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第655話

Author: 青山米子
だが、一葉がどれだけ言い聞かせ、正しい方向へ導こうとしても、たとえ心理カウンセラーの助けを借りても、効果はなかった。

時の経過は彼らの心の傷を癒すどころか、子供らしい天真爛漫さを取り戻させることもなかった。二人はますます口数が少なく、年齢にそぐわないほど落ち着き払うようになっていった。

四歳の誕生日、二人が願ったことはこうだった。兄の颯はスーパー科学者に、妹の凪はこの世で一番の医者になること。将来、科学と医療の力でパパを目覚めさせるのだと。

世の子供たちが勉強を嫌がる中、この二人に限っては、もっと先生を、もっと学ぶものをと、一葉にせがむのだった。

まだ四歳の子供が、毎日どう遊ぶかではなく、どうすればもっと早く成長できるかだけを考えて、必死に勉強に打ち込んでいる。

一葉は、子供たちにそんな重荷を背負って生きてほしくなかった。子供らしい子供時代を奪いたくなかった。だが、どんな手を使っても無駄だった。

子供が賢すぎるというのも、考えものだ。彼らは、一葉の考えていることなど、すべてお見通しなのだ。

これ以上母親に心配をかけまいと、二人は一葉をまっすぐに見つめて言った。「ママ、私たちのことは心配しないで。辛い人生を送ってるなんて思わないでほしいの」

「パパがいなかったら、私たちはとっくに死んでた。死ぬことに比べたら、今の方がずっといいでしょ。だからママ、元気出して。私たちは、今のままで十分幸せだから」

二人の言う通り、命があるだけましなのだ。

だが、母親というものは、常に子供たちに、今より少しでも良い暮らしを、もっと幸せな人生をと願ってしまう生き物だった。

一葉は、子供たちの小さな背中を見つめながら、はっきりと分かっていた。彼らが心の重荷を下ろし、屈託なく笑えるようになるには、言吾が目覚める以外に道はないのだと。

子供たちが毎日、言吾に会いに病室へ通うのとは別に、一葉もまた、時間を見つけては彼の傍らを訪れていた。

手厚い看護のおかげだろう。一年以上もベッドに横たわっているとは思えないほど、彼の姿は健やかだった頃と何ら変わりないように見えた。その顔立ちは今もなお整っており、見回りに来た若い看護師が、思わず視線を奪われてしまうほどだった。

その若々しく端正な顔立ちと、染める間もなく生えてきた白髪との取り合わせは、ひどく不釣り合いに見えた。

その白い髪
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