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第364話

作者: 錦織雫
寧音は唇をさらに引き結んだ。どうにか平静を装おうとしたが、表情がみるみる険しくなっていった。

紬は慎の目を真っ直ぐに見返し、静かに言い放った。「長谷川代表のお連れ様と比べれば、まあまあといったところでしょうか」

慎が一瞬、動きを止めた。紬を見る。

寧音の表情が、さっと冷たく凍りついた。

紬は自分に対して、点数で優位を見せつけながら、踏みつけているというのか。

紬は二人の表情など構わず、踵を返して次のエリアへと歩いていった。

承一と並んで遠ざかる二人の背中を見つめながら、寧音はやっと喉の奥に砂を詰め込まれたような息苦しさを感じた。幼い頃から培った自制心が、あふれそうな感情を全て押し込んだ。表には何も出なかった。

「温井紬はずっと意図的に抑えていたのか、それとも本人も自分があそこまでやれるとは思っていなかったのか」陸は複雑な顔のまま呟いた。今でも、記憶の中の紬と今の紬が、どうしても繋がらない。

宏一の研究室の枠を取ったと聞いたときは、運が良かっただけだと思っていた。

しかしこの点数は……本物だ。偽りようがない。

紬に手を抜かれていたというのか。

「園部さんは小さい頃か
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    「式は北国で挙げようと考えている。お前があの場所を好きなのを知っているから。もう準備を始めた。驚いてほしくて、現地に一から会場を建てるつもりだ。絶対に気に入ってくれると思う。気に入らなくてもいい。お前の好みに合わせて何度でも直す。いいか、もう入籍しているけれど、それでも緊張している。俺と結婚してくれるか?」「紬、このまま、一生を俺と一緒に過ごしてほしい」「俺を受け入れてくれると、お前の口から直接聞かせてほしい」映像は数え切れないほどあった。何百本にも及ぶ独白。愛という言葉は一度も使われていないのに、一言一言が、すべて愛の告白だった。まだ正式に始まる前の、あの遠い日々から振り返れば、良いことも悪いことも、苦さも、もどかしさも、すべて紬の軌跡として彼の心に刻まれていた。三十分近くに及ぶ映像が再生された。居合わせた全員が、その世界に引き込まれ、息を呑んでいた。すでに籍を入れていても、慎は紬への負い目を感じ続けていたのだ。結婚式を補いたいと思い、結婚した最初の一年の間、ひそかに記録を続けながら、プロポーズの映像を積み重ねていた。流れに任せるのではなく、紬自身の意志で選んでほしかった。誰の影響も受けず、ただ彼と結婚したいから——そう思って選んでほしかったのだ。そしてスクリーンの映像が、ふいに切り替わった。それまで慎一人だけだった画面に、紬の顔が飛び込んできた。口元に笑みをたたえて、まばゆいばかりの笑顔を弾けさせながら、純白のウェディングドレスをまとったままで。走る車の揺れで映像は少し乱れていたが、その声は会場の全員の耳に、はっきりと届いた。「喜んで!」笑いを含んだ、よく通る声だった。長い歳月を経て、ようやく紬が慎の想いに応え——ずっと前に欲しかった答えを、ようやく彼に返してくれたかのように。映像の中に慎の姿も映り込んだ。レンズを見て、口角をわずかに上げる。長年待ち続けたものがようやく手に入った、そんな安堵の色が、その目元に滲んでいた。「俺と妻のことを知ってくださったすべての方へ、感謝申し上げます。これより妻を北国へ連れて行きます。数年前から用意していた式場を、今日ようやく見せる時が来ました。ここからは二人だけの時間です。皆さまのお祝いの気持ちは、必ず届いています」映像が止まった。会場の全員が、ぽかんと

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