Masuk軌道戦記シリーズ 第1弾 軌道戦争で荒廃した世界 。借金まみれのジャンク屋ザックが見つけたのは、コールドスリープから目覚めた美しいアンドロイド「エイダ」だった 。 彼女は単なる「遺物」ではなく、世界の運命を左右する戦略兵器制御ユニット 。エイダを巡り、謎の女エージェント、巨大企業、傭兵部隊が激しい争奪戦を繰り広げる 。果たしてザックは、エイダとこの理不尽な世界を守り抜くことができるのか? 命がけの逃避行の果てに待ち受ける、衝撃の真実と切ない決断 。ハイスピードSFアクション、開幕! 本作はAIによる校正・表現の調整を行っております。
Lihat lebih banyak息をするたび、ごわごわした放射線防護服のフィルターを通して、肺が百年前に死んだ空気で満たされる。埃と、オゾンと、そして微かな金属の匂い。見渡す限り、赤茶けた大地と、風化して墓標のように突き出した建造物の残骸が広がっている。空は常に薄黄色いフィルターがかかったように淀んでおり、太陽の光も弱々しい。
左手首のガイガーカウンターを見ると、ゲージが常にイエローからレッドゾーンを行き来している。ここは地獄と化してしまった、北米グレートプレーンズ放射線地帯。その中心に存在するという、軌道戦争時代の米軍第7研究所跡。通称「サイレント・グレイブ」。高レベルの放射線と今も稼働している自動防衛システムのせいで、誰も生きては帰れないと噂の場所だ。実際、一生分の運を使いはたすんじゃないかという勢いで、防衛ドローン、数々のトラップを切り抜けて、やっとの思いで最深部にたどり着いた。
だが、今の俺に選択肢はなかった。マダム・プラムに突きつけられたデッドラインは、あと一週間。利子だけでも払わなければ、あの女のところの連中が何をしてくるか……考えただけでもうんざりする。
「……ここが、最後の一枚か」 俺、ザック・グラナードは、目の前に立ちはだかる分厚い防爆扉を見上げた。この扉の向こうに、全てをひっくり返す「お宝」が眠っている。そうじゃなきゃ、割に合わない。俺は背負っていたプラズマカッターを起動させた。「キィィン」という甲高い起動音と共に、カッターの先端に青白いプラズマの刃が形成され、オゾンの匂いが立ち込める。分厚い扉に押し当てると、ジュゥゥッという金属が焼ける音を立て、溶けた鋼鉄がオレンジ色の雫となって滴り落ちていった。
数分後、赤熱した扉の一部が轟音と共に内側へ倒れた。その先には、静まり返った、広い空間が広がっていた。施設の他の区画とは違い、そこだけがまるで時が止まったかのように、塵一つなく、清浄な状態が保たれている。
そして、部屋の中央に、それはあった。 流線形の、黒曜石のような光沢を放つカプセル。コールドスリープポッドだ。単なる保管なら無骨なコンテナでいいはず。これほど厳重なポッドに収められているということは、中身が極めてデリケートか、あるいは外部からのいかなる情報信号も遮断する必要がある、最高機密の「何か」だということだ。 「あった……!」 俺は息をのんだ。ポッドの中には、一人の女性が、まるで眠っているかのように静かに横たわっている。それを見て俺は、不意に病室で苦しんでいた妹の顔を思い出した。 ――今はそれどころじゃない―― 銀色の髪、陶器のように白い肌、そして寸分の狂いもなく整った顔立ち。彼女が着ているのは服ではなかった。身体のラインにぴったりとフィットした白い光沢のある素材は、彼女のボディそのものだ。首元からは、金属でできた背骨の一部や、何本かの細いケーブルが覗いている。そして、その首の付け根には、小さく「AIDA」と刻印されていた。アンドロイドだ。それも、軌道戦争時代の、完璧な状態で保存された……遺物。 長いことジャンク屋なんていうヤクザな商売をやっているが、これほど精巧なアンドロイドは、ほとんどお目にかかったことがない。どれほどの技術がこの一体に込められたのだろう、そしてそれはどのような意味を持つのか……、しかしだ! 「やった……! これだ! これさえあれば、プラムへの借金も返せるし、妹の……いや、今は考えるな。とにかく、俺はまだツイてる!」 俺は首を振って、過去を振り払うと、ポッドの制御パネルに取り付いた。ジャンク屋としての知識と技術を総動員し、ありあわせのパーツとバイパスケーブルで、外部から強制的にエネルギーを供給しようとする。 だが、パネルにはロックがかかっており、単純な電力供給では開きそうにない。パネルの隅に、小さな文字で注意書きが記されているのが見えた。 「戦略兵器制御ユニット:AIDA」 「これを扱う者は、その手に世界の天秤を乗せる」 ……だと? 御大層なこった。こっちはコイツを売っぱらわないと、明日すら来ないんだよ。 さらに下に注意書きがあった。 「『マスターユーザーの認証がない場合、起動時に内部回路が破壊される』クソ、厄介なセキュリティだ」 認証方法を探すと、パネルに手のひらサイズの認証パッドがあり、そこには「生体情報登録(血液サンプル)」と表示されていた。 「血、かよ……」 俺は一瞬ためらったが、ここまで来て引き返せるか。 俺は放射線防護服の分厚いグローブを脱ぎ、腰のナイフで自分の親指の先を、ほんの少しだけ傷つけた。滲み出た血の雫を、認証パッドにゆっくりと押し付ける。 ピ、と短い電子音が鳴り、パッドが青く発光した。次の瞬間、パッドから放たれた緑色のレーザー光が、俺の身体を頭からつま先までゆっくりと走査していく。『生体情報、登録……マスターユーザーとして認証します』という合成音声。
俺の祈りが通じたのか、ポッドが「プシュー」という微かな音を立て、ゆっくりとハッチが開き始めた。冷たい空気が流れ出す。そして、中のアンドロイドの瞼が、わずかに震えた。彼女の目が、ゆっくりと開かれる。それは、深い湖の底を思わせるような、感情の読めない、美しい蒼い瞳だった。
『……システム、起動。マスターユーザーの登録を行います。ユーザー名を名乗ってください』 凛とした、しかしどこか無機質な声が、静かな部屋に響いた。 「ザックだ。ザック・グラナード」俺は、その無機質な問いに、少しだけぶっきらぼうに答えた。 『了解しました、ザック・グラナード。貴方を私のマスターユーザーとして登録します』 エイダは、俺の言葉を復唱すると、その蒼い瞳を俺に固定した。 ──その、瞬間だった。ウウウウゥゥゥゥーーーーーンンン!!!
施設全体に、けたたましい警報が鳴り響いた! 赤色の非常灯が、狂ったように点滅を始める! 「クソッ! 起動シグナルを嗅ぎつけやがったか!」 直後、部屋の天井が、轟音と共に内側から爆ぜた! 瓦礫と粉塵が降り注ぐ中、その穴から、無機質なデザインのドローンが数機、「ヒューン」という高周波の電子音を立てながら、音もなく降下してくる! 見たこともない、軍用グレードの高性能機だ。その機体下部で電磁リフトファンが淡い光を放っている。ドローンは警告なく、俺と、まだ状況を理解できずにゆっくりと身体を起こそうとしているアンドロイドに、銃口を向けた!
「まずい! 逃げるぞ!」 俺は咄嗟に、アンドロイドの手を掴んだ。その手は樹脂製らしく、滑らかだった。 「立てるか!?」『……是認』
彼女を半ば引きずるようにして、俺は部屋を飛び出した。背後からは、ドローン部隊の容赦ない銃撃が迫る! ──タンッ!タンッ!タンッ! 火薬式ではない、コイルガンか何かの硬質な発射音が連続する! 弾丸が壁を抉り、火花が散る! 古びたコンクリートの壁が、いとも簡単に蜂の巣になっていく。崩壊し始める遺跡の、狭く薄暗い通路を、俺たちは必死で走った。足元には瓦礫が散乱し、時折天井からパラパラとコンクリート片が降り注いでくる。不意に嫌な予感がして身を屈めたら、頭上を何かが通り過ぎていった。振り返る暇もない。相変わらず俺の勘は、こういう土壇場で真価を発揮する。
「こっちだ!」 やっとの思いで、地上へと続く出口が見えた。光が差し込んでいる。あそこまで行けば……! 希望が見えた、その時だった。出口の光の中に、一つの人影が、まるで最初からそこにいたかのように、静かに立ちはだかっていた。緩いウェーブのかかったアッシュカラーの髪に、整った、しかし何の感情も読み取れない人形のような目鼻立ち。地球再生局(ERA)の機能的な制服に身を包んだ、プロの空気を纏う女。彼女の手には最新鋭のアサルトライフルが握られ、その銃口は、微動だにせず、真っ直ぐに俺たちを捉えていた。その佇まいからは、一切の隙も、慈悲も感じられない。
「そこまでよ、ジャンク屋」女は、まるで機械が話すかのように、抑揚のない冷静な声で言った。「その『遺物』は、私が回収する」 前には謎のエージェント。後ろには高性能な戦闘ドローン。そして、腕の中には、まだ状況を理解できずに俺を見つめている、美しいアンドロイド。 「クソッ……挟み撃ちかよ……!」 俺の、人生最大のお宝探しは、最悪の形で幕を開けたようだった。――数年後。「とうちゃん! とうちゃん! おはなし、きかせて!」 小さな手が、俺の服の裾をくいくいと引っ張る。ベッドに入る時間だというのに、息子のアレックスは、キラキラした目で俺を見上げていた。今日はたっぷり昼寝をしたらしく、夜だというのに元気いっぱいだ。「……アレックス、悪いけど今日は父ちゃん、疲れてるんだよ」 俺、ザック・グラナードは、苦笑しながら息子の頭を撫でた。 あの軌道エレベーターでの事件から、色々あった。イリスからの強い推薦もあり、俺はかつて敵対した地球再生局の、今ではその一員……査察官《エージェント》として世界中を飛び回っている。昨日までアフリカでとある「遺物」絡みの事件を追っていて、今日、二週間ぶりに我が家に帰ってきたばかりなのだ。身体の節々が、休息を求めて悲鳴を上げていた。「アレックス、お父さんは帰ってきたばかりなんだから、お話は明日にしなさい」 キッチンから、妻になったイリスの声がした。彼女にそう言われ、アレックスは少しだけ不満そうに唇を尖らせたが、すぐに何かを思いついたように顔を輝かせた。 「じゃあ、あしたね! あした、また、えいだのおはなし、きかせて!」 「……ああ、分かったよ」その無邪気な言葉に、俺は胸の奥が少しだけチクリと痛むのを感じながら、それでも笑顔で頷いた。アレックスは、俺が時折話して聞かせる、銀色の髪と蒼い瞳を持つ、勇敢で心優しいアンドロイドのお話が大好きなのだ。「明日、必ずお話を聞かせてやるから、今日はもう寝なさい」 「やったぁ!」 アレックスは満足そうに笑うと、自分の部屋へと駆けていった。 静かになったリビングで、俺は使い慣れた革張りのソファに深く身を沈めた。床には、アレックスが遊びっぱなしにしたのだろう、ブロックの玩具がいくつか転がっている。イリスが、温かいコーヒーの香りと共にマグカップを二つ持ってきて、俺の隣にそっと腰を下ろした。 「お疲れ様、ザック」 「ああ、ただいま」 俺たちは、多くを語らず、ただ静かにコーヒーを飲んだ。大きな窓の外には、ジャンクション・セブンのようなけばけばしいネオンはない、穏やかで温かい街
――エクアドル地球連邦軍本部 深夜を過ぎた時間にも関わらず、エクアドル地球連邦軍本部の司令室は、怒号と耳障りな警告音が絶え間なく飛び交い、戦場さながらの混乱に陥っていた。オペレーターたちは青ざめた顔でモニターを睨みつけ、懸命にキーボードを叩いている。「ゼータ・プライムからの違法な信号を追跡しろ! 発信源はどこだ!」 「太平洋上の無人環礁が消滅! 衝撃波による津波が発生、周辺航路に警報を!」 「緊急会議のメンバーはまだそろわないのか!」 「こんな時に、悠長なことを言っている場合か!」 制服を着た士官たちが、怒鳴り合うように報告を交わしていた。 世界中のモニターが、ローウェル・ケインと名乗る男によってジャックされ、彼が軌道上から行った「デモンストレーション」という名の破壊行為を見せつけられたのだ。世界は、たった一人の男によって、再び軌道戦争時代の恐怖へと引きずり込まれようとしていた。 そんなパニックの最中、一人のレーダー監視員が、信じられないといった声で叫んだ。 「ゼータ・プライムからの信号が……途絶! 発信が停止しました!」 さらに、量子インターネット回線を監視していた職員も、驚きの声を上げる。 「旧時代の兵器ネットワークへの、ゼータ・プライムからの不正なアクセスも、全て停止しました!」 「……何が起きたんだ? ……まさか、奇跡でも起きたというのか……?」 司令室の誰もが、何が起こったのか理解できず、ただ沈黙したモニターを見つめるしかなかった。 ――同時刻、低層ステーション・宇宙港 俺とイリスは、管制室の巨大な窓から、静かに浮かぶ青い地球を、ただ黙って眺めていた。 「ザック……。これで、うまく行ったのかしら?」イリスが、不安そうに俺の横顔を見上げた。 「さあな、でも地球を見る限り、まだ派手な戦争は起きてないようだ」 俺は、蒼く美しい地球を見ていると、なぜか、エイダのあの蒼い瞳を思い出し、ふと涙がこぼれそうになった。 どれだけそうしていただろう。大した時間ではないのかもしれない。しかし、ふと気づくと、地球の縁
光学迷彩をまとったローウェルの影が、銃弾を受けて崩れ落ちる。静まり返った宇宙港に、俺の荒い息遣いだけが響いていた。 俺は、床に倒れているイリスに駆け寄った。 「……ザック。やったのね。……また、助けられたわね」 「お互い様だろ。それより大丈夫か? 良かったら肩を貸すぜ」 「ええ、なんとか。さっき薬も飲んだから大丈夫よ。……ところで、プラムは? 大丈夫なの?」 イリスの視線の先では、マダム・プラムが肩を撃たれたらしく、傷の痛みに顔をしかめ、呻いていた。 「まぁ、呻けるくらいの体力はあるってか」 「……あんた……ここで私が死んだら……借金は……チャラには……ならないわよ!」 「こんな時にも金かよ」俺は、その執念に苦笑いを浮かべながら、イリスに聞いた。「イリス、何か持ってないか?」 イリスは、ポケットから銀色のチューブを取り出した。「ほら、これを飲んで。リペア・ジェルよ」 プラムは、リペア・ジェルの味に顔をしかめつつも、そのジェルを飲み干した。 「……ありが……とう」 「少しここで休んでいれば、直に起き上がれるくらいには回復するわ」 「プラム、全部片付けてくるから、そこで待っててくれ」 プラムが頷いたのを確認すると、俺とイリスは、明かりの漏れている部屋──管制室へと向かった。管制室は一つ上の階にあり、俺たちは階段を駆け上がり、そのドアを開けた。 管制室は壁面に大きな窓があり、外──漆黒の宇宙や、眼下の青い地球──を見渡すことができた。部屋には複数のモニターやキーボードが並べられた机があり、大型の通信設備らしき装置も置かれている。しかし、エイダの胴体はここにはない。俺たちは、管制室の入り口とは別の、奥へと続く扉を開けて進んだ。 その部屋の中央。アームレスト付きの椅子に、エイダの胴体は座らされていた。そして、その首の上には、無機質なカメラレンズがいくつもついた、機械的な頭部のような物が乗せられている。これが、本来のエイダの頭部の代わりをしているであろうことが察せられた。 俺は、嫌悪感を隠しもせず、吐き捨てた。 「悪趣味な事をしやがる
「イリス!!!」 俺の絶叫が、静まり返った宇宙港に響き渡った。後ろから聞こえた銃声。俺を庇うように覆いかぶさったイリスが、ゆっくりと俺の横に崩れ落ちる。彼女のアッシュカラーの髪の間から、赤い血が流れているのが見えた。「くそっ!」 俺は、彼女を抱えながら、銃撃があった方向──通路の入り口──を睨みつけた。だが、敵の姿は見えない。 その間にも、マダム・プラムはアサルトライフルを構え、銃撃のあった方向に向かって、牽制射撃を繰り返していた。 「くそっ! どこにいやがる! プラム! やつの姿を見たか?」俺はイライラしつつ、プラムに尋ねた。 「いいえ! アタシにも見えなかったわ!」(まさか、光学迷彩か?) 「プラム! ヤツは光学迷彩で姿を消しているかもしれん! 気をつけろ!」 「気をつけろって、どうすりゃいいってのよ?!」 このままでは、なぶり殺しにされるだけだ。俺は、気を失ったイリスの脈があることを確認すると、そっと彼女を壁際に寝かせた。そして、覚悟を決める。 (今ヤツを倒せなければ、妹の時のように、イリスまで死ぬ! 集中しろ! ザック!) 俺は自分の頬を両手で強く叩き、気合を入れた。「プラム、頼む! 牽制射撃をしてくれ!」 「って、どっちによ!?」 俺は目をつむった。 ……プラムの荒い息遣いも、遠くで響く電子音も、全てが遠ざかっていく……。意識の奥底で、神経が一本の研ぎ澄まされた針のようになっていくのを感じる……。 ほんの一瞬、闇の中に、人の形をした、熱の揺らぎのような「何か」の気配を感じ取れた気がした。「あっちだ!」俺は、銃撃が来た方向とは正反対の通路を指さした。「牽制射撃をしたら、その方向に走り出してくれ。その都度、俺が牽制射撃の指示を出す!」 「もう訳分かんないわね。まぁいいわ。このままじゃなぶり殺しにされるだけだしね。女は度胸よ!」 「それを言うなら、男は度胸だろ?」俺が呆れて言う。 「いちいちウルサイわね! やるの? やらないの!?」 「やるぞ……今だ!」 俺の声を