LOGINレオノーラは五人の子を持つ女性だが、その子らと血縁はなく、種族も竜人やエルフなど多種多様だ。『子供達には経験を積んで欲しい』との信念の元、成人までは面倒を見て順々に独立させた。とうとう末っ子カラミタもが独立。その後三年、義兄達よりも先に帰省した彼は、突然「結婚して」と彼女に迫る。さらに「邪魔な実父(前・魔王)と兄姉を討伐し、新たな魔王に就任した」と告げられ彼女は戸惑う。彼は本気で、自身が赤子から育てた子からの執愛にレオノーラは翻弄されてしまう。 【全50話】
View More初めて『言葉』を発してから数日後。 カラミタが深い眠りから目を覚ますと、目の前には長男であるセリンが居た。しかも彼の大きな腕の中に抱えられているという状態で。反射的に「れぉにょ——」と舌足らずな状態のままレオノーラの名を呼ぼうとしたが、「シー。お静かに。母さんはまだ寝ていますから、そのままにしてあげませんか?」と口元に指を立てながら言われた。だがカラミタは顔を顰め、それでも尚彼女を呼ぼうとする。そんな彼をセリンがレオノーラの近くにまで敢えて運んだ。そして「……貴重な寝顔が見られてよかったですね」と小声で言う。するとカラミタがぐっと強めに口を閉じた。いつも自分よりも先に起きているレオノーラの寝顔を見られて歓喜している様だ。 少しの間。二人は揃って、眠るレオノーラの寝顔を観察した。早朝だからか彼女が起きる気配は無い。外もまだ薄暗く、やっと朝日がかろうじて姿を現したかどうかといった頃合いだ。他の部屋で休む兄弟達が起きている様子もなく、どうやらセリンとカラミタだけがかなり早く起きてしまったみたいだ。「…………♡」 セリンがちらりと視線をカラミタの方へやると、彼はいつも通りにレオノーラをじっと見ていた。その表情は完全に恋焦がれている者の目で、決して『赤子』が『親』に向ける視線ではない。「カラ……」 愛称で彼を呼び、セリンはとても小さな声で「少し、僕とお喋りしませんか?」と声掛けた。いつもなら問答無用で『ヤッ!』と拒絶してレオノーラにしがみついて離れないカラミタだが、今彼女は眠っている。普段ならば『赤子の特権』とばかりに我儘を突き通す彼だが、この寝顔を崩すのは流石に忍びない。ただ、寝起きのぼんやりとした表情にも興味があって、カラミタの心はしばらく揺れた。「僕との話が終わったら、ベビーベッドじゃなく、母さんのベッドに降ろすという特典をつけてあげますよ」 普通の赤子になら絶対に言えない台詞だが、セリンはカラミタであれば問題無いという確信を持ってそう提案する。するとカラミタは黒い瞳をキラキラと輝かせながら何度も首肯を返した。「では、まだ寝ている人が多いので外に行きましょうか」「ぁぃっ」と返事し、カラミタの小さくて黒い手がセリンの服をキュッと掴む。もう一年近く一緒に暮らしているのに初めての事で、セリンのドラゴンにも似た口元が優しく綻んだ。 ◇ 二
保護すると早々に決めたはいいものの、内心では『赤ん坊の育児なんて私が本当に出来るんだろうか?』とレオノーラが心配している。出産経験も無く、育児に関する勉強をしてきたその道のエキスパートでもなし。『幸いにして人手の多い家だから何とかなるんじゃ?』という甘えは無かったとは正直言えない。セリンが文字の読み方を教えてくれたおかげで、子供達を保護するたびに育児関係の本だけは沢山読んではきたが、知識だけで実地に挑むのには不安がある。赤ん坊が相手では些細なミスも命取りになりかねないから、絶対に失敗は出来ないというプレッシャーも。 だけど、カラミタの『子育て』は実に拍子抜けするものだった。 生後間もない赤ん坊は三、四時間毎にお乳をあげると育児書には書いてあったのに、彼は爆睡タイプだった。一度寝ると朝まで、下手をすると三日三晩寝続けて『ちゃんと生きてる⁉︎』と皆が心配になったりもした。でも、思い返してみると上の四人も、もっと小さい頃には寝ている事が多かった。最長で一ヶ月間も起きなかった子も居る。(……あぁ、コレもまた『世界樹』のせいか) 彼女が今更そう気が付いたのは、五男となったカラミタの寝顔を見ている時だった。『きっと世界樹から受ける恩恵を、こうやって長く眠る事で体に馴染ませ、作り変わっていっているのだろう』と。 じゃないと、『魔族』であるカラミタが此処で生きていくには無理があるからだ。 実は、そうであると知ったのは、『魔族』の赤ん坊を保護して二、三ヶ月程も経過した後だった。子供達の間で『これを機に、魔族に関して真面目に研究してみる』という流れになり、長い歳月を掛けて拾い集めていた文献を漁っていく中で発覚したらしく、『——カラ、ちゃんと生きてる⁉︎』とアイシャ達が慌てて走って来た時、レオノーラはかなり焦った。でもよくよく考えると納得しか出来ない。『魔族』は世界樹のある大陸の中央部に行けば行く程出現報告が極端に少なくなっていく。世界樹が拒絶しているのか、魔族が世界樹を毛嫌いしているのか。魔族が世界樹に近づかない理由は不明なままで、その理由次第ではカラミタが死んでしまうのでは?と心配したのだが、保護してから一年近く経った今でも彼は元気いっぱいだ。「……でも、小さいねぇ」「あ、うぅー」と言いながら、レオノーラが腕に抱えているカラミタは『我関せず』といった様子で彼女の髪
「ところで、この子の性別って女の子?それとも男の子かなぁ?」 本で調べた方法によると布に染み込ませて飲ませる方法もあるみたいだが、大人しい赤ん坊だし、それなら衛生的にもこっちの方がいいだろうという理由でヤギのお乳をスプーンで少しづつ飲ませながら、レオノーラが周囲に集まって観察している四人に訊いた。 「男でしょうね」 「男の子ですよ」 「男に決まってるだろ?」 「むしろさぁ、何だってまた、この子が男の子以外の可能性なんか持っちゃってんの?」 長男のセリンを筆頭に、順々にそう指摘され、「——え、むしろ何で、みんなこそ『男の子』って断言出来るの?」とレオノーラが驚きながら返した。「だって、ちゃんと見てみて?このモチモチの柔肌、ぷりんとした輝くほっぺに、真っ黒ではありつつも後光さす小さな足とこのお手々!ふくよかさに溢れた溝ある腕と脚!そして何よりもこの大きな鱗で最大の急所が見事に覆われているから、完全に性別不明だよね?」 この魔族の赤ん坊の肌は全体的には白いのだが、手などの末端に近づくにつれ真っ黒になっている。爪と肌の間に境界線がまるで無く、今は丸い指先だが本人の意思次第で鋭く変異しそうな片鱗がある。レオノーラからちっとも視線を逸らそうとしない瞳の色は光をも反射しない程に黒く、漆黒の闇や深淵を他者に連想させた。まだ細くて柔い髪は綺麗な紺色で、両耳の上には大きな角が既にもう左右それぞれに生えている。生後まもないからなのか、まだその角は柔くてそっと触れると少しへっこんだ。尾骶骨の辺りからは爬虫類にも似た長い尻尾があり、股間の急所部分は大きくて黒い鱗で覆われている為一目では性別がわからないのに、『何故四人とも断言出来るの?』とレオノーラだけが困惑顔になった。 「まぁ、その鱗のせいで性別の判断が難しいという母さんの言い分は理解出来ます。ちなみに、竜人族も普段はこの子の様に鱗で急所が覆われているので、その鱗は急所の保護の為であると断言出来ますよ」 「おぉぉ!『魔族』の生態なんてほぼほぼ知られていないから、コレって地味に大発見だね。他種族との共通点とか調べたら奥深そうっ」 研究や勉強好きなアイシャはセリンの話に興味津々といった様子だ。「なぁなぁ。それよりもさ、コイツの名前ってどうするんだ?」 リトスの問いに対し、レオノーラ達が『そうだった!』と表情を変
あの後すぐに二度目の転移魔法を使って自宅に戻った。裸のままで、しかも首も座っていない歳の子だったため、レオノーラは着ていたローブを脱いで、魔族の赤ん坊をそれに包んで抱いている。 「母乳の代わりに、どうやらヤギのお乳で代用出来るみたいですよ」 「そうなんだ?良かった」 家に到着するなり早速代替え品を調べてくれたセリンに、安堵した様子でレオノーラが返した。 「赤ん坊の服なんて流石に無いからウチがちょっと作ってくるよ。あ、テオが昔着てた服ちょっといじるねー」 「多分衣装棚の一番下にしまったままだと思いますから好きに使って下さい。——じゃあ僕は、ベビーベッドの代わりになりそうな物を倉庫から探して来ますね。無かった場合は急いで作っておきます」 今度はアイシャが赤ん坊の服の用意を始めた。まだ『魔族』を拾った事に対して困惑気味ではありつつも、それを隠してテオドールもきちんと対応する。どうやら、この件に私情は持ち込むべきじゃないと決めたみたいだ。 即座に保護を決めて連れ帰ったはいいが、家には赤ん坊に必要そうな物など一つとして無い。既に子供が四人も居る家庭ではあれども、一番小さくても三歳からの子育てだったのだから仕方のない事だった。 「んじゃ俺はヤギのお乳搾って来ようか?」 そう言うリトスの頭を優しく撫で、「そうだな。頼めるか?」とセリンが言う。 「リトスー、お乳を入れる瓶はちゃんと先に煮沸すんだぞ」とアイシャが声を掛けたが、「……『しゃふつ』?」と首を傾げたもんだから、リトスの方へ走って戻り、「おっし。じゃあ煮沸だけは手伝ってあげるから、こっち来なよ」とキッチンに兄を引っ張って行った。 「あれじゃ、どっちが兄かわかりませんね」 「ですね」 笑うテオドールとセリンの様子をじっと見上げ、レオノーラが感心している。(ウチの子達、四人とも能動的で偉いなぁ) 帰宅後すぐに動き出した四人とは違い、『母親』であるレオノーラはまだ何も出来ていない。そんな自分の自己評価を下げつつ家の中に入り、各部屋を回って柔らかそうなクッションを家中から集めて床に並べた。そして彼女は早速そこに一旦赤ん坊を寝かせようとしたが、ぎゅっと強く服を掴まれて離して貰えなかった。 「……あちゃぁ」 だがこのままでは何も出来ない。連れ帰った責任は自分にあるのだから皆みたいに行動しな