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第772話

Author: レイシ大好き
これで、彼女はもう確信していた。

辰琉は気まずそうに笑いながら口を開いた。

「そ、そんなことはないよ、紗雪。これは違うよ......俺、用事があるから先に帰る」

だが、紗雪がそんな逃げ道を与えるはずがなかった。

ここが病室であることを、彼女はすでに把握している。

紗雪はすぐに外へ向かって叫んだ。

「誰か!早く来て!部屋に泥棒が入ってるの、早く!」

彼女自身はまだベッドに横たわっていて、身体に力が入らないのをはっきりと感じていた。

つまり、ここに長いこと寝かされていた証拠だ。

今の彼女にとって一番大事なのは、正面から無理に争わないこと。

そうしなければ損をするのは自分だ。

記憶の世界から戻ってきた今、紗雪は何よりも自分の健康を大切に思っていた。

危険な賭けは絶対にしない。

だってまだ、京弥に会えていないのだから。

ようやく彼の正体を知り、どれほど大切な人か気づいたばかり。

彼に伝えたいことだって山ほどある。

こんなところで命を無駄にするわけにはいかない。

そう考えると、これまでの自分がどれだけ愚かだったかと思えてきた。

もっと自分のために時間を使うべきだったのに。

でも、もう同じ過ちはしない。

これからは未来の自分と京弥のために、時間を大切にする。

誰にも自分の命を浪費させたりはしない。

一方その頃、京弥は病室の外で電話をかけていた。

しかし、彼には違和感があった。

美月がやけに話を引き延ばしている気がしてならない。

その上、つい先ほど見た緒莉の笑みを思い返すと、胸の奥に嫌な予感が広がった。

彼の瞳が鋭く光り、一転して病室へと足を向けた。

「ちょっと、どこ行くの?まだお母さんと話が終わってないでしょ!」

緒莉が立ちはだかる。

「お母さんを敬う気持ちがないのね?」

京弥の目が細く吊り上がり、冷たい声が落ちた。

「祈る方がいい。紗雪に何も起きていないことを。そうでなければ......お前の命で償わせる」

その殺気に、緒莉は思わず身をすくめた。

だがすぐに頭を切り替える。

自分には母がついている。

怖がる必要なんてない。

昼日中に、まさか本当に手を出せるわけないじゃない。

案の定、次の瞬間、電話口から美月の声が響いた。

「なるほどね。私の娘をそんなふうに扱う人なのね」

冷笑混じりの声音。

「安心
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