Share

第426話

Author: リンフェイ
唯月は妹とはあまり会話はせずに息子を預けた後、妹の夫とおばあさんに手を振って、急いでバイクに乗って行ってしまった。

唯月が会社に到着したのは、仕事開始時間の十五分前だった。

彼女が五周ジョギングするのには最初のころは二十分かかっていたが、ここ数日で慣れてその走る速度は上がっていた。

だから、まだ間に合うのだ。

バイクを止めた後、鍵をかけて唯月はジョギングに行った。

唯月は毎日仕事を始める前に、オフィスビルの目の前にある花壇のある小さな公園で五周走らないといけないということを東グループの社員たちはみんな知っていた。最初はみんな面白いものでも見るかのように彼女を見ていた。

二日も経たず、ある人達はそのジョギングに参加するようになった。

彼らは毎日オフィスで座りっぱなしで、運動量が少なく簡単に太ってしまう。ただ唯月のようにあそこまでは太っていないだけだ。仕事を始める前に二周するだけでもダイエットができるだろう。

唯月は十四分で五周を走り終わり、最後の一分で出勤カードを押しに行った。

今日は家を出発するのが遅くなったから、少しの遅れがあった。

それでも幸いなことに遅刻はしなかった。

「東社長、おはようございます」

「東社長」

後ろから同僚たちが挨拶をする声が聞こえてきた。東隼翔が出勤してきたのだ。

唯月が後ろを振り返ると、まさに東隼翔が大きな歩幅で流星のごとく颯爽と会社へと入って来た。

彼は結城理仁のように毎日革靴とスーツに身を包んでいるわけではなかった。彼の格好はかなりラフで、出かける時にもボディーガードはつけていない。豪華な生活はせず自分の権力や富を見せびらかすような態度ではない。誰から挨拶をされても、彼は一人一人に会釈をして答えてくれる。

唯月がここで仕事をし始めて数日、裏でよく聞く噂話は同僚たちが話す東隼翔についてのことだった。

彼らの噂によると、東隼翔は東家の第四男坊で今年35歳の独身。彼が青春時代の反抗期に以前ヤクザに混じったことがあって、彼の顔に残るあの刀傷は彼がその頃に残した若かりし頃の記念と言ったところだ。

このような過去と、彼が生きていく中で培ってきたあの威圧的な勇猛さのおかげで、一目でこの人は手に負えるような相手ではないとわかる。35歳にもなって彼女がいないのだが、聞くところによると、名家の令嬢たちは彼の顔の傷や昔の
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Related chapters

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第427話

    東隼翔の話を聞いて唯月は顔を真っ赤にさせた。彼女は確かに食いしん坊で、それに胃袋が大きいのと運動を全くしていなかったので、今のように、どんどん太ってしまったのだ。「東社長、わかりました。試用期間中に必ず痩せてみせますので」今後は朝だけでなく夜にもジョギングに行かなければ。彼女は自分が痩せられると信じていた。「うん、試用期間は一ヶ月にしよう。しっかりやってくれ」東隼翔はまた少し挨拶をしてから、唯月をその場に残し、社長専用エレベーターのほうへと向かって行った。瞬く間に、彼の逞しい姿がすでにエレベーターの入口へと消えていった。彼の姿が見えなくなってから、唯月はようやく視線を元に戻した。振り向くと、自分の上司が不機嫌そうに彼女を睨んでいた。唯月は口を閉じて何も言わなかった。黙ったまま財務部のオフィスへと上がっていった。彼女は以前、財務部長という肩書を持っていたし、今はただの普通の財務職員ではあるが、みんなが彼女と東隼翔の間には何か関係があると確信していたから、財務部長は彼女を目の上のたんこぶだと思っていた。つまり自分の肩書を唯月に取られてしまわないか心配しているのだった。彼女が自ら唯月に何か行動を起こす必要はなかった。他の人たちが裏で唯月に汚い真似を使い、いろいろな方法で彼女を陥れ、仕事上で失敗をさせようと画策していたのだ。試用期間に彼女の仕事が評価されないようにすれば、ここから追い出すことが可能だ。以前の唯月だったら、同僚たちからこのようにいじめの矛先を向けられ、孤立したら、きっとさっさと退職していたことだろう。しかし今は彼女は耐え忍ばなくてはならない。彼女が離婚し、息子の陽の親権を得られるまでは絶対に我慢しなくては。唯月が去った後、財務部の他の職員たちが財務部長のもとに駆け寄ってきて言った。「自分がどんな姿なのか見もせずに、東社長に色目を使うなんて。東社長は彼女と結構おしゃべりをしていましたよ」唯月が東隼翔と話している時、彼と正面に向き合って話していただけで、彼らに色目を使っているなどと言われる羽目になってしまった。「彼女は結婚していて、2歳過ぎの息子がいるらしい」財務部長は淡々と言った。「東社長が彼女を好きなはずはないわ」「それはそうですよ。彼女のあの姿ときたら。東社長とは言わず、どんな男だって彼女の

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第428話

    ……西郊外にある山荘へと行く途中、内海唯花は明凛に電話をかけた。「明凛、今日はおばあさんを気晴らしのために外へ連れて行くから、お店に行けないのよ。お店のことはあなたに任せるわ」牧野明凛は笑って言った。「大丈夫よ。あなたはできるだけおばあさんと一緒にいて、発散させてあげてちょうだい。店には私がいるから、いつもと同じよ」どのみち明日は週末だ。彼女たちは週末になると、ふつうお店を開けない。店を開けても、内海唯花が店の中で自分のハンドメイド商品を作るくらいだ。通話を終えてから、牧野明凛は独り言をつぶやいた。「唯花の結婚生活はだんだんイイ感じになってきたわね」「明凛姉さん」聞きなれた声が響いた。それを聞いて牧野明凛は顔色を険しくさせた。金城琉生が向かって来るのを見て、やれやれといった様子で彼を批判した。「琉生、私はこの前あんたに言ったでしょ。全然わかってないの?今後はこの店には来るなって伝えたはずよ。あんたと唯花はそういう関係には絶対なれないんだから!」数日間会ってないだけで、金城琉生は少しやつれたようだった。目の周りにはくまができ、ひげも伸びていた。この時の彼は22歳という若者には見えなかった。このような従弟の様子に、牧野明凛は心を痛めた。愛というものは容赦なく人を傷つけるものなのだ。金城琉生が内海唯花に長い間片思いしていたのだから、すぐにあきらめろと言われてもそれはとても難しい話なのだ。「明凛姉さん」金城琉生は悲痛な叫びを漏らした。「自分に言い聞かせてみたけど、数日経っても無理だった。毎日すごく辛いんだ。少しでも時間があると唯花姉さんのことばかり考えてしまうんだ。本当に、本当に彼女のことが好きなんだよ。俺はあきらめきれない。姉さん、どうしたらいい?どうにかしてくれないか?」金城琉生は牧野明凛の両肩をがっしりと掴み、懇願した。「姉さん、俺は従弟だろ。姉さん以外に頼れる人はいないんだよ」牧野明凛は自分の両肩に置かれたその手を払いのけて、厳しい顔をして言った。「琉生、また何度も言わせる気?唯花はもう結婚しているの。彼女には夫がいるのよ。あんたが彼女のことを愛していたって、この事実は変えられないの。だから、自分の気持ちに区切りをつけなさい。彼女はあなたには相応しくないわ。あの子があんたを好きになることなんて絶対ないん

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第429話

    金城家は彼女のおばの夫の実家である。牧野明凛は小さい頃からおばが金城家でどれだけ苦労してきたのかを見続けてきた。彼ら牧野家は政府の土地計画によって得たお金からのし上がっていった家で、多くの賃貸の家や店を持っている。その資産は二十億に近かったが、おばが名家に嫁入りするのはとても大変だった。おばですらそうなのに、内海唯花は言うまでもないだろう。牧野明凛は決して内海唯花を貶しているわけではない。彼女はただ本当のことを言っているだけだ。「唯花さん……」「唯花なら旦那さんとデートしに行ったわ」金城琉生はそれを聞いて、顔色が一瞬にして青ざめた。そしてすぐに、彼は店の中に内海唯花の姿を探した。牧野明凛は彼の好きなように店の中を隅々まで探させてやった。金城琉生は内海唯花の姿が見当たらず、従姉が言った内海唯花は店にいないという言葉を信じた。彼は完全に生気を失った様子で去って行った。牧野明凛はため息をついた。彼女は金城琉生が早くあきらめをつけて、立ち直るを望んでいた。愛というもののために何か間違ったバカな真似はしないように願った。彼女は今、従弟である金城琉生と親友である内海唯花に挟まれた形で、非常に身動きがとりにくかった。従弟が唯花を深く愛していることに心を痛め、また全力で親友を応援したいと思っていた。従弟には親友の結婚生活の邪魔をさせるわけにはいかない。一方、西郊外の山荘では。結城理仁とおばあさんは結城家の老婦人と現当主という身分ではここにやって来ず、彼は他の一般人と同じように、駐車場に車を止めて、みんなを連れて入場のチケットを買いに行った。そう、この避暑地としても使われている山荘はテーマパークのように営業という形をとっていて、中に入るには入場券を買わなくてはいけないのだった。チケットを購入し、彼はそれを内海唯花に手渡した。そして彼女から陽を抱き上げた。「俺が陽君を抱っこしてあげよう」内海唯花が疲れないように。「陽ちゃんのベビーカーを車から降ろして、そこに座らせたらいいわ。ベビーカーを押しながら歩いたほうが、楽だから」結城理仁はすぐに車の鍵を清水に渡し、清水は車から陽のベビーカーを降ろした。入場口に入り、一行は中へと入っていった。そこに入ると、内海唯花はそこの美しさに釘付けになって、歩きながら言った。

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第430話

    内海唯花は携帯をポケットに入れ、自然と結城理仁の手を繋いで引っ張って行った。これは絶好のチャンスじゃないか。結城理仁はすぐに内海唯花の手をしっかりと握り返し、彼が彼女を引っ張る形にした。歩きながら、彼は彼女と二人、十本の指を絡め合った。うん、妻の小さな手を引いて歩くのはとても良いじゃないか!結城理仁は今まで恋愛経験がなく、傲慢な態度を取るのが好きな男である。妻の手を繋ぐことに成功した彼は、心の中にはまるでハチミツのような甘さが広がった。内海唯花は彼が彼女の手をぎゅっと握りしめてきて、絡め合った二人の十本の手を見つめた。彼のほうからこのように指を絡めてきたのだ。こっそりと結城理仁をちらちら見てみると、彼はやはりあの傲慢で冷たい様子だった。彼女は心の中で文句を言った。わざと知らん顔をして、うれしいくせに!それで、彼女は親指で彼の手のひらに何かを書いた。彼が彼女のほうを見た時、彼女も厳しい顔つきで前方を見つめていた。知らん顔して相手をからかうくらい、彼女だって負けはしないよ。結城理仁の口角が上がった。彼は内海唯花のこの性格が好きだ。恥ずかしがらずに、したいことはしたいようにする。「君のお姉さんのことが解決して、時間ができたら、またここに君を連れてくるよ。数日ここに泊まろう」彼は遠くに見える木造の建物を指さした。「あの山荘に泊まるんだ。なかなか良いと思うよ」「約束よ」「俺がいつ君に嘘をついたことがある?」内海唯花は笑った。「あなたが私に嘘をついたとしても、あなたは絶対に認めないでしょ。これじゃ私だってどうしようもないわ」結城理仁は突然何も話さなくなった。なぜなら、彼は本当に彼女に嘘をついているからだ。しかも、とても大きな嘘を。彼が突然黙ってしまい、内海唯花は首を傾げて彼を見て笑った。「まさか本当に私に嘘をついてるんじゃないでしょうね?」結城理仁はその瞬間、どのように返事をすればいいのかわからなかった。その時ちょうど内海唯花の携帯が鳴ったので、とりあえず逃れることができて彼はホッと胸をなでおろした。内海唯花に電話をしてきたのは神崎姫華だった。「唯花、今日お店にいないの?」神崎姫華はお店に行ったのだが、内海唯花の姿がなかったので、彼女に電話をかけてきたのだった。「うん、今日は遊び

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第431話

    内海唯花は神崎姫華が今まで結城社長のことを好きだったので、神崎姫華を悲しませないように、あまり多く言わず、すぐ話題を変えた。二人はおしゃべりをしているうちに、神崎姫華は今やっていることを思い出し、言った。「兄さんがね、私が暇な時に結城社長のことを思い出して悲しむんじゃないかって心配して、私にあることを頼んできたの。私の叔母さんを探しなさいって」「叔母さん?」内海唯花は神崎家の事情にはあまり詳しくなかった。知っているのは神崎家が結城家に次ぐ名家だということだけだ。唯花が神崎家で唯一知っているのは神崎姫華だった。「そういえば、唯花、あなた達姉妹が経験したことは、うちの母の昔にとても似ているわ。うちのおばあさんとおじいさんも早く亡くなって、親戚たちは誰も母とその妹を引き受けたがらなかったせいで、母さん達は保護施設に入るしかなかったの。そこで暫く過ごして、母の妹、つまり私の叔母さんはね、まだ小さくて、かわいかったから、結婚してから間もなく子供に恵まれなかったお金持ちの夫婦に選ばれて、養子になったんだ。母はずっと施設にいたんだけど、妹のことを忘れたことがなかったの。大きくなって、一人前になってから、ずっと妹のことを探していたけど、当時は今みたいにネットなんかなかったでしょ。ネットで人探しの情報をアップして、その人が簡単に見つかるような時代じゃなかったから、なかなか成果がなかったの。今までずっと何も手掛かり一つなかったんだけど、ついこの間、叔母さんを引き取ってくれた夫婦が見つかったわ。これで叔母さんを見つけたと思って、私たちはとっても喜んでいたの。でも、母に付き添ってその夫婦のところに叔母さんの行方を尋ねに行ったところ、相手が知らないって答えたんだ」話を聞いた内海唯花も緊張してきた。「どうして知らないの?そのご夫婦が叔母さんを引き取ってくれたんじゃない。もしかして、あなたのお母様に会わせたくないから、わざと嘘をついたとか?」「違うの」神崎姫華は怒った様子で言った。「あの人達、叔母さんを引き取って一年後、自分の子供が生まれたから、叔母さんのことをどんどん気にいらなくなって、殴ったり怒鳴ったりしただけじゃなく、叔母さんが大きくなったら、実の子供と財産で争うことを心配して、夫婦は相談し、別の子供がいない夫婦に叔母さんを譲ったのよ」内海唯花も

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第432話

    「母さんは叔母さんと離れたとき、二人で一緒に写真をとって、ぞれぞれその写真を持っていたんだ。大きくなったら、これを手掛かりとして、いつかまた会えると思ってたけど、叔母さんの持ってた写真は最初の里親に燃やされちゃったの。母さんの写真はまだ残っているけど、もう数十年経ったんだよ。どう気を使って大事に保存していても、やっぱり黄ばんでいて、はっきり見えないわ。兄さんはもうその写真をネットにアップしたけど、全く手がかりがなかったの。もし、叔母さんに子供がいて、その子が叔母さんに似ていたら、うちの母さんが見て気づく可能性もあるけど、そうじゃなかったら、たぶん叔母さんを見つけるのは難しいと思うわ」今はその方法しかないのだ。しかし、このままだと、どう考えても不可能に近い。「頑張ればなんとかなるよ。姫華、絶対見つかるわ、諦めないで」内海唯花は今、神崎姫華を応援することしかできない。神崎家はお金と権力を持っているが、何年かけても彼女の叔母を見つけることができなかった。唯花は何の権力もない一般人で、どうしようもできないのだ。「早く叔母さんが見つかるといいな。そしたら、母さんに会わせて、元気になると思うの。唯花、もし知り合いに養子だという人がいるなら、教えてね。どんな可能性も見逃したくないの」内海唯花は突然自分の母親を思い出した。彼女は試しに神崎姫華に聞いてみた。「叔母さんは今年いくつになる?」「54歳ね。母さんはもう叔母さんと五十年以上も会っていないの」暫く沈黙すると、内海唯花は口を開いた。「私の母がもし生きていたら、ちょうど今年54歳になるわ。母もおじいさんとおばあさんの子供じゃないの、どっかで拾ってそのまま引き取ったようで。母には私とお姉さんしか子供がいないわ。姫華も会ったよね」養子になる人は意外と多い。内海唯花は母親が神崎姫華の叔母だとは簡単に思わなかった。それに、神崎姫華は唯花姉妹に会ったこともあるし、姉の唯月が特に母に似ている。神崎姫華が唯月に会ってどうも思わなかったから、その可能性がないと思った。神崎姫華は内海姉妹の両親は十五年前の交通事故で亡くなったことを知っていた。自分の叔母はそんなに短命ではないだろうと思って、その可能性も頭から排除した。「唯花、お母さん以外に、養子になった知り合いが誰かいる?」「実家の田舎だと

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第433話

    神崎姫華は感激して言った。「唯花、ありがとう。もしおばさんを見つけたら、あなたは神崎家の一番の恩人になるわ。そのときちゃんとした礼をさせてもらうから」「私たちは友達でしょ、そんなに遠慮しないで。ただ母のことを思い出したの。もし母がまだ生きているなら、私も姉も絶対、精一杯母のために家族を探してあげると思ったから」母親がなくなってもう十数年経った。内海唯花は母親のことをあまり覚えていなかったが、幸い姉の唯月が母親に似ているので、彼女を見ると、母親のことを思い出せる。「じゃ、唯花、これ以上は家族団らんの邪魔するのはさすがに申し訳ないわ。楽しんでね。いつか正式に結婚式を挙げるなら、きっと教えてね。ブライドメイドしたいから」内海唯花にからかうように一言を残して、彼女は電話を切った。「また神崎さん?」結城理仁は何食わぬ顔をして尋ねた。「うん、もともと私たちに合流しようと思ったらしいけど、私は結城さんと一緒にいるって聞いて、来ないことにしたって」結城理仁は心の中で冷たく彼女に小言を言った。「やっと気の利いたことをしてくれたな」「神崎さんは本当にいい人だよ。お宅の社長さんは……」結城社長がもう指輪をつけていたのを思い出して、内海唯花はため息をついた。「人と人との縁って、本当に残酷だね」「何を話した?さっきお義母さんの事とか言ってなかった?」結城理仁は話題を変えた。彼自身の噂ばかり聞きたくないのだ。内海唯花は彼と肩を並べ、手を繋いで話した。「姫華は今、彼女の叔母さんを探すのに専念してるんですって。こうすれば、結城社長のことばかりを考えなくて済むからって。まさか神崎夫人も施設で育てられたなんてね。彼女の妹は誰かに引き取られて、また何回も他のところにたらい回しにされちゃったから、今になっても二人は再会できないみたい。お母さんもおじいさんとおばあさんの養子だったのよ。でも、本当の家族は全く母のことを探さなかったんだ。それに、小さい頃のこともあまり記憶になかった。覚えていたのは前の里親はよく彼女を虐待してきたから、我慢できず逃げてきたって。その時、お母さんはまだ7、8歳くらいだった。何もできなくてお腹が空きすぎて、道端で倒れてたところを、おじいさんとおばあさんに拾ってもらったんだ。それからようやく穏やかな生活ができたって。その後、お

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第434話

    「もちろんよ。絶対裁判で両親の家を取り戻すわ!」「そんなに自信があるなら、もう落ち込んだ顔なんかしないで。今日は遊びに来たんだ。だから、ちゃんと笑うんだよ。以前のまだ解決できていないことは、帰ったら一つずつ解決したらいい。いつか全部片付くから」彼は内海唯花を胸にきつく抱きしめて、優しい声で言った。「それに、俺がいるだろう。何かあっても、ちゃんと君を支えているから」内海唯花は彼の懐から逃れようとはしなかった。静かに彼に抱きしめられて、暫くしてからようやく離れた。この時、顔はほんのり赤く染まっていた「こんなに人がいるのに」結城理仁は何食わぬ顔をしてまた彼女の手を取り、そのまま前に歩き出した。「俺たち夫婦だろう。愛人が逢引してるわけじゃないんだから、人が多くいても問題ないだろう」内海唯花「……」「どうりでお姉ちゃんがいつも結城さんに優しくしなさいってうるさく言うわけね」彼はとっくに行動で唯月から認められているのだ。二人はスピード婚し、一緒に生活し始めてから、内海唯花はこの男には欠点があるのを知っていた。しかし、その欠点より、美点の方が多かった。それに、欠点がない人なんてこの世のどこにいる?内海唯花自身にもそれはたくさんある。きちんとした重要な場面では、結城理仁は佐々木俊介のクズ男より何万倍ちゃんとしている。内海唯花のただでさえ落ち着くことのできない心が、結城理仁のせいで、またドキドキしてきた。彼女は絶対にチャンスをうかがい、こっそり彼の契約書を取って燃そうと思った。そうしたら、彼女は何の恐れもなく彼をからかうことができるのだ。もし、いつか二人の心が一つになり、彼と本当の夫婦になったら、彼はあの半年の契約のことなど口に出さなくなるだろう。顔を傾けて、彼のいつもムスッとしているような顔を見つめた。内海唯花は密かにため息をついた。やはりもっと度胸をつけよう。じゃないと、彼の服を剥ぎ取っても、その氷山のような冷たい顔を目の前にしたら、どれほど熱い衝動もすぐ消えるだろう。「なら、もっと俺に優しくしてくれよ」「まだ足りないの?」結城理仁は口元を引き締め、また黙った。二人はお互いに助け合ってきたのだ。内海唯花は一方的に他人に助けられてばかりということをよしとするタイプではない。彼が彼女を少し助けてくれたら、彼女

Latest chapter

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第596話

    その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第595話

    唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第594話

    「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第593話

    昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第592話

    姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第591話

    姫華は父親である神崎航と一緒に母親を気にかけていたので、理紗が忘れずにこの鑑定結果を持ってきたのだった。唯花は理紗から渡された鑑定結果を受け取って見た。彼女はその結果を見た後、少しの間沈黙してからそれをテーブルの上に置いた。「唯花ちゃん、あなたは私の姪よ。私のことは詩乃伯母さんって呼んでね」今世では妹と再会を果たすことはできなかったが、妹の娘である二人の姪を見つけることができただけでも、神崎詩乃(かんざき しの)にとっては一種の慰めになった。彼女は唯花の手をとり、自分のことを「詩乃伯母さん」と呼ばせた。「唯月ちゃんは?それから陽ちゃんも」神崎詩乃はもう一人の姪のことも忘れていなかった。「姉は昼にはここへは来ないんです。夕方五時半に退勤したら帰ってきますよ」唯花はそう説明して、明凛のほうを見た。明凛が陽を抱っこして近づいて来て、唯花が彼を抱っこした。「神崎おば様……」唯花がそう言うと、詩乃は言った。「唯花ちゃん、私のことは詩乃伯母さんって呼んでね。私はずっとあなた達を見つけられるのを夢見ていたのよ。ようやく見つけたんだから、そんな距離感のある言い方で呼ばれると寂しいわ」唯花は少し黙った後「詩乃伯母さん」と言い直した。DNA鑑定結果はもう出てきたのだ。彼女が神崎詩乃の血縁者であることが証明されたのだから、神崎夫人はまさに彼女の伯母にあたるのだ。本当にまるでドラマのようだ。詩乃は唯花に詩乃伯母さんと呼ばれて、目をまた赤くさせた。そして姫華がこの時急いで言った。「お母さんったら、もう泣かないで。陽ちゃんもいるのよ、お母さんが泣いたりしたら、陽ちゃんを驚かせちゃうでしょ」明凛と清水はみんなにお茶とフルーツを持ってやってきた。詩乃は陽を抱っこしたいと思っていたが、陽のほうはそれを嫌がり、背中を向けて唯花の首にしっかりと抱きついた。「陽ちゃん、こちらはおばあちゃんのお姉さんなのよ」詩乃は立ち上がって、陽をなだめようとした。「いらっしゃい、おばあちゃんが抱っこしてあげる、ね」しかし陽は彼女の手を振り払い「やだ、やだ、おばたんがいいの」と叫んだ。詩乃は陽が過剰な反応をしたのを見て、諦めるしかなかった。そして少し前の出来事を思い出し、彼女はまた容赦なくこう言った。「あの最低な一家が、陽ちゃんにショックを

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第590話

    数台の高級車が遠くからやって来て、星城高校の前を通り過ぎ、唯花の本屋の前に止まった。隣の高橋の店で暇だからおしゃべりをしていた結城おばあさんが、道のほうに目を向けると数台の高級車がやって来ていた。そしてすぐに顔をくるりと元の位置に戻し、わざと頭を低くした。あの数台の車から降りてきた人に見られないようにしたのだ。「唯花、唯花」姫華が車から降りて、唯花の名前を呼びながら店の中へと小走りに入ってきた。その時は隣の店でおしゃべりしていた結城おばあさんを全く気にも留めていなかった。その後ろの車から降りてきた神崎夫人の夫の神崎航がボロボロに泣いている妻を支えながら、娘の後ろに続いて店の中に入ってきた。理紗はボディーガードたちに入り口で待機するように伝え、それから彼女も店の中へと入ってきた。唯花は三分の一ほどビーズ細工のインコを作り終えたところで、姫華に呼ばれる声を聞き、その手を止めて姫華のほうへ視線を向けた。「姫華、来たのね。ご飯は食べた?もしまだなら……」その時、神崎夫人が夫に支えられて入ってきて、夫人が涙で顔を濡らしているのを見て、唯花は状況を理解した。神崎夫人はDNA鑑定の結果を手にしたのだ。神崎夫人のその顔を見れば、聞くまでもなく彼女と神崎夫人には血縁関係があるのだということがわかった。「唯花ちゃん――」神崎夫人は急ぎ足で、レジ台をぐるりを回って彼女のもとへとやって来て、唯花を懐に抱きしめ泣きながら言った。「伯母さんにもっと早く見つけさせてよ――」彼女はそれ以上他に言葉が出てこないらしく、ただ唯花を抱きしめて泣き続けた。唯花は彼女に慰める言葉をかけたかったが、自分もこの時何も言葉が出せなかった。「私の可哀想な妹――」神崎夫人は妹がすでに他界していることを思い、また大泣きした。唯花は彼女と一緒に涙を流した。明凛は陽を抱っこして清水と一緒に遠くからそれを見守っていた。陽は全くどういうことなのかわかっていない様子だった。姫華と理紗も目を真っ赤にさせていた。神崎航がやって来て、妻を唯花から離し、優しい声で慰めた。「泣かないで、姪っ子さんが見つかったんだ、良かったじゃないか。私たちは喜ぶべきだろう。そんなふうにずっと泣いてないで、ね」神崎夫人は夫に支えられて椅子に腰かけた。妹の不幸な境遇と、二人の

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第589話

    「内海のクソじじい、あんたはしっかり私から百二十万受け取っただろうが。現金であげただろう、あれは私がずっと貯めていたへそくりだったんだよ。あの金を受け取る時にあんたは唯花を説得してみせると豪語してたじゃないか。それがあんたは何もできずに、うちの息子はやっぱり唯月と離婚してしまったんだぞ。だからさっさと金を返すんだよ。じゃないと本気で警察に通報するわよ」佐々木母は内海じいさんがどうしても認めようとしないので、怒りで顔を真っ赤にさせていた。内海じいさんは冷たい顔で言った。「もし通報するってんなら、通報すりゃええだろ。俺がそんなことを怖がるとでも思ってんのか。俺はお前から金を受け取ってないし、もし受け取っていたとしてもそれが何だって言うんだ?それは唯月が結婚した時の結納金の補填だろう。うちの孫娘がお宅の息子と結婚する時に一円も出しゃあしなかったくせによ。結納金に代わって百万ちょいの補填だけで済んだんだぞ。お宅にも娘がいるだろ。その娘が結婚する時に一円も結納金を受け取らずにタダで娘を婿側に送ったのか?」佐々木母はそれを聞いて腹を立てて言った。「なにが結納金だ、お前は唯月を育ててきたのか?そうじゃないくせに結納金を受け取る資格があんたにあるとでも?彼らはもう離婚したってのに、馬鹿みたいにあんたらに結納金を今更補填してあげるわけないでしょうが。さっさと金を返すんだよ!」「金なんかねえ。命ならあるけどな。それでいいなら持って行くがいい」内海じいさんは、もはやこの世に何も恐れるものなど何もないといった様子で、佐々木母はあまりの怒りで彼に飛びかかって引き裂いてやりたいくらいだった。そこに英子が母親を引き留めた。「お母さん、あいつに触っちゃダメよ。あいつはあの年齢だし、床に寝転がりでもされちゃったら、私たちが責任を追及されちゃうわよ」「ああ、じいさんや、私はすごくきついよ。もう息もできないくらいさ。こいつらがここで大騒ぎしたせいで私まで気分が悪くなってきたみたいだ。死にそうだよ……」病床に寝ていたおばあさんが突然、気分が悪そうな様子で胸元を押さえて荒い呼吸をし始めた。内海じいさんはすぐにナースコールを押して、医者と看護師に来るように伝えた。そして、佐々木母たち三人に向って容赦なく言った。「もしうちのばあさんがお前らのせいで体調を悪化させた

  • 交際0日婚のツンデレ御曹司に溺愛されています   第588話

    唯花は笑って言った。「姫華が言ってたの、九条さんって情報一家らしいわ。彼と一緒にいたら、ありとあらゆる噂話が聞けるわよ。あなたって一番こういうのに興味があるでしょ。九条さんってまさにあなたのために生まれてきたみたいな人だわ、あなた達二人とってもお似合いだと思うけど」明凛「……」彼女が彼氏を探しているのは、結婚したいからなのか、それとも噂話を聞くためなのか。「そういえば、お姉さんの元旦那のあの一家がまた来たって?」明凛は急いで話題を変えた。親友に自分の噂話など提供したくないのだ。「お姉ちゃんと佐々木のクソ野郎が離婚して、お姉ちゃんがあの家から出て行ったでしょ。あいつらは待ってましたと言わんばかりに引っ越して来ようとしてたわけ。だけど、今は部屋を借りるかホテル暮らしするか、はたまた実家に帰るしかなくなったでしょ。あの一家は絶対市内で年越ししたいと思ってるはずよ。実家には帰らないでしょうね」佐々木一家は絶対に実家のご近所たちに、年越しは市内でするんだと言いふらしていたはずだ。だから、住む家がなくとも、彼ら一家は部屋を借りるまでしてでも、市内で正月を迎えようとするに決まっている。唯花は幽体離脱でもして佐々木家に向かい、彼らの様子を見てみたいくらいだった。「あの人たち、家の内装がなくなってめちゃくちゃになった部屋を見て、きっと大喜びして失神したことでしょうね」唯花はハハハと大笑いした。「そりゃそうね」唯花が今どんな状況なのか興味を持っている佐々木家はというと、この時、すでに内海じいさんがいる病院までやって来ていた。内海ばあさんは術後回復はなかなか順調で、もう少しすれば退院して家で休養できるのだった。佐々木母は娘とその婿を連れて病室に勢いよく入っていった。佐々木父は来たくなかったので、ホテルに残って三人の孫たちを見ていた。ただ佐々木父は恥をかきたくなかったのだ。「このクソじじい」佐々木母は病室に勢いよく入って来ると、大声でそう叫んだ。内海じいさんは彼女が娘とその婿を連れて入ってきたのを見て、不機嫌そうに眉をしかめた。彼の息子や孫たちはどこに行ったのだ?誰もこの狂ったクソババアを止めに入りやしないじゃないか。「これは親戚の佐々木さんじゃないですか、うちのばあさんはまだ病気なんで、静かにしてもら

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status