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第1461話
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契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1462話
手術道具の準備をしていた二人の看護師は、振り返ると人がいないことに気づき、驚愕した。一人は追いかけ、もう一人は田中理恵に電話をかけた。電話を受けた田中理恵は一瞬驚いたが、すぐに更衣室のドアをノックした。「霜村社長、大変です！夕子さんが手術室から急に出ていきました......」無菌服に着替えたばかりの霜村冷司は、表情を硬くすると、すぐに更衣室のドアを開け放ち、風のように猛スピードで和泉夕子を捜しに行った。看護師に追いかけられている和泉夕子は、よろめきながら走り、後ろを振り返っていた。そのせいで、誰かにぶつかってしまった......ぶつかられた男は、よろめく女性を支えると、鋭く冷たい視線を落とし、茫然と振り返る和泉夕子を見つめた。「なんでそんな走ってるんだ？」ぶつかった相手が大野皐月だと分かると、和泉夕子は「ごめんなさい」と言い、彼を避け走り続けた。しかし、二歩も進まないうちに、大野皐月に腕を掴まれ、引き戻された。「誰から逃げてるんだ？」和泉夕子が振り返ると、ちょうど看護師がこっちへ走ってくるのが見えた。大野皐月の手を振り払おうとしたが、しっかりと掴まれていた。彼女が焦って声を荒げようとしたとき、大野皐月はすでに人混み越しに、こちらへ走ってくる看護師を見ていた。「何が起こったかは知らないが、あの看護師は君を狙っているんだろう。手を貸そうか？」和泉夕子は一瞬呆然としたが、すぐに頷いた。大野皐月が看護師を止めてくれると思っていたが、彼は突然かがみ込むと、くるりと自分を抱え込み、方向を変えて病院の外へ早足で向かった。看護師が追いかけてきたときには、和泉夕子はすでに車に乗せられていた。彼女はなりふり構わずシートベルトを締め、窓の外をちらりと見た。看護師が追いかけてきていないかを確認しようとしたが、視線を上げた瞬間、病院の入り口の階段に立つ、凛とした霜村冷司の姿が目に入った。一瞬視界に入ったが、車はもうすでに走り出していた。和泉夕子は慌てて窓に顔を寄せ、何か言おうとしたが、霜村冷司の絶望に満ちた瞳に胸を締め付けられた。手術直前に逃げ出したのだから、きっと彼は自分をひどく憎んでいるだろう......大野皐月も霜村冷司の姿を見ていた。彼はまだ無菌服を着ており、明らかに手術室へ付き添いに入ろうとしていた。和泉夕子も手術着を着ていた。手術を
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1461話
ドアのところにじっと立っていた霜村冷司は、和泉夕子が泣き崩れているのを見て、心を痛めていた。妻と子供、どちらかを選ばなければならないのは、本当に辛いことだった。だが男である以上、この苦しみを受け止めなければいけない。ただ今は、妻が無事であることを願うばかりだった。そうでなければ、生きている意味がない。和泉夕子は赤ちゃんの服を抱きしめ、女の子の部屋で涙を流しながら眠りについた。霜村冷司は彼女の傍らにずっと座り、彼女の背中を見つめて、一晩中眠れなかった。帝王切開の手術準備中、和泉夕子は一言も口を開かなかった。ただ病院のベットにもたれかかり、片方の手でお腹を撫で、もう片方の手で赤ちゃんの服を握りしめ、静かに眉を下げた様子は、魂のない陶器の人形のようだった。意識ははっきりしているのに、今にも壊れてしまいそうな和泉夕子を見て、霜村冷司は胸が張り裂けそうだった。彼女の生気を呼び覚まそうとするかのように、時折彼女を抱きしめ、キスをし、撫でていたが、彼女は何も反応しなかった......手術当日になってようやく、彼女は霜村冷司の手を握り、懇願するような声で彼に言った。「お願い、10%の可能性に賭けて、子供を産ませて、お願いだから......」霜村冷司は、自分の手を握りしめる彼女の手を見て、心が揺らいだが、その手を強く握り返し、充血し疲れ切った目を上げて彼女に言った。「夕子、そんな危険な賭けはできない」できないという言葉に、和泉夕子の目から希望の光が消えた。まるで空気を抜かれた風船のように、一気にしぼんでしまい、二度と空高く舞い上がる力は残っていなかった。彼女は霜村冷司の手をゆっくりと離し、諦めたように手術着に着替え、手術台に横たわり、医師たちに手術室へと運ばれていった。ドアが閉まりかける瞬間、霜村冷司は和泉夕子の手を掴み、自分の掌の中にしっかりと握りしめ、もう片方の手で彼女の顔に触れた。「夕子、安心しろ。絶対に成功させてやるからな」霜村冷司の目に浮かぶ愛情と名残惜しさが、和泉夕子の心を温めていく。彼女は彼を見つめ、小さく頷いた。「分かってる。あなたがいてくれれば、私は大丈夫」霜村冷司は無理やり唇を引っ張り上げ、青白い笑顔を見せた後、身を屈めて彼女の額に深く、愛情を込めてキスをした。「待ってる」和泉夕子は「うん」と小さく返事をして、唇を動
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1460話
霜村冷司は産婦人科の最高峰の医師を探し出し、母子ともに安全に出産できる可能性を探るために、和泉夕子の体の状態を再検査させた。しかし、医師の診断結果は、田中理恵と同じだった。彼はさらにジョージとワシントンの院長にも報告書を送った。二人はそれを見て、妊娠高血圧症での帝王切開は、もともと大出血、心不全、脳出血などを引き起こしやすい上に、和泉夕子は心臓移植を受けているため、本当に生死は分からないと答えた。ワシントンの院長とジョージは産科手術が専門外だったため、二人で腕のいい専門家を探し、霜村冷司に紹介した。その専門家は霜村冷司に会うと、田中理恵と共に全力を尽くし、30%の希望を40%まで引き上げると約束した。そんな腕のいい医師ですら、絶対の保証できないということは、手術のリスクが極めて高いことを意味していた。しかし、子供はもうお腹の中にいる以上、30%か40%の可能性を選ぶしかない。そうでなければ、死を待つだけだ。霜村冷司は運命を受け入れようとはせず、医師たちに何としても手術を完璧に成功させるように要求した。そうでなければ、医師たちを道連れにすると言い放った。男の言葉は圧倒的な迫力をもっており、医師たちのプレッシャーは何倍にも倍増した。医師たちは術前に再度カンファレンスを開くしかなかった。「林原先生、今回の手術はあなは執刀医として、子供の摘出過程において、なんとしてでも子供の命を救う方法を考えてください。私は別の先生を待機させて、いつでも救命措置ができるようにしますので」「田中院長、妊婦の今の状態では、メスを入れた途端、大出血する可能性があります。私にできることは、すぐに止血と救命措置を行うことだけです。しかし、子供を窒息死させることのない時間内に、この応急処置を行えるかどうかは保証できません」「でも......」「今の状況で、子供の生死はとりあえず置いておいて、妊婦の命を最優先にしましょう」産科会議室から二人の専門家の激しい議論の声が聞こえてきた。外で座っていた和泉夕子は、その言葉を聞いて、心が張り裂けるような痛みを感じた。まだお腹の中で動いている７ヶ月ちょっとの子供を、自分の体の状態のせいで、生きたまま取り出さなければならないなんて。しかも、その過程で生き残れるかどうかも保証されていない。彼女は絶望と不安に満ちた目で、産婦
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1459話
彼女が恐る恐る尋ねる様子に、長身で逞しい男は、思わず高慢な頭を下げた。「その場合、お前の生存確率は10％しかない。今お腹の子を諦めれば、お前の生存確率は30％になる」霜村冷司は、もう片方の手で和泉夕子の顔に触れ、彼女の眉や目、輪郭を優しく撫でた。「夕子、お前にまた私から離れて行ってほしくない。だから子供のことよりも、まずはお前に生き延びてもらいたい。分かってくれるか？」和泉夕子は、それを聞いて全身が凍りついた。自分が産もうが産むまいが、この先生きていける確率はたった10％、もしくは30％しかないとは。どちらにせよ死ぬということなのだ。自分が死に、そして子供も死んでしまうことを考えると、悲しみがこみ上げてきた。生死の境を経験した彼女は、もはや死などは恐れてはいなかった。しかし、霜村冷司は......彼女は涙で霞んだ目で、男の蒼白い顔を見つめた。「私は死んでも構わない。でも、あなたと離れるのは嫌」霜村冷司と離れることを考えると、和泉夕子はこらえきれず、涙が溢れ出した。まるで糸の切れた真珠のネックレスのように、大粒の涙が目からこぼれ落ちた。その温かい雫が霜村冷司の手の甲に落ちた。それはまるで喉に刃物を突きつけられたような、鈍く締め付けられるような痛みだった。霜村冷司は、その痛みをこらえ、和泉夕子の手を掴んで自分の心臓に当てた。そして、強い決意を込めた声で、力強く言った。「お前を死なせたりなんかしない」死神でさえも、自分の許しなしには彼女を連れて行くことはさせない。もし、どうしても連れて行くというのなら、自分も後を追って、地獄の鬼と化し、死神達を皆殺しにしてやる。男の充血した目を見つめ、和泉夕子は苦い笑みを浮かべた。「心臓移植を受けているし、今は妊娠高血圧で、血液凝固障害もある。生き残れる可能性は低いと思う。だから......」和泉夕子は霜村冷司の手を押し返し、大きく膨らんだお腹に手を当てた。何かを決意したように、霜村冷司をまっすぐに見つめた。「どう選んでも私が死ぬなら、子供だけでも助けてほしい」母親なら誰だって子供のことしか考えないはずだ。和泉夕子は悲しみを隠して、霜村冷司に懇願した。「普通に産めるまで、私を生かして。そうすれば、私がいなくなっても、赤ちゃんがあなたのそばにいてくれるから」和泉夕子の選択を聞いて、霜村冷司の心には
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1458話
電話の向こうの田中理恵は、数秒沈黙した後、言葉を選びながら答えた。「霜村社長、夕子さんの今の容態からして、誘発分娩で出産した場合、お子さんの生存はほぼ望めません。ですから、私たちは帝王切開で胎児を救うよう最善を尽すつもりではいるんですが......夕子さんは何度か大きな手術を受け、更には心臓移植もしていて、視力もあまり良いとは言えない状況です。それに加え、妊娠高血圧症と血液凝固障害も併発しています。元々、出産にはかなりの危険性が伴っていたのに、このような状況になってしまっては、帝王切開で出産した早産児の生存率も極めて低いものになってしまうんです。加えて、このような状況の妊婦さんにメスを入れるのは非常に危険なことです。手術中に何が起こってもおかしくありません。最悪の場合、子供を助けるために母体が危険にさらされる、もしくは母子ともに命を落とす可能性もあります......」田中理恵は絶対の約束をすることはできなかったので、霜村冷司に二つの選択肢を与えた。一つは、子供を選ぶ場合、今ある医療資源をフルに使い、母親を正常分娩が可能な段階まで守る。しかし、この方法では、出産後母親は確実に助からない。霜村爺さんは、誘発分娩でも帝王切開でも、子供が生き残るのは難しいだろうと考えていたので、霜村冷司には内緒にして、和泉夕子に正常分娩させて、子供を産んでから考えようと思っていた。しかし、田中理恵は医者として、当然妊婦のことを第一に考える。霜村冷司が田中理恵に電話をかけたのは、妊婦を守ると同時に子供も守りたかったからなのだが、母子ともに命を落とす可能性があるというのを聞き、考えることもなく、冷たく言い放った。「何があっても妻の命を優先する。他はどうでもいい」子供を欲しがっていたのは和泉夕子だけで、彼は最初から子供なんて望んでいなかったのだ。もちろん胎動や、エコー写真に映る子供の姿に心揺さぶられることはあっても、まだこの世に生まれていない子供が和泉夕子に勝てるはずがなかった。霜村冷司は決断を下すと、スマホをしまい、毅然とした足取りで病院に戻った。病室のドアを再び開けて、足取りは重たかったが、一歩一歩と和泉夕子の元へと歩み寄った。相川涼介のスマホを借りて、白石沙耶香に無事を知らせるメッセージを送っていた和泉夕子は、霜村冷司が戻ってきたのを見ると、慌ててスマホを置
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1457話
その時、霜村爺さんは家に帰ってきたばかりだった。彼は、ソファに座る間もなく、床から天井まである大きな窓から、霜村冷司の車が猛スピードで別荘に突っ込んでくるのを見た。金ぴかの門は壊され、使用人たちは後ずさりした。車から降りてきた男は、門には一瞥もくれず、怒りに満ちた足取りでリビングに駆け込む。「彼女が出産で命の危険にさらされることを知っていながら、なぜずっと黙っていた！その結果はどうだ？今、子供を産むにせよ産まないにせよ、どちらにしても彼女は死んでしまうんだ！彼女を失った後、私にどうやって生きていけというんだ？！」怒りを露わにし問い詰める霜村冷司に対し、霜村爺さんは落ち着きはらっていて、テーブルのティーカップに手を伸ばす。しかし、唇に運ぶ前に、目の前に立つ男にティーカップは蹴り飛ばされた。ティーカップがひっくり返り、熱いお茶が手にかかった。濡れた衣服越しに肌に熱さが伝わり、次第に冷めていくのを感じながら、霜村爺さんはゆっくりと顔を上げ、目の前の怒り狂う男を見据えた。「お前のような優秀な遺伝子を持つ者は、霜村家の後継ぎを残すべきだというのに、子を産めぬ女と結婚しようとする。大田先生の手を借りてまで子を授かり、今となっては産めることになったのに、わしが黙っていたことを責め立てるとは。この世のすべてが、お前の思い通りに運ぶと思うなよ」霜村爺さんの口から、心無い言葉が冷たく吐き出された。霜村冷司はこの人の心を持たない老人に睨みをきかせ、腰の金色のナイフを抜き放った。霜村爺さんは霜村冷司がこんなに怒っているのを初めて見た。思わず息を呑む。「お前がそんなんだから、夕子に天罰でも降ったんじゃないのか！」この言葉を聞いた瞬間、霜村冷司の表情は一瞬にして強張り、手に持っているナイフの向きを瞬時に変える。鋭い刃が耳元を掠め、ソファに突き刺さった瞬間、霜村爺さんは大きく息を吐いた。同時に信じられないという目で、無表情で鋭い刃を投げ放った霜村冷司を見つめる。「女のために、本当にわしを敵に回すつもりか？親子の縁も忘れてしまったというのか？！」「彼女が死にかけているというのに、親子の縁がなんだっていうんだ！お前となんか親子でもなんでもない！」屋敷の使用人たちが、霜村冷司が感情的に人を罵っているのを見るのは、これが初めてだった。だから、今
