あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!

あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!

作家:  ザクロ姫たった今更新されました
言語: Japanese
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概要

現代

おやこの追悔

後悔

独立

成長

離婚

憂鬱

財閥

バレエ団のプリマに選ばれたその日、中川杏奈(なかがわ あんな)は身に覚えのない罪を着せられた。そして久保家の実の娘の身代わりとして刑務所に送られ、地獄のような三ヶ月を過ごしたのだ。 さらに、やっと釈放されたときには、世界を目指せたはずの杏奈の脚は、もう二度と踊れないほどに怪我させられていた。 そのうえ、精密な手術を得意とした彼女の手も、腱を断ち切られていた。 そんな中、杏奈を命がけで愛してくれていた夫は、「必ず犯人におんなじ苦しみを与える」と彼女に誓った。 いつもは大人びている三歳の息子も、そんな彼女のために初めて声をあげて泣いた。 しかしある日、息子がこう話すのを杏奈は聞いてしまった。「ねぇパパ、真奈美おばさんの身代わりをさせるために、わざとママに罪を着せたでしょ。それでママの脚も治らないようにしたのは、ひどくない?」 そう聞かれて夫は答えた。「それは君のママがしないといけない償いだからな」 すべてを知った杏奈は、絶望の淵に陥った。そして彼女は国際電話をかけた。「私、本当の家族の元へ帰ろうと思います」 一年後。 杏奈は、超名家に戻り、四人の兄たちから可愛がられる生活を送っていたころ、彼女のもとに、久保家の夫婦とその実の娘を連れて頼み込んできたのだ。「これまで育ててやった恩があるだろう。どうかもう私たちを見逃してくれよ!」 クズ男だった元夫も、目を真っ赤にしながら懇願した。「足を傷つけた償いはするから。頼む、どうか許してくれ」 恩知らずな息子も、母親の足に泣きついて離れようとしない。「ママ、僕が悪かったよ!」 だが、杏奈は、彼らに冷たく言い放った。「絶対に、許さないから!」

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第1話

第1話

出所の日、中川杏奈(なかがわ あんな)は担架で運ばれて出てきた。

彼女は骨と皮ばかりに痩せ細っていた。右手は力なく垂れ下がり、両足からは血が滴っていた。

三ヶ月前、何者かに偽証され、久保家の本当の令嬢の身代わりとして、杏奈は刑務所に入れられた。

刑務所の中で、メスを握るはずだった彼女の手は、腱を切られてしまった。

国際的な舞台で優勝できたはずの足も、めちゃくちゃにされた。

すべてを諦めかけていた時、夫の中川竜也(なかがわ たつや)があらゆる手を尽くして、杏奈を助け出してくれたのだ。

門の外。

担架に乗せられた杏奈を見て、迎えに来た竜也は一瞬息をのんだ。そして、よろめきながら車を降りると、彼女を腕の中に抱きしめた。

「杏奈、俺が悪かった。迎えに来るのが遅くなって、すまない」

一緒に救急車に乗り込むと、竜也の声は震えていた。

いつもはクールで気高い男が、一筋の涙をこぼした。

記憶の中で、夫が涙を見せたのは、わずか2回だけだった。結婚した時と、息子の中川浩(なかがわ ひろし)が生まれた時だ。

その涙が杏奈の顔に落ちた瞬間、彼女の感情はついに爆発した。

殴られた時も、手の腱を切られた時も泣かなかった。でも、この時の彼女は涙をこらえきれなかった。

杏奈は竜也の心を落ち着かせてくれる香りを嗅ぎながら、彼の胸に顔をうずめた。

よかった。自分にはまだ夫と息子がいる。愛してくれる家族がいる。

竜也は目を真っ赤にし、怒りで目を剥きながら、杏奈を抱きしめて誓った。「杏奈、お前を陥れた偽証の真犯人を必ず捕まえる。そして、お前の無実を証明してみせる!」

杏奈は彼の胸にうずくまり、その力強い鼓動を感じながら、ずたずたに傷つけられた心も、ようやく少しだけ和らいだ。

こんなにも愛してくれる夫と息子がいるのだ。育ての親である久保家の義理の父と母が久保真奈美(くぼ まなみ)しか思っていなくても、元の婚約者に裏切られても、もうどうでもよかった。

「全部俺のせいだ。あの日、俺がお前に車で出かけるように言わなければ、ひき逃げの濡れ衣を着せられることもなかったのに」

竜也は声をかすませた。杏奈の姿を見るのが辛いのか、涼しげな目元が伏せがちになっていた。

それを聞いて、杏奈は首を横に振った。

こんなにも思ってくれる彼のせいになんてできるわけがないじゃない?

竜也は周りでも評判の、理想の夫だった。

結婚してから、彼はずっと杏奈を宝物のように扱ってきた。

そして仕事で疲れている彼女を心配して、「俺が養うから」と何度も仕事を辞めるようにも勧めていた。

あの名高い中川家の跡取りが、これほどまでに杏奈を愛しているのだから、それは誰もが彼女の幸運を羨むほどだった。

でも今こんな風になってしまった自分は、もう竜也にはふさわしくないだろう?

そう思いながら、杏奈は泣き声で言った。「もう二度とメスを握れないかもしれない。もう踊れないかもしれない……」

竜也は再び目を赤くし、震える声で彼女をなだめた。「杏奈、大丈夫だよ。メスが握れなくても、俺が一生養ってやる。踊れなくたっていいじゃないか。むしろ他の男たちにお前を見られないなら、俺も嫉妬せずに済むようになるし……」

それを聞いて、杏奈は口の端を引きつらせ、苦笑いを浮かべた。

竜也は彼女の脚が一番好きだった。でも、その脚は今や傷だらけだ。

治ったとしても、傷跡は残るだろう。

そんな脚を毎日見ていたら、彼もきっと嫌になるに違いない。

そう思いながら病院に着くと、杏奈はようやく息子に会えた。

浩は彼女のベッドに駆け寄り、泣き崩れた。「ママ、ごめん!僕の言ったことが証言になるなんて知らなかったんだ!僕が記憶違いしたせいで……僕の脚を代わりにママにあげる!」

杏奈は三ヶ月前のことを思い出した。ひき逃げの濡れ衣を着せられた時のことだ。

証人だった浩も、あの日、彼女が外出したと証言したのだった。

浩は小さい頃から聞き分けがよく、大人びていて、少し冷めているところがあった。

その彼が今、鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。とても可哀想に見えた。

いくら大人びていても、まだ子供だ。記憶違いをすることもあるだろう。

そう思うと杏奈は胸が痛くなり、浩の頭を撫でた。「ママは浩のこと、責めてないわよ」

「これからは僕がママの脚になる」浩は声を詰まらせながら言った。「僕がママの代わりにいろんなところを歩くから」

その瞬間、杏奈は切なくなりながらも、自分は幸せだと思った。

息子も夫も、こんな自分を見捨てなかった。それどころか、前よりもっと優しくしてくれてるのだ。

自分の育った家庭は幸せではなかったけれど、幸いにも、温かい家庭を自分で築くことができたんだから。

……

手術から目をさましても、杏奈の手足にはまだ感覚がなかった。

喉がカラカラに渇いていた彼女が口を動かして誰かを呼ぼうとしたその時、ドアの外から浩の声が聞こえてきた。

「パパ、ママは今すごく可哀想だね。立てるようにはなるけど、もう二度と踊れないんだって先生が言ってた。もうお医者さんもできなくなったって」

それを聞いて、杏奈は目が潤み、胸が締め付けられた。

こうなることは分かっていた。でも、他人の口から改めて聞かされると、やはり複雑な気持ちになった。

そう思っていると、「ねぇパパ、真奈美おばさんの身代わりをさせるために、わざとママに罪を着せたでしょ。ひどくない?」浩は続けた。

身代わり?

罪を着せた?

杏奈は突然、凍りついた。その瞬間、彼女は自分が聞き間違えじゃないかと思った。

信じられない思いで目を見開く。ドアの向こうから聞こえてきたのは、竜也の冷たい声だった。「真奈美おばさんはトップダンサーなんだ。だから彼女を守ってあげないとだよ。

それに比べて、君のママは真奈美おばさんの代わりに長年お嬢様としていい暮らしてきたんだ。そのせいで真奈美おばさんは辛い生活をしてきたんだ。だから、それは君のママがしないといけない償いだ、彼女はもう中川家の嫁になったんだ。これ以上、何を望むというんだ?」

じゃあ、自分が陥れられて刑務所に入ったのは、この親子が仕組んだことだったの?

杏奈はベッドの上で、声が漏れないように唇をきつく噛みしめた。

小さい頃に病院で取り違えられたのは、自分のせいじゃない。

どうして自分が、久保家の令嬢の座を奪ったことになるの?

じゃあ、竜也の愛の誓いは、全部嘘だったっていうの?

浩はため息をついて同意した。「仕方ないね!ママはいつも真奈美おばさんに意地悪ばかりしてたから、これからは僕たちがその分よくしてあげればいいよね!」

これから?

自分に、これからなんてあるの……

彼ら親子の会話聞きながら、胸をえぐられるような痛みが広がり、彼女は静かに涙を流した。

手足の痛みなんて、心の痛みに比べればどうでもよかった。

そうか、これらすべてを仕掛けたのは、最も身近にいた夫と、実の息子だったのか。

彼らは、真奈美の身代わりをさせるために、自分に濡れぎぬを着せたんだ。

なるほど、彼らの目にも、あの女しか映っていなかったのね。

ドアの外で、浩が少し申し訳なさそうに言った。「でもさ、僕たちが手術の時間をわざと遅らせたから、ママの手と脚はもう治らなくなっちゃったんでしょ。もしママがそれを知ったら、おかしくなっちゃうんじゃない?」

手術が間に合っていれば、自分は助かった?

なのに、彼らはわざと手術を遅らせたんだ。

心臓をナイフで切り裂かれたようで、杏奈は息が詰まりそうだった。

ドアの向こうで、竜也が少しイライラしたように、言い聞かせるような声で話すのが聞こえた。「大丈夫だ。彼女はもう久保家には戻れないし、手足も不自由になった。だからこれからは、中川家に頼るしかないだろう」

そう言いながら竜也はご機嫌な様子で言葉を続けた。「浩、君は真奈美が好きだろう?これからは、ママに邪魔されずに会いに行けるぞ。嬉しくないのか?」

すると、浩は無邪気な声で残酷な言葉を続けた。「嬉しいよ!ママはいつも怒るんだもん。いつも文句が多いんだから、そうやって意地悪だから嫌なんだよ。僕がたまに真奈美おばさんと話してるだけで、いろいろ言われるし!」

その言葉に、杏奈は心を抉られるようだった。彼女は目を大きく見開き、大粒の涙が次々とこぼれ落ちた。

真奈美が嫌いだと、そう言ったのは浩自身だった。だから自分は、彼の代わりに何度も真奈美からの誘いを断ってあげていたのに。

それが今、どうして全部、自分のせいになっているの?
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第1話
出所の日、中川杏奈(なかがわ あんな)は担架で運ばれて出てきた。彼女は骨と皮ばかりに痩せ細っていた。右手は力なく垂れ下がり、両足からは血が滴っていた。三ヶ月前、何者かに偽証され、久保家の本当の令嬢の身代わりとして、杏奈は刑務所に入れられた。刑務所の中で、メスを握るはずだった彼女の手は、腱を切られてしまった。国際的な舞台で優勝できたはずの足も、めちゃくちゃにされた。すべてを諦めかけていた時、夫の中川竜也(なかがわ たつや)があらゆる手を尽くして、杏奈を助け出してくれたのだ。門の外。担架に乗せられた杏奈を見て、迎えに来た竜也は一瞬息をのんだ。そして、よろめきながら車を降りると、彼女を腕の中に抱きしめた。「杏奈、俺が悪かった。迎えに来るのが遅くなって、すまない」一緒に救急車に乗り込むと、竜也の声は震えていた。いつもはクールで気高い男が、一筋の涙をこぼした。記憶の中で、夫が涙を見せたのは、わずか2回だけだった。結婚した時と、息子の中川浩(なかがわ ひろし)が生まれた時だ。その涙が杏奈の顔に落ちた瞬間、彼女の感情はついに爆発した。殴られた時も、手の腱を切られた時も泣かなかった。でも、この時の彼女は涙をこらえきれなかった。杏奈は竜也の心を落ち着かせてくれる香りを嗅ぎながら、彼の胸に顔をうずめた。よかった。自分にはまだ夫と息子がいる。愛してくれる家族がいる。竜也は目を真っ赤にし、怒りで目を剥きながら、杏奈を抱きしめて誓った。「杏奈、お前を陥れた偽証の真犯人を必ず捕まえる。そして、お前の無実を証明してみせる!」杏奈は彼の胸にうずくまり、その力強い鼓動を感じながら、ずたずたに傷つけられた心も、ようやく少しだけ和らいだ。こんなにも愛してくれる夫と息子がいるのだ。育ての親である久保家の義理の父と母が久保真奈美(くぼ まなみ)しか思っていなくても、元の婚約者に裏切られても、もうどうでもよかった。「全部俺のせいだ。あの日、俺がお前に車で出かけるように言わなければ、ひき逃げの濡れ衣を着せられることもなかったのに」竜也は声をかすませた。杏奈の姿を見るのが辛いのか、涼しげな目元が伏せがちになっていた。それを聞いて、杏奈は首を横に振った。こんなにも思ってくれる彼のせいになんてできるわけがないじゃない?竜也は周
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第2話
竜也は、ほっとしたように息をついた。「それに、君のママが踊れなくなったのは丁度いい。これで真奈美おばさんと張り合う人間もいなくなるだろう。プリマになるのは真奈美おばさんの夢だからな。彼女の夢を叶えるためなら!どんな犠牲をしてもかまわないさ……」どんな犠牲をしても、かまわない?杏奈は呆然としながら聞き、胸の奥に細かい痛みがじわじわと広がっていくのを感じた。八年前、真奈美が家にやってきて、杏奈は初めて自分が久保家の実の子ではないと知った。婚約者は公の場で婚約破棄を宣言し、杏奈を京市から追い出すとまで言った。さらに、彼はその後すぐ真奈美と結婚した。あの時一瞬にして、杏奈は社交界の笑いものになった。両親も友人も、杏奈が真奈美の居場所を奪った偽物だと決めつけ、ひどい仕打ちをした。みんなから、彼女は久保家の財産を目当てに居座っているのだと言われた。そんな絶望の淵にいた杏奈を見つけ出し、「杏奈、俺がお前と結婚する。これからは、俺がお前の支えになる」と言ってくれたのは、竜也だけだった。その時の杏奈は心から感動して、彼と結婚することを選んだ。竜也こそが運命の人だと信じていた。だから、結婚のために、海外の有名なダンサーからの誘いを断ったのだ。その後、真奈美がそのダンサーの最後の弟子になったという知らせを耳にした。そして、彼女は一躍、国内屈指のプリマへと上り詰めた。当時は深く考えていなかったけれど、今思えば、その裏には竜也の後押しがあったに違いない。どうりで。結婚してから竜也は優しかったけど、どうしても彼の心に近づけないと感じていたのは、そういうことだったんだ。すべては、竜也が周到に仕組んだ罠。真奈美の夢を叶え、彼女を幸せにするための。「どんな犠牲をしても、かまわない」なんて、よく言えたものだ。杏奈は静かに笑みを漏らし、それは涙が溢れ出るほど自嘲気味のものだった。この世に、自分ほど愚かな人間がいるだろうか。八年間も、そんな男にいいように振り回されていたなんて。それなのに、自分はそうとは気が付かずこの八年間、彼らのために自分の夢を諦めてきた。息子の体が弱かったから、踊るのをやめて医師になった。夫に好かれようとあの手この手でどうにか、彼が喜ぶように努めてきた。ずっと、自分に問題があるんだとばかり思って
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第3話
そして、竜也は急いで出ていったせいで、財布を床に落としていった。杏奈は、何かに導かれるようにその財布を拾い上げた。結婚したばかりの頃、竜也の財布が古くなっているのに気づいた。だから、一生懸命節約してお金を貯めて、彼に新しい財布をプレゼントしたのだ。その時、竜也は素っ気ない顔をしていたけど、感動したようにこう言ったんだ。「お前からの初めてのプレゼントだ。一生大事にするよ」って。でも、床に落ちていたのは、自分が贈ったものではなかった。彼はずっと、あの古い財布を使い続けていたのだ。開けてみると、一枚の写真が目に飛び込んできた。真奈美と竜也。写真の二人はとても若く、何年か前に撮られたものみたいだった。写真の中では、ウェディングドレスを着た真奈美が、親しげに竜也の腕に絡みつき、カメラに向かって無邪気に笑っているのだ。そして竜也も、穏やかな目線で、優しい笑みを浮かべていた。写真には、真ん中でつなぎ合わせたような跡があった。竜也が、真奈美のウェディングドレス姿の写真を切り抜いて、自分の写真と貼り合わせたのだろう。それを見て、杏奈はどっと疲れて、彼の口元の笑みが、やけに目に刺さるように感じた。結婚して何年も経つのに、竜也は普通の夫婦みたいに、二人の写真を飾ることはなかった。彼は、愛は心の中にしまっておくものだと言っていた。今、やっと分かった。竜也は、自分がウェディングドレスを着て自分の隣に立つ資格なんてないと思っていたんだ。真奈美だけが、彼が本当に結婚したかった相手だったのだから。写真の右下には、竜也の流れるような筆跡で書かれていた。【最愛の人】その隣には、日付が添えられていた。それは、二人が結婚した日。そして、真奈美が海外へ旅立った日でもあった。その瞬間、いろんな記憶がパズルのように繋ぎ合わせ、杏奈はベッドに横たわったまま、静かに笑った。かつて、自分は世界で一番素敵な相手と結婚できたって、みんなに羨ましがられていた。でも、まさかそんな竜也がずっと忘れられずに、昼夜問わず想い続けていたのが、自分の妹だったなんて。結局、太陽が沈み、丸一日が過ぎても、竜也と浩は帰ってこなかった。そんな状況に杏奈は心底疲れ果てていた。そして何年も続けてきたこの惨めな結婚生活も、もう終わりにすべきだと思
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第4話
杏奈は息を詰まらせ、真奈美を睨みつけた。自分にも聞き取れないほどの細い声で言った。「このペンダント、どうしてあなたが持ってるの?」真奈美はきょとんとして、無意識にペンダントを握りしめた。「ああ、これ?竜也さんがくれたのよ。どうかした?」その声はあまりにも自然だったが、杏奈には挑発しているようにしか聞こえなかった。竜也が、彼女に?「これがどれだけ私にとって大事なものか、分かってるでしょ」杏奈は掠れた声で、竜也の方を向いて言った。「だから刑務所に入る前に、あなたに預けたのよ」このペンダントが高価なことは知っていたから刑務所で何かあったら大変だと思い、竜也に預けてからも何度も念を押してきたのだ。それを彼は、こともあろうに真奈美にあげてしまった?だが、そう言われ竜也は眉をひそめ、冷めた目で彼女をチラッと見てから、静かに言った。「たかがペンダント一つじゃないか。杏奈、お前は昔、そんな細かいことを言うような人じゃなかっただろ」たかが、ペンダント?その瞬間、杏奈の心は本当に冷え切った。これが自分の祖母の形見だと、彼は知っているはずなのに。ある年の冬、大雪が降りった。ペンダントの紐が緩んで、雪の中に落としてしまった。自分は雪の中に一晩中探し続け、手はあかぎれだらけになり、白い雪を赤く染めた。その様子を、竜也はすべて見ていたはず。なのに今、彼はたかがペンダント一つだと言った。そう思いながら、杏奈はうつむき、震える声で言った。「それはおばあさんが私に残してくれた、たった一つのものなのよ!」「そうなんだ」真奈美はふふっと笑った。「なら言わせてもらうけど、気を悪くしないでね。「そもそも、あなたは久保家の本当の子じゃないでしょ?だったら私の方がおばあさんを想う権利があるはずよ。だから、私がおばあちゃんのことを思って、形見を持っておきたいって思うのも当然じゃない!」真奈美はニコニコしながら言った。「おばあさんの遺産は、あなたが相続したじゃない?」そう言われて杏奈は冷たく彼女を睨んで言い返した。「このペンダントは、おばあさんが直接私にくれたものよ」それは、あの時祖母が、血は繋がっていなくても本当の孫娘みたいだと思っているって言ってくれたペンダント。そして、祖母はペンダントも、遺産も、全部自分に残しておくって言ってくれ
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第5話
それを聞いて竜也の表情は一気に冷え込んだ。彼は杏奈が再び松葉杖をつき、足を引きずりながら自分から離れていくのをじっと見ていた。そして心にイライラがよぎった。竜也からしてみたら、杏奈は刑務所から出てきてからますます扱いにくくなったように感じた。せっかくこれから、うまくやっていこうと思っていたのに。「杏奈、何を馬鹿なことを言ってるんだ?」竜也は眉をひそめ、相変わらず見下したような表情だ。「たかがペンダントじゃないか。そんなんで騒ぐなんて、お前は本当にどうかしているぞ」だが、杏奈は冷ややかに彼を見つめ、心底これまでの愛情が冷え切って行くのを感じた。竜也は最初からこのペンダントの意味を知っていた。それでも、大したことじゃないと思っているのだ。つまり、自分のことはどうでもいいと思っているのだろう。でも、もういい。どうせ三ヶ月後には、ここを出ていくのだから。彼の気持ちなんて、もうどうでもよかった。「ママ、もうわがまま言うのやめてよ」浩は父親の真似をして眉をひそめた。「なんだかヒステリックで怖いよ。他のママみたいに優しくないから嫌だよ」それを聞いて杏奈は怒りのあまり笑えてきた。彼女は問い返した。「母親だから、優しくなきゃいけないの?自分の気持ちを持っちゃいけないの?」それには浩も言葉に詰まり、意地を張ってそっぽを向いた。その瞳には、杏奈への愛情はほとんどなく、むしろ警戒心ばかりが浮かんでいた。「まだそんなこと言うなら、もうママだなんて思わないからね」浩はフンと鼻を鳴らして言った。彼は真奈美の手を握る。「真奈美おばさんをママにする。真奈美おばさんは大学も出てるし、ちゃんとした教育も受けてるんだ。ママみたいな専業主婦とは違うんだよ!」杏奈は冷たい目で浩をじっと見つめた。もし中川家に嫁いで浩を産んでいなければ、自分は今頃、博士課程に進んでいただろう。自分は子育てに専念するために、大学院へ進むのを諦めたのだ。それなのに今、息子は学がないから母親にふさわしくない、と言っているのか?杏奈は、すべてが馬鹿馬鹿しく思えた。十月十日お腹を痛めて産んだ息子は、結局、竜也の冷たい人間性を受け継いでしまったようだ。彼女は皮肉っぽく笑った。「あなたの言う通りね。私には、あなたのママになる資格なんてないね」それを聞いて竜也の表情
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第6話
杏奈は、指先をわずかに丸めた。その男の甘い目元と銀色の髪を見つめ、彼女はしばらくして、やっと愛想笑いを浮かべた。「健吾さん?」目の前の男の顔が、記憶の中の姿と重なった。血まみれなのに、ナイフを突きつけてきた、あの陰の姿と。あの頃と比べて、今の男は当時の冷たい雰囲気が消えていた。もっと穏やかで物静かな印象だ。でも、どこか人を威圧するような、権力者独特の空気をまとっていた。「俺のこと、覚えててくれたんだ」橋本健吾(はしもと けんご)は一瞬動きを止め、甘い目元を細めたが、その漆黒な瞳には、冷たい笑みが浮かんでいた。久しぶりだね……杏奈も少し驚いた。結婚する前、自分は医学を学ぶために、しばらく留学していたことがあった。その時、銃で撃たれて怪我をしていた健吾に出会った。同じ国の人だということもあって、彼を助けたのだ。でも、目を覚ました健吾は、なんと真っ先に自分の首にナイフを突きつけたのだ。当時の健吾は、妖艶な顔立ちに反して、全身から殺伐とした雰囲気を放っていた。冷たくて暗い影を背負う彼を見て、自分は思わず憐れみを感じてしまった。ただ、真奈美が帰ってきてからのごたごたで、その気持ちはいつの間にか薄れていった。その後、自分は急いで帰国し、すぐに結婚した。あの時、確か健吾からも結婚おめでとうというメールが届いた。まさか、再会した彼が、穏やかで上品な、まるで別人のような姿になっているなんて、少し予想外だった。「乗っていく?」健吾の声は、低くて魅力的だった。杏奈を見つめながら、彼のたずねるような口調には、なぜか有無を言わせない響きがあった。そ言われ杏奈の視線は、やっとその車に向けられた。それは一台のロールスロイスだった。彼女は一瞬ためらったが、それでもうつむいて車に乗り込んだ。海外で会った時、健吾はまだ貧しい留学生だった。貧しさから道端で倒れていたけど、その甘い目元に自分は同情心をかきたてられたのだ。だから、彼をかくまった。まさか、時が経って、今度は自分がこんなみじめな姿になるなんて。杏奈は後部座席に座り、ふっと笑って健吾をからかった。「ここ数年、羽振りが良くなったね。もしかして、事業が成功したの?」健吾は少し間を置いて、甘い目をきらめかせ、軽く笑って言った。「レンタルだよ」
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第7話
一方で、日が暮れて部屋の中が次第に暗くなるにつれ、杏奈は電気をつけた。久しぶりの静けさを、彼女はゆっくりと味わっていた。中川家にいた頃は、家の中がいつも騒がしかった。浩はわがままで遊び好きだったから、宿題をさせようとしても、何かにつけては、いつも大声で騒ぎ立てるのだ。竜也は、自分が家で子供の面倒を見ているのは、楽なことだと思っていた。でも、実際のところ杏奈にとって家では片時も心が休まる時間なんてなかったのだ。杏奈は壁の時計が時を刻む音を聞きながら、複雑な感情が込み上げてきて、そしてただ泣きたいほど切ない気持ちになった。ピリリリーン――けたたましい着信音が、彼女の思考を中断させた。スマホを手に取って見ると、相手は竜也だった。すると杏奈は迷うことなく、通話を切った。それでも竜也は懲りずに何度もかけてきた。その音で頭が痛くなり、仕方なく電話に出た。男の冷たい声が聞こえる。「杏奈、こんなに遅いのに帰ってこないのか?どこにいる?」彼の声にはまだ抑えきれない怒りがにじんでいたが、なんとか平静を保とうとしているようだった。杏奈は呆れて鼻で笑うと、心に皮肉がよぎった。昔から、二人が喧嘩するといつもこうだった。竜也は二日ほど自分を無視した後、何事もなかったかのように振る舞って、問題をうやむやにするのだ。「竜也、私、離婚するって言ったの。忘れた?」彼女の声は静かで、どこか冷たかった。それを聞いて竜也の表情が、とたんに険しくなり、スマホを握る指が白くなるほど力がこもるようになっていった。「杏奈、また癇癪を起こしているのか。そんなことを言ってなんの意味があるんだ?」「癇癪?」杏奈は冷たく笑った。「はっきり言わないとわからない?離婚したいの。本気よ、離婚届をだすから、あなたもちゃんと役所に来てよね!」すると、電話の向こうから、浩のあどけない子供の声が聞こえてきた。「なんで機嫌なんてとるの?パパ、ママは今ただすねてるだけだよ。パパが優しくすればするほど、ママはわがままばっかり言うから!いっそ帰ってこなきゃいいのに」浩の声は憤りに満ちていた。「僕だって、ママなんかいらないもん!」その言葉に杏奈の心は、何かがチクリと刺さったようだった。彼女は指先をきゅっと丸め、目を伏せた。「もう帰らないから。ここ何日かで離
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第8話
スマホから聞こえるツーツーという音を聞きながら、杏奈はしばらく呆然としていた。父はずっと自分のことが好きではなかった。そして真奈美が実家に戻ってきてからは、ますます自分のことを目の敵にするようになった。父は心の底から、自分は竜也にふさわしくないと思っているのだろう。多分本当は実の娘である真奈美に嫁がせたかったはずだ。しかし、中川家に取り入るためには、自分を利用するしかなかった。しばらくためらったが、杏奈は意を決して竜也に電話をかけた。コールが2回鳴っただけで電話はつながった。竜也の声は少し冷たかった。「また何の用だ?」杏奈はその氷のような声に一瞬たじろいだが、すぐに言った。「明後日はお父さんの誕生日パーティーなの。あなたも……浩を連れてきてくれない?」竜也は眉をひそめた。その瞳の奥に、ある感情が一瞬だけきらめいた。やはり耐えきれなくなって、自分から電話をかけてきたか。しかし、その手口はあまりに姑息だ。​こんな風に騒ぎ立てるのも、自分と離婚したくないからだろう。それで、自分の気を引きたいだけなのだ。まっ、自分の機嫌を取ろうとする心遣いがあるなら、少し姑息でも目をつぶってやれなくもない。だが、その口ぶりが、どうにも気に障った。「お前から離婚を切り出したんだ。俺がお前の夫としての役目を果たす義理はないだろう」竜也は冷たく言い放った。「それが、復縁を願う人間の態度なのか?」「復縁したいわけじゃない」杏奈はぐっとこらえ、深く息を吸い込んで言った。「お父さんが、浩に会いたがっているの」そう言いながら、彼女は心の中で自嘲した。自分が刑務所に入るまでは、あんなに良い夫を演じていたのに。今になってようやく本性を現したというわけね。竜也は眉をひそめた。その瞳は冷たく、心にじりじりとした苛立ちが広がっていく。ただ、彼女が父親に浩を会わせたいだけだと?理由は自分でもよく分からないが、彼のイライラは更に募っていった。杏奈はいつも、こういう手口を使う。こんなのは、どうせ自分に会うための口実にすぎない。結局、自分から離れられないくせに。「ずいぶんと下手な言い訳だな」竜也は声を押し殺し、顔に苛立ちをにじませた。「どこでそんな三文芝居を覚えてきた?」そう言われ、杏奈の胸はその一言一言に深く突き刺されるよう
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第9話
そう思って、杏奈は目を伏せ、返事もせずに電話を切った。一方で、中川家。ツー、ツー、という音を聞きながら、竜也は胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちになった。彼は眉をひそめ、思わずかけ直そうとした。しかし、その手は真奈美に止められた。「女の扱いなら私に任せて。ああいう態度の時こそ、優しくしちゃダメ。じゃないと、どんどんつけあがってくるから」真奈美はニヤリと笑った。「女のことは、女が一番よくわかってるものよ。お姉さんみたいなタイプは、少し放っておくくらいがいいの。そうすれば、あなたに夢中になるから」その言葉を聞き、竜也も納得をしたかのようにスマホの画面を消してポケットにしまった。真奈美の言うことにも、たしかに一理あると彼は思ったのだ。これまで杏奈に優しくしすぎたせいで、甘やかしてしまったのかもしれない。甘やかしすぎたせいで、彼女は世間知らずになってしまった。だから離婚なんて言葉も平気で口にするんだ。自分から離れて、一人で生きていけるとでも思っているのだろうか?今は、しばらく彼女を放っておくのがいいだろう。世間の厳しさを思い知らせてやる必要がある。あの二人と話したせいで、杏奈はすっかり気力を使い果たしていた。足と手の傷も、ズキズキと痛んだ。彼女はソファに座り、スマホを見ていた。すると、ある絵画展の情報が目に留まった。その瞬間、ふと心が動いた。ダンスを始める前、自分も実は絵を描くのが好きだった。足はもう治らないかもしれない。でも、この手でまだ筆は握れる。ソファに座っていた杏奈は、ふと笑みをこぼした。その瞳は、新たな目標を見出しことに確かな輝きが宿った。生きている限り、夢も好きなことも絶対に諦めない。だから、ただ困難に囚われているだけじゃなくて、新しい人生を始めるんだ。...次の日、また健吾が杏奈の部屋のドアをノックした。彼は相変わらず口元に笑みを浮かべ、何かを手にぶら下げていた。そして、また彼女の部屋に入ってきた。「はい、お見舞いに来たよ」そのさりげない口調には相変わらず、なぜか逆らえない雰囲気があった。テーブルに並べられた色とりどりの料理を前にして、杏奈の胸はまた温かいもので満たされた。彼女は声を詰まらせながら目を伏せた。頬にかかった髪をそのままに、言った。「本当に
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第10話
いよいよ翔平の誕生日当日、ついに竜也と浩が杏奈に電話をしてくることはなかった。しかも、彼女のほうからかけてみても、すぐに切られてしまっていた。杏奈はしばらく呆然としていたが、仕方なくプレゼントを持ってタクシーで久保家へ向かった。家のドアを開けた途端、母親の久保椿(くぼ つばき)の嫌味な声が聞こえてきた。「あら、これはどなた様かしら?もう来ないのかと思ったよ。こんな時間にやっとのお出ましなんて、自分が主役だとでも思ってるの?」そう言いながら、杏奈の手足に残る傷を見て、椿は少し気まずそうな顔をした。「真奈美からは、あなたの怪我はもうほとんど治ったって聞いたけど。そんな格好して、わざと心配させようとしてるの?」杏奈は唇を引き結び、胸がズキズキと痛んだ。母はもともと、自分にとても優しかった。でも、真奈美が帰ってきたあの日から、全てが変わってしまった。母は、自分が実の娘の幸せを奪ったと憎んでいた。でも、家の評判を気にして、自分をここに置くしかなかったのだ。久保家での生活は、息が詰まるようだった。そんな自分を救ってくれたのが、竜也だった。あの頃は、それが救いだと信じていた。でも、実際はもっと深い地獄に落ちただけだった。「でも後遺症で……もうメスは握れないし、ダンスもできなくなったの」杏奈の声はかすかに震えていた。彼女は、椿の顔色をじっとうかがった。椿は一瞬、気まずそうな表情を見せた。でもすぐに、「どうせあなたの踊りなんて、真奈美に比べたらたいしたことないじゃない。うちにダンサーは一人だけで十分よ」と言い放った。椿の気まずそうな表情を見て、杏奈の心はすうっと冷たくなっていった。ふと、杏奈は思った。自分が真奈美の身代わりになったこと、両親はどこまで知っているんだろう?そして、どこまで関わっていたんだろう?杏奈は唇を引き結んだまま、何も言わなかった。その顔は青白く、とても弱々しく見えた。「口がきけなくなったの?」そんな杏奈を見て、椿は気まずさを紛れようと怒鳴りつけた。「私が何年も育ててやった恩も忘れて、ちょっと叱っただけでそんな不機嫌な態度をとるわけ?」「もういい!」そう言うと翔平が、厳めしい顔で階段を降りてきた。そして椿の言葉を遮った。「やかましいぞ、みっともない」翔平はソファに腰掛けると、杏奈に目をや
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