LOGIN世界の終焉から人々を救う為ある研究者達が立ち上がる。その事実を知らされていなかった電脳世界のスペシャリスト銘刀は彼らの起こした人体実験をきっかけに巻き込まれていく。 彼を待ち受ける未来とはーー
View More周囲は炎に包まれ、その中心で一人の少女が佇《たたず》んでいる。仲間だった彼女の名前はメアリー。
彼女は僕達の作り上げた一つのウィルスーカムニバルによって自我を失っている。カムニバルは人に使う事は出来ない、通常ならば。 ウィスルは全ての機械を支配する効力を持つ、一つの電脳によって、暴走をしてしまった機械達を元に戻す為に作られたものだった。 そのウィルスを人に与えてしまうとどうなるのか、その疑問を解消する為に、周囲を騙してメアリーに嘘を伝えた。 「この薬は君と君の旦那さんを救う特効薬になる。望めばこの世界から自由になれるんだ」 「……doctor姫柊《ひめらぎ》。その話は本当なの?」 「ああ。これは私の研究が結んだ大きな奇跡だ。事実を知っているのは僕と君だけ。皆にはまだ言っていない」 電脳を持つ人間になら体制があるのは研究成果が出ている。しかし純粋な人の肉体のみで作られた体に、どんな作用があるかは未知数だ。今回の実験が一つの可能性を作る、そう感じていた。 「……分かったわ。姫柊の事を信じる。被験者になるわ」 「よく決断したね。絶対に君達を僕が救うから」 彼女の信頼を得る事が出来るのは、今までこの世界を共に歩んできたからだろう。医者と患者と言う立場ではあるが、今となっては関係ない。 僕は彼女の決意が揺らぐ前に注射針にウィルスを注入していく。自分には影響がいかないように防護服を着ていた。簡単に防げるとは思っていない、それでも一つの物質が混ざり合う事で別のものに変貌する。このウィルスの特徴を把握しているから、何の迷いもない。 「ふっ……く」 「大丈夫だ、時期慣れてくる」 速攻性が高いウィルスに改変した事で、メアリーにも何らかの影響を与えているようだ。時間が経つに連れ、顔が青ざめていくのが分かる。 「どうだい?」 僕は彼女に問いかけると、反応するようにプルプルと震え出す。その動きは痙攣のようで、違った。彼女の瞳からは大量のち塩が流れ出ると、グタリと項垂れてしまった。 電脳を縛《しば》る為、支配する為のものを人体で使うのは無理だったのだろうか。落胆してしまう僕がいる。人体で実験を試みたのは今回が初めてだった。彼女以外に被検体として拉致している人物はいるが、彼の場合深刻な心臓病を持っている。 正直、難しいだろうーー 表向きは世界を救う為と称《しょう》して、人体実験に切り替えて、新しい可能性を弾きだそうとしている自分は、人間の領域《りょういき》を超えてしまったのかもしれない。 ベッドに括り付けられている彼女を見下ろしながら、無線で相棒《あいぼう》のミーシャに連絡を取る。 「失敗だ、やはり人には使えない」 ザー、ザザッ。 無線から聞こえてくるのは返答の代わりに雑音だった。いつもならすぐに応答するのに、今日に限っていつもとは違う。 反応する事がない無線機を見つめている僕の後ろにウィルスによって別の存在に変貌したメアリーがいる事に気づけなかった。 これは一つの仮想空間を作り、人の意識を取り込む前の話。 全てはここから始まりを告げる。 □□ 生きている人間達は、自分の運命をまだ知らない。裏でこんな研究が行われているのに、日常は淡々《たんたん》と過ぎていく。 行き交う人々の中に一際存在を示す人物がいた。彼はこの世界を見ながら、ため息を吐いた。 プルルルルーー 着信音に引き寄せられるようにスマホを取り出した。表示されている名前を見て、慌てた様子で通話を開始した。 「姫柊か? どうしたんだ」 「銘刀……お前の力が必要なんだ、頼む協力してくれ」 急にそんな事を言われても、頭の中に浮き出てくるのは疑問だ。姫柊の声が微かに震えている事に気づくと、彼を追い詰めないように、聞き出そうとする。 「大丈夫か? 何かあったのか?」 この場所で話すのはよくないと感じ、人の波から逃げるように抜け出していく。五分くらい歩き続けると、小さな墓跡にたどり着いた。雰囲気的には裂けたいが、ここでならじっくり話を聞く事が出来る。 「詳しく説明してくれ。どういう状況かを把握しないと協力も出来ないぞ」 「……分かった。この話は他言無用で頼む」 「了解した」 普段なら話なんて聞かない。彼は姫柊達とは違う分野の研究をしている。人と関わるのが好きじゃない銘刀はあえて避けてきた。 機械を通して電脳の反応を調べながら、この世界の崩壊まで研究を進めていた。人の体を捨て、電脳の作った架空世界で意識だけを送る。そうやって人の記憶を、人間としての本能を守る為に、ある実験結果を出していた。 そこに目をつけたのが姫柊《ひめらぎ》だったのだ。どんな病気を抱えていても、軽度の人間になら新しい道が見いだせると考えた。彼の患者達は電脳に変えていない人ばかり。この研究が効力を見せるのは、あくまで電脳を持つ人間達だけに限る。 その問題を解決させる為に、パートナーとしてミーシャを選んだ。彼女は人の脳の中身を弄る事でその人の思想や行動を変えてしまう。悪人を善人にする事は勿論、どんなトラウマもなかったように出来る。 本来なら銘刀《めいとう》の力を借りたい所だったが、彼が自分に力を貸してくれるとは到底思えなかった。そうやって二人の研究者によって新しいシナリオが作られていったのだった。 そして現在に至るーー 姫柊の計画の内容を聞いた銘刀は頭を抱えるしか出来ない。ここから彼らのいる研究所まで向かうのには、かなり時間がかかる。きっと姫柊とミーシャを助ける事は難しいだろう。 「電脳を持っていない人間にあのウィルスを与えるなんてどうかしてる……あれは俺の研究成果でもあるんだ。まさか盗んだのか?」 「……すまない」 すなないの一言で終わるのなら、こんな話していない。彼はやってはいけない事をしてしまった。研究者である前に、姫柊は一人の医師でもある。そんな立場の人間がこんな事をするなんて、世間が知ったらどんな事になるか、明白だ。 「電脳の代わりに似た電波を出す特性チップを脳の一部に移植したんだ。それが上手く起動すれば、想像通りの結果になるはずだった」 似た電波を出せても、同じ効果は期待出来ない。その事は一番彼自身が分かっているはずだ。それなのに、奇跡と言う可能性の低いものに縋り付いた。 それは彼の欲深さでもあり罪そのものだーー 解決策を生み出す事が出来ない銘刀は、頭をポリポリと掻きながら、現実逃避をしたい衝動に駆られていく。過去の出来事は時間の経過と共に消えていく。なかった事にされた事実を知る者は中心人物として動いていた組織にしか分からない。一人の脳科学者ミーシャ・オン・レインが残した記録によると、元々は平和な世界だったらしい。その事に関して彼女個人の感想が書かれていた。他の人は資料を飛ばし飛ばし読んでいる為、見つける事が出来なかったのだろう。 他の資料にはきちんとした筆跡で書かれているのに、彼女の心情が描かれている所はミミズのような文字になっていて、読みにくい。何度も解読を試み、やっと一年の月日をかけて読み解く事に成功した。 「ゾンビ化って……映画じゃないんだからさ」 表現の仕方に対してツッコミをいれると、本当にミーシャと言う人物は脳科学者なのだろうかと疑問を抱くしか出来ない。もっと違う呼び方があったはずなのに、完結に簡略している。自分が彼女の立場ならもっと複雑な用語を使うし、作り出す。本人と話せる事はないのに、頭の中で彼女の妄想を膨らませていくと、笑うしかなかった。 「ほーら。皆集まって! そろそろ学校に戻るよー」 この資料館に引率として私達を束ねようとしている先生に同情する。素直に言う事なんて聞かないからだ。目の前に珍しいものが沢山あるのだから、そっちに興味を惹かれてしまう。気持ちは分かるが、話が聞こえない程没頭出来るのが少し羨ましく思えた。 「ほらほら、貴女も。資料を戻して」 「はーい」 自分は蚊帳の外だと感じていたが、そうそう気づかれてしまった。本当はもう少しこの公開資料を眺めたい気持ちがある。本来なら一般の人達がこの資料館を見る事は難しい。政府の許可が必要だからだ。規定なんてなかったら、家族に無理言って、また来るのに。それが出来ないから悔しい。 そんな私は資料を戻すとため息を
システムを起動しますーー 部屋中に機械音が流れると、警告音に切り替わっていく。何が起こっているのか把握しようとする銘刀は動けない。頭に装置を付けられているから真っ直ぐしか見る事が出来なかった。そんな彼を覗き込むミーシャは右手に持っているスイッチを押す。すると頭に大量の電流が流れ、電脳に負担を掛け始めた。強度には自信がある作りにはしているが、ここまで内部まで流されてしまうと、どうしようもない。 「貴方の記憶と記録は全て電脳のシステムに保存されているのよね。どんな仕組みで作ったのか知りたいわ……だけど残念、取り出せるものを取り出したら、電脳ごと破壊してあげるから。そうすれば貴方は自由になれるのよ」 ミーシャの瞳は邪な考えで満ちている。彼女が何を欲しがっているのか理解出来ない銘刀は反発しようとするがそのたびに電流が流されていく。体に繋がっている電脳が破壊されると言う事はその体は抜け型同然。今までのように生きる事も愚か、心も全て消えていく。もしミーシャがシステムを取り出す為にこのような行動に出たのなら、それは失敗に続く未来しか編み出せない。 痛みを感じる事はないはずなのに、この電流は普通のものとは違うらしい。電脳はまるで本物の脳みそのように震えながら、頭痛を引き起こしていく。この痛みは体と電脳の繋がりが弱体している証拠でもあった。 「それじゃあ、取り出しましょうか」 ふふふと喜びの感情を噛み締めながら、機械に付け加えられているボタンに手をかけた。ゆっくりと押すと視界も感覚も考える脳の存在も最初からなかったように、無の世界へと吸い込まれていく。最後に感じたのは痛みとは程遠い感覚だった。 ピクリとも動かなくなった銘刀を見下ろしながら経過を観察しているミーシャ。機械に備えられているボタンは電脳から記憶と記録を取り出す装置だった。これを起動させる事により、空っぽになった電脳は活動を止め、連動するように肉体も停止した。システムを特殊な構造で作られているパソコンに取り込まれたのを見ると、その中身を一つ一つクリックしていく。 沢山の数字と溢れかえる情報、そして銘刀として生きた証、彼の記憶が映画のように流れていく。ここまで完璧に取り込む事に成功したのは初めてだった。現実世界にそぐわない人間を選別し、牢獄と名付けた仮想空間の世界へ幽閉する。選ばれた人間達は溢れかえったゾンビを
ミーシャのコレクションとして保管されているユメはカプセルの中で存在保っている。この姿を銘刀に見せる訳にはいかない。ゾンビ化の進行を遅らせる為に複数の薬を投与し、観察をしている。研究者の一人、塹壕はユメに対しての権限を一任されている。彼女は菜園として行動を示したユメに鎮静剤《ちんせいざい》を打つと銘刀へとある人物を使者として派遣する。 用心棒でもあり、協力者でもある。沢山の立場を含みながら邪魔する人間を排除する要因として使っている幻狼《げんろう》だった。真っ黒な制服に身を投じている幻狼は、スーツに着替えるとなるべく真面目そうに取繕う。話をしたら全てが台無しになる事を見越して、標準語を話すように指導を受けている。 「俺にこんなしゃべりを求めるん、無理やで」 「無理か無駄になるかは幻狼、貴方次第よ。最悪の場合、話さない」 「……へいへい」 菜園の外見があんな状態になっていなかったら、ユメを行かせただろう。異変に気づかれる可能性は低く、彼女の言葉なら銘刀は安心して言う事を聞いてくれる。彼の近くには皆川刑事がいる。皆川刑事の妹と銘刀が付き合うようになって家族ぐるみの関係性を築き上げてきた過去がある。ある研究を進めていく事で彼女を失うなんて、誰も想像しなかっただろう。 「皆川風間……凄く邪魔ね」 ポツリと呟く言葉を捉えた幻狼はニヤリと微笑みながら、新しいおもちゃを手に入れるチャンスが舞い込んでくる予感を感じていた。銘刀に興味があるのはミーシャだけ。その身近で傍観者として存在している風間に興味を示していく。 「あんたは俺に任せたらええ。邪魔なもんは全て消すだけや」 口ではそう言っているが、本心は違う。その事に彼女は気づいている。指摘も反応もせずに流れるままに委ねていく。時間が限られているから
銘刀《めいとう》は自分の知らない所で何があったのかを把握出来ない。当然だろう……目の前で起こっていない物事を手にする事など出来ない。操られている菜園に違和感を感じる事が出来ない。まるで彼女自身と話しているような演技を展開していた。ミーシャは彼女の名前を切り刻むと、新しい人生を与えるように名前を渡した。 「貴女の名前は今日からユメ……素敵な名前でしょう?」 どんな意味を取り付けて名前を考えているのだろうか。全くの別人としての人生を手に入れたユメは菜園として銘刀の前に出ていく事を決断していく。本来なら自我は発生しないはずなのに、子供のように笑い続けながら全ての景色を楽しんでいる彼女を見て、不思議な気持ちになっていくミーシャがいる。 「……貴女は特別な存在なのね、きっと。あの男を私へと導いてくれたらご褒美をあげましょう」 ご褒美の言葉が何を意味するのかを理解出来ないユメは無表情に切り替わると首をゆっくりと傾げていく。その様子は子供に返ったように見えた。知識も知恵も何もかもを失った彼女をまるで自分の娘のように抱きしめ、囁いた。ユメにとっては魔法の言葉でも、銘刀にとっては破壊を意味する内容だったのだ。 全てを景色は音のように崩れて地面の一部として吸収されていく。それはまるで夢幻楼《むげんろう》のように儚く美しい。投げられたボールは銘刀へと向けられ、叩きつけられていく。痛みがあるはずなのに、彼は全ての感覚を遮断すると、人としての心を捨てるしか方法を編み出せない。 あの通話がこの環境を作り出した要因でもある。どうして気づく事が、見抜く事が出来なかったのだろうと、過去の自分に言いつけない気持ちが膨れ上がっていく。あそこまで本人の話し方や癖、そして会った時の対応の仕方を完璧にコピーしていたユメだから彼を騙す事が可能だった。 ユメは菜園として彼の信用を安定的なものにすると、怪しい