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第 325 話

Author: 柏璇
階下。

しょんぼりした兄の顔を見て、彩乃が眉を上げた。 「どうしたの?」

「まさかこの歳になって、親のいちゃつきを見せつけられるとは思わなかった」拓海は無表情で言った。

「じゃあ、あんたもやり返して見せなさいよ」

彩乃は秋の新作ワンピースを身にまとい、手にした小ぶりの扇でゆるやかに風を送っていた。

友達との食事会を終えたばかりで、まだ眠くもなく、着替えもせず、ただリビングでぼんやりしていたい気分だった。

拓海は一人掛けソファにどさりと腰を下ろす。「恋愛なんて、もう無理だな」

考えてみれば不思議だった。

裕福な家に生まれ、何不自由なく育った拓海には、これまで本気の恋愛経験が一度もない。

彩乃が目
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