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第3話
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兄たち、今さら後悔しても遅い 第9話
兄たちは召喚状に記された住所を辿り、弁護士事務所へ。瑛太の姿を見た途端、三人は同時に地面へ膝をついた。「平良さん……どうか、妹の居場所を教えてください。俺たちには、あの子しかいないんです！」遥斗は額を床に擦りつける。「平良さん、君は俺たちを小さい頃から知っているでしょう。妹は両親が残した唯一の宝。教えてください、何でも差し出します！」蒼鳥の声は必死だった。「藤乃に伝えてください……兄さんが悪かった。死んでも償う。だから帰ってきてくれれば、命だって差し出す！」絃は泣き声で叫んだ。だが瑛太は眉間に皺を寄せ、冷たく吐き捨てる。「今さらくだらん命を差し出してどうなる。彼女の地獄はすべてお前たちのせいだ。帰れ。お前たちの顔を見るだけで吐き気がする。――それと、彼女の名は『星見』だ。藤乃じゃない。出廷の時は、奪ったものを全部揃えて持ってこい。それが『借り』の清算だ」――その頃。私は研究所で、最後の輸血治療を受けていた。顔は蒼白、頬はこけ、死にかけのように見えるだろう。けれど、瞳には希望の光が宿っていた。医師は告げてくれた。「この輸血で感染は収まる。あとは脚の治療に専念できる。……新しい人生の始まりですよ」と。動けぬ体で、私は介護士に世界の物語を語ってもらった。時には車椅子で庭に出て、新しく咲いた花を見ることも。親子や兄妹が病人を支える姿を目にすると、ほんの一瞬だけ彼らを思い出す。……だが、それだけ。もう交わることのない人たちだ。花音と共に、私が消えたことを喜んでいるかもしれない。ようやく堂々と「一家族」になれると。――けれどそれも関係ない。私が望むのは両親の遺したすべて。兄たちの指が触れたものは、もう汚らわしい。そして、開廷の前日。私はようやく「回復」と告げられ、退院を許された。法廷。瑛太に車椅子を押され、私は原告として兄たちと再会した。裁判は呆気なく終わった。三人は反論すらせず、瑛太の請求をすべて受け入れた。共謀して私を傷つけた罪――牢に入るべき罪さえも、あっさり認めたのだ。帰ろうとしたその時――背後から声が響く。「藤乃よ！綺麗なドレスを持ってきた！欲しがっていたティアラもあるんだ！」「藤乃よ、どうか一度だけ償わせてくれ。この花を受け取ってほしい
兄たち、今さら後悔しても遅い 第8話
「ち、違うの！最初にここへ来たのはあの人自身よ……！きっとわざとみじめぶって、私が悪者に見えるよう仕向けただけ！お願い、信じないで！」花音は涙を浮かべ、震える声で訴える。だが返ってきたのは、甘い慰めではなかった。「……わかってるのか！」遥斗の怒声が雷のように響く。「あの夜、藤乃はもう脚を痛めていたんだ！俺たちは会社の用事で動けず、お前に病院へ連れて行けって頼んだんだ！ それなのに放り出した？ お前のせいで藤乃は絶望したんだ！」花音は目を剥き、信じられないと叫ぶ。「ただの足なしよ！ いるだけであんたたちが苦しむのに！いっそ死んでくれた方がどれだけ楽か……！その死体を野犬に食わせれば、なおさら手間も省けるでしょ！」――パァン！蒼鳥の目は陰鬱に光り、刃のような視線とともに平手打ちが花音の頬に叩き込まれた。「……下種が」花音は床に倒れ、顔を押さえて絶叫する。「殴ったの？ 兄さんが……私を殴ったの！？」これまで傷つけまいと細心の注意を払ってきた兄たちの顔が、冷酷に変わる。遥斗はしゃがみ込み、狂ったように何十発も平手打ちを浴びせ、歯を食いしばって吐き捨てた。「お前が何様だ！お前なんざ俺たちが飼ってやった慰み物だ！藤乃を侮辱するな！彼女を罵る権利は、俺たちだけにある！」絃は顔を腫れ上がらせた花音を見下ろし、冷笑して蹴りつける。「分不相応な野良種がよくもここまで思い上がったな……やっぱり俺たちが甘すぎたか？」花音は吐血し、這って逃げようとするが、頭を靴で踏みつけられ、床に顔を擦りつけられる。「痛いっ！どうして……私、何が悪いの！？」ガラス卓に叩きつけられた脚から、鋭い破片が突き刺さり、鮮血が飛び散る。花音は泣き叫び、必死に縋る。「だって……だって兄さんたちが言ったじゃない！藤乃は足を失った方が似合うって！私、繰り返しただけ！映画館でも、あんたたちが『欠陥品』って……」――ドンッ！絃の蹴りで、花音は階段へ弾き飛ばされる。歯が砕け散り、血が床を染めた。「黙れ！」絃の眼は真紅に染まり、怒声が響く。「お前なんか、ただの玩具だ！孤児院で野垂れ死んでたところを拾ってやっただけだ！藤乃の方が一億倍も尊いんだ！」遥斗は壁に背を滑らせ、虚ろな目で涙をこぼす。蒼鳥は眼鏡を外し、顔を覆
兄たち、今さら後悔しても遅い 第7話
出発前、私はあの紙箱とペットボトルだらけのアパートへ戻った。――驚いたことに、大家はまだ荷物を捨てていなかった。私は兄たちとの思い出をすべて火にくべ、最後に残したのは一枚の書類。【絶縁状】誰かは雑草のように捨てられ、誰かは花のように愛される。……もう私と彼らの間に「家族」なんて存在しない。これから私は、天に瞬く星になる。一週間後。ボロアパートの扉は軽く叩かれただけで、ガラガラと崩れ落ちた。吹き込む風に、絶縁状が舞う。「藤乃？まだ怒ってるのか？ 悪かったよ、説明もしないで……あの映画館は俺たちの雇い主のもので、花音は社長の娘なんだ。俺たちはただの従業員で……」遥斗が言い訳を並べる。「見てみろ、チケットだ！ 君もやっと映画を初めて観られるぞ！」絃は気まずく笑って差し出す。「俺は……わざと叩いたんじゃない。社長の娘が不機嫌になったら、仕事を失うんだ。そうなれば病院にも連れていけないだろ」蒼鳥は震えた声で弁解した。部屋に響くのは、必死な彼らの声。……昔なら私は飛びついて、笑顔で「兄さんたちお疲れさま！ 藤乃は世界一兄さんたちが大好き！」と靴を揃え、肩を揉んでいただろう。けれど今は違う。そこにあるのは一枚の紙だけ。遥斗が怪訝そうに拾い上げた。【兄さんたちへ。 この絶縁状を読んだ時、私はもうここにいない。探さなくていい。花音は、まるで愛に育まれた花のよう。あなたたちのお姫様であり、唯一の宝物。彼女はあなたたちの誇りであり、心の慰めだからこそ、惜しみない寵愛を受けている。でも私は、雑草ではない。両親が命を懸けて愛した子供だ。粗末に扱われる筋合いはない。だから、これからは自分自身を大切に育てる。もう「妹」として縛られるつもりはない。血の繋がりなんて、簡単に捨てられるものだった。 私のものは、私が取り返す】――愚痴をこぼすつもりはない。それは彼らにとって酒の肴にしかならないから。ただ、両親が私に与えてくれた愛を、彼らが「災い」と呼ぶのはどうしても許せなかった。遥斗は雷に打たれたように震え、「藤乃が……藤乃が俺たちを捨てた！」と叫ぶ。「違う、きっと花音のせいだ！ あいつがいるから藤乃が怒ったんだ。早く……早く謝りに行かないと！」蒼鳥は勢いよく遥斗の手から絶縁状を奪い取
兄たち、今さら後悔しても遅い 第6話
瑛太が集めてくれた証拠は揃いつつあり、私が去る日も近い。……けれど、どうしても確かめたかった。――花音のどこが、そんなに兄たちを狂わせるのか。辿り着いたのは、瑛太が調べた別荘。一面にバラが咲き乱れ、まるで神話の庭。ガラスの温室の中、花束を抱えた花音が振り向く。風に揺れる絹のような長い髪、煌めくドレス。一方の私は、仕事のために切った枯れた髪、穴だらけの布を巻いた姿。――天と地ほどの差。警備員は私を乞食と見なし、杖を踏み折った。「この腐れ欠陥が！ お嬢様の花を汚すんじゃねえ！この庭は命をかけて育てたんだ。傷でもつけたら臓器を売っても償えねぇぞ！」掌が砂利に擦れて血がにじむ。それでも私は花音を見据えた。彼女は優雅に近づき、上から目線で微笑む。「そんなに見たいの？ じゃあ……這って入ってきなさい」私は折れた棒を杖代わりにし、よろめきながら別荘に入る。並ぶ骨董品、豪華な食卓、食べ残されたロブスター。……私は兄たちの負担を少しでも減らすために、一日パン一つで耐え、空腹のときは水で誤魔化してきたというのに。彼女は使い人の手を踏みつけ、地面に足をつけることなく歩いていくのを目にしたとき――失った自分の脚に触れた私は、たちまち悲しみに呑み込まれていった。「ねえ藤乃、自分は強いって思ってるでしょ？兄たちだって『強い妹だ』って褒めてきたでしょ？足を失っても大丈夫、そう言われ続けたんじゃない？」……そう。私の名「藤乃」も、藤蔓のように強く生きろと願われてつけられた。その名前に、私は誇りすら抱いていた。真実を知るまでは。「でもね、私は強くなる必要なんてないの。努力もいらない。それでも兄たちは全部くれるの。あなたのものだって、私が指一本動かさなくても目の前に並ぶの。あなたなんて、私から見たらただの草よ」彼女は無邪気に目を瞬かせる。「私のケアにいくらかかるか知ってる？ 一皿の料理にいくらかかるか知ってる？この限定ティアラ、見たことある？何だってそう。私が一瞥するだけで、人は群がって尽くすの。あなたは？ 雑草みたいにしぶといだけ。残飯とボロ布で生き延びる哀れな虫。そうそう。足を失ったのも、全部『私のため』に兄たちが仕組んだこと」言葉が棘となって心臓を裂く。
兄たち、今さら後悔しても遅い 第5話
「掃除係の者ですが」「な、なんで君が！？」絃の顔は、まるで虫でも飲み込んだかのように歪み、蒼鳥は後ずさった。背を向けていた遥斗が振り返り、言葉をかけようとした瞬間、口が空回りする。ほんの一瞬、目に浮かんだ動揺。すぐに消して、甘ったるい声に変えた。「藤乃……どうしてここに。君はアパートで寝てるはずだろ。足もないのに、まだ無茶を……」私は口角を吊り上げ、兄たちの背後で唇を動かして「欠陥品」と罵る花音を見据える。「無茶でもしなきゃ……こうして、兄さんたちがその『お姫様』を甘やかす姿を見られないでしょ」――パァンッ！頬に焼きつく音。蒼鳥の目が鋭く光る。「口の利き方も知らんのか！ 俺たちが甘やかしすぎたな！」絃の蹴りが胸にめり込み、息が詰まる。「失せろ！花音はお前の人間とも化け物ともつかない姿に怯えてるんだ！」遥斗は声を低め、脅すように吐き捨てた。「もう一言でも余計なことを言ったら……生き地獄を味わわせてやるぞ」次々浴びせられる罵声に、胸の奥から叫びが突き上げる。「甘やかす！？ いつ私を甘やかしたの！？人間でも化け物でもないって？ それを作ったのはあんたたちじゃない！ 私はずっと、生き地獄だったんだよ！」涙に濡れた頬が痛む。息が荒く、やっと彼らと対峙できた気がした。けれど、結局選ばれるのは花音。命を半分差し出しても、家族の愛は一度もくれなかった。「姉さん……そんな言い方しないで……土下座して謝るから、全部、私が悪いの。私のせいで兄さんたちを困らせちゃった。ごめんなさい、だから怒らないで……」花音の弱々しい声。涙を滲ませ、胸を押さえて怯える姿。――白々しい芝居。案の定、三人は慌てて彼女に駆け寄り、抱きしめて慰める。蒼鳥は私を睨みつけた。「残りカスが！花音に跪かせる気か。文句があるなら俺にぶつけろ！」視界がぐらりと揺れ、階段から転げ落ちる。脚から鮮血が噴き出し、涙が床を濡らす。「なぜ……なぜ……助けたのは私なのに。血が繋がってるのは私なのに……！」声は震え、視界が闇に溶けていく。――「藤乃さん？ 藤乃さん！」目を開けると、そこは豪奢で無機質な病室。消毒液の匂いが鼻を刺す。「石水藤乃さん、二十歳。路上で昏倒していました。俺はあなたのご両親の
兄たち、今さら後悔しても遅い 第4話
気がつけば、道路脇に座り込んでいた。どうして誰も電話に出ないの？震える手で、粉々になったガラケーのアルバムを開き、一枚の写真を表示させた。――「藤乃はすごいな、自分で稼いでケータイを買って、俺たちの写真まで撮ってくれて。やっぱり一番強い妹だ！」それが、兄たちと私の唯一の写真。だから私は、この古い携帯を宝物のように大事にしてきた。周りはみんなスマホなのに、私はずっとこれ一台。けど……意味なんてなかった。あの子との写真は、きっと無数にあるんだから。全部、嘘。割れた画面を振り払うと、もう二度と元に戻らない。まるで兄妹の絆そのもののように。私は彼らの負担を減らすために進学を諦め、三つもバイトを掛け持ちして吐血し、昇進も大都市での仕事も全部投げ捨てた。命だって、足だって差し出した。けど、その「犠牲」はただの紙屑。彼らは軽々しく私を切り捨て、もう一人の「妹」を甘やかしていた。人気のない路地に這い込み、また傷口から血が広がる。冷たい風に晒され、痛みすら麻痺していく。――意識が遠のく、その瞬間。なぜか、急に目が覚めた。生きなきゃ。生き延びることこそ、最大の復讐。それから私は再びペットボトルと段ボールを拾う日々に戻った。一日パン一個で、夜も昼もなく、擦り切れた足を引きずって街中を回った。痛みは抱きしめて堪え、血膿はボロ布で縛る。十円玉が百円になり、千円になり、治療費に近づいていく――その瞬間、久々に笑みがこぼれた。そんなある日、同じくペットボトルを拾っていた仲間が教えてくれた。「もうすぐ一万人規模の映画館がオープンするんだ。掃除の人手を募集してるし、終われば大量のペットボトルも持ち帰れるぞ」即答でうなずき、夜明け前に家を出た。足を引きずり、目的地に着いたとき。――目に飛び込んできたのは、見覚えある四つの背中。甘ったるい声。「兄さんたち、藤乃姉さんも呼んであげようよ。映画なんてきっと見たことないでしょ？」「大学も出てない、教養もない足の悪い奴に？もったいないだろ」「花音、いい子だな。あんな欠陥品が君の前に出てきたら失礼だろ。怖がらせるだけだ」「清掃員はどこだ！ さっさと床を磨け！ 花音は裸足なんだぞ、少しでも汚れがついたらどうするつもりだ！」―
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