Masuk「愛しているのは君じゃない」 冷たい瞳で、冷たい顔で、冷たい声ではっきりと私に向かってそう告げたのは、将来結婚すると思っていた、私の婚約者である御影 直寛(みかげ なおひろ)。 彼は、お祖父様からの命令で私との交際、婚約に嫌々応じたのだ。 けれど彼の心の中にはずっと初恋の人、速水涼子(はやみ りょうこ)がいた。 それでも、私はいつか直寛が私自身を見てくれると思っていた。 けど、彼からはいつも冷たい態度を取られるばかり…。 そんな日々を送っていた時、彼は私とパーティーに参加していたのに私を置き去りに、涼子の元へ走った。 絶望した私は、お酒を飲み、気づいたら見知らぬ男性と朝を迎えてしまった。 慌てて逃げた私だったけど、その男性がまさか小鳥遊グループの息子だったとは夢にも思わなかった。 その後。 直寛は自分の過ちに気づき、私に許しを乞う。 けれど、私はもう直寛への気持ちは捨て去った。 土下座されても。 愛を伝えられても。 もう私は直寛よりも愛しい人ができたから、あなたはもういらない。
Lihat lebih banyakにっこり、と一般的には「可愛らしい」と称される笑みを浮かべた速水と軽く握手をした俺は、すぐにぱっと手を離した。 茉莉花さんにあんな失礼な態度を取った女性だ。 あまり、個人的に関わりたくない。 俺がそう考えている間に、御影は「こちらへどうぞ」と冷たい笑みを浮かべ、第二会議室に案内した。 第二会議室。 御影が扉を開け、姿を見せると既に入室して俺の到着を待っていたこの会社の社員が慌てたように立ち上がった。 「み、御影専務……!?それに、速水さんも!?」 「ど、どうして本日はこちらに!?」 速水と言う女性は、社内の社員にも周知されているのか。 確か、今回この見積もりの打ち合わせに参加しているのは、営業部の主任と課長だ。 その2人が速水の顔を知っている事に、ふと疑問を覚える。 確か、茉莉花さんは田村さんのパーティーの際に御影を婚約者だと紹介していた。 それからそんなに日が経っていないのに、御影は速水を婚約者だと俺に紹介し、更には社内の社員にも速水が御影の婚約者だと顔を知られている。 茉莉花さんと御影が婚約をしていた時期からそう空いていないと言うのに──。 まさか、御影は茉莉花さんと婚約をしていながら、この速水と言う女性と?と嫌悪感を覚える。 茉莉花さんと言う、素晴らしい女性と出会えた事すら奇跡とも言えるのに。 彼女と、婚約していたのに。 それなのにこの男はまさか、茉莉花さんを裏切って、この女と浮気していたのか──。 ふつふつ、と怒りが胸に込み上げる。 本当は公私混同なんてしたくないし、俺の仕事理念に反する。 けど、元々御影ホールディングスの要望には答えられない。 それを、今回俺はキッパリと断るために会社にやって来たんだ。 「た、小鳥遊さん、どうぞこちらへ。本日はお時間を頂戴し、まことに申し訳ございません。御足労いただきありがとうございます」 課長にソファを促される。 だが、俺は薄っすらと笑みを浮かべて緩く首を横に振った。 「いえ。本日は話し合いではなく、はっきりとお断りに参りました」 「──えっ」 「我が社の小鳥遊圭吾(たかなしけいご)から、残念ながら今回はご縁が無かった、と言う事で言付けを預かっております」 「そっ、そんなお待ちください……っ!お、御社のご希望
御影ホールディングス。 以前、兄の会社に協力依頼があった。 俺の兄──一番上の、長男が代表取締役の小鳥遊建設で、部長として働いている俺は、以前も御影ホールディングスに見積もりのために訪れていた。 御影ホールディングスの求める額ではうちの小鳥遊建設は、到底仕事を請け負う事が出来ない。 だから仕事を断ったのだが、再度見積もり提出を頼まれ、見積もりを修正して再び来社した。 御影ホールディングスは、大きな企業で、御影家は昔から続く古い家柄。 粗相があってはならない、と言う事から俺がこの仕事を受け持ったのだが──。 御影直寛が、茉莉花さんの元婚約者だったと知っていれば、絶対にこの依頼を断ったのに。 だが、御影直寛は専務だ。 役職に就いている彼が、わざわざ顔を出すはずはない。 ただ。茉莉花さんと御影の関係を考えると、何だか足が重くなる。 ビルに入り、受付に向かう。 「お世話になっております、小鳥遊建設の小鳥遊です。本日、お約束をさせて頂いておりまして──」 「小鳥遊様ですね、伺っております。あちらのエレベーターで8階の第二会議室にお進みください」 「ありがとうございます」 受付に向かって軽く頭を下げ、エレベーターに乗って8階に向かう。 秘書の影島は、今日必要な見積もり書類の入った封筒を俺に渡し、午後の予定を告げた。 「本日は、午後に商談が2件入っております」 「分かってる。御影ホールディングスの話はすぐに終わるだろう。あちらの要望は無茶な内容だ。断って、すぐに社に戻る」 「明日からの出張のご準備もありますもんね」 「ああ。今日は帰宅が遅くなりそうだ。後で家の使用人に連絡してもらっていいか?出張の準備をしておいて
翌朝。 私はお父様と一緒に出社する。 お父様の車に同乗し、お父様は運転手の後ろの後部座席に。私は助手席の真後ろの後部座席に座っていた。 久しぶりの出社で、ドキドキと緊張しながら、窓の外を眺める。 お父様は日課の経済新聞に視線を落としていて、その間は会話はない。 そわそわと窓の外を見ている私のバッグにしまってあるスマホの通知が鳴った。 そうだ。 会社に着く前にバイブにしておかないと。 バッグからスマホを取り出し、バイブに設定したあと、何の通知だろうか、とスマホを確認した私の目に映ったのは、苓さんの名前。 「──っ」 明日、出張に行くから忙しい筈なのに。 どうしたのだろう、と思って苓さんのアイコンをタップする。 すると、そこには苓さんからのメッセージが表示された。 《おはようございます、茉莉花さん。 初日で緊張していると思いますが、気負いすぎず、リラックスしてくださいね。お仕事頑張ってください》 そさて、そのメッセージの下にはユルカワな鳥…文鳥?だろうか。 何とも言えないゆるさのスタンプが送られていて、私はついつい頬が緩んでしまった。 苓さんの気持ちが嬉しくて、私は急いで返信を打つ。 《おはようございます苓さん。とても緊張していますが、頑張りますね!苓さんも明日からの出張、大変だとは思いますが気をつけて行って来てくださいね》 私の頬は緩みきっていて。 スマホをタップしている私を、隣に座っていたお父様が面白いものを見た、と言うように楽しげに見ていた事には全然気が付かなかった。 ◇ 「苓様?苓様。到着しましたよ。お顔の緩みを抑えてください」 「──え、あ?ああ、すまない。教えてくれてありがとう」 秘書の影島の声が聞こえ、俺はハッとしてスマホに落としていた視線を上げる。 茉莉花さんからこんなにすぐに返信が来るとは思わなくて、スマホに表示された茉莉花さんの名前を見て。そして、届いた文章を見た瞬間。俺の表情は緩みきっていたらしい。 影島が車から降り、俺が乗っている横のドアを開ける。 車から降りる前に、茉莉花さんからのメッセージにもう一度目を通し、そっと文字をなぞる。 そしてスマホの電源を落として、スーツのポケットにしまった。 影島が開けたドアから降り立ち、目の
◇ 可愛らしいリップ音が何度も何度も耳に届く。 私の頬を包む苓さんの手のひらが優しくて、温かくて。 ゆっくりと苓さんの指先で頬をなぞられ、ぞくぞくとした何とも言えない感覚が、背筋に走る。 「──んっ、苓さ……」 「もうちょっと、茉莉花さん……」 頬を包んでいた苓さんの手が、ゆっくり後頭部に回る。 ぐ、と優しく引き寄せられて苓さんの腕に強く抱かれた。 何度も何度も唇をついばまれ、唇がじんじんと熱を持ってきているような、そんな気がする。 もうそろそろ、本当にキスをやめなくちゃ。 すっかり忘れていたけど、ここは別邸の縁側。 本邸からはそうそう見えないけど、お手伝いさんに見られてしまう可能性だってある。 それに、お祖父様が本邸のお庭の散歩に来ていたら。 角度によっては、お祖父様に見られてしまうかもしれない。 家族にこんな場面を見られてしまうのは、とても恥ずかしい。 私は、名残惜しいけど苓さんの胸に手を置いて、少しだけ力を込めた。 「も、もうおしまいです……っ、唇が腫れちゃいます……っ」 「茉莉花さん……」 「そ、そんな顔をしても駄目です……。お祖父様に見られちゃったら……大変ですから」 悲しそうに眉を下げる苓さんから、視線を逸らし、きっぱりと言い放つ。 まるで捨てられた子犬のように悲しそうにしている苓さんを直視できず、私は本邸に戻るために腰を上げた。 「そろそろ、戻らないと。明日、会社に出社するんです。準備をしなくちゃいけないので……」 「そうだったんですね……。残念ですが、分かりました。また、ゆっくり話しましょう?」 「ええ。ぜひ」
Ulasan-ulasan