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第7話

作者: Raisaa
その朝、セレーネは違和感を覚えていた。

朝食の席に、ディリアンがいる。

しかも、同じ卓に腰を下ろしている。

それは、ほとんどあり得ない光景だった。

彼が屋敷にいる日でさえ、朝は執務室か自室に籠もるのが常だった。

セレーネも、もう近づこうとはしない。

どんな言葉も、どんな気遣いも。

彼にとっては「邪魔」でしかないと、知ってしまったから。

心の傷が、彼女の足を止めていた。

「お祖母さんと母上が、後で来る」

食器を置き、ディリアンが言う。

セレーネは一瞬だけ彼を見た。

「わたくしが、まだ療養中だとお伝えしましたか?」

「だからこそ、見舞いに来る」

淡々とした答え。

セレーネは小さく息を吐き、頷いた。

「承知しました」

――沈黙。

しばらくして、ディリアンが再び口を開く。

「今夜は、お前の部屋で眠る」

セレーネの心臓が、わずかに強く打った。しかし彼女の声は冷たい。

「その必要はありません。祖母様や義母様の意向に、無理に従う必要はありません。ご自身の部屋でお休みください」

「これは俺の意思だ」

迷いのない声。

セレーネは彼を見つめ、皮肉げに微笑んだ。

「それでしたら、あなたの部屋で眠りましょう」

ディリアンの視線が鋭くなる。

「お前がそうしたいのか??」

「はい、わたくし、自分の部屋を独り占めする資格なんてないと思ってますので」

セレーネは淡々と答え、脳裏にヴィヴィエンヌが自分の部屋に入ることを許された光景がよぎった。

ディリアンは一拍置き、頷いた。

「分かった。今夜は、俺の部屋だ」

言葉を失うのは、セレーネのほうだった。

あの部屋は、彼にとって聖域だった。

扉の前に立つだけで、怒りを買ったこともある。

それが、こんなにも簡単に。

「では、少し外出する。夕食までに戻る。一緒に食べよう」

そう言い残し、ディリアンは席を立った。

セレーネは、彼の背中が消えるまで見送る。

彼の皿は、いつも通り綺麗だった。

自分の料理を残さない、それだけは、変わらない。

昼、セレーネは執務室にいた。

呼ばれた医師が、丁寧に頭を下げる。

「奥様、お体の具合を確認させていただきたく――」

「わたくしの体は大丈夫です」

きっぱりと言い切る。

「薬も飲んでいますし、指示通りに過ごしています」

「ですが、流産後の――」

「不要です」

冷たく遮る。

「回復したと、そうお伝えください」

身体が、拒絶していた。

これ以上、失ったものを突きつけられることを。

医師はそれ以上何も言わず、再び頭を下げて退室した。

扉が閉まると同時に、イラルドが茶色の書類鞄を抱えて入ってくる。

「こちらが、すべての書類です」

机に置きながら言う。

「身分証、渡航券。列車移動になりますので、手配は完了しています」

セレーネは鞄を開いた。

そこにあったのは、新しい身分証。

記されている名前は、母の名――イスラ・アルンデル。

アルンデル家。

かつて男爵位を持ち、彼女が生まれる前に断絶した小さな家系。

本来なら、彼女にも権利があったはずのもの。

だが、父、モロー伯爵は、すべてを奪った。

記憶することさえなく。

ふと、見覚えのある紋章が刻まれたカードに目が止まる。

「これは?」

「護衛や緊急時の支援が必要な場合、その住所を訪ねてください」

イラルドは静かに答える。

「大陸全域に展開するギルドです」

セレーネは目を見開いた。

「どうして、あなたが……」

「昔の知り合いです。このカードがあれば、優先対応されます」

セレーネは、かすかに苦笑した。

「大げさすぎます……」

「いいえ」

イラルドは首を横に振る。

「ただ、奥様が無事でいてほしいです。特に、国外では」

続いて、銀行カードを差し出す。

「資産はすべてこちらに。株の半分を売却しましたので、不自由はありません。利益も毎月入ります」

「多すぎます」

「本来、あなたのものです」

まっすぐな言葉。

セレーネはカードを強く握りしめた。

「あなたが、ディリアンの人間でなければ……」

「実は、奥様について行きたいです」

イラルドは低く囁いた。

「でも、契約であなたは公爵に忠誠を誓わなければなりませんよね」とセレーネは言った。

イラルドは深く一礼した。

「奥様が幸せであるなら、それで。また、いずれ」

セレーネも頷く。

「ところで、奥様はその土地へ?」

イラルドは少し躊躇いながら尋ねた。

「母の遺産ですので」

静かな声。

「なぜ、お母様が持っていたのか、確かめたいのです」

「ご出身、だったのでしょうか」

セレーネは首を横に振った。

その書類は、追い出される直前に母の侍女から渡されたもの。

その侍女は、一か月後に亡くなった。

もう、何も聞けなくなった。。

「購入したのかもしれませんね」

イラルドが言う。

「はい」

セレーネは視線を上げる。

「確かめます。もし違えば、別の場所を探すだけです」

揺るぎない声だった。

「承知しました、奥様」

イラルドは一礼する。

「では、失礼いたします。まだ片付けるべき仕事が残っていますので」

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