずに開いた。 誰の合図も、足音も、名乗りもない。 ただ、黒衣の影が入り込んでいった。 最初に倒れたのは、使用人だった。 言葉を発するよりも早く、ひとつの線が通り抜ける。 皿が割れ、蜜の匂いが広がった。 それでも悲鳴は上がらない。 父が立ち上がり、手を伸ばす。 その動きが、祝宴の残光を断ち切った。 来客たちがざわめき出す。 椅子が倒れ、衣擦れの音が連鎖する。 そのどこかで、再び人が崩れた。  理解よりも早く、死が訪れる。 口を開いた者から、沈んでいく。 少女は動けなかった。 兄の膝の上で、ただ視線を彷徨わせる。 皿の上の蜜がこぼれ、テーブルを濡らしていた。 それが血ではないことに、わずかに安堵する。 姉が叫び、兄が立ち上がる。 その瞬間、廊下から滑り込んだ影。 光も音もなかった。 何かが振るわれ、誰かが倒れた。 その動きは、まるで“祈り”のように静かだった。 父が振り返り、唇を動かす。 その形は、少女にも読めた。「……この子を、エリオットに――」 母が駆け寄り、少女を抱き寄せる。 何かを言おうとしていた。 けれど、声は届かない。 少女の喉は閉ざされていた。 恐怖ではない。 もっと深く、冷たいものが、言葉という概念を押し流していた。 視界の端で、父の剣が走る。 それは、人を守るための剣だった。 だが、影たちは違う。 彼らは“人間を処理する”存在だった。 そして、奥の扉が、音もなく開く。 ひとりの老騎士が立っていた。 銀の甲冑。刻まれた傷。 静かな眼差し。 その姿に、少女はようやく息を吸う。 世界が一瞬だけ、呼吸を取り戻した。 彼の名は――エリオット。(つづく)
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幕三 逃走と封印
 エリオットの剣は、速くはなかった。 だが、重さがあった。 刃は鈍く光り、影の首をひとつ断ち落とす。 乾いた音が響く。 それが、この夜で初めての“音を持った死”だった。 血はほとんど流れない。 闇がそれを飲み込んでいく。 月の光さえ、刃に触れることを恐れていた。 彼は息を整えず、ただ前を見ていた。 倒れた影を踏み越え、母のそばへと進む。「アリーシャを」 短い言葉だった。 母はわずかに頷く。 老騎士は少女を抱き上げる。 体は軽い。 体温が、もう薄れていた。 まるで、存在ごと空気に溶けてしまうようだった。 扉を蹴り、外へ出る。 背後で何かが崩れ、火花が散り、空気が焼ける匂いがした。 それでも、振り返らなかった。 夜気が冷たい。 息を吸うたび、鉄の味がする。 邸の外では、もう煙が上がっている。 炎が夜の色を変え始めていた。 森へ入る。 木々の影が音を飲み込み、 月光がわずかに漏れていた。 少女の体が、腕の中でかすかに動く。 目は開かない。 唇も閉じたまま。 追手の足音が近づいていた。 枝が折れ、地面が沈む。 エリオットは剣を抜く。 一閃。 二閃。 瞬きをする間に、三人が倒れる。 背後から矢が襲う。 幾本もの矢を背中で受け止めた。 熱いものが流れ、視界が揺れる。 それでも、少女を落とさなかった。 木立を抜け、祠が見えた。 古く、崩れかけた石の祠。 誰かを待つかのように佇む巨石。 その前で、彼は膝をついた。 息が荒い。 指先が震える。 それでも、意識は確かだった。 地に少女を伏せ、構文を描く。 空気の上を指がなぞる。 光ではない。 祈りでもない。 それは、“名前を封じる式”だった。「……聞こえていないだろう」「だが、聞いてくれ」 老騎士の声は低く、遠かった。 まるで、誰かの記憶をなぞるように。「記憶を封じる。名も、声も。そのかわり――生きろ」 血が滴り、印を描く。 構文が閉じ、空気が震える。 少女の体がわずかに反応した。 瞼が動き、そして沈む。 声はなかった。 ただ、深く、眠るように――。 エリオットは背を預けた。 剣を土に突き立てる。 風が、彼の白髪を揺らしていた。「……名を持つ者は、狩られる。 だがいつか、思い出せ。おまえが呼ばれていた日を
last updateLast Updated : 2025-12-22
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幕四 朝の門前にて
 朝は、すべてを終わらせた後にやってきた。 霧の残る小道に、木々の影が長く伸びる。 夜と朝の境目が混ざり、世界の輪郭がぼやけていた。 セレスタ・ホームの裏山、その奥にある古い祠から、ひとりの修道女が、少女を抱きかかえて戻ってきた。 少女は軽く、冷たく、それでいて確かに生きていた。 修道女は施設の玄関に入ると、慌てたように院長を呼ぶ。「……祠の前に、ひとりでいました」 声が震えていた。 それでも少女を抱く腕だけは、しっかりと力がこもっていた。 院長が現れ、静かにその顔を見下ろす。 目の前の少女は眠るように目を閉じていた。 皮膚は透けるほど白く、呼吸はかすかに上下する。 だが、その唇からは音が生まれない。 修道女は言葉を続けた。「この子……名前がありません。持ち物も、印章も」 院長はゆっくりと頷く。 そして、何も言わずに腕を差し伸べた。 抱き取られた少女の身体はわずかに揺れたが、目を開くことはなかった。「……名がないなら、呼び名を与えましょう」「呼び名があれば、人はここで生きていける」 静かな声。 それは決して祝福ではなく、ただ“生活”のための言葉だった。 院長は少女の髪に触れ、息を整える。 窓から差す光が、彼女の指先に触れる。 それは、まだ冷たい朝の光だった。「この子を、アラーナと呼びましょう」 修道女はその名を繰り返した。「アラーナ……」 小さく、確かめるように。 その声に反応するように、少女の指がわずかに動いた。 ほんの一瞬。 けれど、その微かな反応だけで十分だった。 院長は目を細め、短く祈る。 祈りは言葉にはならず、唇の動きだけが残った。 その日から、少女はアラーナと呼ばれながら生きることになった。 名ではなく、呼び声だけを与えられた存在として。 やがて、街の片隅に子どもたちの間に遊びのための歌が広まった。 誰が最初に言い出したのかはわからない。 それでも、その響きはゆっくりと街に溶けていった。 ねぇねぇ おしえて だれのなまえが きょうはきえるの? しらないこえが ふりむいたら くびが ころん おちるから なまえはかくして ほら うたおう しんだふりして ねむろうよ それは、名を呼ばれないための歌だった。 声を持たないための祈りでもあった。 そしてその中心には、名を
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幕五 沈黙街の死神
 ルメアの下層区、《沈黙街》。 石畳には泥が溜まり、建物の影は夜よりも濃く沈んでいた。 雨はとっくに止んでいるのに、空気はまだ湿っている。 この街では、風が滅多に通らない。 それでも――ひとつだけ、確かな音があった。 コツ、コツ。 硬質な足音が、路地の奥で均等に響く。 それは、呼吸の代わりに存在を示すようなリズムだった。 黒いロングコートをまとった女が歩いていた。 歩調は静かで、乱れがない。 腰の位置に短い刃がひとつ。 柄の根元だけが、布の隙間から覗いている。 その名を知る者はいない。 あるいは、知っていても、口に出せないだけかもしれない。 この街では、誰もが彼女を“死神”と呼んだ。 誰ひとり、彼女の声を聞いたことはない。 けれど、彼女が歩くたび、“死”だけが確かに訪れた。「ーーっ」 男の絶叫は短かった。 鋭い音も、金属の衝突もない。 首が落ちる。 体は膝を折り、地に沈む。 返り血は飛ばず、息の余韻もない。 ただ、黒い塊のようなものが残る。 女は視線を向けず、懐から封筒を取り出した。 白紙に見えるその表には、“支払済”の構文印が押されている。 名は記されていない。必要もない。 この街では、それで契約が完結する。 封筒を足元に置くと、彼女は一拍だけ呼吸を整えた。 それは祈りではなく、確認のための行為だった。 世界がまだ続いているかどうかを、確かめるように。「……終わり」 低い声が空気を震わせた。 誰も聞いてはいない。 それでも、その一言が確かに“記録”として残る。アラーナ・ノクターン。 それが、彼女がこの街で名乗る名だった。 けれど、その名を呼ぶ者は、いない。 この世を統べる神でさえも、彼女の本当の名を知らない。 仕事が終わると、アラーナはいつものように歩き出す。 振り返らず、確かめもせず。 通りの先で犬が吠え、すぐに鳴き止む。 窓のカーテンが閉じる気配があった。 それだけで、この街の“支払い”は完了する。 足音だけが遠ざかっていく。 それは雨後の滴のように小さく、けれど確かに残響を引いた。 沈黙街の住人たちは、彼女を見ない。 誰もが夜をやり過ごし、朝になれば何も問わない。 そして翌日、路地の片隅には封筒がひとつ落ちている。 “支払済”の印が押され、中には何も入っていな
last updateLast Updated : 2025-12-22
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幕六 契約の残響
 アラーナ・ノクターンは、沈黙街の住人ではなかった。 けれどこの街は、彼女にとって最もなじむ“契約の場所”だった。 声を持たない依頼者たち。 名前を書かず、署名もせず、ただ一枚の封筒を差し出す。 中に書かれているのは、短い指示文だけ。 ──午前三時までに静かにしてほしい。 ──この通りを通らないようにしてほしい。 ──あの女が笑えるようにしてほしい。 誰が、とは書かれていない。 けれど依頼は確かに届く。 そしてアラーナは、必ず応える。「支払いは、済んでいるのよね」 小さく呟き、封筒を開く。 そこには、“ルメア銀貨十枚分”の構文印が押されていた。 声を失った者たちが差し出す、唯一の価値。 支払いがある限り、依頼は成り立つ。 感情や動機は、関係がない。 アラーナは夜の街角に立ち、周囲を見渡す。 濡れた石畳。 錆びた看板。 崩れた壁の下で、酔い潰れた男がひとり、顔を伏せて眠っていた。 そこに風はなく、時間も流れていない。 だが彼女は知っている。 この沈黙の中にこそ、最も正確な“声”があることを。 それが、仕事の合図になる。 ゆっくりと歩み出し、刃を抜いた。 金属の摩擦音が一瞬だけ、闇の中に響く。 次の瞬間、男の首が落ちた。 血の匂いはしない。 影が沈み、路地が元の静けさを取り戻す。 アラーナは刃を収め、足元に封筒を置いた。 依頼の完了。 支払済の証。 夜風が一度だけ、彼女の頬を撫でた。 その冷たさが、世界の温度を確かめる唯一の方法だった。「……次」 言葉ではなく、呼吸の形。 その微かな息が、空気の層をわずかに揺らす。 路地の向こうで、猫が走り抜ける。 窓辺のカーテンが静かに閉じられる。 沈黙街の夜は、彼女の仕事を拒まない。 それは祈りでも、赦しでもない。 ただ、必要とされているという事実だけがあった。 アラーナはもう一枚の封筒を取り出す。 新しい依頼。 内容は読まずとも、結果は知っている。 “静かにしてほしい”――この街では、すべての依頼が同じ内容。 歩みが再び始まる。 足音が路地に重なり、やがて遠ざかっていく。 その足音を、誰も追わない。 追う理由も、追われる理由もない。 ただ、ひとつの結果だけが、翌朝の街に残る。 封筒の山。 印の押された構文。 誰の名も記され
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