Mag-log in結婚して三年、片桐真琴(かたぎり まこと)がしてきたことと言えば、夫・片桐信行(かたぎり のぶゆき)の数えきれないほどの火遊びの後始末だった。 しかし、また彼のスキャンダルを処理したまで、彼が仲間と自分の結婚を嘲笑しているのを耳にするまで。 その瞬間、真琴の心は完全に折れた。 離婚協議を突きつけるが、信行は冷たく言い放つ。 「片桐家にあるのは死別だけだ。離縁はない」 そして、ある「事故」によって、真琴は信行の目の前で燃え盛る炎の中に消え、その身を灰にした。 彼の前から、永遠に。 *** 二年後、仕事で東都市に戻った彼女は、彼の差し出す手を握り返し、静かに名乗った。 「浜野市・西脇家の西脇茉琴(にしわき まこと)です」 亡き妻と瓜二つの女性を前に、二度と結婚しないと誓った信行は狂気に駆られ、猛烈な求愛を始める。 「茉琴、今夜、時間はあるか?一緒に食事でも」 「茉琴、このジュエリーはよく似合うよ」 「茉琴、会いたかった」 茉琴は穏やかに微笑む。 「片桐さんは、もう二度とご結婚なさらないと伺っておりますが」 信行は彼女の前にひざまずき、その手に口づけを落とす。 「茉琴、俺が悪かった。どうか、もう一度だけチャンスをくれないか?」
view more矢継ぎ早に問い詰めてくる母親に、信行はまともに取り合う気すら起きなかったが、結局、気怠げな声で吐き捨てた。「うちで食事したくないってさ」「……」電話の向こうで、美雲は絶句した。信行のその身も蓋もない一言で、彼女もすべてを悟り、返す言葉を失った。沈黙が降りたのをいいことに、信行はそのまま一方的に通話を切った。だが、画面が暗くなるかならないかのうちに、再びスマホが震え出した。由美からの着信だった。画面に表示された名前を見た瞬間、信行はためらうことなく着信拒否のボタンを押した。さらにしつこく鳴り出すと、今度は苛立たしげにスマホの電源そのものを落としてしまった。……一方、内海家では。信行に電話を無視されたばかりか、あろうことか着信まで拒否され、由美は乱暴にスマホをローテーブルに放り投げ、ソファに深く身を沈めた。その顔色はどす黒く淀んでいた。信行との関係が、まさか電話にすら出てもらえないほど冷え切ってしまうとは、思いもよらなかった。どこへぶつけていいかわからない鬱憤が胸に渦巻く中、母の真弓が二階から降りてきて、興奮気味に声をかけてきた。「由美、聞いた?五十嵐のお爺様が、事務局長とあの真琴の交際に猛反対しているらしいわよ。あの二人、これで完全に脈なしね」他人の不幸を面白がる母親の態度に、由美は冷ややかな視線を向けて言い返した。「それがそんなに嬉しいの?五十嵐家はどうせ私にも見向きもしなかったじゃない。それに、あの御隠居が交際を潰したところで、私には何のメリットもないわ。むしろ、あいつがまた信行にまとわりついてくるかもしれないじゃない!」そう吐き捨てると、由美はさらに苛立ちをぶつけるように続けた。「信行ったら、さっきから何度電話しても出ないどころか、電源まで切っちゃったのよ!」娘のヒステリックな様子に、真弓もようやく事の重大さを悟り、真琴と信行がよりを戻す可能性について考えを巡らせた。だが、わざわざ自分の死を偽装してまで逃げ出した女が、今さら元の鞘に収まるとは到底思えない。それではあまりにも筋が通らないし、骨折り損にもほどがある。やはり由美の考えすぎではないか。そう結論づけると、真弓は娘を宥めるように口を開いた。「真琴がまた信行さんとよりを戻すなんて、あり得ないんじゃないかしら
真琴もくすりと笑って言った。「成長しなきゃ、ダメになってしまいますから。高瀬社長のせっかくのご厚意も無駄になってしまいますし」この二年間、智昭が助けてくれたこと、わざわざ空港まで送り届け、すべての手はずを整えてくれたことを思い出すたび、真琴は彼に深く感謝していた。二人がそんな話をしていると、信行と光雅が外から戻ってきた。そこで智昭は立ち上がって言った。「片桐社長、西脇社長。皆さんに提携の意思があるようですから、具体的な話はまた時間を設けて詰めましょう。今日はもう遅いですし、ひとまずこれでお開きということで」「ええ、そうしましょう」「では、本日はこの辺りで」智昭が今日の会合はここまでだと言うと、信行も光雅もそれに同意した。智昭は普段、世渡りが下手で決して器用な人間ではないが、それなりの経歴と場数を踏んでいる。行動も常にマイペースで、他人の思惑に左右されることがない。一同が連れ立って一階へ降りる際、信行が真琴の方へ視線を向けてきたが、真琴は何事もなかったかのようにスッと目を逸らし、彼と関わろうとはしなかった。ホテルへの帰路、両手でハンドルを握っていた光雅は、真琴の方へ顔を向けて尋ねた。「外へ電話に出た時、またあいつがちょっかいを出してきたのか?」真琴は隠さずに答えた。「向こうのお爺さんが、私に実家へ帰ってきてご飯を食べるように言ってるって。断ったけど」片桐家の要求を聞き、光雅はハンドルを握ったまま思わず鼻で笑った。「片桐の連中は、自分たちが滑稽だとは思わないのか?そばにいる時はちっとも大事にしないくせに、いなくなってから誰に向けていい顔をしてるんだか」真琴が口を開く暇も与えず、光雅はさらに続けた。「俺はお前に、片桐の人間にも、あそこの事情にも一切関わってほしくない。たとえ向こうの年寄り連中が直々に泣きついてこようと、絶対に情に流されるなよ。俺たちが東都に来たのは、あくまでビジネスを進めるためだ。片桐家の連中の罪滅ぼしに付き合ってやる義理はない。過去のあいつの振る舞いを思えば、一生後悔し、自責の念に苛まれながら生きていくのが当然の報いだ。お前がこうして東都に足を踏み入れ、身分を明かしてやっただけでも、あいつらに対する最大の慈悲なんだぞ」真琴が病院で治療を受けていた当時のことや、医師から告げ
秘密というものは、長くは隠しきれないものだ。DNA鑑定の結果が出ると、真琴の素性は瞬く間に片桐家の隅々にまで知れ渡った。当時の真琴が死んだわけではなく、死を偽装して上手く逃げおおせていただけだと知ると、由紀夫はすぐに信行に命じ、真琴を実家に呼び戻して食事をさせようとした。片桐家の人間からすれば、真琴はまだ片桐家の身内なのだ。信行のその誘いに対し、真琴はただ顔を上げて彼を見つめた。なんだかとても滑稽に思えた。すると、信行は穏やかな声で言った。「夫婦じゃなくなっても、長年のよしみがあるだろう。ただ実家に帰って飯を食うだけだ。他の話は一切しないし、誰にもさせない」自分も、そして片桐家としても、真琴には大きな負い目がある。皆がその事実を痛いほどわかっているからこそ、信行は真琴にこの約束をしたのだ。他の誰にも余計な口出しはさせないし、よりを戻せと迫るような真似もさせない。彼の方から先にそう言い切るのを聞いて、真琴は淡々と信行を見つめた。今さら真正面から向き合って諭す気にも、一から十まで過去の白黒を問い詰める気にもなれず、ただ適当に聞き流した。「最近は全然時間が取れないの。先に個室に戻るわ」信行との間で、真琴はこれまで散々道理を説いてきたし、吐露した本音ももう十分すぎるほどだった。自分がどんな態度で、どんな気持ちでいるか、信行が一番よくわかっているはずだ。今さら何かを説明する気にもなれず、ただ単刀直入に断ったのだ。二年前のあの芝居は、信行を避け、東都市を離れてしっかり病気を治すためだった。今こうして病気も治り、彼女は戻ってきた。それなのに、また信行や片桐家と絡み合うことになるなんて、まったく何の冗談だろうか。そう言うと、信行が口を開く隙も与えず、真琴は個室のドアを開け、さっさと先に入ってしまった。振り返り、真琴が振り向きもせず去っていく背中を見つめ、祖父の誘いをあっさりと跳ね除けるのを見て、信行は眉間をぎゅっと寄せた。お手上げだった。今の真琴には取り付く島もなく、信行にはもうどうすることもできない。個室のドアが閉まるのを見届け、信行が中へ入ろうとしたその時、今度は光雅が中から出てきた。二人の視線がぶつかり、光雅は面白そうに笑みを浮かべると、ゆっくりとした口調で挑発してきた。「自ら
信行は、あの頃に戻りたいと願っていた。その挨拶に対し、真琴はそっとその手を握り返した。「片桐社長」真琴の「片桐社長」というよそよそしい呼び方に、今回ばかりは信行の口角も上に持ち上がった。二人とも見事に他人のフリを演じきっていて、なんだか滑稽で面白く感じたのだ。個室に入ると、皆すぐに仕事の話で盛り上がり始めた。今回はあくまで初顔合わせであり、三社ともに提携の意志があることを確認するための場だった。そのため、智昭もあまり形式張らず、食事の席でこの話をすることにしたのだ。提携を持ちかけたのは信行の方だったが、今日彼はあまり口を開かず、大した意見も出さずに、そのほとんどの時間を智昭と光雅の議論に耳を傾けることに費やしていた。そもそも提携を持ちかけたのは、初めから別の目的があってのこと――真琴が目当てだったからだ。だからこそ、真琴が時折口を開くたび、信行は食い入るように彼女を見つめ、ひときわ真剣に耳を傾け、その口元にはかすかな笑みまで浮かべていた。そのあからさまな態度に、光雅は食事の席で何度もあきれたように目を細めていた。だが光雅もそこは自制し、直接テーブルをひっくり返すような真似はせず、わざと厳しい条件を提示して信行を怒らせようと仕向けた。ところが、信行はただ何事もなかったかのように答えた。「かまいませんよ。興衆としては異存ありません」自社の利益をあっさりと手放すのを見て、真琴は思わず彼をじっと見つめてしまった。そして信行と視線がぶつかると、すぐにまた目を逸らした。食事も半ばに進み、皆の議論が白熱していた時、テーブルに置いていた真琴のスマホが鳴った。そこで彼女はスマホを手に取り、部屋の外へ出て電話に出た。電話は浜野のプロジェクトチームからで、彼女が向こうで担当しているプロジェクトの技術的な質問だった。通話を終え、向き直って個室に戻ろうとした時、信行が中から出てきた。彼の視線は、真っ直ぐに真琴を捉えている。それを見て、真琴はゆっくりと歩みを緩めた。相変わらずじっと見つめてくる信行の視線に、真琴は口を開いた。「あんなことする必要ないわ。みんなが提示した理不尽な要求なら、断ればいいじゃない」真琴が言い終えると、信行は両手をズボンのポケットに突っ込み、漫然と笑って言った。「俺がそ
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