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第875話

Author: 豆々銀錠
昭子は、画面に浮かんだコメントをじっと見つめた。その目は次第に確信に染まっていく。

やっぱり、あの女、盗作していたのね。

なるほど、海外で有名な作曲家・時先生のスタイルを真似ていたのか。だからこそ、あんな完成度の高い曲を書けたのだ。納得がいった。

昭子の脳裏に、ある考えが閃いた。これを利用すれば、紗枝を社会的に抹殺できる。「盗作」さえ証明できれば、音楽の世界から永久に追放するのも容易い。

彼女はその瞬間、勝利の確信を抱いていた。

一方、『諦めないで』のコメント欄は、かつての賞賛一色から一転、疑念に満ちた批判の嵐へと変わりつつあった。

「まあまあだけど、そこまで騒ぐほどのいい曲じゃないよね」

「どこかで聞いたことある感じ。作ったのって『音楽の仕立て屋』じゃないの?」

「やっぱそうだ!新人がこんな完成度の曲書けるわけないって」

「時先生のパクリじゃない?」

冷たい言葉が津波のように押し寄せ、これまでの好評は一気にかき消されていった。

紗枝自身はすでにコメントを見るのをやめていたが、心音はモニタリングを続けていた。

そして、ある言葉に思わず吹き出した。

「......仕立て屋?盗作?時先生の?」

思わず笑いがこみ上げた。

紗枝本人こそ、時先生なのに。

コンテストの公正を保つため、正体を隠してエントリーしていたのに、まさか自分が自分の真似をしたと疑われるとは、皮肉にも程がある。

だが、心音はすぐに違和感を察知した。

「なんか変だな......批判コメント、集中しすぎじゃない?」

不審に思い、技術部門に調査を依頼すると、表示されていた批判コメントの多くが、同一または極めて近いIPアドレスから投稿されたものだった。

それどころか、『初雪』の異常なデータ上昇にも、まったく同じIP群が関与していたのだ。

「やってくれたわね......」心音の瞳が鋭く光った。「姑息なやらせで、卑怯な真似を......」

彼女は即座に技術部門に指示を出した。

このIP群の記録をすべて保存し、証拠として保全せよ。それが『初雪』のデータ操作の決定的な証拠になる。

その頃、紗枝は法律事務所で、岩崎に親子鑑定書を手渡していた。

声は低く、しかし決然としていた。

「岩崎先生......私は、夏目彰彦と稲葉美希の実の娘ではありません」

岩崎は書類を手にしたまま
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