Masuk「愛しているのは君じゃない」 冷たい瞳で、冷たい顔で、冷たい声ではっきりと私に向かってそう告げたのは、将来結婚すると思っていた、私の婚約者である御影 直寛(みかげ なおひろ)。 彼は、お祖父様からの命令で私との交際、婚約に嫌々応じたのだ。 けれど彼の心の中にはずっと初恋の人、速水涼子(はやみ りょうこ)がいた。 それでも、私はいつか直寛が私自身を見てくれると思っていた。 けど、彼からはいつも冷たい態度を取られるばかり…。 そんな日々を送っていた時、彼は私とパーティーに参加していたのに私を置き去りに、涼子の元へ走った。 絶望した私は、お酒を飲み、気づいたら見知らぬ男性と朝を迎えてしまった。 慌てて逃げた私だったけど、その男性がまさか小鳥遊グループの息子だったとは夢にも思わなかった。 その後。 直寛は自分の過ちに気づき、私に許しを乞う。 けれど、私はもう直寛への気持ちは捨て去った。 土下座されても。 愛を伝えられても。 もう私は直寛よりも愛しい人ができたから、あなたはもういらない。
Lihat lebih banyak苓さんと一緒に、お母様の病室に向かう。 病院内を進む苓さんは、記憶がないからだろう。 通い慣れたお母様の病室までの道を、物珍しそうに見ていた。 きょろきょろと周囲を確認する苓さんの前方を歩き、別館に向かった私達は、お母様の病室にようやく着いた。 病室の前と、中には医師や看護師がいるのが見えた。 「──先生!」 私は、病室に駆け寄りつつ声を上げる。 すると、私が来た事に気が付いたのだろう。主治医の先生が私の顔を見て安堵の表情を浮かべた。 「藤堂さん……!良かった、戻られたのですね」 「は、はい……!母の意識が戻った、と……!」 「ええ、驚く事に……。とても喜ばしい事です。先程、指先が動きました。その後、目を覚まされましたよ」 「──っ!本当に、本当に!?奇跡のようです……っ」 「ええ、今はまた眠ってしまっておりますが、意識は戻りましたのでご安心ください。明日、精密検査をしましょう」 「はいっ、はい……!よろしくお願いします!」 お母様の状態を一通り確認し終えたのだろう。 主治医の先生は病室を出て行き、看護師さん達が「何かあればお声かけくださいね」と柔らかい表情で去って行った。 私は、お母様の意識が戻った事が嬉しくて嬉しくて。 私は、ふらふらとしつつ病室の扉に手をかける。 「藤堂さん、危ないです。俺が開けますよ……」 「──あっ、ありがとうございます、小鳥遊さん……」 私を気遣ってくれたのだろう。 苓さんは、私に触れるか触れないかの距離まで近付くと、私の代わりに病室の扉を開けて中に入るよう促してくれた。 「その……、危ないので手を……」 「何から何まで、すみません……」 苓さんが躊躇いがちに手を差し出してくれる。 私は、その心遣いを有難く受け、手のひらを差し出してくれた苓さんに自分の手を重ねた。 苓さんは、重ねられた私の手を見てぎゅっと強く握ると、私の背中に手を添えて支えながら入室した。 「──お母、様」 私がお母様の眠るベッドの横に辿り着いた瞬間、かくんと足から力が抜けてしまった。 「──危ない!」 「ご、ごめんなさい……、小鳥遊さん……」 その場に膝を着いてしまいそうになった私を、苓さんは慌てて支えると、丸椅子に座らせてくれた。 そして、苓さんも眠るお母様をじっと見つめている。 お母様には、今まで
──待って、今苓さんはなんて言ったの。 私の手を引き、前方を走る苓さんを唖然と見つめながら、私は足を動かし続ける。 道路を駆け、病院に戻ってきた苓さんは、驚いたままでいる私に振り向き、事情を話した。 「警備会社から、俺の所に連絡が来たんです。藤堂さんに連絡が繋がらなくって、俺の所に……!」 「え、え……」 「藤堂さんがお母様の病室を出て暫くして、お母様の指が動いた、そうです。病室内の様子を確認するために時間を決めて、毎回窓から中を確認しているようで……その時、警備員が確認した時にちょうど──」 「お母様の指が動いた、と……?」 私の言葉に、苓さんは強く頷いた。 苓さんが、焦って私を探しに来てくれた理由はこれで分かった。 だから私は、腕を掴んでいる苓さんの手に自分の手を重ね、離してもらうようにぐっと力を入れた。 「ありがとうございます、小鳥遊さん。……すぐに教えていただき、助かりました。谷島さんとお話をしていたから、電話に気づかなくて。……ご迷惑をかけてしまいましたね」 困ったように眉を下げ、私がそう口にすると。 苓さんは何とも言えない、何かを言いたそうな表情で私を見た。 だけど、今の私には苓さんが何を口にしたいのか──。 全く分からない。 私の手を離してもらおう、と力を込める。 すると、私の行動の意を汲んでくれた苓さんは、ゆっくりと手を離した。 「ありがとうございました、小鳥遊さん。……では、私はお母様の所へ向かいま」 「──あのっ、俺もご一緒してもいいでしょうか?」 私がその場を離れようとした時、それまで悩むような顔をしていた苓さんが、意を決したように声を発した。 「え……、どうして、小鳥遊さんが……」 「その……、間違っていたらすみません。だけど、このスケジュールアプリに書かれている茉莉花さんって、……藤堂さんの事ですよね?」 茉莉花さん。 苓さんの口から、凄く久しぶりに私の名前が呼ばれて。 私の視界は瞬時にぶわり、と涙で滲んだ。 そんなに長い期間じゃなかったのに。 苓さんに「茉莉花」と名前で呼ばれなくなった事が、とても寂しかったんだ、と実感する。 苓さんに名前を呼ばれただけで、懐かしく感じて、凄く嬉しくて。 涙が溢れてくるなんて。 「と、藤堂さん……?」 苓さんは、突然涙ぐんだ私に驚き、戸惑ってい
◇ 病院からほど近いカフェに移動した私と谷島さん。 飲み物を頼み、それを待っている間は谷島さんと世間話をして時間を潰す。 お互い注文をした飲み物が来て、私達は席に着いた。 カフェ店内は、落ち着いた雰囲気で、店内にもお客さんはぽつりぽつりと居る程度。 病院に近いカフェだからか、利用客は病院に用があって、来ている人達ばかりのような気がする。 穏やかな空気が流れる店内で、私と谷島さんは飲み物を一口飲み込んでから顔を見合わせた。 「……はは、そんなに緊張しないでください、藤堂さん」 「すみません……これから話す内容に緊張してしまって……」 「そうですよね……。我々のような仕事をしていないと、中々耳にする機会が少ないでしょうし……」 困ったように眉を下げて笑う谷島さん。 そんな彼に、私も苦笑いを返した。 「先程、病院で話した内容ですが……汚れ仕事を専門的に扱う組織がいる、と言ったでしょう?」 「──はい」 「そういった組織は、実際に存在しているんですよ。……金さえ積めば、何でもやる非人道的な組織があるにはあります」 「──っ、なんてこと……」 「ただ、藤堂さんが口にしていた、速水家との関わり……。そこは、はっきり言って盲点でした。……正直に言ってしまえば、古くから続くお家や、大企業には、そういった組織と通じている場合もあります」 まさか、そんな事があるなんて。 だけど谷島さんは警察関係者だ。 そんな人が、嘘を言う訳がない。 「古くから、国の中核を担う方々にはそんな組織と繋がっている事も珍しくはありません。悲しいけど、これは世界のどの国でも有り得る事なんです、我が国だけではなく……」 「……必要悪、があると言う事ですね」 「ええ、悲しいけどこれが現実ですから……」 谷島さんは目を伏せた後、迷うように視線を彷徨わせた後、改めて口を開いた。 「速水家が、そんな組織と繋がっている可能性はない、と無意識に除外していました。……今後は、その線も見越して捜査しますね」 「──は」 はい、と私が言おうとした瞬間。 「藤堂さん!」 カフェの店内に、慌てたような苓さんの声が響いた。 「──え、……小鳥遊、さん……?」 「良かった、見つけた!」 息を乱し、肩で息をしている苓さんが私と谷島さんに近付いてくる。 突然の苓さんの登場に呆
歩いて行く後ろ姿。 小さくなっていく藤堂さんの後ろ姿を見て、俺はその場から暫く動く事ができなかった。 藤堂さんが時折隣を歩いている谷島に話しかけられ、笑顔で言葉を返しているのが見える。 そんな藤堂さんを見て、俺の胸にはもやもやとした形容しがたい感情が溢れてくる。 「……くそっ。こんな気持ちになりたくないからあの人と距離を取っていたのに」 あの人の隣にいるのが、谷島なのが気に入らない。 どうして、藤堂さんは谷島と楽しそうにしているんだ。 藤堂さんの隣にいていいのは俺だけなのに──。 そんな事を考えてしまっていた俺は、ハッとする。 「何で……俺は、藤堂さんを知らないのに……」 どうしてこんな気持ちになるのか。 知らないのに、知っているような。 記憶なんてないのに、俺は藤堂さんの笑顔を知っている。 あんな風に藤堂さんに笑顔を向けられるのは、俺だけだったのに。 「──は?俺は、何を……」 俺だけが笑顔を向けられていたって何だ? どうしてそんな事を思うんだ。 俺は、藤堂さんを何も知らないのに──。 俺は、本来ここに来た理由が入っているスマホを入れているポケットに視線を向けた。 どうしてあの時、俺は藤堂さんに聞かなかったのだろうか、と後悔の念が込み上げてくる。 スマホにスケジュールされた、ある予定。 その予定に、どうして藤堂さんの名前が書かれていたのだろうか。 どうして、俺はその名前を見ただけで彼女だと、藤堂さんだと思ったのか──。 スマホのスケジュール。 今日の日付には、しっかりと書かれていた。 「茉莉花さんと病院」と。 「茉莉花さん──」 どうして、しっくりとくるんだろうか。 それに、どうして茉莉花と言う名前が藤堂さんだとすぐに分かったのか。 どうして、懐かしい気持ちになるのか──。 「……くそっ」 何が何だか分からなくて。 もう1度藤堂さんに会ったら、何かが分かるだろうか。 谷島と、どこに行った──? 俺はあの2人を探し出そうと思い、駆け出そうとした。 その瞬間。 ポケットに入れていたスマホが、着信を知らせた。 ぶるぶると震えるスマホに、ハッとして俺はスマホを取り出す。 すると、そこには──。 「警備会社……?どうして、俺に……?」 どうして俺に警備会社からの電話が? そう思ったが、何か
自分の言葉が、私に届いていないと思ったのだろう。 御影さんは、もう一度。 今度は、はっきりと分かりやすく問う。 「言い掛かり……?涼子の事、ですか?」 まさか、御影さんが私の怪我の心配をするなんて思わなくって、私は唖然としてしまう。 今、私が話しているのは本当に御影さん本人なの? 偽物じゃない、の? それとも、御影さんは何かを企んでいるの
藤堂の、歴史は古い──。 そのため、家に関する資料はとても多い。 だけど、重要な資料は書斎には保管されていない。 お父様か、お祖父様が厳重に管理しているから、許可を頂かないと、閲覧ができない。 私は書斎の扉を開き、入室する。 「ここは、昔から埃っぽい……変わらないわね」 多少咳き込みつつ、私は本棚を見上げる。 藤堂本家の家系図が並べられている、棚。 藤堂の歴史が記された本の、棚。 そして、歴代当主の個人的なプロフィールが書かれた本の、棚。 色々な資料が沢山ある中で、私は過去藤堂と取引を結んだ企業や、個人などが記録されている本を見つけてそれを取り出した。 「この中に、必
ただ、気の弱い子なんだ。と、そう思っていた。 長年、そう信じ込んでいたのだ。 それなのに、それが全部演技だったの……?嘘、だったの……? そう考えると、私は愕然としてしまった。 「ああ言う女性は、自分を弱者に見せるのがとても上手いです……。そして、異性の懐に潜り込む……」 「異性、の……」 「ええ。潜り込んだのは……茉莉花さんも、もうお分かりですよね?」 苓さんの言葉に、私はこくりと頷いた。 そんな事をしてまで涼子が近づきたかったのは、ただ1人しかいない。 「分かります……御影さん、ですよね?」 私がそう言うと、苓さんが真っ直ぐ私を見つめ深く頷いた。 そして、口を開く
「苓さんっ!」 私を揶揄うようにくすくすと笑う声がスマホ越しに聞こえる。 低くて、甘い苓さんの落ち着いた声に、私は素直に頷いた。 「そうなんです。早く苓さんの声が聞きたくって」 苓さんが息を飲んだのが分かる。 私が、苓さんに想いを伝える事を躊躇わなくなってから。 私が苓さんに素直に気持ちを伝えると、こうして苓さんが照れて黙ってしまう事が増えた。 その様子が、何だかとても可愛らしく思えてしまって。 大人の男性に可愛い、なんて言っ
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