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第27話

Author: 春日山奈
秋帆は少し驚いたようだったが、首を横に振った。

「違うわ。母の友人の紹介で知り合ったの。家柄も釣り合ってて、もうすぐ結婚する予定」

海青は拳を握り締め、まだ諦めきれずに尋ねた。

「君の話し方だと、あまり感情はなさそうだね」

秋帆は笑って答えた。

「それがあってもなくても、別に関係ないでしょう?あったとしても、そんなものよ」

海青は何も言えなくなった。

しばらく沈黙が続いた後、無理に笑みを浮かべて言った。

「お幸せに」

「あなたもね」

秋帆は礼儀正しくも距離を感じさせる笑みを浮かべ、カフェを後にした。

海青はその背中を見つめながら、ぽろぽろと涙を流した。

二人の間には、もう何も残っていなかった。

帰宅途中の車の中で、秋帆はどこか懐かしく、しかしどこか他人のような影を見かけた。

やつれた顔の女が、色褪せた衣服をまとい、露店の人と激しく口論していた。

そのそばでは、二人の幼い子どもが泣きじゃくっていた。

詩緒だった。

長年の月日を経て、彼女はどうやらいい暮らしをしているとは言い難いようだった。

罵声はまだ続いていたが、秋帆はもうそれ以上見ることはなかった。

信号が青に変わると同時に、車を発進させた。

過去のことはもう手放した。

どうでもいい人のことで心を乱されることも、もうない。

その日以来、秋帆は海青に再び会うことはなかった。

彼の代理人すら、別の人物に代わっていた。

きっと彼も、もう全てを手放したのだろう。

時が経つのは早いもので、気づけば秋帆の結婚式の日がやってきた。

その日は秋も深まり、もみじがひときわ鮮やかだった。

式が終わった後、秋帆は海青から送られてきた贈り物を目にした。

億相当の祝儀金に加え、特別なプレゼントも添えられていた。

もみじをモチーフにしたジュエリーのセットが、精緻な箱の中に静かに収められていた。

一目で高価なものであることがわかる。

そしてその下には、分厚い手紙が一通添えられていた。

「開けてみようか」

夫が近づき、親しげに秋帆を抱き寄せる。

秋帆は首を振った。

「貴重すぎるわ。送り返すべきよ」

夫は笑みを浮かべながら、何も言わなかった。

一方その頃、海青はソファに座り、何度も何度も秋帆の結婚式の映像を再生していた。

「はい」と秋帆が言った瞬間、彼の目には涙が浮かび、や
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