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2. 速報

Author: Mr.Z
last update Last Updated: 2025-03-24 17:24:59

 赤いのは大型装置のとある部分を示して言う。置いたら一体どうなるんだろう。せっかくだしちょっと聞いてみるか。

「置いたらどうなりますか?」

 聞くと、赤いのはこう答えた。

『特別仕様のL.S.へと交換させて頂きます。新たな機能と共にデータは全て一瞬で引き継がれるため、今まで通りにすぐご使用頂けます』

 総理がR.E.D.になって、いきなり無料配布されたこのL.S.。正式名称は"Linked Someone"。今まで以上に誰かと繋がろうをコンセプトとしているらしい。

 腕時計のような見た目でも、とんでもない機能を有している。起動すると、ホログラムディスプレイが幾つか展開され、それに触れて操作が出来る。今までのような画面を介さず、空気上に触覚を感じる技術が使われている。前々から研究は続けられていたようだが、一気に急発展を遂げ、今に至る。ARやVR技術も付いており、まさに何でもアリ。きっとまだまだ多くの機能が潜んでいると思われる。

 充電に関しては血液発電が行われているらしく、こんな小型デバイスのどこにそんなものが用意されているのか、皆目見当が付かない。そして腕に付けてはいるが、実感をほぼ感じないほど皮膚に優しく、皮膚科医でさえ、永遠に付けていても大丈夫だと言う。

 一般販売はされておらず、"一人一台まで"という謎の制限がかけられている。この約三ヵ月間にして一瞬で国民の約九割以上を依存させた、それほど今までと違った画期的な簡易次世代デバイスだった。

 そんなL.S.をさらに特別仕様へと交換? 一体どんなモノに変わるんだ!? といっても、ここまで来て選択肢は無さそうだ。

 言われた通り、大型装置の示された部分にゆっくりと置いてみることにした。すると、すぐさま俺のL.S.は沈むように中へと吸い込まれていく。

 おいおい、大丈夫だよな、帰ってこないとかないよな!?

 不安に思っていると、30秒も経たないうちに何かが大型装置の下から排出された。赤いのはそれを取り出すと、こちらへと差し出した。

『こちらが新仕様のL.S.となります。中の項目ににUnRule≪EL≫が入っておりますので、ご確認をよろしくお願いします』

 前のような透明なメタリック感から、時間によって色が変わるような少し派手なモノへとなり、謎の特別感を醸し出している。さっそく右腕へと持っていくと、感知して自動で纏わりついた。

 前のより、さらに装着の違和感が無くなった⋯⋯?

 血液の流れを感じたのか、七色の光の線が幾つも内部で走った。前までは白い光の線だったが、ここも変わっている。そして、確かに"UnRule≪EL≫"というのが追加されていた。

「すみません、この≪EL≫というのはなんですか?」

『"ELECTIONNER"の略です。事前予約された方の中で、当選された100名の方々のみ表記されていますよ』

 え、これって100人にしか当たらないのか!?

 SNSを見てみると、当たらなかったという声ばかりだった。これは来店時にしか、当選したかどうか分からないそうだ。

「≪EL≫だと、他にもまだ何か違うところはあるんですか?」

『私共もこれ以上は詳しく知らないのです。申し訳ございません』

 あくまで知るのは政府のみという事だろうか。それなら、この後触りまくってみるしかない。当選部屋から出ると、またあっち側から多くの目で見られた。

 んな睨まれてもな⋯⋯。俺だってよく分かんねえし⋯⋯。

 少し嫌悪感を感じていると、とある人物から急に通話がきた。

「行くんだったら言ってくれればよかったのに!」

 ちょっと怒っているようないつもの声。昔っから腐れ縁で同い年のユキだ。おそらく俺の位置をGPSで確認でもしたのだろう。そんな俺もユキの位置を知ってるんだが。

「なんか研究室にいるっぽかったから、邪魔したら悪いし」

「逆にルイの話聞く方が研究進むから、気にしなくていいって」

 ユキは卒研がキリのいいとこまで行ったらしく、今からこっちに来ると言い出した。他愛もない会話をしつつ、M.I.O.内にある最近出来たばかりのパスタ専門店"Pasta Dream"で会う約束をした。

 そういや、ユキと外食するのは久しぶり。会った時は大抵どっちかの家でゲームや卒究の話をした後、料理するか配達ドローンで頼んだりする。そんなこんな考えていると、8階の約束の場所に先に着いてしまった。

 せっかくなら、先に入って"あの場所"でも取っておくか。

 そう思った俺は、先にPasta Dreamへと入り、一番奥のお気に入りの席を確保した。前に来た時にいいなと思ったのがこの席。まだ朝10時な事もあってか、人はほぼいない。

 ≪先に入って良い場所取っといた≫とユキへメッセージを送る。そして待っている間にある事をしていると、店内ロボットに連れられてユキが来た。

「何やってるの?」

「ん、あぁ、今金稼いでる」

「え? お金?」

 そう、ここの席だけ特別だ。なんと店内なのにお金を稼ぐことができる。この特殊なPCを使って、他店舗の店内ロボットへ正確な指示を送るとくれる仕組みだ。もちろん正確でなかったら、ミスとカウントされて貰えない。

 けど、ミスは幾らしてもよく、まだ学習の薄いAIや調子の悪いAIを助ける事に意味があるようだ。これやってくれる人が世の中にどれくらいいるのかは謎だけど。

「なんか調子良くて5000円いった」

「へぇ~、こんな短時間で」

「あぁ、今日も奢る」

 ユキは嬉しそうな顔で「いつも悪いね~」と言う。全額いつも俺が払ってたりするが、その分ユキには色々と協力してもらってる。研究やスキマ時間の仕事、料理等。そして、俺と同じくらいユキもゲーム好きだったりするから、パーティ組んでやったりもするわけで。

 それぞれ注文したメニューを店内ロボットが持ってくる間、俺の持ってる新型L.S.について話題になった。

「さっきから思ってたけど、ルイのL.S.なんか変わった?」

「これな、UnRule取りに行ったら、事前予約者の中で当選した100人だけ貰えるんだってさ」

「そんなのやってるの?」

「なんかよく分かんないけどな。ユキも事前予約一緒にしたよな?」

「うん、した。食べたら私も行こうかな」

「なら、試しに俺の家で一緒にやってみるか」

 ユキは俺の提案に「いいね~、やるやる~」と凄い乗り気だった。俺はこの後が楽しみで仕方なかった。今までにないゲームってだけで、こんなに高揚してしまう。

 店内ロボットによって目の前に置かれるペペロンチーノ。ユキは、きのこと野菜の和風パスタにしたみたいだ。

 昔っから和風系が好きなんだよな、ユキは。

 フォークを手に取り、いざ麺を上げようとした時だった。

『速報です。AI総理大臣は新たな経済対策を発表しました』

 ⋯⋯ん? 急になんだ?

 突然L.S.のホログラムディスプレイが幾つか勝手に展開された。この時、俺たちは何も知らなかった。最新AIのR.E.D.が総理大臣になるとは、どういうことなのか⋯⋯。新たな経済対策が行われる事の意味。そして、このL.S.が普及していった本当の理由。これから始まるAI総理による人類終焉。もう絶対に逃げる事も、目を背ける事も出来ない。

 こんな日本を終わらす事件を⋯⋯。真犯人がアイツだったなんて⋯⋯。

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