「すまない、ボクが遅れたせいで……」
「いえ、アレンさんは悪くないですよ……」保護された者は茜さんと紫音姉さん、そして僕だけが生き残り、他は皆死んだ。身近な者が死んでいく様を見ていると、罪悪感に押し潰されそうになってくる。「不測の事態となったが、明日総攻撃を仕掛けることは変わらない。悲しみも憎しみも全て奴らにぶつけてやろう。だから、今は、死者を弔ってあげようか」
アレンさんの言葉で皆は、遺体を運び簡易な墓を作る。花を添える時には辺りは既に暗く、夜になっていた。隠れ家の中は、お通夜のような静けさが漂っている。保護対象はほとんど全滅してしまい、旅団の者達も元の世界であれば護衛任務失敗となるはずだ。彼らも自らの力不足を嘆いていた。「彼方、お茶飲む?」
姉さんが僕の隣に座り温かいお茶を用意してくれた。「ありがとう」
「彼方は悪くないよ……悪いのはあの魔族達。だから明日仇を討とう?」姉さんは優しく慰めてくれる。「姉さんも戦うんだろ?絶対に無茶はしないでくれ……」
「大丈夫よ、無謀な事はしない。私に出来る範囲で皆の力になるから」唯一の家族の時間を過ごし、夜はふけていった。――――――
夜は明け、総攻撃当日。「全員聞いてくれ」
アレンさんは旅団員と僕らを一箇所に集め作戦の説明に入った。「これより本作戦を伝える。まず第一に死ぬな。これは大前提だ」
誰も死なずにゲートを奪取する。皆同じように頷く。「この世界の軍隊は確認した所約10万人という規模で攻めるようだ」
それだけ聞くと簡単に制圧出来そうだが、魔族は一体で大隊レベルの軍を相手取れる戦闘能力がある。「魔物は彼らに任せていいだろう。しかし魔族はボクらで片付ける必要がある。魔族を殲滅次第、四天王と魔神と決着をつける」四天王と魔神はも紫音が別の世界から来た話をすると、男はやっぱりと言いそうな顔で紫音をジッと見つめた。「そんな気はしていたが……リンドール様がこの世界に戻って来たのは知っている」「リンドール様?それってあの魔神とかいう奴ですか?」「なに?知っているのか?」知ってるも何も弟であるカナタが異世界に行く事になった要員である。魔神に対しては憎しみしかない紫音は嫌々ながらも頷いた。「その様子ではリンドール様に対してあまりいい感情を持っていないようだな」「当然でしょ!あんな奴さっさと死ねばいいのに!」紫音が毒づくと男は若干引いたような表情になった。まさか綺麗な女性の口から出てくる言葉とは思わなかったのだろう。「……とにかくここから離れるぞ。着いてこい」「え?助けてくれるの?」「死にたいのなら置いていくが」「いくいく!行きます!」男が立ち去ろうとした為紫音は急いで服の汚れを手で払い落とし男に着いていく。「そういえば自己紹介してなかったですよね?私城ヶ崎紫音って言います」「……リヴァルだ」「へー!リヴァルさんって名前カッコイイですね!」さっきまで襲われかけていたのに既にそんな事どうでもいいと言わんばかりのテンションで話し掛けてくる紫音にリヴァルは少しだけ驚いていた。リヴァルの常識では人間は弱くおどおどしているイメージだった。しかし今横にいる女性は違う。「紫音、先に言っておくが俺は魔族だ」「あーやっぱり!そんな気はしてましたよ。だって小さいツノ生えてるし」そう言いながら紫音の目線はリヴァルの頭へと向けられる。リヴァルの頭には二本のツノが生えてい
「な、な、何!?気持ち悪い!」あまりにストレートな悪口を緑色の化け物にぶつけるが、言葉が分からないのか化け物はニタニタと気色悪い表情を浮かべてジッと紫音を見つめる。手に薄汚れた棍棒を持ち、背丈は紫音の腰にかかるかどうかという程度。しかしながらあまりの気持ち悪さに紫音はその場から動けなかった。「来ないで!気持ち悪い!」「ギギギ……」紫音の気持ちなどどこ吹く風か、化け物は一歩、また一歩とゆっくり紫音へと近づいていく。明らかにワザとであるのは紫音も理解していた。そして化け物が自分を害そうとしているという事も。手を伸ばせば届く、そんな距離まで近付いた化け物はニタニタ笑いながら棍棒を持った腕を高く上げる。――殺される。そう思うと同時に紫音は両目を強く瞑った。数秒目を瞑ったまま震えていると棍棒が振り下ろされなかったのか、身体に痛みを感じなかった紫音はゆっくりと目を開いた。そこには緑色の血を撒き散らしバラバラになった化け物と思われる残骸が転がっていた。「ヒッ――」声にならない悲鳴を上げた紫音はすぐそばに人の気配を感じそちらへと視線を向ける。そこには紫色のコートを着た男が佇んでいた。「え……?」何が起きたかも分からない紫音の頭の中は混乱していた。ただその男の片手が緑色に汚れており、自分を助けてくれたのだとそれだけは分かった。「あの……助けて、くれてありがとうございます」「…………
紫音が遂に起爆スイッチを押した。異世界ゲートが爆破される瞬間、紫音は突如ゲートに向かって駆け出した。「おい!何を考えている!!!」紅蓮が呼び掛けるが紫音は止まらない。「やっぱり私、カナタと離れたくない!!私も!着いていく!!!」そんな言葉を発しながら、紫音は壊れかけのゲートへと飛び込んだ。――――――飛び込む瞬間、恐怖心から目を瞑っていた紫音だったが、何の痛みも感じず恐る恐る目を開くとそこは陰気な空が広がっていた。「何ここ……?」誰に聞かれるでもなく紫音は小さく呟きを漏らす。辺りを見回しても枯れ木や岩肌が目立つ光景であり、紫音はここが明らかに普通の場所ではないだろう事は一目で理解した。このままここでジッとしていても始まらない、弟の彼方を探さなければと一歩踏み出した。歩く事数分、前方に見たこともない動物が数匹いるのが見えた。ここが異世界であると仮定するのならばどう考えても魔物と呼ばれるような見た目である。ウサギの身体で頭にはツノが生えており八重歯は剥き出しになっていたからだ。「近付くとやばそ~、迂回しよ」紫音は近付く事を避け、別の方角へと歩き始める。どこを目指せばいいのか、土地勘のない紫音は当てもなく歩き続けた。数時間は歩いただろうか。岩場に腰掛けて溜息をつく。「はぁ……カナタどこにいるんだろう?なんか薄暗いし思ってた異世界と違うなぁ」紫音の言葉は当然である。現在彼女がいる場所は魔族国内であり、俗にいう魔界と呼ばれている場所であった
魔族に連れられて僕らはある一軒の屋敷へと入った。他の家に比べて姉さんを匿っているらしい魔族の家は屋敷と呼べるくらいには大きかった。大きな観音扉が開くと庭も相応に広く、爵位を持つ魔族である事は明白であった。「こっちだ」大きな屋敷に入ると無駄に長い廊下を歩き一枚のドアの前で立ち止まった。「この中にいる」「えっと……入っても、いいんですか?」「身内なのだろう?」それはそうだが、ノックした方が良いのかとか入ろうとした瞬間背後からバッサリと斬られないだろうかとか色々と考えてしまう。数秒扉の前で固まった後、僕はソッと三回ノックをした。『はいー何ですかー?』聞き覚えのある声が扉越しに聞こえてくると僕は勢いよく扉を開け放った。「姉さん!」「えっ!?」部屋の中には白いワンピースを着た姉さんがいた。その顔は驚愕で染まっていた。姉さんは勢いよく立ち上がると僕の方へと駆け出す。「彼方……」「姉さん……色々聞きたいことはあるけど、今は無事でいてくれて良かった」お互いに抱き締め合うとそのまま一分ほど姉さんの温もりを感じていた。「紫音、久し振り」僕の背後から聞こえてくるアカリの声にハッとなった姉さんはアカリを見つめ走り寄るとまたハグをする。「アカリちゃんも無事で良かったよ〜!」「紫音もね」懐かしい友人に会えたような表情を見ているとそれだけでこっちまで心が暖かくなった。「紫音さん、まずは話を聞かせてもらえますか?」いつまで経っても抱き合っているのを見てか
「何だと?」魔族は明らかに動揺していた。フェリスさんの言葉を聞いてからだ。魔族が何かしら胸の内に秘めている事があるというのが確定してしまった。「……そんなものは知らんな」「嘘を付きなさいよ。アンタ今ちょっと動揺したでしょ」「していない」「いいえ、してたわ。瞳孔が少し開いて足も数ミリ後退した」「していない」「嘘はいいからさっさと吐きなさい」「……貴様らに教えてやる義理などない」僕も魔族の言葉で確証を得た。本当に知らなければ眉を顰めていただろう。魔族に向かって匿っている人間を出せなどと言っても、何のことか分からないといった態度を取るのが普通だ。「アンタが匿っているのか知らないけど明らかに町ぐるみで隠しているでしょ。既にアタシ達の仲間がこの町にいるのを見つけているわ」「……見間違いかもしれんぞ」「受けた報告では確実に容姿は当たっていたわよ?」「ふん……そんな女など知らん」フェリスさんがニヤッと笑みを零す。それを見てか魔族は苛立ったのか声を荒げた。「何がおかしい!」「ふふ……アナタ今言ったわよ。女など知らないって。アタシ一度も女性だなんて言ってないわ」おお、確かにそうだ。フェリスさんは一度も性別の事は言ってなかった。なのにも関わらず魔族は女だと言い切った。つまり、そういう事なのだろう。「口を滑らせたわね!さあ吐きなさい!紫音はどこにいるの!」「チッ……まあいい、お前達が確実にアイツの仲間だという証拠を出せ。ならば教
気配を消しているとはいえ近付きすぎれば勘の鋭い魔族なら察知してしまう。僕とアカリがそっと窓から部屋の中を覗き込むと夜ということもあり、真っ暗で何も見えなかった。「何も見えない」「別の窓から見てみよう」今度は別の場所から中を覗く。ベッドが一つ置かれてあり、その上には人一人分くらいの脹らみがあった。魔族が寝ているのだろう、配偶者の姿も見えないところをみるに恐らく一人暮らしの魔族のようだ。全部で三箇所の窓から中を覗いたが姉さんの姿はなかった。気を取り直して今度は別の建屋を探す。数軒見て回ったが特に怪しい所はなかった。人間を匿っているなら相応の食材や家財が置かれていてもおかしくはないが、どこにもそんなものは見当たらなかった。「監視していた仲間の情報ならこの町のはずなんだけれど」「もう少し探してみましょう。まだ見てない建物は沢山ありますから」そこからは手分けして探す事になった。四人いれば何かしら手掛かりくらいは見つかる。そう思っていたが……。「そっちはどうだった?」「……全然」「アタシの方も何も無し」「私も」四人ともにそれらしい手掛かりを見つける事ができなかった。ここまで何の手掛かりも見つけられないとなるとこの町で姉さんを見つけたという情報も信憑性が薄まってくる。「おい」僕らが路地裏でコソコソと話し合いをしていると、不意に背後から声が聞こえた。咄嗟に振り向いたがよく考えれば僕らは気配を断っているはずだ。