LOGIN「愛しているのは君じゃない」 冷たい瞳で、冷たい顔で、冷たい声ではっきりと私に向かってそう告げたのは、将来結婚すると思っていた、私の婚約者である御影 直寛(みかげ なおひろ)。 彼は、お祖父様からの命令で私との交際、婚約に嫌々応じたのだ。 けれど彼の心の中にはずっと初恋の人、速水涼子(はやみ りょうこ)がいた。 それでも、私はいつか直寛が私自身を見てくれると思っていた。 けど、彼からはいつも冷たい態度を取られるばかり…。 そんな日々を送っていた時、彼は私とパーティーに参加していたのに私を置き去りに、涼子の元へ走った。 絶望した私は、お酒を飲み、気づいたら見知らぬ男性と朝を迎えてしまった。 慌てて逃げた私だったけど、その男性がまさか小鳥遊グループの息子だったとは夢にも思わなかった。 その後。 直寛は自分の過ちに気づき、私に許しを乞う。 けれど、私はもう直寛への気持ちは捨て去った。 土下座されても。 愛を伝えられても。 もう私は直寛よりも愛しい人ができたから、あなたはもういらない。
View Moreお父様から軽く聞いた事はあったけど、お母様から速水家の事を聞いた事はなかった。 それに、お母様は事故に遭ってから意識がなかったから──。 だから、お母様も速水家の現当主の妻、速水 朱美がお父様に懸想していた事も。 お父様に速水 朱美がアプローチしていた事も。 そこまで詳しく知らないのでは、と思っていた。 お父様も、大分昔だし、お母様との婚約が結ばれる前の話だったから、と言っていたから。 だけど、お母様もその事を知っているなんて。 私が驚いた表情をしていると、お母様は「あっ」と言って、自分の口元を手で押さえた。 その様子はまるで、その事はタブーだと、話してはいけないと言われていたかのようで。 私はお母様に向き、口を開いた。 「お母様、速水家の……速水 朱美さんの事、良く知っている方なのですか?」 私の言葉に、お母様は困ったように眉を下げて笑った。 ◇◆◇ 約三十年前──。 それは、まだ茉莉花の母、羽累と父親、馨熾が婚約者となる前。 当時、高校3年の馨熾と、高校1年の羽累の間に、婚約の話が持ち上がった。 財閥や、政治家の娘や息子が通う由緒ある学校に、2人は通っていた。 藤堂家の息子である馨熾は、入学当初から有名で羽累も馨熾の事は知っていた。 藤堂家と、羽累の東雲(しののめ)家。 羽累が中学生の頃から両家の縁組の事については話に上がっていた。 だが、それが本決定する様子は無かった。 羽累が校内を歩いていると。 羽累を呼び止める女子生徒がいた。 「東雲さん」 「……?」 呼ばれて振り返った羽累は、自分を呼び止めた女子生徒の名前を口にした。 「あなたは確か……速水家の?」 羽累がきょとん、と目を瞬かせていると、速水家の娘──速水 朱美は羽累をじろりとした目で上から下までを見下ろした。 そして、小馬鹿にするようにふんっ、と鼻で笑う。 「ええ。速水 朱美よ」 「えっと……速水さんが、私に何か用ですか?」 羽累が朱美にそう言うと、朱美は長い髪の毛を邪魔そうに手で払い、告げた。 「馨熾さんとは、私が今お付き合いしているの。余計な手出しはしないでくださる?」 「お付き合い……馨熾、さん……?」 「すっとぼけないで。馨熾さんと私は愛し合っているのよ。愛し合っている私たちの邪魔をしないで」 「それは──……っ」 「
病院に着くと、既にお母様は起きていて退院の準備を終えていた。 「羽累……!起きていて大丈夫なのか!?」 「あなた。ええ、大丈夫よ。昨日点滴してもらって、すっかり良くなったわ」 お父様は病室に入るなり、お母様が起きているのを見て慌てて駆け寄った。 心配そうにお母様の顔色を確認したり、熱はないか、と額に手を当てたりしている。 いつもは威厳たっぷりで、頼もしいお父様のそんな姿を見て、私は呆気に取られてしまう。 苓さんは逆に、微笑ましそうに笑い、お父様とお母様の様子を見守っていた。 私たち2人の両極端な視線を受け、お父様はハッとすると「んんっ」と咳払いをしてお母様の手を取って歩き出した。 「羽累、荷物はこれだけか?」 「ええ、そうよ」 「なら退院手続きをしてくるから。……茉莉花に苓くん、羽累と一緒に先に車に戻っていてくれ」 「分かりました。荷物持ちます、馨熾さん」 「ああ、ありがとう苓くん」 お父様と苓さんはにこやかに言葉を交わし、苓さんは荷物を受け取る。 私たち4人は病室から出ると、お父様は退院手続きのために別方向に。 私と苓さん、お母様は駐車場に向かうために歩き出した。 「お母様、もう体調は大丈夫ですか?」 私がお母様に話しかけると、お母様はふわりと笑って頷いた。 「ええ、もうすっかり。茉莉花も、苓くんもごめんなさいね。バタバタさせてしまって……何とお詫びをすればいいのか……」 「いえ、全然!目が覚めたばかりなのに、私こそご無理をさせてしまい申し訳ございません」 「ふふっ、皆と過ごせるのが楽しくて、少し無理をしちゃったみたい。これからはちゃんとセーブするわ」 そんな風に和やかに会話をしながら、私たちは駐車場に向かう。 乗ってきた車に乗り込み、お母様を後部座席に。 苓さんが運転席に乗り、私は助手席に乗った。 お父様が戻ってきたらすぐに車を出せるよう、エンジンをかけた所で、苓さんのスマホに着信が入る。 「──谷島だ。……すみません、茉莉花。外で話してきます」 「分かりました。周囲に気をつけてくださいね」 私たちは、お母様に聞こえないように声を顰めて会話をする。 御影専務と、速水 朱美が捕まったとは言え、まだ涼子は捕まっていない。 彼らが捕まった今、涼子は焦っているかもしれないから。 涼子がどこに潜んでいるのか分
◇ 翌朝の新聞の一面、そしてニュースは大騒ぎだ。 【御影ホールディングス専務、殺人に加担!?】 【殺人犯の逃走を幇助か!?】 そんな内容のニュースが、朝からどの放送局でも流されており、複数の新聞が報じていた。 ネットもその件で大騒ぎになっており、この騒動はすぐに収まりそうになかった。 ◇ 自宅の食堂でそのニュースを見ていた私は、隣に座っている苓さんを見上げる。 彼──苓さんは、昨夜遅い時間に帰ってきたみたいだった。 私が眠っている内に帰ってきたようで、朝起きたら既に苓さんが私の隣で眠っていた。 御影専務と会った? 彼から何か話を聞けた? どうして涼子の手助けをしたのか聞いた? 聞きたいことは沢山あったけど、疲れた様子で眠っている苓さんを無理矢理起こす事なんてできなくて。 そっとベッドから抜け出して、朝の支度をしている時に苓さんが起きた。 普段、朝が弱い苓さんは中々起きないのに。 私がびっくりしていると、苓さんは私に「眠りが浅い」と教えてくれた。 だから深く寝入っておらず、私が動いた物音で起きてしまったようだった。 それから、私と苓さんは2人揃って食堂に降りてきたのだ。 食堂には既にお父様が居て、お手伝いさんが朝食を用意してくれていた。 お父様から無言で新聞を渡され、私はそれに目を通して隣の苓さんを見上げた。 そして、お父様がテレビをつけたのだ。 新聞の記事、テレビから流れてくる報道。 それらを全て聞き終え、話題が切り替わった所でお父様がテレビを消した。 「──苓くん。昨夜、御影 直寛は無事に逮捕できたんだな」 お父様の言葉に、苓さんは頷いて答えた。 「はい。彼の両親は何も知らない様子でした。御影 直寛、個人の判断で速水 涼子への手助けをしていた模様です」 「そうか……。彼は今、連行され取り調べを?」 「谷島からの連絡を確認すると、今はその最中のようです。速水 涼子の潜伏先も、彼なら知っている可能性があるので、厳しく取り調べをすると」 「……分かった。両親が無関係とは言え……御影ホールディングスは大打撃だな」 「ええ……」 もしかしたら、御影ホールディングスは倒産するかもしれない。 だが、それが彼が招いた結果だ。 犯罪者に手を貸すという事は、自分1人の問題ではなく、会社や家族にまで関わる。 それく
ドタドタ、と谷島達刑事の慌ただしい足音が聞こえる。 「息子さんの部屋はどこに!?」 「こ、こちらです」 刑事の厳しく、重い声が廊下に響く。 俺は、刑事達が向かう先をゆっくりとした足取りで追った。 扉が開き、室内に入り込む音。 それに、御影 直寛の怒声。 父親の怒声。 刑事の怒声。 それらを聞きながら、俺は御影の私室であろう部屋の入口からひょい、と顔を覗かせた。 「──こんな事をして……っ、逮捕状は!?許可はあるのか!?」 「もちろんある。これが逮捕状だ。大人しくご同行願おうか」 「──くそっ、くそ……っ」 暴れようとしている御影を、刑事達が呆気なく取り押さえ、谷島が逮捕状を御影の眼前に突きつけた。 それを見た御影は、驚きに目を見開き、食い入るように見つめている。 御影家の当主、父親は唖然としており、騒ぎを聞きつけてやって来た母親は事態を飲み込めないように泣いている。 父親と母親は苦しそうに顔を俯かせ、夫婦で慰め合うように抱き合っている。 「これは何かの間違いだ……!誤解だ……!俺がこんな事をするはずがないだろう!?大丈夫だ、すぐに釈放される……!」 御影は、自分の両親──特に母親の泣き顔に真っ青になり、慌てて言い訳を口にしている。 だが、部屋の出入口に顔を向けた御影は、俺の姿がある事に気が付き、憤怒に顔を真っ赤に染めた。 「──小鳥遊、お前が……!お前のせいだ!」 御影は大声で叫び、俺に向かって走り出そうとしたが、既に彼の手には手錠が嵌められている。 両脇を刑事に固められた御影は、俺の方へ行きたくとも行けない状況で。 悔しそうに顔を歪めている。 「……小鳥遊、署に向かうぞ」 「──ああ、分かっている」 谷島が俺の肩をぽん、と叩き、促す。 茉莉花を危険な目に遭わせた御影に、何か一言言ってやりたい。 だが、ここで騒ぎを起こせば谷島の責任問題になる。 それに、御影の両親もいるのだ。 調べが進めば、自分の息子がどれだけ悪どい事に手を染めたのかは白日のもとに晒される。 今、この場で教えずとも罪は暴かれるのだ。 無理にこの場で両親の前で、話さなくてもいい。 そう判断した俺は、谷島が促すまま素直に頷き、部屋に背を向けて歩き出す。 背後からは御影の怒号が未だに飛んで来ている。 だが、俺は足を止めずにそのまま廊
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