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第607話

Auteur: 雪吹(ふぶき)ルリ
正隆は鬼爺の前で深々と頭を下げ、へりくだった口調で言った。「鬼爺、こんにちは。こちらが以前お話しした俺の婿の、古川迅です」

迅は鬼爺を見つめ、平然とした表情で一言呼んだ。「鬼爺、こんにちは」

鬼爺の視線が高い位置から迅の顔に落ちた。「君、桜井の婿か?」

迅はうなずいた。「そうです」

鬼爺は迅を頭の先からつま先までじっと見つめ、ふいに言った。「なんだか君、見覚えがあるような気がするな。以前どこかで会ったか?」

正隆が笑いながら口を挟んだ。「鬼爺、冗談でしょう?婿が鬼爺のような大物に会えるわけありませんよ。きっと誰かに似てるだけです」

鬼爺はしばらく考えた後、迅に目を向けて言った。「君、ある麻薬捜査官によく似てる」

「麻薬捜査官」という言葉を聞いた瞬間、正隆の表情が変わった。「鬼爺、それって、あの時の?」

「そうだ、まさにあいつだ!あいつが俺の元に現れた時、すぐに目をつけたんだ。腕が立ち、目の動きも鋭く、俺を助けたこともある。俺は本気であいつを仲間と思い、大切にしてた。だが、あいつは俺を裏切った!」

鬼爺は過去を語りながら、目を血走らせた。「あいつが近づいてきたのは、すべて計画されたものだった。あいつは俺を殺すための潜入捜査のやつだったんだ!あいつのせいで、俺は大きな損害を被り、死にかけた。顔のこの傷も、あいつがつけたものだ!」

だが、鬼爺は次の瞬間、得意げに笑みを浮かべた。「だが、結局は俺の勝ちだ。あの日、俺は近くの小学校の子供十人を誘拐させた。案の定、あいつは助けに来た。俺はあいつを、生きたまま焼き殺してやった!それだけじゃない。あいつには二度と麻薬捜査官としての名誉を取り戻させなかった。世間から麻薬の密売人として唾を吐かせ、あいつがかつて救った人間にまで蔑まれるようにした。あいつは正義を信じる英雄気取りだったが、今やただの滑稽な笑い者だ!」

その言葉を聞きながら、迅の手は音もなく拳を握り締めた。その麻薬捜査官こそが、彼の父親だった。

父親は麻薬組織に潜入していた捜査官だった。しかし、世間は彼を麻薬の密売人と断じた。父親が亡くなったあと、迅も、母親も、妹も、麻薬の密売人の家族として世間から侮辱され、唾を吐かれた。

だが、彼ら三人は信念を失わなかった。

そして今、ついに仇の鬼爺の前に立った。彼はこの仇を、自らの手で討つと心に誓った。

正隆
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Commentaires (1)
goodnovel comment avatar
YOKO
えっ!!そんな裏事情があったんだ。硬派で、中々イイね。
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