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今世では手放すことを決めた

今世では手放すことを決めた

By:  蝉時雨Completed
Language: Japanese
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私と深月悠斗(みづき ゆうと)は幼馴染だったが、生涯お互いを恨み続けた。 彼は私を恨んだ。勝手に記憶を取り戻させ、彼の初恋の人の水瀬清香(みなせ さやか)を飛び降り自殺に追い込んだと。 私も彼を恨んだ。一生私、桜庭蛍(さくらば ほたる)のことを愛すると約束したのに、記憶を失った後で他の女を好きになったと。 結婚して十年、私たちは関係が氷のように冷たく、一番知ってる赤の他人になった。 だが私が難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断され、街中の人々が彼に離婚を勧めた時。 悠斗は私に隠れて三千段の石段を這い上がり、仏前で昼夜を問わず祈り続けた。ただ私が生きられるようにと。 臨終の際、彼は私を抱いて一晩中座り続け、額を私の頬に寄せて低く呟いた。 「蛍、この人生で君への責任は全て果たした。もし来世があるなら、もう俺の記憶を戻さないでくれ。俺と清香の幸せを叶えてくれ」 涙が目尻から滑り落ちた。 ようやく分かった。少年時代の愛を足枷にして彼の一生を縛るべきではなかったのだと。 再び目を開けると、悠斗を見つけたあの日に戻っていた。 今度は、彼の記憶を取り戻させることを諦める。少年時代の恋人を、彼の初恋の人へと向かわせよう。

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Chapter 1

第1話

私と深月悠斗(みづき ゆうと)は幼馴染だったが、生涯お互いを恨み続けた。

彼は私を恨んだ。勝手に記憶を取り戻させ、彼の初恋の人の水瀬清香(みなせ さやか)を飛び降り自殺に追い込んだと。

私も彼を恨んだ。一生私、桜庭蛍(さくらば ほたる)のことを愛すると約束したのに、記憶を失った後で他の女を好きになったと。

結婚して十年、私たちは関係が氷のように冷たく、一番知ってる赤の他人になった。

だが私が難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断され、街中の人々が彼に離婚を勧めた時。

悠斗は私に隠れて三千段の石段を這い上がり、仏前で昼夜を問わず祈り続けた。ただ私が生きられるようにと。

臨終の際、彼は私を抱いて一晩中座り続け、額を私の頬に寄せて低く呟いた。

「蛍、この人生で君への責任は全て果たした。もし来世があるなら、もう俺の記憶を戻さないでくれ。俺と清香の幸せを叶えてくれ」

涙が目尻から滑り落ちた。

ようやく分かった。少年時代の愛を足枷にして彼の一生を縛るべきではなかったのだと。

再び目を開けると、悠斗を見つけたあの日に戻っていた。

今度は、彼の記憶を取り戻させることを諦める。少年時代の恋人を、彼の初恋の人へと向かわせよう。

……

「深月様は記憶を失っているせいで、家に帰られるのは難しい状態です。

ですがご安心ください。神経系統の最高権威の専門医に連絡を取りました。すぐに記憶を取り戻せるはずです」

医者のセリフは全く同じだった。前世で失踪した悠斗を見つけた時と、寸分違わず。

ただ今回は、あの時の喜びや焦りは心になかった。

私は首を横に振って拒否し、二つのことをした。

一つ目は、病院で極めて綿密な全身検査を受けること。

二つ目は、ALSの診断書を持って深月家の両親に婚約解消を申し出ること。

悠斗の母は私の手を握って首を激しく振り、目を真っ赤にした。

「この婚約は解消できないわよ。悠斗はあなたをあんなに好きなのよ。あなた以外とは結婚しないわ……」

私は何も言わず、ただ一枚の写真を見せた。

写真には、悠斗が水族館で人魚を演じる女性を見つめている姿が写っていた。その眼差しは優しく、彼女に夢中だった。

「彼を難病患者の私と無理に結婚させるより、好きな人と一緒にいさせてあげたい。もう彼の足枷になりたくないんです」

前世で、悠斗が失踪した後、私は五年間彼を探し続けた。

そして見つけた時、彼は清香と出会い、二人は甘く恋し合っていた。

私は悠斗の意志を無視して、催眠専門医に強引に記憶を取り戻させた。

彼の記憶が戻ったその日、清香は飛び降り自殺した。それ以来、私と悠斗の間には越えられない深い溝ができた。

結婚後の十年間は、氷のように冷たい関係のまま過ごした。

その後、私がALSを患った。悠斗は七年間付きっきりで介護してくれた。私に食事を食べさせ、体を拭き、祈祷に連れて行き、医者を探してくれた。

だが分かっていた。彼がそうするのは夫としての責任からであって、本当に私を愛しているからではないと。

目の涙を堪えながら、私は声を詰まらせた。

「私と悠斗に、未来はありません」

今世、もう同じ轍は踏みたくない。

深月家を出た後、私は清香を訪ねた。

清香は私の姿を見ると、慌てて悠斗を私から遠ざけ、弁解した。

「わざと悠斗を隠したわけじゃないんです!」

私は淡々と言った。

「わざとかどうか、あなた自身が一番分かってるでしょう」

隠し通せないと悟った清香は唇を強く噛み、堰を切ったように話し始めた。

「桜庭さん、彼の心の中には一生あなたしかいないって分かってます!記憶が戻れば、絶対に私を置いて、すぐあなたを探しに行くって事も分かってます!

でも高校で初めて彼を見た時から、彼を好きになったんです!こんなに長く彼を愛してきたのに、彼から少しの好意ももらえませんでした。やっとこんな機会が来たのに……」
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