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どうか、他人でいられますように

どうか、他人でいられますように

By:  良時Completed
Language: Japanese
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幼なじみを亡くした高橋涼太(たかはし りょうた)は、十年もの間私を恨んできた。 私たちの結婚式の翌日、彼は部隊の上層部に申請を出して、最北の地へと赴任した。 十年の歳月。数え切れないほどの手紙を送り、あらゆる努力を重ねてきた私がもらったのは、いつも同じ一言—— 「本当に悔いているなら、いっそ死んでくれ」 それなのに、私が拉致された時、彼はたった一人でアジトに乗り込んで私を救い出した。そのために数発の銃弾を受けた。 死の間際、最後の力を振り絞って、彼は私の手を激しく振り払った。 「この人生で……一番後悔しているのは……お前と結婚したことだ…… もし来世があるなら、頼む……もう俺に関わらないでくれ……」 葬儀の場で、涼太のお母さんは号泣した。 「涼太……無理やり結婚させて、母さんが悪かった……」 憎しみに満ちた目で、涼太のお父さんは私を睨みつけた。 「桜もお前のせいで死んだのによ!この疫病神め、お前が死ねばよかったんだ!」 私たちの結婚を強く応援してくれた連隊長までもが、首を振ってため息を漏らした。 「恋人たちを引き裂いてしまったのがこの私だった。高橋隊長に……申し訳ない!」 誰もが涼太のことを惜しんでいる。 もちろん、私も。 医療支援隊から除名された私は、その夜、農薬を飲んでこの命を自ら絶った。 が—— 再び目を開けた時、結婚式の前夜に、私は戻っていた。 今度こそ、彼ら全員の望みを叶えよう。

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Chapter 1

第1話

幼なじみを亡くした高橋涼太(たかはし りょうた)は、十年もの間私を恨んできた。

私たちの結婚式の翌日、彼は部隊の上層部に申請を出して、最北の地へと赴任した。

十年の歳月。数え切れないほどの手紙を送り、あらゆる努力を重ねてきた私がもらったのは、いつも同じ一言——

「本当に悔いているなら、いっそ死んでくれ」

それなのに、私が拉致された時、彼はたった一人でアジトに乗り込んで私を救い出した。そのために数発の銃弾を受けた。

死の間際、最後の力を振り絞って、彼は私の手を激しく振り払った。

「この人生で……一番後悔しているのは……お前と結婚したことだ……

もし来世があるなら、頼む……もう俺に関わらないでくれ……」

葬儀の場で、涼太のお母さんは号泣した。

「涼太……無理やり結婚させて、母さんが悪かった……」

憎しみに満ちた目で、涼太のお父さんは私を睨みつけた。

「桜もお前のせいで死んだのによ!この疫病神め、お前が死ねばよかったんだ!」

私たちの結婚を強く応援してくれた連隊長までもが、首を振ってため息を漏らした。

「恋人たちを引き裂いてしまったのがこの私だった。高橋隊長に……申し訳ない!」

誰もが涼太のことを惜しんでいる。

もちろん、私も。

医療支援隊から除名された私は、その夜、農薬を飲んでこの命を自ら絶った。

が——再び目を開けた時、結婚式の前夜に、私は戻っていた。

……

「軍功を盾に結婚させたとしても、お前を愛することなんて絶対にあり得ない!」

十年ぶりに、この聞き慣れた冷たい言葉を再び耳にした。

青春時代の涼太が、こうして私の目の前に、生きて立っている。

軍服を身につけた彼は実に颯爽としている。しかしその目に隠しきれない嘲りに、私の胸がチクリと痛んだ。

私・佐藤美咲(さとう みさき)は死んでいなかった。それどころか、まさに十年前へと戻ってきたのだ。

込み上げる切なさを押し殺し、この十年間想い続けた顔を瞬きもせずに見つめている。

「それぐらいは分かっています。あなたが愛して、そして結婚したい相手も、小林桜(こばやし さくら)なのでしょう?」

僅かに眉をひそめ、涼太は警戒の色を目に浮かべた。

「分かればいいんだ、裏でこそこそ動くなよ。そうでないと、俺は……」

「あなたたちの幸せ、見届けます」

静かに、彼の言葉を遮った。

その言葉に、しばらく私をじっと見つめた涼太は、冷たく鼻を鳴らした。

「戯言を聞く暇はない、さっさと書類に署名しろ」

結婚届を私に投げ渡すと、涼太はそのまま立ち去った。

あの遠ざかっていく背中に、この胸が再び締め付けられた。

前世の私は、救いがないほど、彼を愛していた。

そして危険を顧みず私を救ってくれた彼も、きっと同じ感情を抱いていると、私は見事に勘違いをしていた。

「あの子は口が悪いだけなんだ。あなたを好きでなければ、命を懸けて助けにいくはずがないだろう?」……どうやら、涼太のご両親までも、勘違いしたようだった。

結婚してから、自分がどれほど間違っていたかを、私はようやく思い知った。

桜の自殺を知った涼太は、すぐに最北の地へと赴いた。

——私一人だけを残して。

十年の歳月を無為に過ごし、そして最後に見捨てられ、蔑まれたあの私。

まだはっきりと覚えている。彼に会いに行く時に不意に聞こえた、アルコールに負けた彼が戦友に語った本心の言葉を。

「美咲と結婚するべきじゃなかった。親の言うことを聞くべきじゃなかった。何より、桜が一番俺のことを必要としていた時に、傍にいてあげるべきだった!

本当に……後悔してる……」

そして、彼が死の間際に告げた、もう関わるなという言葉が、私を完全に打ち砕いた。

結局、彼を深く愛したこの十年は、彼を深く苦しめた十年でもあったのか。

彼が何よりも後悔すべきなのは、私と出会ってしまったことなのだろう。

幸いなことに、私はやり直す機会をもらった。

——今度こそ、私に彼を死なせたりしない。

二人の幸せを見届けることで、前世の恩を返そう。

この全てを終えたら、きっぱりと別れよう。

これからの人生、もう関わらなくていい。

……

地面に落ちた結婚届を拾い上げ、女性側の氏名欄に、小林桜としっかり書き込んだ。

そして私は外へ出て、車を待ち始めた。
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第1話
幼なじみを亡くした高橋涼太(たかはし りょうた)は、十年もの間私を恨んできた。私たちの結婚式の翌日、彼は部隊の上層部に申請を出して、最北の地へと赴任した。十年の歳月。数え切れないほどの手紙を送り、あらゆる努力を重ねてきた私がもらったのは、いつも同じ一言——「本当に悔いているなら、いっそ死んでくれ」それなのに、私が拉致された時、彼はたった一人でアジトに乗り込んで私を救い出した。そのために数発の銃弾を受けた。死の間際、最後の力を振り絞って、彼は私の手を激しく振り払った。「この人生で……一番後悔しているのは……お前と結婚したことだ……もし来世があるなら、頼む……もう俺に関わらないでくれ……」葬儀の場で、涼太のお母さんは号泣した。「涼太……無理やり結婚させて、母さんが悪かった……」憎しみに満ちた目で、涼太のお父さんは私を睨みつけた。「桜もお前のせいで死んだのによ!この疫病神め、お前が死ねばよかったんだ!」私たちの結婚を強く応援してくれた連隊長までもが、首を振ってため息を漏らした。「恋人たちを引き裂いてしまったのがこの私だった。高橋隊長に……申し訳ない!」誰もが涼太のことを惜しんでいる。もちろん、私も。医療支援隊から除名された私は、その夜、農薬を飲んでこの命を自ら絶った。が——再び目を開けた時、結婚式の前夜に、私は戻っていた。……「軍功を盾に結婚させたとしても、お前を愛することなんて絶対にあり得ない!」十年ぶりに、この聞き慣れた冷たい言葉を再び耳にした。青春時代の涼太が、こうして私の目の前に、生きて立っている。軍服を身につけた彼は実に颯爽としている。しかしその目に隠しきれない嘲りに、私の胸がチクリと痛んだ。私・佐藤美咲(さとう みさき)は死んでいなかった。それどころか、まさに十年前へと戻ってきたのだ。込み上げる切なさを押し殺し、この十年間想い続けた顔を瞬きもせずに見つめている。「それぐらいは分かっています。あなたが愛して、そして結婚したい相手も、小林桜(こばやし さくら)なのでしょう?」僅かに眉をひそめ、涼太は警戒の色を目に浮かべた。「分かればいいんだ、裏でこそこそ動くなよ。そうでないと、俺は……」「あなたたちの幸せ、見届けます」静かに、彼の言葉を遮った。そ
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第2話
涼太が無意識に結婚届を取ろうとしたが、私はその手をかわした。「どうせ役所に提出するものなので、いつも忙しそうだから、私が代わりに行きますよ」彼が疑い迷うのはほんの一瞬、そして私と目が合った。「今日はどうかしたのか?……まあいい、好きにしろ」微笑むだけで、私は何も言わなかった。自分でも、自分がどうかしてるか分からない。たぶん生まれ変わったことで、ようやく自分をその執着から解放できるようになったのだろう。……車に乗ってから、私たちは暗黙のうちに誰も口を開かなかった。おそらくこの静けさが居心地悪かったのだろう。咳払いしてから、彼が意外にも自分から話しかけてくれた。「あ、あくまでも噂なんだけど、今夜、劇団の公演があるらしい。もし用事がなければ、連れて行ってやるよ……」少し驚いたまま、私は彼を見つめていた。前世では、これは私から言い出した言葉だった。あの時の彼は唇を固く結び、不機嫌そうな顔をしていた。「結婚したのは、親がうるさかったからだ。お前と恋愛ごっこをする気なんて、これっぽっちもない。そこはしっかり覚えておけ!」だから今回、私は何も言わなかった。長く黙っているのを見て、彼の目に不快の色がよぎった。「行きたくないなら別に……」「行きます!」彼の言葉を、私は遮った。「もちろん行きます」どうしても抑えきれない私の口角を見て、彼は何か言いたげに口を開いたが、結局、黙ってエンジンだけをかけた。「じゃあ夕食後に待って……」言葉が終わらないうちに、一人の劇団の団員が慌てて、発進しかけた車の前に飛び出してきた。「大変です高橋隊長、桜さんが事故に遭いました!」急ブレーキがかけられた。「様子を見てくる。お前は先に帰ろう」私は軽く頷いた。「はい、早く行ってください」明らかに焦っていたのに、私の返事を聞くと、涼太の動きがぱたっと止まり、驚いたように振り返った。「お前……嫉妬なんかしないのか?」ああ、嫉妬して何になるというのだろう。前世の私も、それで十年の歳月を無為に過ごしたのだ。しかし私が答える前に、彼は冷たく言い放った。「何を企んでいるか知らないが、やめたほうがいい!」そう告げて、彼は慌てて立ち去った。私の目に浮かんだ苦しみと落ち込みに、まったく気づ
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第3話
約束を破られた怒りなど、微塵も感じなかった。ただ一人、公園のベンチに座っていた。夜空に散りばめられた星々を眺めながら、この光景が無性に懐かしかった。「こんなにたくさんの星を見るのも、久しぶりだな……」突然、横からの手が、私の手首を掴んだ。ぱしっ!頬に走る灼けるような痛みに、私は呆然と立ち尽くした。隣に現れた涼太の顔色は恐ろしいほど険しく、その目に宿る怒りが今にも溢れ出しそうだ。「この悪女め!わざと桜を侮辱させて、自殺まで追い込もうとしたのか!結婚すると約束したのに、まだ満足してないのか?!桜を死なせなきゃ気が済まないのか?!」怒りを抑えきれず、涼太は再び私の頬を激しく叩いた。そして口を開く隙すら与えられず、私は無理やり車に押し込まれた。……診療所に着くと、病室のベッドに青白い顔をした桜が横たわっている。手首の包帯から血が滲んでいる。どうやら、自殺の話は本当だったらしい。彼女は目を閉じたまま、口ではうわ言のように繰り返している——「ごめんなさい……涼太さんに付きまとって、悪かった……お願い、許して、もう殴らないで……」問い詰めようとした瞬間、私は激しく背中を突き飛ばされた。よろめいて机の角にぶつかり、激痛が走って顔色が一瞬で青ざめたが、後ろに立つ涼太の目に宿る嫌悪の色はさらに深まった。「よくもこんなことを!さっさと桜に謝罪しろ!」私は呆然と彼を見つめた。「でも……私では……」「嘘つくな!」看護師が入ってきたおかげで、激怒した涼太がその場で手を上げずに済んだ。「患者さんは大量出血しており、至急輸血が必要です」涼太に、私の腕がすぐ掴まれた。「こいつもAB型だ。こいつから採血するんだ!」そういうことか。私をわざわざ病院に連れてきたのは、桜に輸血させるためだったのか。しかし彼は知っているはずだ。幼い頃から私は貧血気味で体が弱く、無理に採血すれば体を壊す恐れがあると。それでも彼は有無を言わさず、私の袖をまくり上げた。「これは桜に償うべきものだ!」太い針が皮膚を貫き、真っ赤な血がチューブを伝ってパックに流れ込んでいく。顔を上げると、私を逃げ出さないよう見張っている涼太と目が合った。「涼太さん。一瞬でもいい。あの日、私を助けたことを後悔したことはあ
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第4話
病室の中、桜に粥を食べさせていた涼太が、わけもなく焦燥感に襲われた。何か大切なものが、自分から遠ざかっていくような——手に持っていた茶碗を置き、立ち上がろうとした瞬間、桜が彼の手首を掴んだ。「涼太さん……怖いから、一人にさせないで……」その儚げで心細げな姿に、涼太の心が痛んだ。躊躇することなく、桜の手をそっと握り返した。「怖がらないで。そばにいるから」涼太の胸に顔を埋めた桜、その柔らかな手がそっと涼太の下半身へ忍び込んだ。荒くなった呼吸が聞こえる。その動きを止めようと口を開きかけた涼太は、結局流れに乗って自らベルトを外してしまった。灯りが消え、そこにいるのは、ただ二人だけだ。理性が完全に溶ける寸前、病室のドアが突然開けられた。「高橋さん、ご両親からお電話があって、お家に何かあったと……きゃ——!」看護師は慌てて振り返った。慌てて服を着て、口外しないように何度も看護師に念を押してから、涼太は急いで家に向かった。彼が家の前で目にしたのは、美咲の家の庭に立ち尽くす両親の姿。手には一通の手紙を持ち、悲しげな表情を浮かべている。そして、彼の胸が一瞬で沈んだ。「父さん、母さん、どうしてここに?それに美咲は?」赤く腫れた目で、お義母さんは涼太を睨みつけた。「よくそんなことが聞けるわね!いつもいつもあの小林と関わってるから、美咲は手紙を残して出て行ってしまったのよ!この大馬鹿者!」涼太の顔がさっと青ざめた。これまでの記憶が蘇る。美咲が残した不可解な言葉、そして彼女の目に宿っていた奇妙な光——思い浮かべたとたんに胸が激しく痛んだ。正直に言えば、彼は美咲を嫌いなわけではなかった。むしろ、好意さえも抱いていた。ただ両親の強引さに納得できず、妥協したくなかっただけだ。それでも彼は、口では容赦しなかった。「芝居がかって、いい気なものだな。過ちを犯したら代償を払うべきだ。逃げれば償えるとでも思ってるのか?!桜は殺されかけたんだぞ!」その言葉を聞いて、お義父さんは怒りで体を震わせた。「馬鹿者め、そんな噂まで信じて美咲を追い出すなんて、本当に……」話しているうちに、警備員が慌てて駆け込んできて、その続きを遮った。「高橋隊長!山を出る大橋が崩れた、急いで救援を!」多くを考える暇
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第5話
逡巡の末、警備員はようやく口を開いた。「隊長、確認が取れました。橋が崩れた時、ちょうど一台の乗合いバスが通っていて……美咲さんも……あのバスに乗っていました……」一枚の死亡証明書と、返送されてきた結婚届受理証明書が涼太の前に差し出された。いつの間にか、それを手にした涼太。結婚証明書に書かれている名前に気づいた瞬間、目を大きく見開いた。——【小林桜】信じられないように、涼太は呟いた。「いや、ありえない……あんなに俺のことを愛してたのに……」頬を伝う涙が紙に落ちて、鮮やかな朱印が静かに滲んでゆく。たった一枚の紙切れなのに、どうしてこんなにも重く感じられたのだろう。その重みに、今まで堪えてきたものが一気に崩れ落ちるような気がした。口から血が溢れ、涼太はどさっと床に倒れ込んだ。……涼太は、とても長い夢を見た。夢の中で、美咲は事故に遭うこともなく、二人は無事に結ばれていた。しかしその生活は決して幸せとは言えなかった。美咲に会おうともしない彼の胸には、桜を失った痛みと、彼女へのわだかまりがずっと残っていた。十年もの間、二人とも無為に過ごしていた。ところが、美咲が拉致された時、彼はなぜか危険も顧みず、自分の命と引き換えに彼女を救い出した。「もし来世があるなら、頼む……もう俺に関わらないでくれ……」涼太は混乱した。なぜこんなことを言ってしまったのか、彼自身も理解できなかった。少しずつ色を失っていく美咲が自分の両親や親族に責められ、うなだれるその姿を目にして、涼太の心は粉々に砕け散った。……その後の数日間、涼太はぼんやりしたまま、葬儀の準備を進めていた。墓石に「高橋美咲」という四文字を、彼は自らの手で刻み込んだ。あれから、彼はまるで人が変わったように、必死に訓練し、どんな危険な任務でも引き受けるようになった。そして、誰よりも先頭に立ち、いつも最前線で戦ってきた。その結果、涼太の体中に、無数の傷痕が刻みつけられていた。重傷を負って昏睡から意識を取り戻すたびに、彼は深く絶望した——なぜ自分がまだ死ななかったのかと。療養の間、彼はいつも部屋に閉じこもり、アルコールで心を麻痺させていた。そうするしかなかった。死ぬ覚悟さえ、彼にはなかったのだ。だって、美咲にもう顔向けできない
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第6話
「黙れ!」血走った目で、涼太は力を込めた。「美咲は戻る!怒って、どこかに隠れてるだけだ!これは全部、お前のせいだ!お前が何度も何度も関わってきたから……」少しずつ、その声が小さくなっていた。彼自身でも分かっていたのだろう——その言い訳が、あまりにも滑稽で、胸が痛むほどに哀しいものだった。息ができなくなっていく。桜は、ついに恐怖を覚えた。必死にもがきながら、涼太に許しを乞う。「ご、ごめんなさい、涼太さん……お願い、今回だけは……」ちょうどそのとき——外から、荒々しい男の声が響いた。「小林桜!まだ隠そうとするのか!金もせびったくせに、また別の男と付き合ってたのかよ!」その声の主は、町の工場主の息子、田中だった。ドアを蹴破って入ってきた男は、目の前の光景を見て、ニヤリと笑った。「へえ、まさか高橋隊長も、人の女に手を出すのがお好きなんですね……もうすぐ所帯を持つのに、こんなのばれたら、恥ずかしいと思わないですか?そんなに女好きだったら、金払って遊びゃいいんじゃないですか。お金さえあれば済むことを、わざわざ取り合うなんて……」涼太は反射的に桜を庇った。おそらく、もうそういう癖がついてしまっているのだろう。「言葉に気をつけろ!桜は開拓協力隊の一員だ。人の名誉を勝手に傷つけるな!」田中は一瞬呆気に取られた。が、すぐに首を振って、ふんと鼻で笑い飛ばした。「まさか、本気なんですか、こんな女に?そりゃ見る目がないんですね!この女、金さえもらえれば誰とでも付き合いますよ。工場の連中、年寄りから若造まで……この前も賭けで借金作って、吉田の親分に一晩中好き放題やられて、最後は自殺したふりまでしてようやく逃げ出したんですから!」——あまりにも衝撃的で、涼太は一瞬で固まった。そしてゆっくりと振り返って、後ろにいる桜を睨みつける。「それは、本当なのか?」桜が反論する隙も与えず、田中は勢いに乗って畳みかけた。「もちろん本当ですよ。この女、満足させてやったら協力隊にも入れてやるって、平気で言ってたんですから」「ち、違う!」桜が悲鳴じみた声を上げた。「ほ、本当に違うんです!涼太さん、信じてください……!」しかし今さら、誰が彼女を信じるだろうか。「警備員!」涼太の声は、氷
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第7話
かつて両親が健在だった頃、私によく言ってくれた——いつか医者になり、誰かの命を救う人になってほしい、と。今も、その目標に向かっていると言えるだろう。確かな基礎力と、二度の人生で鍛えられた精神力があったからこそ、私は診療所に入ることができた。目を開けるたびに、患者を診察し、調剤の方法を研究し、治療の道を探る——ただそれだけの日々が続いていた。単調ではあったが、不思議なほど充実していた。しかしここは交通手段がほとんどなく、外へ出るにも簡単ではなかった。それでも時には、村人の家まで往診に行かなければならなかった。ある日、診察が長引いてしまい、帰る時にはもう薄暗くなっていた。周囲の空気も、どこかひやりと不気味に冷えていた。最初は、この辺りの寒暖差が大きいだけだと考えていた。しかし——暗闇の中、星屑のように揺らめく緑の光。それがゆっくりとこちらへ迫っているのに気づいた瞬間、私は思わず息をのんだ。オオカミだ!いつの間にか、オオカミの群れに囲まれていた!絶望に呑まれそうになった瞬間、松明の光が暗闇を切り裂いた。それは——健太だった。私の前に立ちはだかった彼は、腰の短刀を抜き放つと、たった一人でオオカミたちに立ち向かった。飢えに狂った群れが一斉に襲いかかってくる。そして健太は短刀を鋭く振り抜き、迫るオオカミを次々と倒していく。その代償も決して小さくはない。全身に無数の傷を負った彼は、足の肉まで噛み裂かれている。アルファを一撃で仕留めたあと、残りの群れはようやく引き下がっていった。幸運にも洞窟を見つけた私たちは、そこで身を寄せ合い、夜明けを待つことにした。骨が覗くほどの彼の傷痕を目にしたとたん、涙は勝手に頬を伝って落ちていった。この男、初めて慌てた表情を見せた。慌てて手を伸ばし、ごつごつした指先で私の涙をそっと拭った。「大丈夫、痛くなんてない。だから泣くなよ。君が俺の故郷を支えてくれたんだ。だからこそ……今度は俺が君を守る」目の前でおろおろしている不器用な青年を見て、私は思わず笑い出した。この日をきっかけに、私が往診へ向かう時には、決まって健太がついてくれるようになった。生活はこのまま穏やかに続くと思っていた。そう思っていたのに。ある日、一人の負傷者が診療所に運ばれてきた。
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第8話
「よかった、美咲……お前、生きてて……」私はわずかに眉をひそめた。「放してください、涼太さん。傷口が開いています!」しかし、どれだけ力を入れても、手を引き抜くことができない。少しいら立ちを覚えて、私は声を荒らげた。「放してって言ってるでしょ!」涼太は呆然として、ようやく私の手を放した。「どうしてこんなところにいるんだ?」手首を動かしながら、私は話題を変えた。「俺は……犯罪集団の掃討作戦に来たんだ。しかし、罠に嵌められて……お前が死んだと思ってから、ずっと、お前のために何かしなきゃって……前世のような事故を二度と起こさせないために、だから俺は……」その言葉を聞いて、私はすぐに理解した。彼も生まれ変わったのだと。私の表情を見つめながら、彼は恐る恐る口を開いた。「美咲、お前も……生まれ変わったのか?」私は無表情のまま、淡々と彼の包帯を交換した。「大きな動きは控えてください。傷口を濡らさないようにしてください。そして、食事は控えめにし、消化の良いものを中心にしてください……」私の言葉を聞きながら、涼太の瞳の中の光が、少しずつ薄れていった。立ち去ろうとした時、私は突然、彼に呼び止められた。「俺に……何も言うことはないのか?」足を止めた私は、しばらくしてから、ようやく静かに口を開いた。「私に、何を言ってほしいんですか?」涼太の目に、一瞬苦しげな色が走った。「……無事に生きてるのに、どうして……どうして俺を探しに来なかったんだ?お前がいなかったこの数年、俺がどんな思いで過ごしてきたか……分かるのか?もしこの事故でお前に会えなかったら、一生、姿を隠したままでいるつもりだったのか?!前世の俺は悪かった。それは認める。でも、あれはもう前世の話だろう?どうしてまだ、俺を一人に置いていくんだ?」彼はまくし立てるように言葉をぶつけてきた。しかし私は、彼が話し終えるまで何の表情も浮かべなかった。彼がようやく黙った瞬間——私は深く、息を整えた。「終わりましたか?では、私から言わせてもらいましょうか。前世のあなたは、私の十年の人生を無駄にしました。愛していたのは事実ですが、その気持ちはもう終わっています。今世のあなたもまた、何度だって彼女を選んだ。私を傷つけること
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第9話
顔を上げた彼の目には、期待の色が満ちていた。しかし、私はゆっくりと首を振った。「私の人生を踏みにじったあなたに、何をもって償えると思うんですか?」私の言葉に、涼太の心はぽっきりと折れてしまったようだった。「すまなかった……本当に、すまなかった……」彼を無視して、私はそのまま病室を出た。それからの日々、私はわざと涼太を避けて過ごしてきた。私のところによく顔を出す健太がそれに気づき、つい尋ねてきた。「あの怪我人と、どういう関係なんだ?」 私は軽く首を振った。「もう終わったことです。触れたくありません」唇を結んだ健太は咳払いをして、話題を変えた。「こんなに長く一緒にいて、実は俺……ずっと前から君のことが好きだったんだ。だから、その……」緊張している健太と違って、私はまったく驚かなかった。この世界では、理由もなく人に優しくする者など存在しない。ここに来てから二年間、健太はずっと、何かと私に気を配ってくれていた。彼の気持ちは、もうとっくに気づいていた。ただ、前世でも今世でも、私は恋に傷ついてばかりだ。——新しい恋に踏み出す力なんて、もう残っていないから。私のためらいを察したのか、健太は慌てて手を振った。「困らせるつもりはないんだ。君を好きなのは、俺の勝手だから、何も気にしなくていい。先のことなんて誰にも分からない。この話で、俺たちの関係まで壊したくはないんだ。ゆっくりでいい……考えてくれれば、それで十分だよ」健太はやはり、こんなにも思いやりのある人だ。私は微笑んで頷いた。「はい。ゆっくりと、考えてみますね」……日々は静かに過ぎていった。涼太の傷もほぼ全快した。ようやく彼から解放されると思った矢先、ある思いもよらない人物が訪ねてきた。——桜だった。「あんた、まだ死んでなかったの!?」歯ぎしりしながら、桜は私を見つめた。私は鼻で笑った。「どうしたのですか?私が生きてて、そんなに残念ですか?」「なんで……なんでいつまでもしつこく生き残ってるの?」恨みに満ちた目で、彼女は睨みつけた。「この二年間、涼太さんがやっと私を受け入れてくれたのに……あんた、なんでまた舞い戻ってくるのよ!?」その憎しみに取り乱した姿からは、かつての誇りなど微塵も感じられ
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第10話
私は静かに、口を開いた。「彼とは結婚していないし、何の関係もありません。私を捕まえても何の役にも立ちませんよ」「へっ、意外と生意気だね!」男の一人が、口の端だけで冷たく笑った。「俺たちにも情報屋がいるんだよ。あの高橋が一番愛してるのはお前だってな。今日はじっくり見せてもらうぜ。高橋隊長が女のために、どこまでできるのかをな!」まるで前世の悪夢が、そのまま戻ってきたかのようだ。必死にもがいたものの、どうにもならなかった。残されたのは、覚悟を固めることだけだ。——たとえ自ら命を絶つことになっても、もう二度と彼に恩を負うつもりはない。しかし——真っ先に駆けつけたのは、涼太ではなく、健太だ。男たちが罵声を上げている隙に、彼は背後からそっと飛び出してきた。三人は激しくぶつかり合った。劣勢に追い込まれたのを察したのか、男の一人が突然ナイフを抜き、私に向かって襲いかかってきた。「死ぬなら道連れだ!」刃が閃き、瞬く間に目前へと迫ってきた。絶望のあまり、私は静かに目を閉じた。——予想していた痛みは訪れなかった。目を開けると、私の前に立ちはだかっていたのは、涼太の姿。刃がその背中に深々と突き刺さっている。そして彼の口元から、血が絶え間なくこぼれ続けている。「み、美咲……俺はずっと……ずっと後悔してる……もし……お前を大切にしていたら……俺たちは……添い遂げられたのかな……」私の頬に触れようと伸ばしたその手が、途中で力を失い、だらりと落ちた。「本当に……すまない……もしまた来世があるなら……頼む……俺を待っていてくれ……もう二度と、二度とお前を……」最後の言葉を残したまま、彼は息を引き取った。なんとも言えない気持ちで、私はただ黙っていた。生まれ変わったというのに、結局また私の腕の中で死んでしまった。暗がりに隠れていた桜がようやく飛び出してきた。涼太の体を私から乱暴に引きはがし、声を上げて泣き崩れた。「どうしてそいつのために死ぬのよ!?涼太!この馬鹿!嘘つき!」桜は、心の底から泣いているようだ。——結局、彼女もただ、恋に盲目になった哀れな女にすぎなかったのだろう。その愛の形は、世間の枠から外れていたけれど。そう思った矢先に——突然顔を上げた桜
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