彼は佐々木唯月が以前から仕事を探しているが、まだ見つかっていないのを知っていた。なぜなら、佐々木唯月は結婚前にやっていたのと同じ仕事を探していたからだ。これは少し難しい。だから、今になっても仕事が見つかっていないのだった。そんな時に佐々木俊介が浮気していることを知り、唯月は仕事を選んではいられなくなっただろう。だから、きっとすぐに何か仕事を見つけるはずだ。「そんなの簡単だろ。君が何か仕事を見つけてあげればいいだけの話じゃないか」「内海さんは俺に聞いてきたよ。うちの会社は財務部長は必要ないだろ。そもそも財務部に人手は十分足りている。それに俺は自分の正体を隠しているんだ。彼女の姉さんをうちに入れるわけにはいかない。だから、その時俺は何もせず、彼女自身に仕事を見つけてもらおうと思ったんだ」結城理仁は自分のことを優先し、佐々木唯月の仕事を見つけてあげなかったので、気が咎めていた。彼は人材を重視するし、ルールに則った社長である。佐々木唯月は仕事を辞めてから三年以上経っている。今復帰したら、仕事において必ずわからないことが出てくるはずだ。彼ら結城グループに入るのは非常に難しい。佐々木唯月が今仕事に戻るのは一からスタートするのと同じことで、結城グループに合格するのは難しい。彼のルールというのは、コネを使って裏口就職させないというルールだ。普段の生活において、内海唯花と一緒に暮らすようになってから、彼は前例を破る行動が多くみられる。しかし、仕事においては話が別で、内海唯花のために彼のルールを変えてコネを使って彼女の姉を会社に入れるようなことはしない。もしいつか佐々木唯月が自分の力で結城グループの条件に合い、会社に入ることができるのなら、彼はもちろん喜んで迎え入れる。しかし、彼が佐々木唯月のために特別ルートを設けるようなことは絶対にありえないのだ。九条悟も少し黙った後、言った。「彼女、他の仕事をする気はないのかな?大企業の財務部なんて普通募集は出ないだろう」「きっと他の仕事も視野に入れるさ」結城理仁は証拠の写真を封筒に入れ直し、引き出しになおした。昼に内海唯花に持って行ってあげるつもりだ。「君たち夫婦のほうは、仲直りしたか?」九条悟はまた他人のことが気になって尋ねた。結城理仁は彼を一瞥し、何も言わなかった。彼自身
「なに考えてるんだ?」九条悟は興味津々で彼に尋ねた。結城理仁は我に返ると、淡々と言った。「お前のことを考えているのではないことは確かだ」九条悟はケラケラと笑った。「君が俺のことを思ってくれるってんなら、さっさと仕事なんか辞めて結婚して子供産むよ」結城理仁は彼を睨みつけた。「俺はちょっと仕事に戻るよ。ここ数日君の仕事の効率はかなり高かったから、俺もへとへとになるまで仕事をこなさないと」九条悟はお茶を飲み終わると立ち上がった。「君はもう仲直りしてまた穏やかな日々が返ってきたし」結城理仁は内海唯花と金城琉生の関係を勝手に勘違いしてヤキモチを焼いていただけだった。それで彼らはギクシャクしてしまった。もしいつか、夫婦二人が今回よりももっと大きな誤解をしたら、更に散々なことになってしまうかもしれない。それを考え、九条悟は心の中でこの夫婦二人が永遠に仲睦まじくいてくれと祈ることしかできなかった。ああ、今はまだ仲睦まじいとは言えないが、それは時間の問題だろう。結城理仁はもう内海唯花のことが気になり始めている。ただ彼が強情でなかなか認めようとしないだけで、彼女のことをもっと好きになれば、誰かに指摘される前に、自分から唯花のもとに駆けて行き、自分の殻を破ることだろう。何が半年の契約だ。ははは、九条悟は親友兼上司が自らその契約を破棄するのを黙って見ていればいいのだ。九条悟が去った後、結城理仁はすぐに執事の吉田に電話をかけ、犬一匹、猫二匹を買ってトキワ・フラワーガーデンに送ってくるように頼んだ。彼は七瀬にそのペットを受け取りに行かせ、理仁が仕事が終わってから、七瀬にそれを届けさせるつもりだ。そのペットで妻のご機嫌を取ろう。どうなったとしても、妻のLINEはなんとか取り戻さねば。……息子を妹の店に預けて、佐々木唯月はまた仕事探しに出かけていった。今日、彼女はどんな仕事でも会社が彼女を雇ってくれるというのなら、何だってやるつもりだ。「唯月姉さん、私の電動バイクを使ってください。歩かないで済むから、疲れないですし」牧野明凛はバイクの鍵を持って彼女を追いかけて来た。佐々木唯月に自分の電動バイクを貸して、仕事を探すのに使ってほしいと思ったのだ。どうせ彼女の家は店からとても近い。歩いてもそんなに時間はかからない。バイクを佐々木
数台の車がやって来て、内海唯花が経営する店の前で止まった。さっき店に戻ったばかりの二人はその数台の車を見た。内海唯花の目はよく利き、その数台の車が彼女のあのいとこたちのだと気づいた。その瞬間、彼女の顔は曇った。こいつらまだ懲りてないのか!内海智明を筆頭に内海家の若い世代が店へと入ってきた。彼らは手には果物が入った籠をぶら下げていた。「唯花」内海智明は笑顔で手に持ったその果物の籠をレジ台の上に置くと、内海唯花に言った。「新鮮なフルーツを買ってきたんだ。お姉さんと一緒に食べてくれ」佐々木陽を見て彼は尋ねた。「その子は君の姉さんの息子さんだろ。お姉さんに似ているな」そう言いながら、彼は佐々木陽の頭を撫でようとしたが、佐々木陽はその手を避けて触らせなかった。内海智明は笑いながら「ボク、怖くないよ。俺は君のおじさんなんだ」と言った。他の人たちも手に持っていた果物の籠をレジ台に置き、そこに収まりきれなかった籠は地面に置いた。内海唯花は冷たく尋ねた。「あんた達、ここに何の用?お金なら、諦めたほうがいいわよ」「唯花、座って話さないか?」内海智文はその傲慢な態度に笑顔の仮面をつけていた。彼はこの世代では一番能力が高く、年収は二千万ある。それ故、彼は最もプライドが高いのだ。はじめて内海唯花に会いに来た時は、彼はほとんどちゃんと内海唯花の顔を見て話をしなかった。今、彼は停職処分にされて久しい。いつになったら会社に戻れるのかまだわからない。そのまま会社をクビになる可能性も否定できない状態だった。それから彼の兄弟たち、そして父親の世代も仕事や自分たちの商売もうまくいっていない。もし彼らにある程度の蓄えがなかったら、もう今頃破産しているだろう。なんとか今もっているが、彼らももう長くはもたないようだ。もしこれ以上内海唯花姉妹と和解できなければ、彼らが親子二代に渡って築き上げてきた家業は、もう終わりかもしれない。それから、一番下の従弟である内海陸が勾留されている件で、彼らが従弟を解放してあげたいと思ってもだめで、お金を出しても許されなかった。これは絶対に内海唯花の後ろ盾になっている人物の仕業だ。兄弟数人と父親世代たちが相談した後、まずは内海唯花姉妹と和解し、それから唯花の後ろにいるその人物は誰なのか探ろうということになった
内海智文は少し黙ってから彼女に尋ねた。「だったら、俺らにどうしてほしいんだ?」「唯花」内海智明は年上の従兄であることを笠に着て内海唯花に説教を始めた。「以前、俺たちがどれだけ仲違いしていたとしても、家族だろう。三番目のおじさんはこの世にはいないが、それでも実のおじである事実は変わらないじゃないか。確かに以前は俺たちが間違っていた。今は自分たちの過ちに気付いているんだ。君は心が広く寛大な人だからきっと俺達を許してくれるだろ?今後は君たちにあんなことはしないって約束するからさ」ネットの力を借りるのは手っ取り早い。しかし、簡単に立場が逆転して損をしてしまう。今日、彼らがネットを利用して従姉妹をネット暴力に遭わせても、明日は彼らがその目に遭ってしまうのだ。自分も同じような目に遭わなければその気持ちがわからない。ネット暴力が如何なるものなのか、ネット民たちに罵らせ、責められるのがどんな苦しみなのかを。内海唯花がツイッターにあげたあの反撃以降、彼ら一族たちはもっとひどい目に遭ってしまった。仕事を失った者も、商売がうまくいかなくなった者もいる。契約済だった仕事は全て破棄され、それ以外にも、評判はガタ落ちだった。彼ら一族の者たちは最近、ほとんど寝られなくなっていた。もちろん、その多くの理由は怒り狂っていたからだ。どうやって内海唯花姉妹に損をさせるかを常に考えているおかげで眠れなくなっている。内海唯花は、はははと冷たく笑って言った。「私は心が狭くて、度量の小さい人間だし、ずっと恨み続ける性格なのよね。当初あんた達は私とお姉ちゃんにあんなことして、死ぬまで追い詰めようとしたくせに、立場が逆転してから自分たちが優勢に立てないとわかったとたんに、腰を低くし始めたよね。ううん、腰を低くはしてないわ。あんた達が今日謝りに来たのも、ネット民にすごく罵られたからでしょ。そのせいで自分たちが不利になったから、こうやって来たはずよ。あんた達はただ自分たちの利益のために腰を低くして見せているだけ。過去の過ちを認めて後悔したから謝りに来たんじゃないわ」彼女をバカだと思っているのか?彼女にそれがわからないとでも?最初にいとこ達数人が和解するためにやって来て、おばあさんのお見舞いに来てほしいと言ってきたのも、それを動画に撮ってネットにアップし、ネット民た
「本当に俺らがやり合うことになれば、共倒れになるまで続くぞ。お前が有利な立場に立てるとでも思ってんのか?こんな店、経営できなくなるだけじゃなく、ネットショップもやばいことになるぞ。ネットショップの評価を下げて、クレームつけりゃあ、閉店に追い込むことだってできるんだからな。「唯花、一体どこのどなたがあなたの店を潰してネットショップにクレームつけるですって?」神崎姫華が内海唯花に会いに来た。車を降りると店に入る前に内海智文のあの偉そうな声で脅迫する言葉が聞こえてきた。神崎家のお嬢様は短気なお方だから、それを聞いた瞬間に怒りを爆発させた。内海唯花が彼女の愛の策士だということを知らないのか?よくも彼女の策士を脅迫するような度胸があったものだ。そんなことをすれば、神崎姫華があっという間に彼らのような恥知らずの偉そうな奴らを叩きのめしてくれよう。神崎姫華はカフェ・ルナカルドに行って買って来たお菓子を持って、車の鍵を指でぶらぶらさせながら、あごを上げ店に入ってきた。他の者は神崎姫華のことを知らなかったが、内海智文は神崎グループ傘下である子会社で働いているし、彼は管理職だから、会社の年会で遠くから神崎姫華を見かけたことがあり、彼女のことを覚えていた。この時、神崎姫華が入って来て、内海智文の顔色が一瞬で変わった。彼は停職処分にされてから今に至るまで会社に戻れない理由がわかっていた。多くのネット民から裏切られた後、こんな恥知らずの人間を会社に留めておけば遅かれ早かれ大きな災いになるから、さっさと本社は彼を解雇するべきだとリプライされたのだった。しかし、その主な理由は神崎姫華と結城理仁のゴシップ記事の注目を彼のツイートが奪い、彼女の怒りを買ったせいだった。今、結城グループ及び神崎グループで働く人は、神崎姫華が結城理仁に片思いをしていて、熱烈に彼を追いかけているのを知っている。「か、神崎さん」「内海智文は笑顔を作り、彼女のほうへと向かっていき、まるで飼いならされた犬のようにへこへこしていた。「神崎さんがどうしてこちらに?」神崎姫華は彼を一瞥し「あんた誰よ?犬みたいに邪魔しないで、さっさとどきなさいよ!」と言った。内海智文は急いでそこを退いて、神崎姫華の邪魔にならないようにすると、依然として満面の笑みを作り自己紹介した。「神崎さん、私は
電話の向こうの神崎玲凰は、この可愛い妹をどうすることもできなかった。彼はどうしようもなく尋ねた。「内海智文がどうお前を怒らせたんだ?」「唯花は私のお友達で、愛の策士よ。あいつがその彼女にお店を潰すだの、徒党を組んで唯花のネットショップにクレーム入れて潰すだの言ってきたの。つまりこいつはこの私に喧嘩売ってるってことでしょ?あいつら一族がやってることって、人間がやることなの?私たち神崎グループにこのようなクソ管理職がいたら、世間から非難されちゃうわよ。ホント、人って見かけによらないわね。まともそうに見えて、実は腹黒なのよね」「……」神崎玲凰は妹の横暴さに言葉を詰まらせて何も言えなかった。アーロン基板株式会社の社長が本社に報告していた。内海智文は確かに有能な人間で、彼はアーロン基板で平社員から今の副社長の座までのし上がったのだ。一歩ずつ一歩ずつ努力してきた。社長は内海智文の親戚内での騒動で有能なやり手を失いたくなかった。だから、ネットでまだ炎上している時は彼に対して停職処分という形をとって、内海智文を解雇しなかったのだ。内海智文は神崎姫華の話を聞いて、顔が真っ青になっていた。彼はこの時理解した。内海唯花の後ろ盾は牧野明凛ではなく、神崎姫華だったのだと。彼は牧野明凛の家はただの成金で金持ちになっただけで、そんなに権力を持っていないから、彼ら一族にそこまで大きな影響を及ぼすことはできないと思っていた。その後ろ盾が神崎姫華であるのなら、納得がいく。神崎姫華の身分と神崎グループでの地位があれば、彼ら一族をどん底まで落とすことなど余裕でできるだろう。「神崎さん……」「だまりなさい。私はあんたみたいな陰険な奴の話なんか聞きたくないの!あんた達一族は唯花のご両親が亡くなった時の賠償金を使ってここまでやって来られたのでしょう。それなのに、唯花姉妹にヒドイことしてさ。あんた達、唯花のご両親が化けて出てこないか怖くないわけ?」神崎姫華は星城の社交界において、評判はあまり良くなかった。彼女はいつも理不尽な態度を取るからだ。しかし、彼女は根っから悪い人間であるわけではない。内海唯花と知り合いになっていなくても、彼女も内海智文一族がやったことに反吐が出る。「兄さん、何か言ってよ!」神崎玲凰は仕方なく言った。「わかったよ。兄ちゃんが浜野
神崎姫華が放り投げたあの果物と籠も内海智明は拾って去っていった。ひと籠五千円ほどするのだ。持って帰って自分たちで食べよう。内海唯花なんかにあげてたまるものか。それを聞いたら内海唯花は果物くらい自分で買えると不満を言うだろう。内海智文は智明の車に乗って来ていた。車に乗ると、彼は急いで自分の上司であるあの浜野社長に電話をかけて、さっき起こったことを説明した。ただ、浜野社長はその時すでに本社から連絡を受けていて、内海智文が説明し終わる前に残念な様子で言った。「智文、お前と二人の従姉妹とのわだかまりはそんなに難しい話じゃないだろう。解決しようと思えば簡単にできたはずだ。お前たちが姉妹に謝って、しっかり誠意を見せて、それからネット上で謝罪文を公開すればよかったんだ。そうすれば姉妹から許してもらえるだけでなく、世間のみんなもお前たちがしっかり過ちを認めて反省しているとわかり、これ以上は騒がなかっただろう。だが、お前たちは何をした?お前を停職処分に留めてから結構時間が経ったというのに、まだ今回のことを解決できていないばかりでなく、逆に悪化する一方じゃないか。神崎さんを怒らせて、本社もお前に失望したぞ。時間を作って会社に行って仕事の引継ぎをしてくれ。暫くは仕事探しはするなよ。神崎さんが怒っているから、ここ星城で良い仕事を見つけようと思ったって、難しいはずだ。「社長、浜野社長、私は……」浜野社長は電話を切ってしまった。内海智文はあまりの怒りで携帯を投げてしまいそうだった。内海唯花と神崎姫華が仲が良いなどと彼が知るはずないだろう?それから彼が二言三言彼女を脅した言葉を神崎姫華にちょうどタイミング良く聞かれるなんて思ってもいなかったのだし。内海智明は車を運転しながら従弟に尋ねた。「弁解の余地はないのか?」「会社に戻って引継ぎをしろって言われたよ。浜野社長が神崎さんに手を回されたら良い仕事が見つからないから暫くの間は新しい仕事を探さないほうがいいって」内海智文は憤慨していた。内海智明も非常に腹を立てていた。神崎お嬢様はまるで理屈が通じない人だと思っていた。彼らを恥知らずな人間だと責めていたが、そういう彼女のほうも人のことが言えないだろう?ただ自分の身分を頼りに、彼らを見下しているだけだ。暫くして、内海智文は怒りのこもった声
内海智文は何も言えなかった。内海唯花の話を借りて言えば、今回の件が彼ら全員の利益に悪影響を及ばしていなければ彼らは絶対に頭を下げることはないのだ。頭を下げたとしても、それは本心からではない。毎回内海唯花のところに来るたびに簡単に唯花を怒らせてしまう。結果、浜野社長が言ったように、本来とても簡単な事が意外にも彼らを複雑にさせていた。今になっても、解決ができていない。「唯花は神崎さんとどう知り合ったんだ?何が愛の策士だよ?」内海智文は嘲笑するような顔で言った。「神崎さんは結城家の坊ちゃんに熱を上げているだろう。たぶん唯花が彼女にどうやって結城社長を落とせばいいか教えてやったんだろ。神崎さんの背後で策を練って結城社長に付き纏わせているのが内海唯花だと知れば、あの女はもう終わりだ」「俺はあの二人がどうやって知り合ったのかって聞いたんだ。神崎さんの身分を考えてみろ、あの二人は先祖子孫の代々まで共通点なんかありっこないだろ」内海智明は唯花が神崎姫華と知り合いであることを羨ましく思った。しかも神崎姫華から守られているんだぞ。神崎姫華が神崎グループで何の役職にも就いていないことを甘く見てはいけない。彼女は神崎家の令嬢なのだから、それだけで十分だ。彼女の実の兄は星城で最も優秀な大物社長の一人なのだから。「あの二人がどうやって知り合ったかなんてわかるわけないだろ。急に唯花に対抗できる方法を思いついたぞ。しかも、あの女と神崎さんの関係もぶち壊せる方法をな」内海智明もバカではない。「お前、結城社長のとこに言って、全てをばらすってか?だけど、お前が彼に会えるのか?彼に会うためには、どんな奴でもアポを取ってないと無理らしいぞ。しかもそもそもアポが取れるかどうかも怪しいってのに。アポ取るのにかなりの手続きが必要で、しかもある人物からの審査が通ってはじめて彼に会うことができるんだぞ。聞いたところによると、結城グループで長年働いている社員ですら、結城社長に会えないらしい」トップクラスの富豪である結城家の御曹司は彼ら普通のビジネスマンたちからすると、まるで神様のような存在だった。彼の噂を聞くことはできても、結城御曹司本人に会うことはできないのだ。内海智明は彼がもし結城御曹司に出会う機会があれば、土下座してまでも彼に取り入りたいと思った。「俺は結城社長
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ