Share

第1182話

Author: 夜月 アヤメ
ソファで眠っていた千景は、二時間ほどして目を覚ました。

まぶたを開けると、病床の上で若子が暁と遊んでいるのが見えた。

彼が目覚めたのに気づくと、若子は微笑みながら声をかけた。

「起きたのね。もっと寝るかと思ってた」

「もう十分さ」

千景はそう言って、バスルームで顔を洗ってから部屋に戻った。

そして、若子のそばからそっと暁を抱き上げた。

「若子、少し外に出る?ここにずっといると気が滅入るだろ?」

「ねえ、やっぱり精神科の先生に診てもらおうかな」

突然の言葉に、千景は少し驚いた。

「本気で?」

若子はこくりと頷いた。

「うん。前は抵抗があったけど、考え直したの」

「若子、君に少しでも無理をさせたくないんだ」

「無理なんてしてないよ。例え本当に何か問題があるなら、きちんと向き合うべきだと思うし......私は母親だから。子どもを守るためにも、自分ひとりで抱え込むわけにはいかないから」

その真剣な表情に、千景は彼女の覚悟を感じ取った。

「分かった。じゃあ、先生を呼んでくるよ」

それから三十分ほどして、精神科の医師が病室に現れた。

診察は一対一で行いたいとのことで、千景は暁を連れて部屋を出た。

四十分ほど病院内を歩き回った後、若子から電話が入り、病室に戻ると医師の姿はもうなかった。

部屋には若子だけが静かに座っていた。

「若子、大丈夫か?」

「うん、平気よ。心配しないで」

「先生は何て?」

その問いに、若子はうつむき、シーツをぎゅっと握りしめた。

そんな彼女の不安げな様子を見て、千景はやわらかく言った。

「言いたくないなら無理しなくていいよ。プライベートなことだし、俺に隠してても大丈夫」

彼女が言いたくないなら、無理に聞くつもりはなかった。そうすることが、彼女を苦しめるのだと分かっていたから。

けれど、若子は自ら口を開いた。

「......いいの。冴島さんになら、話しても平気」

その言葉には、信頼がにじんでいた。

「診断はね、たぶん......不安障害とパニック症だって。昨日、浴室の密閉された空間で、暑くて息苦しくなって......それで気を失ったみたい」

千景は短く息を飲み、しばらく何も言わなかった。そして、そっと若子の手に触れ、ぎゅっと握りしめた。

「俺がいるよ。これからも、ずっと」

若子は少しだけ微笑ん
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Comments (1)
goodnovel comment avatar
シマエナガlove
若子も修も誰かいないとダメなタイプか お互い様なのに バレたらお互いに散々けなすとか 毎回同じ内容で男と女の名前違うだけ ほんとつまらなくなった 最終話まで離脱します
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1183話

    「今回のこと、絶対に助けてよ。もしバレたら、私、終わりなんだから」侑子は悪事を働いた後の罪悪感に苛まれ、不安が募っていた。あのババアの死が自分と関係しているとバレたら......と考えるだけで、足がすくんだ。ノラはソファに座ったまま、タブレットでパズルゲームをしていた。焦る様子もなく、平然と答える。「そんなに慌ててどうするんですか?」「でも、あのババアが階段から落ちたこと、たとえ目撃者がいなくても、あの毒のことがバレたらどうするの?」「もう火葬されたじゃないですか。何をどうやって調べるんです?」ノラは画面から目を離さずに言葉を続けた。「それに、薬を打たせたのは君の従妹でしょ?自分とは関係ないって言い張るためにそうしたんでしょう?」「でも、安奈がもしバレたら、絶対にあのババアのこと言うよ。薬のことも、私に命令されたって全部バラすに決まってる。あの子、口軽いし、自分のことしか考えてないバカだもん」ノラはようやく顔を上げ、ゆったりとした口調で返した。「バカだって分かってたのに、使った君も同レベルってことになりませんか?」「なっ......」侑子は悔しげに唇を噛んだ。「あんたはどうしてそんなに余裕なの?このままじゃ、いずれあんたにたどり着く可能性だってあるんだよ。だって、本当の黒幕はあんたでしょ?」ノラはタブレットを見つめたまま、ふっと鼻で笑った。「僕が裏で動かしてることなんて、これだけじゃありませんよ。心配するくらいなら、自分のことだけ考えた方がいいです。僕、脅されるのがいちばん嫌いなんですよ」侑子の言葉が、明らかに脅しであることくらい、ノラに分からないはずがなかった。自分が捕まれば、ノラのことも巻き添えにする―そう言いたかったのだ。けれど、ノラは微塵も動じなかった。彼は、状況によって使い分ける複数の偽名と顔―それぞれ違う身分、異なる仮面を持っていた。そのどれもが、他人にはたどり着けないものだった。「そういうつもりじゃないの。ただ......私が捕まったら、あんたも強力な協力者を失うってこと。これまで、あんたが言ったこと、全部実行してきたじゃない。だから、お願い、助けて」「何を助ければいいんですか?君には言ったはずです。証拠は残ってないし、消せるものは全部消しました。それ以上、どうしろと?」「安奈は消され

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1182話

    ソファで眠っていた千景は、二時間ほどして目を覚ました。まぶたを開けると、病床の上で若子が暁と遊んでいるのが見えた。彼が目覚めたのに気づくと、若子は微笑みながら声をかけた。「起きたのね。もっと寝るかと思ってた」「もう十分さ」千景はそう言って、バスルームで顔を洗ってから部屋に戻った。そして、若子のそばからそっと暁を抱き上げた。「若子、少し外に出る?ここにずっといると気が滅入るだろ?」「ねえ、やっぱり精神科の先生に診てもらおうかな」突然の言葉に、千景は少し驚いた。「本気で?」若子はこくりと頷いた。「うん。前は抵抗があったけど、考え直したの」「若子、君に少しでも無理をさせたくないんだ」「無理なんてしてないよ。例え本当に何か問題があるなら、きちんと向き合うべきだと思うし......私は母親だから。子どもを守るためにも、自分ひとりで抱え込むわけにはいかないから」その真剣な表情に、千景は彼女の覚悟を感じ取った。「分かった。じゃあ、先生を呼んでくるよ」それから三十分ほどして、精神科の医師が病室に現れた。診察は一対一で行いたいとのことで、千景は暁を連れて部屋を出た。四十分ほど病院内を歩き回った後、若子から電話が入り、病室に戻ると医師の姿はもうなかった。部屋には若子だけが静かに座っていた。「若子、大丈夫か?」「うん、平気よ。心配しないで」「先生は何て?」その問いに、若子はうつむき、シーツをぎゅっと握りしめた。そんな彼女の不安げな様子を見て、千景はやわらかく言った。「言いたくないなら無理しなくていいよ。プライベートなことだし、俺に隠してても大丈夫」彼女が言いたくないなら、無理に聞くつもりはなかった。そうすることが、彼女を苦しめるのだと分かっていたから。けれど、若子は自ら口を開いた。「......いいの。冴島さんになら、話しても平気」その言葉には、信頼がにじんでいた。「診断はね、たぶん......不安障害とパニック症だって。昨日、浴室の密閉された空間で、暑くて息苦しくなって......それで気を失ったみたい」千景は短く息を飲み、しばらく何も言わなかった。そして、そっと若子の手に触れ、ぎゅっと握りしめた。「俺がいるよ。これからも、ずっと」若子は少しだけ微笑ん

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1181話

    医者が部屋を出ていったあと、千景がベッドのそばまでやってきた。「若子、もうすぐお昼だけど、何か食べたいものある?買ってくるよ」突然の言葉に、若子は一瞬きょとんとした。意外だったのだろう。そんな彼女の表情を見て、千景は笑みを浮かべた。「どうした?なんでそんな顔?」「......さっき、私と話すって言ってなかった?」「話す?」千景は少し考え込み、さきほど医者に言ったことを思い出して、くすりと笑った。「うん、話すって言ったよ。昼ごはんのことだって意味でね」若子は思わず口元を緩めた。「......てっきり、精神科の先生を呼ぶよう説得されるのかと思った」千景は暁を抱いたまま椅子に腰を下ろし、優しく言葉を重ねた。「君が嫌なことを、俺は無理にさせたりしないよ。あんなにいろんなことがあったんだから、心がつらいのは当然だろ?俺は見てたから、ちゃんと分かってる。わざわざ診断なんてされなくても、君の気持ちくらい、俺が分かる」医者がどう診断しようと、たとえ精神面の問題だと断定されても―若子の痛みは、そこに確かにある。それは、誰かの気休めの言葉や、薬ひとつで癒えるものじゃない。千景は、そんな心の病を抱えた人たちが、治療の途中で命を落としていく姿を、何度も見てきた。もし、そばに優しさがなければ―もし、受け止めてくれる場所がなければ―どんなに腕のいい医者でも、どうにもならない。けれど、若子はきっと、大丈夫だと信じている。自分が、彼女のそばで、一番やさしくあれるなら。その心に、ひとときの安らぎを与えられるなら。若子の鼻の奥がつんと熱くなった。涙があふれそうだった。―もし、いつかこの胸の痛みが消えるときが来たら。そのときは、きっと彼の存在があったから。「若子。どんな気持ちでも、俺に話して。何も隠さなくていい。俺は、ずっとここにいるよ」「......」若子は胸の奥がいっぱいだった。自分なんかに、冴島さんのような人の信頼や優しさを受ける資格があるんだろうか―何度「ありがとう」と言っても、感謝の気持ちは伝えきれない。彼女の目が潤んでいくのを見て、千景はあわてて話題を変えた。「暁、見てごらん。ママが起きたよ。若子、赤ん坊......ベッドに寝かせてあげようか?」「......う

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1180話

    修は車を運転して、侑子を彼女のマンションまで送った。ビルの前に到着すると、修はハンドルを切って車を止めた。「侑子、今日はもう帰って休め」時刻はすでに深夜の十二時を回っていた。侑子はこくりと頷いた。「分かった、修も早く休んでね。もし気持ちがつらいなら、電話して。私には何もできないかもしれないけど、話すだけでも、少しは楽になると思うから」「うん、分かってる。もう行けよ」修が短く返すと、侑子はドアを開けて車を降りた。修の車が見えなくなるまで見送った後、彼女は踵を返して建物の中へ入った。部屋に戻ると、侑子はふと違和感を覚えた。安奈がいないのだ。家の電気はすべてついているのに、安奈の姿は見えない。こんな時間に、どこへ行ったの?不安を覚えた侑子はスマホを取り出し、安奈に電話をかけた。だが、呼び出し音が鳴るばかりで、応答はなかった。眉をひそめた侑子は、代わりにメッセージを送った。【安奈、どこ行ったの?】内心では安奈のことを快く思っていなかったが、なんだかんだで従妹だし、家に泊まらせている以上、何かあったら自分の責任になる。数分後、返信が届いた。【侑子姉、友達と会ってくる。今夜は帰らないよ。どうせ侑子姉も修さまと一緒でしょ?私が家にいてもいなくても関係ないじゃん】侑子は「もう帰ってきたよ。今は修とは一緒じゃない」と打とうとしたが、説明するのも面倒になり、簡単に返した。【わかった。気をつけて】侑子はスマホをベッド脇に置いた。でも、なんだか引っかかる。安奈がここでまともな友達なんて、いたっけ?それに、こんな深夜に会いに行くような相手が?少なくとも、そんな話は一度も聞いたことがない。「......まあ、いいか。どうせ大人なんだし、放っとこう」思考を断ち切るように、侑子は肩をすくめた。......翌朝。若子が目を覚ますと、そこは病院のベッドだった。頭がずきずき痛む。胸も重くて、息が苦しい。横を向くと、千景がソファの上で暁のオムツを替えていた。その手つきは、決して慣れているとは言えなかった。ぎこちなく、どこか不器用。でも、それでも彼は細心の注意を払っていたし、暁は嬉しそうに笑っていた。痛がる様子はまったくない。千景はオムツを替え終えると、子どものほっぺを軽くつまんで、や

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1179話

    侑子の胸は激しく波打っていた。けれど、彼女はその動揺を必死に押し殺し、あくまで毅然とした正義の仮面を崩さなかった。「修......私は、胸を張って言える。やましいことなんて何もない。もしそれでも、私を疑うなら、私を警察に突き出しても構わないわ。あなたの気が済むなら、私は何でも受け入れる」そう言いながら、侑子は膝をつき、修の両手をぎゅっと握った。「修......おばあさんが亡くなって、あなたも松本さんも、どれだけ辛いか分かってる。でも、私がその怒りのはけ口になることで、少しでも修の気持ちが軽くなるなら、それでいいの。たとえ私がやってないとしても、警察に行けば罪を認めるつもりよ」「......自分が何言ってるのか、分かってるのか?」修の声は低く、真剣そのものだった。侑子は悲しげに笑った。「分かってる。彼女は私を疑ってる。証拠がなくても、そう信じてる。そして、あなたもその可能性を考えてる。それなら、私が認めればいい。彼女もきっと落ち着くだろうし、修の気持ちも少しは軽くなるかもしれない......それでいいの。でも、ひとつだけお願い。安奈のことは責めないで。彼女には何の関係もないの。私ひとりのせいにしてもらえれば、それでいい。私は牢屋に入っても構わない。でも、彼女は守ってほしい」涙で濡れた目で、侑子は修を見上げた。「修、私はあなたに幸せになってほしい。それだけなの。どうせ......もうあなたは私を選ばないって、前に別れを告げられたときに分かってた」大粒の涙が、頬をつたって止まらない。「それでも、私は修を愛してる。修のためなら、何でもする。どうか、私を牢屋に送って。松本さんに『私がやった』って伝えて。そうすれば......あなたたち、きっと元通りになれる。私はその土台になってもいいの」修は、何も言わずに彼女を見つめ続けた。長い沈黙のあと―彼は、静かにため息をついた。「......侑子、そこまでして......なんでそんなことを。もし本当に、お前じゃないのなら―お前が罪を認める必要なんて、どこにもないんだ」「修、まだわからないの?私は全部、あなたのためにしてるのよ。松本さんと元に戻りたいんでしょ?私にはわかるの。あなたは自分でも、自分を騙せていない。私はあなたたちがやり直せるように助けたいの。たとえそれで私の

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第1178話

    修は広いリビングで、ひとりぼっちで座っていた。祖母が生きていた頃は、ここには笑い声が絶えなかった。けれど今は、ただの静寂だけが残っている。絨毯の上に座り込み、頭を抱えてうずくまる。その顔色は青ざめ、呼吸も浅かった。胸の奥からじわじわと込み上げてくる複雑な感情に、潰されそうだった。震える手でポケットからスマートフォンを取り出し、一つの番号に電話をかけた。すぐに、相手が出た。「もしもし?修?」侑子の声だった。だが、修は何も言わなかった。「どうしたの?何かあったの?」侑子の声に不安がにじむ。「修?......大丈夫なの?何か話したいことがあるなら言って。私、ちゃんと聞くから。黙ってないで......お願いだから。電話をかけてきたってことは、何かあったんでしょ?話してよ、私を心配させないで......」その声には、泣きそうな震えが混じっていた。「修、ねえ、お願いだから......返事して......大丈夫?」しばらくの沈黙のあと、ようやく修が口を開いた。「侑子......迎えの車を出す。少し、会いたい」「本当!?会ってくれるの?」侑子の声には、嬉しさが滲んだ。「今すぐ行く!タクシー使うから、迎えはいらないよ!」彼に会える。その思いだけで、侑子の心は一気に高鳴った。「......そうか。じゃあ、ばあさんのところで待ってる」修はそれだけを言い、電話を切った。侑子はしばらく呆然と画面を見つめていた。修......どうしてそんなに淡白なの?迎えに来てくれると思っていた。こんな夜遅くに、彼女を一人で行かせることに、不安はないのか―けれど、考える暇もなく、侑子は急いでコートを羽織った。その様子を見た安奈が、一緒に行こうと声をかけてきたが、侑子は即座に拒んだ。こんな大事な夜に、あの鈍い安奈を連れていくなんて、とても考えられない。......侑子はタクシーを呼び、修のもとへと急いだ。侑子が別荘の中に入ると、そこは真っ暗だった。廊下の足元灯を頼りに、恐る恐る奥へと進んでいく。心細さが胸を締めつける。「修......いるの?ここにいるの?」「ここだ」修の低い声が、闇の中からふっと聞こえてきた。その瞬間―パッと灯りが点いた。リビングが明るく照らされ、ソファのそば

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status