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第6話

Auteur: 拾安
電話を切ってリビングに戻ると、深津が眉をひそめて私を見ていた。

「話は終わった?」

私は頷いて台所へ向かおうとした。

「次からは親友に『旦那様』なんて登録するのはやめろよ。良くない」

私は振り向いて彼を見つめ、思わず笑みがこぼれた。深津に私を非難する資格なんてない。彼と珠里の関係の方が、私が誰かを『旦那様』と登録するよりよっぽど酷いというのに。

答えようとした私の言葉を、珠里が遮った。

「瑠璃さん、蒼介さん、お詫びの食事に行きませんか?この間お二人の邪魔をしてしまって......」

珠里が選んだレストランは海鮮料理で有名な店だった。テーブルいっぱいに並んだ海鮮料理に、私は手をつけられずにいた。

それなのに珠里は無邪気な顔で私を見つめた。「瑠璃さん、食べないんですか?ここの看板メニューなのに」

「彼女、海鮮アレルギーなんだ」

深津は珠里の器にホタテを取り分けながら、私の顔を見ようとしなかった。

私は心の中で冷笑した。私が海鮮アレルギーだと知っていながら、それでも珠里に合わせるのね。

「あら、ごめんなさい瑠璃さん。海鮮アレルギーだなんて知らなくて。でも料理はもう出てしまったし、どうしましょう」

珠里の演技じみた態度に心の中で冷笑しながら、私は何も言わずにウェイターを呼び、季節の野菜炒めと牛すじ煮込みを注文した。これで私の分は十分だった。

食事の後、珠里は映画に行こうと言い出したが、私は気が進まなかった。手を振って断った。「お二人で行ってください。会社でまだ仕事が残ってるの、残業しないと」

後ろで深津が送っていくと言う声も無視して、そのままエレベーターに乗り込んだ。

マンションに戻ると、私と深津のウェディング写真が届いていた。突然すべてが虚しく感じられて、箱の中にそれらを全部投げ入れ、荷物の整理を始めた。

この数年間、深津が私にくれたものは本当に少なかった。一つの箱にも満たないほどだった。

その箱と、ウェディング写真をマンションのゴミ置き場に捨てた。明日、これらはゴミ収集車で運ばれていく。

帰り道、珠里のインスタを見た。3×3のグリッドの中に、UFOキャッチャーの前に立つ深津の後ろ姿があった。

珠里は、子供のように甘やかしてくれる深津に感謝していると書いていた。

私は少し笑って、そのポストにいいねを押した。

彼女はまだこんな手で
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