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九年ぶりに勇者(笑)が帰ってきた
九年ぶりに勇者(笑)が帰ってきた
مؤلف: 松坂 美枝

مؤلف: 松坂 美枝
last update تاريخ النشر: 2025-09-19 20:20:13

その日は、庭でバーベキューをする日だった。

私と息子と夫、そしてその両親までもが来ている。 彼らには本当に世話になっていて、私はみんなに感謝していた。 バーベキューを言い出したのは義母だ。いい肉が手に入ったからと。 私たちはみんな笑顔で、肉を焼き、タレをつけて頬張りながら、過去のこと、今のこと、未来のこと、それぞれ話し合っていた。

「尚子!」

その時、場違いな怒り声が庭の外からした。

みんなで一斉に門の方を見ると、肉の塊がそこにいた。誰だかわからなかった。 戸惑いながら、私たちは顔を見合わせる。

「あの、どちら様……」 言いかけると、そばにいた義母が困惑して先に声をかけた。

「昭文(あきふみ)?」

「え……え!?」 息子以外の面々が信じられない声を上げた。 昭文と呼ばれた巨体は、荒い息を吐きながら足を踏み鳴らしている。

「そいつは誰だ!」 ソーセージのような指を、私の夫に突き付けた。

「夫だけど……」 私がひたすら戸惑っていると、夫はようやく我に返り、 「初めまして」 と礼儀正しく挨拶をした。

「夫だと!?」 昭文は全身をぶるぶるさせながら、青ざめている。

「俺たちは夫婦だろうが! なんでそいつが夫なんだ!」

「離婚は成立してるよ。あなたが失踪した七年後にね。連絡もなしに今更来て何なの?」 7

「認めるわけないだろうが!」

昭文の声はやたら大きく、近所の目が気になったので仕方なく中に入れた。息子は怯えて夫の背中に隠れている。 せっかくのバーベキューが台無し。

火は止めたが、昭文を長居させたくなかったので、庭で話をすることにした。

当時の昭文は、初恋の女性が悪の組織に狙われているから俺が守ってやるんだと言って家から出たきり帰らなかった。 私はその時息子がお腹にいて、なぜ警察に任せないのか、なぜ身重の妻を置いてまでわけのわからんものと戦おうとするのかと問い詰めたが、アホには通じなかった。 そのうち帰ってこなくなったので、もういいやと匙を投げ、失踪届を出し、七年待った。裁判所にて離婚は成立した。それだけの話だ。

「お前はいったい、何がしたいんだ?」

昭文の父は、変わり果てた息子の姿を見て額に手を当てた。九年前の息子は、確かにイケメンだったはずなのに。

「もうアンタのことに口出しもしてないし、もう死んだものと思って来たのに、よくもまあ家に来られたわね」

昭文の母も腕組みしてため息をついた。

「父さんも、母さんも、久しぶりに帰ってきた息子に対してそんなこと言うのかよ!」 昭文は何故か被害者のような顔で叫んだ。

「悪の組織と戦ってるんじゃないの? 彼女放っておいていいの?」

私はバカバカしいと思いながら、かつての夫だった男を見た。 「俺は、勝ったんだ!」 昭文は、片腕を空に突き出して叫んだ。あんなに腕が短い男だったかな……昔は格好良かった……

「悪の組織に勝ったの? オメデトウ」

私は棒読みで言った。早く帰ってほしいんだが。

「ありがとう!!」 昭文は感激して目を赤くしながら私の手を取ろうとしたが、私は二歩下がった。ちょっとあれに触られるのは嫌悪がある。

「だから帰って来たんだよ! なのに離婚ってなんだよ!?」

昭文は伸ばした手を仕方なく下ろした後、私の夫に目を向けた。夫は息子を背中にかばい、眉をひそめていた。

「夫としての義務も果たさず、赤の他人の女性を守るために家庭をおろそかにしたあげく離婚されたんでしょう? もう遅いんじゃないですか?」

「俺は離婚なんてしてない!!」

「あなたがそう言ってももう成立してる。悪の組織と戦って勝った。もうこっちに用はないでしょう。そのまま彼女とお幸せになれば?」 私が冷たく言うと、昭文は顔を真っ赤にした。

「なんだその言い方は!」

「まずは謝罪じゃないのか? 君がいない間、娘がどれほど心細い思いをしてきたか、わかってるか?」

たまらず父が割って入った。

「その女性って浮気相手でしょう? 子供じみた言い訳で家を長い間空けて、そっちでの生活が苦しくなったから戻って来たんじゃないの?」 母もずばりと言ってくれた。

「ちがっ俺はっ」

昭文は誰も味方がいなくて青ざめた。赤くなったり青くなったり。 だらだらと汗を流しながら、白けた顔をしている私たちを見まわした後、夫の背中に隠れている息子を見て目を輝かせた。 「む、息子だろ? 俺の子供だろ? パパだよ!」

「近づかないでください」 夫は息子と一緒に後ずさりした。 「俺はその子のパパだぞ!」

「あんたにそんな権利はない。もうどっか行ってくれない?」 みんなうんざりしていた。 昭文は必死だった。

「もう悪の組織は倒したんだよ! 俺はこれからいい夫、いい父親になるために帰って来たんだって!」

「九年経って今更?」

「もういい! 息子を見せろ!」

昭文はドスドスと足を進めて、隠れている息子を必死でのぞき込んだ。

「ああ、俺にそっくりじゃないか! パパだよ!」

「うわぁあーん!」

上から現れた昭文の顔はさぞかし恐ろしかっただろう。息子はますます夫にしがみついて泣いた。

「やめろ! 警察呼ぶぞ!」

私の父と昭文の父がすぐに昭文を取り押さえた。

「と、父さんたち! なんだよ!?」

「誰が父さんだ! お前なんか籍から抜いてるわ!」

「はぁっ!?」 昭文は信じられないといった顔でかつての父親を見た。

「身重の妻を置いて愛人の元に行って仕事もクビになって……こんなやつが息子だったなんて思いたくもないわ!」

「会社はもうこの人に任せてるから心配ない。あんたは心行くまで愛人と暮らしてなさい」

昭文の母親も夫の方を向き、かてつの息子に向き直って冷たく言った。

昭文の父親は中小企業の社長をしている。それなのに息子の昭文ときたら典型的な放蕩息子で親の後を継ぐ気もなく遊び回っていた。当時の私の見る目の無さは認めるが、ご両親はとても良い人で、昭文の代わりに慰謝料や養育費を払ってくれ、大小様々なサポートもしてくれた。良い夫には恵まれなかったが良い義両親には恵まれた。うちの両親とも関係は良好。今の夫は義父の会社の社員であり、身寄りはなく優秀で将来有望ということで婿養子となり、私と見合い結婚したのだ。

今の夫は息子をとても可愛がってくれるし双方の義両親にも気を使ってくれる。

「聞いてないぞ! なに勝手なことしてんだよ!」

「あんたにだけは言われたくないわ」 私は両手を広げた。

「とにかくもうあんたは赤の他人なの。息子は今の夫が大切にしてくれてるし、あんたの出番はもうないよ」

「尚子! 考え直してくれよ!」 昭文はどこまでも見苦しかった。

「何を考え直すの? あんたとの出会いを? 息子が生まれる前はそう思ったこともあったけど、今はみんながサポートしてくれるし、私は今の生活に満足しているよ。とにかくあんたはもう不要な人間だから、浮気相手の女性のところへ帰りなさい」

「嫌だ!」

「悪の組織の残党が、また彼女を狙うかもしれないじゃん。早く帰って」

「嫌だ!」

「彼女を守らないとならないんでしょう? 私はこんなにたくさんの人に守られていて安全だから、たったひとりの彼女を大切にしてあげて」

「尚子!!」

「何よ?」

昭文は肉に埋もれた両の目から汚い涙を滝のようにだくだくと流しながら懇願した。

「家に入れてくれよ!」

「なんで?」

「追い出されたんだよ!」

「誰に?」

「その……」 昭文は静かになってうつむいた。 みんなはなんとなく察した。

「昔はイケメンだった勇者も九年経って家で仕事もせずダラダラしてブクブク太ったから、彼女に追い出されたってこと?」

私の鋭い指摘に、昭文はびくっとした。

「悪の組織だかなんだか知らないけど、その浮気相手の家に転がり込んでヒモニートしてたんでしょ? 九年も養ってもらって恥ずかしいやつ」

「もうここには来なくていい。帰りなさい」

昭文の母は九年ぶりのわが子を他人を見る目で見つめた。

「私もお父さんも世間に恥じない生き方をしてきたのに、どうしてこんな息子が……」

「母さん……俺は…」

「もう金はやらん。帰れ」 昭文の父もうんざりと言った。

「あんたの私物は物置にあるから、必要なものは持って行っていいよ」

私は隅にあるボロ小屋を指さした。あそこが空になったら更地にして家庭菜園にしてもいいな。

昭文はそれを聞くや否や短い足をちょこちょこ動かしてボロ小屋へ飛び込んでいった。

「なんでこんなとこに置くんだよ!? 日焼けしてるし砂だらけだし……」

かつて昭文が大事にしていたフィギュアや学生時代の思い出の品などが、分厚い埃をかぶって久方ぶりの主を迎えた。

まだ彼がイケメンだった頃に貰ったラブレターやら手編みのマフラーやらを、昭文は人に自慢するために保存し、私と喧嘩するたびにそれらを持ち出して言ったものだ。

「俺はこんなに女にモテてた!お前ごときを嫁に貰ってやったんだ、感謝しろ!」

今では笑い話だ。彼女たちもまさか想いを寄せた相手がこんな肉塊になるとは夢にも思っていないだろう。

更によく見ればそれらのガラクタの中には昭文が私にプレゼントしたちゃちなアクセサリーもあるのだが、もう彼は覚えてもいないだろう。

「だって家には不要なものだし。レンタル倉庫もタダじゃないし。帰ってくるかわからない人のものをいつまでも置きたくないし」

「いくらしたと思ってんだよ!?」

昭文は色あせた何かのキャラクターのフィギュアを抱えて叫んだ。

元は美しかったであろう半裸の女性キャラクターも、持ち主と同じように価値のないものに成り下がってしまった。

手入れをしなければそんなものだ。

勇者として初恋のそばにいておいて、実際はただの自宅警備員。愛人も何が良くてこんなのを養っていたのだろう。

だが考えてみれば、昭文にはちょっとした資産があった。家庭に生活費も入れず、会社を無断欠勤した挙げ句クビにはなったが彼の両親は当初は心配して息子に金を振り込んでいた。それが湯水のように使われているのを知ってから、ふたりは彼に見切りをつけて除籍した。私も裁判で離婚手続きをし、今の夫と出会った。

送金も止められ生活に困った昭文は手持ちの資産を切り売りしながら愛人と生活を続け、やがて金がつき、彼女も改めて昭文という人間の形をした何かを観察し、手放したのだろう。

女の九年は長い。

昭文に家庭は築けない。もう私という前例があるのだから。

私は昭文の初恋とは会ったこともないし名前も知らない。相手から挑発的なメッセージも貰ったことがない。

だが彼女の気持ちは手に取るようにわかった。

コレと生活はできない。

いい歳をして子供のようにフィギュアを抱きしめ泣きわめく目の前の男に未来はない。

「知らん。持って帰っていいよ」

「だから、家がないんだって!」

昭文は怒鳴ってから、はっと顔をあげた。

「じゃあ、せめてここに住まわせてくれよ!」

「いい加減にしてください。さっき通報しましたから」 息子をあやして泣き止ませた夫が冷たい表情で言った。

「はあっ!?」

昭文が夫に食って掛かると同時に音もなくパトカーがやってきた。ご近所のことも考えて、サイレントモードで来てくれた。ありがたい。

「不審者がいると通報を受けてきました」

「俺は不審者じゃない!」

ボロ小屋の中で叫ぶ肉の塊はどう見ても不審者そのものだった。 私たちは彼との関係を口々に話し、離婚もして籍も抜いたことなどを丁寧に説明した。 警官はあきれ顔だった。

「九年経って愛人から追い出されて今更来たの? 息子さんも生まれて可愛い盛りも全部見逃してよく来られたね……」

おそらく家庭を持つ人なんだろう。警官は遠い目をしていた。 昭文はようやくおとなしくなり、夫に抱かれている息子を見上げた。

「尚子……俺、俺……」

「仕事を探して普通に生きて。あなたは一番家族が必要な時に家庭を捨てて、家族が必要でない時に現れた。何度も言うけど、私たちはあなたを必要としていないんだ。勇者ごっこもいいけど、終わったからってこっちには帰ってこないで」

昭文はパトカーに乗せられて去って行った。 彼が浮気をして蒸発したものの、愛人に追い出されて行き場を失い思いついたのが「悪の組織から可哀想な女性を守る勇者ごっこ」。 誰が信じるというのだろうか。

数か月後、昭文が愛人の元へ戻ろうとして断られ、逆上して暴力をふるったというニュースがテレビで流れた。 勇者がかつて守った女性を襲うとか、誰が悪の組織だったんだと私たちは呆れた。 あれから近辺を巡回してくれているかつての警官が家に来て、用心するようにと声をかけてくれた。 私たちは引っ越す予定だ。 悪の組織(笑)に狙われたらたまったもんじゃないから。 終わり

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  • 九年ぶりに勇者(笑)が帰ってきた   1

    その日は、庭でバーベキューをする日だった。 私と息子と夫、そしてその両親までもが来ている。 彼らには本当に世話になっていて、私はみんなに感謝していた。 バーベキューを言い出したのは義母だ。いい肉が手に入ったからと。 私たちはみんな笑顔で、肉を焼き、タレをつけて頬張りながら、過去のこと、今のこと、未来のこと、それぞれ話し合っていた。 「尚子!」 その時、場違いな怒り声が庭の外からした。 みんなで一斉に門の方を見ると、肉の塊がそこにいた。誰だかわからなかった。 戸惑いながら、私たちは顔を見合わせる。 「あの、どちら様……」 言いかけると、そばにいた義母が困惑して先に声をかけた。 「昭文(あきふみ)?」 「え……え!?」 息子以外の面々が信じられない声を上げた。 昭文と呼ばれた巨体は、荒い息を吐きながら足を踏み鳴らしている。 「そいつは誰だ!」 ソーセージのような指を、私の夫に突き付けた。 「夫だけど……」 私がひたすら戸惑っていると、夫はようやく我に返り、 「初めまして」 と礼儀正しく挨拶をした。 「夫だと!?」 昭文は全身をぶるぶるさせながら、青ざめている。 「俺たちは夫婦だろうが! なんでそいつが夫なんだ!」 「離婚は成立してるよ。あなたが失踪した七年後にね。連絡もなしに今更来て何なの?」 7 「認めるわけないだろうが!」 昭文の声はやたら大きく、近所の目が気になったので仕方なく中に入れた。息子は怯えて夫の背中に隠れている。 せっかくのバーベキューが台無し。 火は止めたが、昭文を長居させたくなかったので、庭で話をすることにした。

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