เข้าสู่ระบบ【桐生怜司の日記】俺と美羽の間に残された、あの子の小さな墓は、今も美羽の両親の墓のそばにある。あの日、美羽が言っていた小さな服が届いて、俺は思わず笑いそうになった。……本当に、不器用な出来だった。毛糸は編み目がずれているか、ほつれているかのどちらかで、小さな靴も片方は大きく、もう片方は小さい。幅までまるでそろっていなかった。仕方なく、俺は昔取った杵柄で、かつて美羽にマフラーを編んだときの道具を引っぱり出し、一つずつ編み直した。それだけで、まるまる1か月かかった。美羽に頼まれたとおり、あの子の墓へ服を届けに行ったとき、見覚えのある2人を見かけた。ああ、美羽の親友莉央と、悠真だ。莉央のほうは、ひどい様子だった。目は赤く腫れ、ひどく痩せていた。まるで、美羽と同じように。……それから数十年、俺は結婚もせず、子どもも持たなかった。祖父がどれだけ説得しても、首を縦に振らなかった。なぜか美羽の従兄である悠真だけはどうにも気に入らず、俺はことあるごとに、こっそり邪魔をした。美羽は、まだ見つからない。世界中の海辺を何度も訪ね歩いたのに、どこにもいなかった。それでも俺は、どこか楽観的だった。いつか俺が恋しくなれば、美羽はきっと帰ってくる。あいつは誰よりも情に厚い。俺は、それを知っていた。……さらに時がたって、悠真は浮気をし、隠し子まで作った。そのうえ、妻を無一文で追い出そうとしていた。莉央が、俺のもとを訪ねてきた。俺に憎まれることも、許されないことも覚悟のうえで、すべてを打ち明けた。「美羽が、十数年前に死んでいたって?」俺がそう尋ねると、莉央はただ静かにうなずき、こう告げた。「夫と私が、2人で仕組んだの。美羽が子どもを失い、生きる気力をなくすように」俺は言った。この何年、あなたたちだって楽ではなかっただろう、と。莉央は骨と皮ばかりに痩せ、40歳だというのに、60歳にも見えるほど憔悴していた。莉央は笑って、これは自分への報いだと言う。「力を貸してあげる。でもその前に、美羽のお墓を見せて」小さな墓石だった。俺が何も知らずに何度も通り過ぎていた場所の、ほんの少し先に、美羽はずっと眠っていた。俺は、あの日よりもずっと美しいブーケを供えた。あの日、本当は美羽に渡すべきだった花を。そして墓前
莉央が目を覚ましたとき、二日酔いの頭痛がひどかった。どうして宿に戻って寝るよう声をかけてくれなかったのか。そう美羽に文句を言うつもりだった。けれど、軽く手を伸ばして美羽を押しただけで、その体は何の抵抗もなく、丸まったまま砂の上に横倒しになった。莉央はしばらく呆然として、それからようやく、冗談めかして言った。「ねえ、美羽。そんなに演技がうまいなら、女優にでもなればよかったのに」美羽は何の反応も返さない。眠っているように静かで、黒い髪が砂の上に広がっていた。その長い髪は、おとぎ話で陸に上がった人魚の、海草のような髪にそっくりだった。「もう」莉央はしゃがみ込み、じれったそうに美羽の頬をつまんだ。けれど指先に触れた、生きている人間とは思えない冷たさが、一瞬で彼女を正気に戻した。ああ、死んでいる。莉央はその場にしゃがんだまま、長いあいだ、呆然としていた。空の果てに、最初の朝日が昇り、静かに眠る美羽の顔を照らすまで。「ねえ、海辺の日の出が見たいって言ってたじゃない。どうして、こんなに駄目なの。あんなに何日も耐えたのに、最後の数時間がどうして……」そう言って立ち上がろうとした莉央は、蹴り崩された砂の城に目を奪われた。昨夜、酔いの中で自分が口走った言葉がよみがえり、全身にぞくりと鳥肌が立つ。必死に思い出そうとしても、覚えているのは、あの子の最後の一言だけだった。「いいんだよ。許すから」莉央は突然、声をあげて泣き出した。まぶしい朝日が、2人の女の顔を照らしている。その光は、あまりにも美しく、どうしようもなく悲しかった。「馬鹿ね、美羽。どうして……私が眠っているうちに、海へ突き落としてくれなかったの?」莉央はそうつぶやき、目尻からあふれる涙を、何度ぬぐっても止められなかった。「どうして、そんなに馬鹿なの。利用されていることにも気づかないなんて……」そう言いかけて、莉央は不意に言葉を失った。美羽は昔から、誰よりも聡明で、成績もいちばんよかった子だと思い出したのだ。……そうか。美羽は、とっくに知っていたのか。自分を愛している、自分のためだと言う人たちが、本当はみんな、自分を利用しているだけだと。美羽は、知っていたのだ。どうりで、医師が「体は快方に向かっていたはずなのに、急に容体が悪くなった」と言
その後の警察の動きは早かった。病院はすでに、私がここ数日に口にした食事の検査結果を提出していた。そこには確かに、妊婦を流産させる薬が含まれていた。香代が逮捕されたとき、その場で紗良も見つかった。「調べたところ、2人は……実の母娘でした」私は首をかしげ、みるみる青ざめていく怜司を見た。「2人ともすでに供述しています。容疑者の白石紗良が、特別なルートで違法薬物を手に入れ、容疑者の大橋香代に指示して、実行させた、と」紗良の裁判を控えたある日、彼女から一通の手紙が届いた。その頃の私にはもう、字を追う力も残っていなかった。だから莉央が代わりに読んでくれた。ろくな内容ではなかったのだろう。莉央は数行に目を通しただけで、封筒ごと破り捨て、ゴミ箱へ放り込んだ。私はただ笑って、「莉央はすごく短気なお母さんになるんじゃない」と言った。莉央も笑って、「今の美羽、弱りきってて本当にひどい顔」と返した。笑っているうちに、2人とも、目のふちが真っ赤になっていた。……秋が来た。私は付き添いの手を頑なに断って、どうしても1人で、階下の小さな庭を歩きたがった。この季節は、イチョウの葉がいちばん美しい。しゃがんで拾おうとしたけれど、体は思うように動かない。目の前が暗くなって、そのまま倒れかけた。覚悟した痛みは、来なかった。私は驚いて目を開け、顔を上げる。そこにいたのは怜司だった。見覚えのある顔なのに、どこか別人のように見えた。ずいぶん長いあいだ、会っていなかった気がする。私は小さくうなずき、静かに礼を言った。死期が近いからだろうか。珍しく、彼に皮肉を言う気にもならず、2人だけで少し話したいという彼の頼みを受け入れた。庭のあずまやで向かい合って座ってから、ようやく気づいた。怜司は、ずいぶん痩せていた。「……すまなかった、美羽。……昔のことを調べた。全部、俺の思い違いだった。お前は何も悪くなかったのに、俺は……」昔のこと?少し考えて、ふいにわかった。怜司はようやく、あのとき紗良が海外に行った本当の理由を知ったのだ。「あのときは……祖父が紗良の素性を調べた。素行が悪いとわかって、まとまった金を渡し、海外に行かせたんだ。あの女は、海外で子どもまで作っていた。金に困っていなければ、俺のところへ戻ってくることもなかった」
「流産……?どうして流産なんて……」消毒液のにおいが満ちた病室で、青ざめた怜司がつぶやいた。「あいつはただ、無理をして疲れていただけだ……それが、どうして……」怜司はよろめきながら、ベッドに横たわる弱りきった美羽に近づこうとした。だが次の瞬間、拳がその頬を打ち抜き、怜司は床に倒れ込んだ。「怜司、お前は本当に最低だ!」悠真が歯を食いしばり、握りしめた拳を鳴らした。「あの事故のとき、美羽の家族がお前を助けなければよかったんだ。お前をかばったせいで、伯父も伯母も亡くなった。美羽まで、お前を守ろうとして、こんな体になった。それなのにお前は、何も知らずに……」怜司は、頭の中がぐちゃぐちゃになった。無様に床から起き上がり、うつろな目でつぶやく。「美羽の怪我のことは知ってたが、俺を助けたせいだったとは……どうして、俺に何も言わなかったんだ……」……子どもが流産したと知らされても、覚悟していたはずの胸の痛みや悲しみは、不思議と湧いてこなかった。私はすぐにその事実を受け入れ、心配してくれる医師や看護師の前では、できるだけ笑顔を向けていた。香代は、二度と姿を見せなかった。私も、うすうす感づいていた真相を、それ以上たどる気にはなれなかった。今さら、何の意味があるだろう。どうせ怜司は信じない。私が勝手に馬鹿な真似をしただけだと、そう思い込んでいる。私は自分でも、もう長くはないのだと分かっていた。流産してから、体は日に日に弱っていった。1日に12時間眠っても、気力は少しも戻らない。たまに意識がはっきりしている時間には、まだ形にもならなかったあの子のために、小さな服や靴を縫っていた。細かな手仕事をしているあいだだけは、悲しみから少し離れられた。その日も、縫い上げたばかりの小さな服を抱いたまま眠っていた。すると突然、大きな手が私の手首をつかんだ。「……こんな役にも立たないものを作る余裕はあるんだな。聞いていたほど弱ってはいないらしい。毎日、被害者ぶっていったい何がしたいんだ」怜司だった。私は重いまぶたをどうにか開け、体を起こして、その手を振りほどこうとした。「……出ていって」彼を罵る言葉を並べる気力さえ、もう残っていなかった。私はただ、少しでも彼から離れようとした。けれど怜司は冷たく笑い、私を乱暴に引
あの結婚式の日から、もう「私たち」は存在しなかった。電話の向こうから、女の悲鳴と、物を投げつける音が聞こえてくる。私はただ、どこまでも皮肉な話だと思った。「桐生さん。大事な初恋の人を、怯えさせないで。私なんかに構ってる場合じゃないでしょう」長い沈黙のあと、電話の向こうから、歯を食いしばるような怜司の声が返ってきた。「いいだろう、美羽。よく言ったな。お前が婚約を解消したいなら、俺は意地でもそうはさせない」乱暴に電話が切れた。下腹部に鈍い痛みが走り、私はしばらくその場にしゃがみ込んだ。痛みが少し引くまで、立ち上がることもできなかった。この子を、無事に産めるのかもわからない。あの事故のあと、私の体は……大きく息を吐き、香代が作ってくれたおかゆを口にした。お腹の子を、少しでも落ち着かせたかった。けれど私は、そばにいた香代が密かに私の様子を見守っていることに気づかなかった。私がおかゆを飲み終えると、香代はようやく、ほっと息をついた。……今日は、両親の命日だった。いつもは怜司が一緒に墓参りへ来てくれたが、今回は私1人だった。私はやっとの思いでしゃがみ込み、両親の墓石の前に、それぞれ花を手向けた。「お父さん、お母さん。会いたいよ。あのとき、私と怜司をかばおうとしなければ、2人とも……」鼻の奥が熱くなる。私は赤くなった目元を手の甲で強くぬぐい、無理に明るい顔を作った。「いい知らせがあるの。私のお腹に、赤ちゃんがいるんだよ。それから、あまりよくない知らせも……私、たぶんもうすぐ、2人に会える気がする……」小さな声で、胸の内を一つずつ打ち明けていく。莉央は悠真と結婚したばかりだ。こんな面倒事で、いつも彼女を煩わせたくなかった。2人は普段から私の会社を切り盛りしてくれている。それだけでも大変なのに、これ以上、彼らの生活に踏み込むわけにはいかない。私はそうして墓石にもたれ、あたりが夜の闇に包まれるまでひとりごとを続けた。「……美羽?」顔を上げると、花束を手にした怜司が立っていた。ここが夢なのか現実なのか、一瞬わからなくなる。「怜司、お腹が、すごく痛い……」額に細かな汗がにじみ、私は痛みで体を丸めた。「お願い……病院へ、連れていって……」もう、痛みに耐えられそうになかった。昨日、香
退院の日。私が病院を出た途端、待ち構えていた記者たちに取り囲まれた。「篠宮さん、今回の妊娠についてお聞かせください」「以前から、桐生社長と白石さんの交際を妨害していたという話は事実ですか?」「桐生社長が白石さんのために『永遠の愛』というネックレスを購入したことを、どう思われますか?」「篠宮さんにも別の交際相手がいるという噂は本当でしょうか?」永遠の愛。怜司が、いつか結婚の日に贈りたいと言っていたネックレスだった。私は足を止めた。「桐生社長と白石さんのために、身を引くおつもりはありませんか?」その質問に、急に何もかもが馬鹿らしくなった。私は記者のマイクを借り、周囲を見渡して言った。「この場を借りて、いくつかはっきりさせてください。まず、私はすでに桐生怜司さんへ婚約解消を申し入れています。応じていないのは、彼のほうです。それから、私が誰かの交際を壊したとか、白石さんを海外に追いやったという話は事実ではありません。最後に……」私は周囲を見渡し、ふいに、何もかもがひどく滑稽に思えた。「報道に携わる皆さんには、噂や憶測ではなく、まず事実を確かめていただきたいです」私はそう言ってマイクを置き、護衛に守られながら、迎えの車に乗り込んだ。ようやく家に戻ってひと息つけると思ったのに、その安堵も一本の電話で跡形もなく吹き飛んだ。画面に表示された「怜司」の名前を見て、私はわずかに眉をひそめる。本当に、少しも気を休めさせてくれない。怜司の性格はよくわかっていた。電話に出なければ何度でもかけてくるし、それでもだめなら今度は家まで押しかけてくる。仕方なく、私は電話に出た。「記者に何を言った!あんな真似をしたら俺たちにどれだけ……」私はその言葉を遮り、鼻で笑った「桐生さん。私たちなんて、もうないわ」