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第1017話

Author: 夜月 アヤメ
「......私には、分からないよ」

若子は静かに答えた。

「あなたが決めればいい。この件に関しては、もう私に口を出す資格なんてないから」

西也があんなことをしてしまった以上―

彼女には、もう何も言えなかった。

修は苦々しい顔で言った。

「俺は、これで終わりにするつもりはない。若子、正直に言うけど―

あいつが国内に逃げたんなら、俺はこの映像をアメリカの警察に渡す。

それでアメリカの警察が動けるかどうかは、向こう次第だ。

西也にとっては、これが最後のチャンスだろう。

国内に留まっていれば安全だが、もしまたアメリカに戻ってきたら......そのときは、確実に捕まる」

「これでいいか?」

若子はこくりと頷いた。

「......うん、いいよ」

それしか、言えなかった。

西也があんなことをした以上、修がどんな決断を下しても、若子には止める権利などない。

修の怒りも、苦しみも、正当なものだった。

ただ、胸の奥はぐちゃぐちゃだった。

確かに―

西也は修を傷つけ、命を脅かした。

修が警察に届け出ても、若子には何も言う資格がない。

ましてや、「許してやって」なんて、口が裂けても言えなかった。

でも―

それでも、もし西也が本当に刑務所に入ったら。

きっと、若子は耐えられない。

あの映像には、はっきりと映っていた。

西也は、若子を探すために―

彼女を奪還するために、あんな無茶をしたのだと。

きっと、若子が修に隠されていると信じて、必死だった。

その焦りと怒りが、彼をあそこまで追い詰めたのだ。

―もし、あの夜、自分が外に出なければ。

すべては、自分が引き金だった。

でも。

どれだけ理由があったとしても、西也のやったことは、許されるものじゃない。

過ちは、過ちだ。

だから、償うしかない―それが、当然だった。

修は、動画を閉じ、USBメモリを取り外した。

「若子......まだ、何か言いたいことはあるか?」

修の問いかけに、若子は首を横に振った。

「......もう、何もない」

声は小さく、どこか申し訳なさそうだった。

「そうか」

修は短く返すと、USBメモリを手にした。

「じゃあ、これから警察に渡してくる......俺、行
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