LOGIN十年の恋、六年の結婚。誰もが、風間蓮司(かざま れんじ)が加藤天音(かとう あまね)を深く愛し、何よりも大切にしていると信じて疑わなかった。 しかし、夫の不倫相手が現れるまで、天音は気づかなかった。その「深い愛」が、結局は戯れに過ぎなかった。 五年にも及ぶ不倫、隠し子の誕生。蓮司は不倫相手を天音のすぐ傍に置きながらも、表向きは愛妻家として完璧な演技を貫いていた。 「天音を愛している、心から、誰よりも」と蓮司は口にした。しかし、果たしてそれが本当の愛と言えるのだろうか。 分厚い愛情の仮面を被り、蓮司は周囲の人間すべてを巻き込みながら芝居を続け、甘美な結婚生活の幻想を作り上げていた。 自ら育ててきた息子さえも、天音を欺く共犯者となっていた。 裏切った夫と子供、不倫相手と本物の家族のように振る舞う。 絶望した天音は、朧月機關への復帰を決意した。もうこんな滑稽で虚飾だらけの人生には一切別れを告げると。 一ヶ月後、天音は完全に姿を消し、二度と蓮司のもとに戻ることはなかった。 ― 蓮司は天音を深く愛していた。妻を失う恐怖が、二人の結婚生活に綻びを生じさせた。 自分ではすべてを隠し通せているつもりだった。二人の結婚は表向き幸せで、愛する妻が真実を知ることなどあり得ないと信じていた。 しかし、天音が彼の世界から完全に消え去ったとき、蓮司は自分の過ちがどれほど愚かだったかを思い知らされた。 蓮司は狂気に囚われた。 彼はすべてを捨て、山を越え、海を渡り、世界中の仏を拝みながら、ただ天音がもう一度だけ振り向いてくれることを願い続けた。 目を赤く腫らし、必死に懇願した。「もう一度愛してくれ――」 だが結局は、遅すぎた目覚めには、何の価値もなかった。 天音の傍らには、すでに新しい誰かがいた。そこに、蓮司とその子供の居場所は、もはやなかった。
View More要は、またしても天音に嘘をついた。けれど、すぐには見抜かれないだろう。月日は流れ、娘の美羽もついに一歳になった。要はますます忙しくなった。最近は海外出張が多くて、飛び回ってて、ほとんど空の上にいるんだ。「明日、帰ってこれる?」天音は聞いた。「明日はアフリカに行くんだ」「そっか……わかった」天音は電話を切った。手元のチューリップを手入れしながら、少しがっかりしていた。明日は結婚記念日なのだ。もう2週間も、要に会っていなかった。天音は階段を降りると、三階のリビングから、英樹が美優と長電話している声が聞こえてきた。「要は仕事の鬼だけど、部下まで休ませない気か?何回も休みを申請してるのに、全然許してくれないんだ!そいつ、一体どうなってるんだ!あとで天音に言いつけてやるからな」電話の向こうで美優が何か言ったのだろう。英樹は、とたんに甘い声で笑い出した。「もう一回申請してみて。それでもダメなら、俺がアフリカまで乗り込んでやるから」天音は思わず笑ってしまい、そのまま二階へと向かった。二階では、大智と直樹がじゃれ合って遊んでいた。龍一と夏美は、時々夫婦水入らずの時間を過ごすため、直樹を預けに来ることがあった。一階では、美羽がよちよち歩きの練習をしていた。想花がその周りをくるくる回り、彩子と由理恵が二人を見守っている。天音は裏庭に出て、手入れしたチューリップを土に植えた。三階に戻ると、手すりに寄りかかって、空にかかる三日月を見上げた。切ない気持ちが胸の奥からこみ上げてきた。ふと、微かな墨の香りが鼻をかすめた気がして、天音は苦笑した。「そんなに会いたいの?でも、要は私のことなんて、これっぽっちも考えてないくせに」その時、耳元で静かな足音が聞こえた。そして、穏やかで愛情のこもった声が響く。「天音は、誰に俺の悪口を?」天音は驚いて振り返った。「要!」そして、すぐに駆け寄り、要に抱きつく。「天音、会いたかったよ」要は天音を抱きしめると、そのまま彼女の服を脱がし始めた。天音は要の手をつかんだ。「どうして急に帰ってきたの?」要はそっと天音をベッドに押し倒した。「天音、明日が何の日か忘れたわけじゃないだろ?」「え?」要は天音に甘く口づけながら言った。「俺たちの結婚記念日だよ」
天音は驚いて振り返ると、要の暗い目と視線が合った。「天音、会いたかった」要は、天音に口を開く隙も与えず、その唇を塞いだ。優しいキスから、だんだん深く舌を絡め、そして名残惜しそうに唇を離した。二人の息は、どちらも弾んでいた。天音が拒絶しないのを見て、要の体は一気に熱くなった。でも、この場所ではこれ以上先に進むことはできなかった。結局、要は高ぶる感情をすべて抑え込んだ。「君に隠れて離婚して、菖蒲と結婚するなんて、俺が間違っていた。もう二度と、君に隠し事はしない。3D心臓の臨床試験で新しい進展があったんだ。菖蒲の心臓がなくても助かるかもしれない。少しは嬉しいか?」要は顔を近づけ、唇が触れそうな距離で囁いた。天音の落ち着き払った顔に、ようやく驚きの色が浮かんだ。赤い唇をわずかに開いて、何度か息をついた。やっと呼吸が落ち着いたかと思うと、要はまたキスをした。「どこなら、いいんだ?君が欲しい」要のキスは、天音の唇から耳元へと移っていった。その声は低くセクシーで、抗いがたい魅力に満ちていた。耳たぶから痺れるような感覚が全身に広がり、天音は思わず小さく身を震わせた。「どこもダメよ」天音が要の口を手で塞ぐと、要はその手のひらにキスをした。天音は顔を赤らめ、か細い声で言った。「ここは、隅々まで……見たくもない痕跡でいっぱいなの……」リフォームしたとはいえ、天音は蓮司と恵里がこの部屋のあちこちで睦み合っていた光景を、どうしても忘れられなかった。要は天音を抱きかかえてソファに座ると、優しく腕の中に引き寄せた。そして天音の胸に顔をうずめて、荒い息をつきながら言った。「うん。少しこうさせてくれれば……それでいいから」でも、しばらく抱きしめていても……天音には、要の興奮がまったく収まっていないのが分かった。要の両手は天音の服の裾から忍び込み、歯でボタンをこじ開けた。そして心臓の真上にキスを落とすと、その額には汗がびっしりと浮かんでいた。「天音、このパジャマ……新しいのか?」要はくぐもった声で尋ねた。とても気にしているようだ。天音は要を突き放そうとしたが、びくともしない。「ええ、お腹が少し大きくなって、持ってきた服が着られなくなっちゃって」天音は甘えるような声で言った。「やめて……ドア、開いてるわ…
「ええ、またね」天音は、いつもと変わらない日差しの中で、二人がじゃれあいながら遠ざかっていくのを見ていた。杏奈の指にはめられた婚約指輪は、昔、蓮司が自分にプロポーズしたときのものと、まったく同じだった。天音は、心の中で苦笑いした。勳に近づいて、その顔をまじまじと見る勇気はなかったからだ。見れば見るほど、蓮司にそっくりで怖かった。勳と杏奈は、通りを歩いていると、突然振り返ってさっきの店の方を見た。店の前では、さっきのか弱い女性が、息を切らした大柄な男と数人のボディーガード一に囲まれていた。女性は優しく微笑んで、その男の緊張をほぐすように、その腕を組んで去っていった。「杏奈、なんだかさっきの女性に会ったことがある気がするんだ」「夢の中だったんじゃない?」……「ひとりで出歩くなよ。今は妊娠しているんだから。もし何かあったら、要に俺が何をされるか分かったもんじゃない」英樹は言った。要の名前が出ると、天音の表情が少し曇った。「お兄さん、もう少し白樫市にいたいです」英樹に異論はなかった。天音が滞在して2週間後、要はもう我慢できなくなった。別荘の門をくぐると、いきなりサッカーボールが要の顔に飛んできた。幸い、とっさに手で受け止めたので、顔に当たることはなかった。大智は要を見て、嬉しそうに叫んだ。「遠藤おじさん!ママ、遠藤おじさんが来たよ」想花が二階から駆け下りてきて、要の足にしがみついた。「パパ」要は大智にボールを返すと、かがんで想花を抱き上げた。そして、リビングの壁に飾られたウェディングフォトに目をやった。テーブルには写真立て、裏庭の花壇はチューリップで埋め尽くされていた。この別荘は香公館の倍以上も広く、とても居心地よく整えられていた。英樹が言うには、かつて天音が住んでいた頃と何一つ変わっていないそうだ。要が視線を上げると、三階の廊下に立つ天音の姿が見えた。天音は、淡いピンクのゆったりとしたルームウェアを着ていた。それは要が見たことのない服だった。要の心は、ざわついていた。「若様、ちょうどよかったです。ご飯の用意ができましたよ」彩子がキッチンから出てきた。要は小さく「ああ」とだけ返した。妻も子も、紛れもなく自分の家族なのに、まるで他人のものを奪い取ったかのような、居心地の悪い
蓮司は、手術の甲斐なく、出血多量で亡くなった。死ぬ前、約束通り、雲航テクノロジーを恵里に贈っていた。恵里が蓮司の全財産を相続することになったんだ。でも、恵里も蓮司が亡くなった三日後に、血液の病気で後を追うように亡くなってしまった。あの検査結果は、やっぱり本当だったんだ。精神病院での三年にもわたる過酷な生活で、恵里の体はボロボロだったのだ。結局、雲航テクノロジーは愛莉の保護者である千鶴が引き継ぐことになった。まさか、蓮司の遺骨を届けるために、再び白樫市に足を踏み入れることになるなんて。天音は思ってもみなかった。「ここの景色は、何も変わっていない」天音は、蓮司と暮らした家に戻っていた。別荘の中は、天音が出ていった時のままだ。ベッドの上には、恵里と健太の結婚式に着ていくはずだったドレスまで、そのまま置かれていた。天音はベッドのそばに座り、ドレスにそっと手を伸ばした。涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちる。英樹はその様子を見ながら、電話口でため息をついた。「いつこっちに戻るつもりなのか、何度か声をかけたんだけど、返事がなくて……思い出の品々に囲まれて、風間のことを思い出しているんだろう。要、生きている人間は、死んだ人間には敵わない。お前も覚悟しておいた方がいい。風間のやつも、天音をずいぶん愛してくれていたみたいだ。白樫市にも、天音のためにたくさんの財産を残しているしな。わざと身を挺してかばったんじゃないかって思うほどだよ。遺言を預かっている弁護士も、とっくに準備されていたみたいだし」その頃、庁舎で携帯を手にしていた要は、ふと目を細めた。「風間は、わざとやったんだ。アレックスの腕を掴むことも、天音を引き離すこともできたはずだ」英樹は驚いて声を潜めた。「まさか?命がけでお前から奪い返そうとしたってことか?」「天音がもう自分のもとへは戻らないと悟ったんだろう。それに、天音の命が尽きかけていることも知っていた。それを変えられないことが、たまらなく辛かったんだ……」要はため息をついた。「まあ、全部憶測だけどな。兄さん、天音のこと、頼むよ」「任せとけ、要」英樹が携帯を置いて振り返ると、天音の姿がなかった。……天音はあてもなく白樫市の街をさまよい、一軒のアクセサリーショップに入った。ピンク色の水晶を見つ
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