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第3話

Author: 冷え性のココナッツ
奏士の母もすべて知ったうえで、二人の密会を隠し続けていた。

胃の奥から、激しい吐き気がこみ上げた。

さっき飲んだポタージュの味が舌に残っていた。思い出すだけで、飲み込んだものをすべて吐き出したくなった。

奏士は指先で女の鼻を軽くつつき、甘やかすように笑った。

「食いしん坊だな。そんなに好きなら、また作ってやるよ」

「いつもそう言うだけなんだから」

女は拗ねたふりをしながら、フォークで肉を一切れ刺し、奏士の口元へ運んだ。

「はい、あーん」

奏士は素直に口を開けた。

ふと顔を上げた奏士が、すぐそばに立つ私に気づいた。

目が合った。

奏士の顔から、さっと血の気が引いた。

奏士は椅子を引く音を立てて立ち上がった。

「どうしたの?」

女も彼の視線を追い、こちらを振り返った。

「美桜、話を聞いてくれ」

奏士はそう言うなり、女をかばうように一歩前へ出た。

女を守ろうとするその仕草に、胸の奥がひりついた。

「何を聞けっていうの?」

自分でも驚くほど、冷たい声が出た。

「ここではやめよう。家に帰ってから話す。茉由は悪くない」

悪くない。

その一言に、胸を深くえぐられた。

「じゃあ私は?私が何をしたの?」

「奥さん、奏士くんを責めないでください……全部、私が悪いんです」

小日向茉由(こひなた まゆ)と呼ばれた女は、涙声でそう言った。

テレビドラマで何度も聞いたような台詞だった。

妻に見つかっておきながら、よくそんなことが言えるものだと思っていた。

けれど今なら分かる。

謝っているのではない。私を煽っているのだ。

「責めるなら私を責めてください。気持ちを抑えられなかった私のせいで、奏士くんは悪くありません」

奏士くん。

ずいぶん親しげな呼び方だった。

茉由を見つめていた私は、彼女の首元で光るネックレスに気づいた。

母が亡くなる前、私に残してくれたものだった。

なくしたと気づいてから、家中を何度も捜した。とうとう見つからず、声を上げて泣いた。

あのとき奏士は私を抱き締め、こう言ったのだ。

「お母さんがいなくても、俺がずっとそばにいる」

けれど、母の形見を持ち出し、ほかの女の機嫌を取るために使ったのも奏士だった。

かっと頭に血が上った。

私はテーブルへ歩み寄ると、置かれていたグラスをつかみ、中の水を二人に浴びせた。

氷水が茉由の顔にかかり、飛び出した氷が頬を打った。

甲高い悲鳴を上げ、茉由は両手で顔を覆った。肩が激しく震えていた。

「何するんだ!」

奏士が怒鳴った。

肩を強く突き飛ばされ、ヒールが床を滑った。

よろめいた私は、腰をテーブルの角にぶつけ、そのまま床に倒れ込んだ。

激痛が走った。

もともと、私の腰には古傷があった。

1年前、妊娠2か月だった私は、奏士の運転で健診へ向かっていた。

彼はひどく車を飛ばし、信号が変わりかけた交差点に無理に進入して、トラックと衝突した。

おなかの子は助からなかった。

奏士は私を抱き締め、涙を流しながら何度も自分を責めた。

私は逆に彼を慰めた。

「大丈夫。いつかまた、きっと授かれるから」

3日間、病院のベッドから起き上がれず、大量の輸血も受けた。

その後、私たちの間に子どもができることは、二度となかった。

それ以来、腰に痛みが残った。

長く座っていても立っていてもつらく、少しぶつけただけで、腰の奥に鋭い痛みが走った。

今は床に倒れたまま、体を動かすことさえできなかった。

腰の奥が脈打つたびに、痛みが強くなっていった。

異変に気づいた奏士の目に、動揺が浮かんだ。

茉由から手を離し、一歩こちらへ近づいた。差し出しかけた手は、私を起こそうとしたのかもしれない。

「奏士くん、ごめんなさい!私がいるからいけないのよ。もう帰る!」

茉由は取り乱した声で叫ぶと、店の外へ駆け出した。

けれど次の瞬間、奏士は私をにらみつけた。

「こんな騒ぎを起こして、これで満足か?茉由は妊娠してるんだぞ!何かあったら、お前に責任が取れるのか!」

彼は私を指さし、目を血走らせていた。

頭の中が真っ白になった。

茉由は、奏士の子を身ごもっていた。

「私が責任を取るの?」

乾いた笑いが漏れた。

「奏士。1年前、私のおなかにもあなたの子がいた。あなたは責任を取ったの?」

奏士の顔から、さっと血の気が引いた。

「話にならない」

吐き捨てるように言い残し、彼は茉由を追って店を出た。

床に倒れ、息をするたび腰に痛みが走る私を置き去りにして。

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