Cyberlimit

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last updateLast Updated : 2025-10-21
By:  空蝉ゆあんCompleted
Language: Japanese
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世界の終焉から人々を救う為ある研究者達が立ち上がる。その事実を知らされていなかった電脳世界のスペシャリスト銘刀は彼らの起こした人体実験をきっかけに巻き込まれていく。 彼を待ち受ける未来とはーー

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Chapter 1

1話 実験とその成果

周囲は炎に包まれ、その中心で一人の少女が佇《たたず》んでいる。仲間だった彼女の名前はメアリー。

彼女は僕達の作り上げた一つのウィルスーカムニバルによって自我を失っている。カムニバルは人に使う事は出来ない、通常ならば。

ウィスルは全ての機械を支配する効力を持つ、一つの電脳によって、暴走をしてしまった機械達を元に戻す為に作られたものだった。

そのウィルスを人に与えてしまうとどうなるのか、その疑問を解消する為に、周囲を騙してメアリーに嘘を伝えた。

「この薬は君と君の旦那さんを救う特効薬になる。望めばこの世界から自由になれるんだ」

「……doctor姫柊《ひめらぎ》。その話は本当なの?」

「ああ。これは私の研究が結んだ大きな奇跡だ。事実を知っているのは僕と君だけ。皆にはまだ言っていない」

電脳を持つ人間になら体制があるのは研究成果が出ている。しかし純粋な人の肉体のみで作られた体に、どんな作用があるかは未知数だ。今回の実験が一つの可能性を作る、そう感じていた。

「……分かったわ。姫柊の事を信じる。被験者になるわ」

「よく決断したね。絶対に君達を僕が救うから」

彼女の信頼を得る事が出来るのは、今までこの世界を共に歩んできたからだろう。医者と患者と言う立場ではあるが、今となっては関係ない。

僕は彼女の決意が揺らぐ前に注射針にウィルスを注入していく。自分には影響がいかないように防護服を着ていた。簡単に防げるとは思っていない、それでも一つの物質が混ざり合う事で別のものに変貌する。このウィルスの特徴を把握しているから、何の迷いもない。

「ふっ……く」

「大丈夫だ、時期慣れてくる」

速攻性が高いウィルスに改変した事で、メアリーにも何らかの影響を与えているようだ。時間が経つに連れ、顔が青ざめていくのが分かる。

「どうだい?」

僕は彼女に問いかけると、反応するようにプルプルと震え出す。その動きは痙攣のようで、違った。彼女の瞳からは大量のち塩が流れ出ると、グタリと項垂れてしまった。

電脳を縛《しば》る為、支配する為のものを人体で使うのは無理だったのだろうか。落胆してしまう僕がいる。人体で実験を試みたのは今回が初めてだった。彼女以外に被検体として拉致している人物はいるが、彼の場合深刻な心臓病を持っている。

正直、難しいだろうーー

表向きは世界を救う為と称《しょう》して、人体実験に切り替えて、新しい可能性を弾きだそうとしている自分は、人間の領域《りょういき》を超えてしまったのかもしれない。

ベッドに括り付けられている彼女を見下ろしながら、無線で相棒《あいぼう》のミーシャに連絡を取る。

「失敗だ、やはり人には使えない」

ザー、ザザッ。

無線から聞こえてくるのは返答の代わりに雑音だった。いつもならすぐに応答するのに、今日に限っていつもとは違う。

反応する事がない無線機を見つめている僕の後ろにウィルスによって別の存在に変貌したメアリーがいる事に気づけなかった。

これは一つの仮想空間を作り、人の意識を取り込む前の話。

全てはここから始まりを告げる。

□□

生きている人間達は、自分の運命をまだ知らない。裏でこんな研究が行われているのに、日常は淡々《たんたん》と過ぎていく。

行き交う人々の中に一際存在を示す人物がいた。彼はこの世界を見ながら、ため息を吐いた。

プルルルルーー

着信音に引き寄せられるようにスマホを取り出した。表示されている名前を見て、慌てた様子で通話を開始した。

「姫柊か? どうしたんだ」

「銘刀……お前の力が必要なんだ、頼む協力してくれ」

急にそんな事を言われても、頭の中に浮き出てくるのは疑問だ。姫柊の声が微かに震えている事に気づくと、彼を追い詰めないように、聞き出そうとする。

「大丈夫か? 何かあったのか?」

この場所で話すのはよくないと感じ、人の波から逃げるように抜け出していく。五分くらい歩き続けると、小さな墓跡にたどり着いた。雰囲気的には裂けたいが、ここでならじっくり話を聞く事が出来る。

「詳しく説明してくれ。どういう状況かを把握しないと協力も出来ないぞ」

「……分かった。この話は他言無用で頼む」

「了解した」

普段なら話なんて聞かない。彼は姫柊達とは違う分野の研究をしている。人と関わるのが好きじゃない銘刀はあえて避けてきた。

機械を通して電脳の反応を調べながら、この世界の崩壊まで研究を進めていた。人の体を捨て、電脳の作った架空世界で意識だけを送る。そうやって人の記憶を、人間としての本能を守る為に、ある実験結果を出していた。

そこに目をつけたのが姫柊《ひめらぎ》だったのだ。どんな病気を抱えていても、軽度の人間になら新しい道が見いだせると考えた。彼の患者達は電脳に変えていない人ばかり。この研究が効力を見せるのは、あくまで電脳を持つ人間達だけに限る。

その問題を解決させる為に、パートナーとしてミーシャを選んだ。彼女は人の脳の中身を弄る事でその人の思想や行動を変えてしまう。悪人を善人にする事は勿論、どんなトラウマもなかったように出来る。

本来なら銘刀《めいとう》の力を借りたい所だったが、彼が自分に力を貸してくれるとは到底思えなかった。そうやって二人の研究者によって新しいシナリオが作られていったのだった。

そして現在に至るーー

姫柊の計画の内容を聞いた銘刀は頭を抱えるしか出来ない。ここから彼らのいる研究所まで向かうのには、かなり時間がかかる。きっと姫柊とミーシャを助ける事は難しいだろう。

「電脳を持っていない人間にあのウィルスを与えるなんてどうかしてる……あれは俺の研究成果でもあるんだ。まさか盗んだのか?」

「……すまない」

すなないの一言で終わるのなら、こんな話していない。彼はやってはいけない事をしてしまった。研究者である前に、姫柊は一人の医師でもある。そんな立場の人間がこんな事をするなんて、世間が知ったらどんな事になるか、明白だ。

「電脳の代わりに似た電波を出す特性チップを脳の一部に移植したんだ。それが上手く起動すれば、想像通りの結果になるはずだった」

似た電波を出せても、同じ効果は期待出来ない。その事は一番彼自身が分かっているはずだ。それなのに、奇跡と言う可能性の低いものに縋り付いた。

それは彼の欲深さでもあり罪そのものだーー

解決策を生み出す事が出来ない銘刀は、頭をポリポリと掻きながら、現実逃避をしたい衝動に駆られていく。

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1話 実験とその成果
周囲は炎に包まれ、その中心で一人の少女が佇《たたず》んでいる。仲間だった彼女の名前はメアリー。 彼女は僕達の作り上げた一つのウィルスーカムニバルによって自我を失っている。カムニバルは人に使う事は出来ない、通常ならば。 ウィスルは全ての機械を支配する効力を持つ、一つの電脳によって、暴走をしてしまった機械達を元に戻す為に作られたものだった。 そのウィルスを人に与えてしまうとどうなるのか、その疑問を解消する為に、周囲を騙してメアリーに嘘を伝えた。 「この薬は君と君の旦那さんを救う特効薬になる。望めばこの世界から自由になれるんだ」 「……doctor姫柊《ひめらぎ》。その話は本当なの?」 「ああ。これは私の研究が結んだ大きな奇跡だ。事実を知っているのは僕と君だけ。皆にはまだ言っていない」 電脳を持つ人間になら体制があるのは研究成果が出ている。しかし純粋な人の肉体のみで作られた体に、どんな作用があるかは未知数だ。今回の実験が一つの可能性を作る、そう感じていた。 「……分かったわ。姫柊の事を信じる。被験者になるわ」 「よく決断したね。絶対に君達を僕が救うから」 彼女の信頼を得る事が出来るのは、今までこの世界を共に歩んできたからだろう。医者と患者と言う立場ではあるが、今となっては関係ない。 僕は彼女の決意が揺らぐ前に注射針にウィルスを注入していく。自分には影響がいかないように防護服を着ていた。簡単に防げるとは思っていない、それでも一つの物質が混ざり合う事で別のものに変貌する。このウィルスの特徴を把握しているから、何の迷いもない。 「ふっ……く」 「大丈夫だ、時期慣れてくる」 速攻性が高いウィルスに改変した事で、メアリーにも何らかの影響を与えているようだ。時間が経つに連れ、顔が青ざめていくのが分かる。 「どうだい?」 僕は彼女に問いかけると、反応するようにプルプルと震え出す。その動きは痙攣のようで、違った。彼女の瞳からは大量のち塩が流れ出ると、グタリと項垂れてしまった。 電脳を縛《しば》る為、支配する為のものを人体で使うのは無理だったのだろうか。落胆してしまう僕がいる。人体で実験を試みたのは今回が初めてだった。彼女以外に被検体として拉致している人物はいるが、彼の場合深刻な心臓病を持っている。 正直、難しいだろうーー 表
last updateLast Updated : 2025-10-02
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2話 かなめは菜園
状況を把握《はあく》出来ないと動こうとも動きようがない。話だけでは明確《めいかく》な情報を手に入れる事は不可能だ。姫柊《ひめらぎ》は思った以上に精神的に追い詰められている。覚悟はしていたようだが、いざ現実を見てしまうと耐えられない様子。 銘刀《めいとう》は彼が引き金を引いた事を知ると、自分の研究支援者に連絡をしていく。資金繰りに関しては力を貸してくれても、この状況を打破《だは》する考えを提示《ていじ》してくれるかは、分からない。 まだこの街には影響が及《およ》んでいない、だが時間が過ぎれば過ぎてゆく程、深刻《しんこく》な自体に変貌していくだろう。 安全だった場所が危険地帯に代わり、電脳システムとリンクさせてしまったチップが原因で体を乗っ取られてしまった被験者《ひけんしゃ》が動き出すのも時間の問題だった。 防《ふせ》げるのなら、どんな手段でも使おう。そう心の中で決意表明《けついひょうめい》をしながら、今の自分に出来る最低限の行動を歩み初めていく。 研究施設に戻れない以上、別の機関《きかん》で対策を立てる必要がある。正直、姫柊《ひめらぎ》が研究に不可欠な機材を守っていたとしても、今更向かっても、手遅れになるだけだ。 「忙しいお時間にすみません。急遽《きゅうきょ》お願いしたい事があるのですがーー」 今は彼女だけが頼りだ。今分かっている状況と情報を簡易的《かんいてき》に伝えると、菜園《さいえん》は「後は任せて」と言い切った。それが何を意味するのか知りたくない銘刀《めいとう》は、無言で電話を切るしか出来ない。「あの機材さえあれば、止めれるかもしれない。しかし……」 模造品《もぞうひん》として埋め込んでしまったチップがどれくらいの効力《こうりょく》を発揮《はっき》するのかが不安だった。 世界を救うなんて大それた事は出来ない。それでも何かしら食い止める事は出来るはずだ。 その為に今までの研究資料が必要になる。ある程度は頭の中に入っているが、完璧《かんぺき》ではない。 銘刀《めいとう》はもう一箇所に連絡を入れる。異常がある時にメッセージを送るようにルールを決めていた。それを今使う事になるとはーー 「……これでいいだろう」 自分の現在地を付点《ふてん》すると、カバンにしまい込み、代わりにタバコを取り出す。近くにある喫煙所まで歩いて一分程度。迎《むか》え
last updateLast Updated : 2025-10-02
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3話 各々が背負う罪
風間《かざま》の声が聞こえた気がした。銘刀《めいとう》は昔の事を思い出しながら、到着するのを待っている。一息つける時間を堪能《たんのう》し終わった。癒しの時間はあっと言う間に過ぎていく。「銘《めい》ちゃん、ずっと一緒だよ」ミナミの声が鮮明《せんめああ》に聞こえてくる。自分が研究者としての道を歩み始めた時に、彼女は彼を支えてくれた。銘刀《めいとう》にとって彼女は誰よりも特別だ。ミナミの代わりは要らない、例え他の人物が名乗りを上げたとしても、彼の心には響かないだろう。「ミナミ、俺は……」言葉に出来ない気持ちを飲み込むと、グッと涙腺《るいせん》が緩《ゆる》んでいく。目の前に現れた最悪なシナリオが待ち受けているのに、今の銘刀《めいとう》には届かない。分かっている。彼女はもういない。電脳を植え付ける為の機器《きき》テストを受けた彼女は、その重圧に耐えきれず、副作用を発症してしまった。一度現れた症状を改善出来る見込みはない。それは今でも同じーー彼女と共に永遠に生きれる命を作る事が出来る。そう信じていたのに、現実は彼の願いを打ち砕《くだ》いた。「どうして俺が成功して、彼女が」こんな銘刀《めいとう》の姿を見る人はいないだろう。なにもない日々の中で過去の鎖《くさり》に囚《とら》われている彼を救える存在などいない。風間とはそれ以来会う事はなかった。あの事故が原因で妹を失ってしまった風間は銘刀を恨んでいる。昔のように親友に戻る事はないだろう。ミナミの犠牲を経験し、彼は全ての電脳に携わる研究を破壊する為に刑事になった。こうやって移動手段を与えてくれる。今はそれだけで充分だった。ブロロロロとエンジンを吹かす音が聞こえてくる。銘刀は自分の存在を彼に見せる為に右手を上げた。徐々に減速していくと、銘刀の前に止まる。窓を開
last updateLast Updated : 2025-10-11
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4話 使い方次第
ミーシャが仕込んだもう一つの悪魔に気づく事が出来ない姫柊《ひめらぎ》は微量《びりょう》な音波により、思考がぐちゃぐちゃと混ざりあっていく。 今の状況を把握《はあく》していたはずなのに、全てが崩れていく。歪《ゆが》んでいく思考を止める方法も分からない。当たり前の感覚を手にしていたはずなのに、人間らしさを手放していった。 「があああ」 両手で頭を抱え込み、呻《うめ》きをあげる姿は人間とは呼べない。メアリーは大きく口を開くと聞いた事のない言葉を口にしていく。何て言っているのか聞き取る事が出来ない。それもそうだろう、彼女の呟きは超音波によって作られた新しい言語なのだからーー ガタガタと全身の骨が砕《くだ》け始める。姫柊《ひめらぎ》は痛みを感じる様子もない。両足が反対方向に折れ曲がっている。自分で屈折《くっせつ》させているように見えた。 口からは涎《よだれ》を垂《た》れ流し、瞳からは大量の血が涙のように溢《あふ》れている。ここまで人の精神と肉体に作用《さよう》を起こす事が明らかになる。その光景をモニター越しで確認する事が出来たミーシャは悦楽《えつらく》の表情を綻《ほころ》ばせ、全身に流れる快楽に身を任せた。 「凄い! こんな効力《こうりょく》があるなんて。なんて……素晴らしいの。想像以上の結果だわ」 はぁはぁと呼吸を乱しながら、興奮が頂点に達する。思う存分楽しむ事が出来た彼女は、嬉しそうに舌なめずりをした。 人間の言葉さえも、自分が人だった事も忘れてしまった姫柊《ひめらぎ》は、モンスターにしか見えない。両足の次は両手が明後日の方向に折れ曲がり始める。獣のように吠え続ける彼を絞《し》める為に、首がぐりんと後ろに折れ曲がった。 元々宗教を広める為に昔作られた脳内チップを参考にしただけ。それが別の方向でも役に立つ事が分かった。それだけで彼女にとっては大きな収穫《しゅうかく》。 「あっ
last updateLast Updated : 2025-10-12
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5話 表面化されていく現実
過去の研究データーを参照していくと、変な動きを確認した。本来の内容を隠すためのダミーが崩《くず》されている事に気づいた。 姫柊《ひめらぎ》は内容を把握《はあく》している。だからこんなコソコソと調べたりしないはず。そうなると関係者ではないのが分かる。彼とは同じ研究室を分けて使用していた。 もしかしたら姫柊《ひめらぎ》に関係する人物の仕業《しわざ》かもしれないーー 「どうした?」 銘刀《めいとう》の様子に異変を感じた風間は何が起きているのかを理解出来ていない。どう説明すれば部外者の彼に分かりやすく伝える事が出来るだろう。 変に作った言葉は必要ない。ただ単純で明確《めいかく》に事実を伝えるのがベストだろう。 銘刀は真剣な表情を見せながら、振り向いた。 「どうやら俺達の邪魔をしようとしている人物がいるみたいだ」 「邪魔?」 「ああ……風間には詳しい内容は言っていなかったな。姫柊《ひめらぎ》から急に電話が掛かってきたんだ、どうやら何らかしらのトラブルに巻き込まれているようだ」 詳《くわ》しい内容までは把握《はあく》出来ていない。あの時の姫柊の様子は異常だ。話し方からして何かがあったのは明白《めいはく》だった。 銘刀は一呼吸置くと、続きの言葉を口にしていく。 「姫柊と俺は同じ研究室を使用している。何度か彼からの要望《ようぼう》で開示《かいじ》されている研究データーを共有《きょうゆう》した事があった。把握している内容を隠れて調べる必要はないだろう。研究者がデーターを閲覧《えつらん》すると、ログが残るようになっているんだ」 「聞き忘れていただけじゃないのか?」 「いや、それはない」 銘刀《めいとう》はそう言い切ると、それ以上
last updateLast Updated : 2025-10-13
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6話 ネズミと化け物
見たくないものを見なくてはいけない。逃れようとしても決して逃げる事のない現実は確実《かくじつ》に菜園《さいえん》の心にダメージを与《あた》えようとしている。警戒《けいかい》しながら進んでいくと、部屋を切り分けるように仕切りが現れた。銘刀《めいとう》が言っていたように、一つの研究室を分散《ぶんさん》して二人で使用していた余韻《よいん》が残っている。考えていた事、感じた事を口に出しやすい。そんな癖《くせ》を持っている菜園は、少しでも気を抜くと声を出してしまいそうになる。最初はそんな癖を持っていなかったのだが、銘刀《めいとう》と関わるようになってこうなってしまった。作業や研究に対しての思考《しこう》を、答えを追求《ついきゅう》する時に、考えを纏《まと》めながら理解する為に言葉に変換《へんかん》していくそんな彼の姿を思い出すと、苦笑《くしょう》してしまう彼女がいる。形上《かたちじょう》は支援者《しえんしゃ》と言う関係性を重視《じゅうし》しているが、元々二人は友人同士。学生時代からの付き合いになる。面倒事《めんどうごと》が起こるとこうやって定期的に菜園《さいえん》を動かすようになっていった。仕切りを超えるともう一つの机が見えてきた。物が殆《ほとん》ど置かれていない代わりに、一冊の大学ノートが顔を出す。引き出しが緩《ゆる》くなっているのか、その存在に気づくきっかけを手に入れる事に成功した菜園は、音を出さないように慎重《しんちょう》にノートを取り出していく。中身を確認するか迷ったが、念の為にパラパラと流し読みをしていく。本来の目的を忘れそうになる菜園《さいえん》。彼女にとっては銘刀《めいとう》からの依頼《いらい》だからしているだけで、個人的に姫柊《ひめらぎ》に興味が全く無い。何度か面識《めんしき》はあったが、正直どうでもよかった。立場上、本音を言う事はないが、彼女にとってはこちらの方が優先《ゆうせん》したい事柄だったのかもしれない。この状況を彼が見たら、言葉を無《な》くすだろう。何も書いていなければ、それはそれでいい。研究室がこんな状況《じょうきょ
last updateLast Updated : 2025-10-14
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7話 人の皮を被った悪魔
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last updateLast Updated : 2025-10-15
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8話 禁忌の研究
菜園《さいえん》の連絡を待っている銘刀《めいとう》は中断された攻撃に不信感を抱いていた。自分の情報を守る為に対応に追われていたが、急に動きが止まった。それから過去の研究資料を探りながら定期的に様子を見ていたが、何のアクションもない。指を動かし続けていた銘刀《めいとう》は、考え込む時間を作る為に全ての作業を中断させていく。「終わったのか?」「まだだ……ちょっとな」誤魔化《ごまか》す言葉も思いつかない様子。そんな銘刀を不思議そうに見つめている風間《かざま》は自分用に買っていたブラックコーヒーを彼に差し出した。「少し休んだ方がいい。姫柊《ひめはぎ》の方は菜園《さいえん》が向かったんだろう? 彼女に任せとけば大丈夫」少しでも不安が残らないようにと配慮《はいりょ》を見せてくる風間《かざま》。そんな彼の言葉に反応を示すと、気に入らないよう。バッと缶コーヒーを掠《かす》め取ると、すぐさま飲み干していく。本来ならブラックは飲まない銘刀《めいとう》だが、こんな状況だからこそ贅沢《ぜいたく》は言ってられない。「おいおい。ゆっくり飲めよ。じゃないと休憩《きゅうけい》出来ないだろ、性格上」「俺に休憩を求める事が間違っている。作業している方がいい気分転換になる」何をムキになっているのだろうか。銘刀の機嫌《きげん》を損《そこ》なう言葉なんて言った覚えはない。振《ふ》り絞《しぼ》る記憶を辿《たど》りながら、一つの可能性に辿り着いた。銘刀はさっきの言葉が気に入らないのではないだろうか。菜園《さいえん》の能力を買って言った言葉が違う意味として捉《とら》えられているのではないか。そう考えると、無機質《むきしつ》な雰囲気を醸《かも》し出している銘刀《めいとう》でも改めて人間だと知る。菜園《さいえん》に対しての信頼が深いからこそ、触れられて欲しくなかったのだ。彼女はそれほど銘刀に認められている存在だった。いつもなら菜園《さいえん》から連絡が入ってくる時間だ。姫柊《ひめらぎ》を助け出す事がメインだが、それ以
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10話 悪意から誕生したもう一人の彼女
銘刀《めいとう》は自分の知らない所で何があったのかを把握出来ない。当然だろう……目の前で起こっていない物事を手にする事など出来ない。操られている菜園に違和感を感じる事が出来ない。まるで彼女自身と話しているような演技を展開していた。ミーシャは彼女の名前を切り刻むと、新しい人生を与えるように名前を渡した。 「貴女の名前は今日からユメ……素敵な名前でしょう?」 どんな意味を取り付けて名前を考えているのだろうか。全くの別人としての人生を手に入れたユメは菜園として銘刀の前に出ていく事を決断していく。本来なら自我は発生しないはずなのに、子供のように笑い続けながら全ての景色を楽しんでいる彼女を見て、不思議な気持ちになっていくミーシャがいる。 「……貴女は特別な存在なのね、きっと。あの男を私へと導いてくれたらご褒美をあげましょう」 ご褒美の言葉が何を意味するのかを理解出来ないユメは無表情に切り替わると首をゆっくりと傾げていく。その様子は子供に返ったように見えた。知識も知恵も何もかもを失った彼女をまるで自分の娘のように抱きしめ、囁いた。ユメにとっては魔法の言葉でも、銘刀にとっては破壊を意味する内容だったのだ。 全てを景色は音のように崩れて地面の一部として吸収されていく。それはまるで夢幻楼《むげんろう》のように儚く美しい。投げられたボールは銘刀へと向けられ、叩きつけられていく。痛みがあるはずなのに、彼は全ての感覚を遮断すると、人としての心を捨てるしか方法を編み出せない。 あの通話がこの環境を作り出した要因でもある。どうして気づく事が、見抜く事が出来なかったのだろうと、過去の自分に言いつけない気持ちが膨れ上がっていく。あそこまで本人の話し方や癖、そして会った時の対応の仕方を完璧にコピーしていたユメだから彼を騙す事が可能だった。 ユメは菜園として彼の信用を安定的なものにすると、怪しい
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