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第1376話 番外編ニ十四

Author: 花崎紬
朝っぱらから喧嘩か。

念江は呆れて首を振った。

「みんなが戻ってきてから、家がにぎやかになったわね」

紀美子は晋太郎を見て微笑んだ。

「うるさい。だから旅行の予定を繰り上げることにした」

晋太郎は不機嫌そうに答えた。

「うるさい?佑樹とゆみが?」

紀美子が聞き返した。

「そうだ。すぐにもう一人うるさい奴が来る」

晋太郎はふと顔を上げた。

その言葉が終わらないうちに、階段から「ドンドンドン」と足音が聞こえた。

「お母さん!!」

数秒後、臨の叫び声が響いてきた。

紀美子はそれを聞いて、ゆっくりと、駆け寄ってくる臨の方を見た。

「お母さん、戦争が始まりそうだよ!!」

臨は興奮気味に言った。

「早く見に行って!」

臨の様子を見て、紀美子はようやく晋太郎の「うるさい」の意味を理解した。

そして彼女は、臨の言葉を聞かなかったふりをして晋太郎の方へ振り向いた。

「確かに予定は早めた方が良さそうね……」

「どういうこと?」

臨はきょとんとした顔で母のそばにしゃがみ込んだ。

「また出かけるの?」

臨は無邪気で哀れげな表情で紀美子を見上げた。

まるで捨てられる子犬のようなその様子に、紀美子は思わず胸が締め付けられた。

「ええ、お父さんと二人で旅行に行くの」

紀美子は穏やかな表情で言った。

「本当に?」

臨が食い気味に尋ねた。

「ええ」

「マジで?」

臨はもう一度確かめた。

「そうよ」

紀美子は慈しむように彼の頭を撫でた。

「やったー!!」

次の瞬間、臨の顔に笑みが広がった。

紀美子は彼の急変ぶりに面食らった。

「アイム・フリー!!」

臨は大笑いしながら紀美子に抱きつき、顔中にキスを浴びせた。

「生活費忘れないでね!!お母さん大好き!!」

そう言うと、臨は走り去った。

紀美子はそっと晋太郎の方を見た。

「くそガキが。許さない!!」

晋太郎の端正な顔には怒気が渦巻き、臨の背中を睨みつけて歯を食いしばっていた。

傍らで家族の「硝煙のない戦争」を見ていた念江は、思わず笑った。

午前9時。

念江はゆみを学校まで送り届けた。

車を停めると、ゆみと一緒に降りた。

「念江兄さん、何で一緒に降りてくるの?」

ゆみは訝しげに彼を見た。

「学校に行くんだ」

念江は笑って言った。

「学校?」

ゆみは怪訝そ
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