その声、独り占めしてもいいですか?

その声、独り占めしてもいいですか?

last updateLast Updated : 2026-04-09
By:  甘寧Updated just now
Language: Japanese
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主人公の伊崎紗千香は声優の仲佐皓也に憧れ声優の道へ。 ある時、憧れである仲佐と仕事を一緒する事に。仲佐は低音ボイスで甘い言葉を吐き、世の女性達を虜にしてきた声優。歳を感じさせない容姿と無意識に放たれる色気は犯罪レベル。 紗千香はその色気に当てられて失敗ばかり。 「俺が教えてあげる」 年齢=彼氏いない歴の紗千香に男を教えてあげると宣言。 突如訪れた憧れの人と甘い時間。 憧れから始まる恋……時々嫉妬に執着?

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Chapter 1

episode.1

私、伊崎紗千香いさきさちかには憧れている人がいる。その人は声だけで人を楽しませたり喜ばせたり、時には感動で涙を誘ったりする。私はその声に心を奪われた。

ちょうどその時は進学か就職か悩んでいた時期で、親と教師の板挟みに疲れ、行き詰まり心が荒んでいたのもあったのかもしれない。『気楽に生きればいい。笑える人生を歩め』と言う台詞が当時の私の心に突き刺さり、耳に響く低音の声が優しくて、とても心地良かった。

私はその声の主のように、心を動かせる人になりたい。そう思った……

***

あれから数年──

私は、憧れの人と同じ声優を選び、今年で二年が経った。

まだまだ下っ端で主要キャラなんて大役は貰えないけど、少しづつ台詞が増えるようになった。

声優という仕事は、声を通じてそのキャラクターに命を吹き込まなければならない。声一つにも、演技力や表現力が求められる大変な仕事だと、この世界に入って初めて知った。

経験を通して学ぶ事も多く、辛いこともあって何度も挫けそうになった。だけど、その度にあの人の声を聞き、活力に変えた。

今では、この仕事について良かったと思えるぐらいには充実している。

それでも憧れの人には全然追いつけない。

(一目ぐらいは会ってみたいな)

会話なんて烏滸がましい真似はしない。遠目でいいから姿をみたい。

(ま、それすらも烏滸がましいってね)

憧れはもはや偶像崇拝の域に達している。

今日も、その姿を脳内で拝みつつスタジオの扉を開けた。

「おはようございま──……」

扉を開けて、いの一番に視界に飛び込んできたのは、つい数秒前まで会いたいと願っていた人物、仲佐皓也なかさこうやだった。

「お、紗千香来たな!あのな──って、あれ?」

ディレクターの小柴さんが説明をしようとしてくれたが、初めて生で目にする仲佐さん推しの姿に、堪らず扉を閉め返してしまった。

(えぇぇ!?ちょっと待って、夢!?)

会いたい思いが強すぎて具現化したかと思った。

紗千香はその場にしゃがみこみ、高鳴る胸を抑えつつ真っ赤に染った顔を両手で覆っていた。

立っているだけで感じる圧倒的な存在感と艶かしい色気。一瞬、目にしただけでもこれほどまでの破壊力。

(はぁぁぁ~……無理……かっこいい……)

会話なんてしたら、心臓が止まるかもしれない。

「おい、無事か?」

壁に背を預け、蹲っている所へ小柴さんが顔を出してきた。

「ビックリした?」

ニヤニヤと楽しげな表情を浮かべるのを見て「やられた」と感じた。

私が仲佐さんに憧れているというのは、私を知るものなら誰もが知っている。このディレクターもその一人。私の反応を見る為にわざと彼の存在を黙っていたに違いない。嬉しいけど嬉しくないサプライズ。

「心臓が止まりかけましたが?」

「あははは!それは悪かったな」

怨めしく睨みつけるが、小柴さんは笑うだけ笑って中へ入るように促してくる。

「ちょっとだけ待って!まだ準備が出来てない!」

心の準備が欲しいと説明するが「大丈夫大丈夫」と背中を押され、半ば無理やりに中へ通された。

「仲佐さん、この子が伊崎紗千香。君の相手だよ」

小柴さんに肩を抱かれ仲佐さんの前まで来ると軽く紹介された。

「初めまして、仲佐皓也です。紗千香ちゃん……って呼んでいいかな?」

愛くるしい笑顔で名前を呼ばれた。

(紗千香ちゃんって……)

画面でしか聞けなかった声が今、目の前で本人の口から吐かれている。40代も半ばなはずなのに、歳を感じさせない容姿。何よりも色気が半端じゃない。

完全に目を奪われ恍惚としていると、握手を求めるように手を差し出してきた。私如きがこの手を握って良いのかと躊躇していると、小柴さんが「ほれ」と行き場に悩んでいた私の手を掴み、仲佐さんの手を握らせた。

「宜しくね」

(はわぁぁぁぁ~……!)

心臓が苦しい程に脈打ち、手汗がやばい事になっている。この時ほど生きていて良かったと思ったことはない。

「さて、自己紹介も済んだことだし、気持ち切り替えていくぞ」

小柴さんがパンッと手を打った音で、ハッとした。そうだ。ここは握手会じゃない。仕事現場だ。そうなると、彼はもしかして……

ドキドキと更に胸が高鳴る。

「今回『北風と太陽』っていうライトノベルが原作のアニメ化の制作が決まった」

「あぁ、今話題になってるやつ」

私も話のネタにと、少し目を通していたから知っている。

主人公はほんわかとしていて、どこか抜けている女子大生。その子の好きな相手と言うのが、幼なじみのヤクザ。冷酷で残忍だが、主人公の前では毒牙が抜けると言う、何処にでもあるような設定の話だった気がする。

「二人にはこのメインキャラを演じて欲しい」

「え!?」

手渡された台本には、しっかり私の名が入っている。

初めて来た主要キャラ。素直に嬉しい。嬉しいんだけど、それ以上にプレッシャーと緊張の重圧に押し潰されそう。

何より、憧れで推しでもある仲佐皓也が相手だと考えるだけで持っている台本が震える。

(ど、どうしよう……)

やりたい気持ちはあるけど、正直自信がない。

声優として名を馳せている彼に無名同然の私が相手なんて分不相応。私のせいで仲佐さんのキャリアに傷が付くのが怖い。

険しい顔で台本を抱きしめ、顔を俯かせる紗千香を見た仲佐は、ポンッと撫でるように紗千香の頭に手を置いた。

「不安?」

「それは……」

上手い言葉が見つからず、思わず言葉を詰まらせた。

「俺は紗千香ちゃんとやりたいな」

「え?」

「こんなオジサンじゃ嫌かい?」

「──い、いいえ!全然!むしろご褒美です!」

つい勢いで言ってしまった。ハッとした時には小柴さんも一緒になってクスクス笑っている。

(地球の裏側まで穴掘って埋まりたい!)

耳まで真っ赤に染め、両手で顔を覆う紗千香に、仲佐は改めて「宜しくね」と言葉をかけた。

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episode.1
私、伊崎紗千香には憧れている人がいる。その人は声だけで人を楽しませたり喜ばせたり、時には感動で涙を誘ったりする。私はその声に心を奪われた。 ちょうどその時は進学か就職か悩んでいた時期で、親と教師の板挟みに疲れ、行き詰まり心が荒んでいたのもあったのかもしれない。『気楽に生きればいい。笑える人生を歩め』と言う台詞が当時の私の心に突き刺さり、耳に響く低音の声が優しくて、とても心地良かった。 私はその声の主のように、心を動かせる人になりたい。そう思った…… *** あれから数年── 私は、憧れの人と同じ声優を選び、今年で二年が経った。 まだまだ下っ端で主要キャラなんて大役は貰えないけど、少しづつ台詞が増えるようになった。 声優という仕事は、声を通じてそのキャラクターに命を吹き込まなければならない。声一つにも、演技力や表現力が求められる大変な仕事だと、この世界に入って初めて知った。 経験を通して学ぶ事も多く、辛いこともあって何度も挫けそうになった。だけど、その度にあの人の声を聞き、活力に変えた。 今では、この仕事について良かったと思えるぐらいには充実している。 それでも憧れの人には全然追いつけない。 (一目ぐらいは会ってみたいな) 会話なんて烏滸がましい真似はしない。遠目でいいから姿をみたい。 (ま、それすらも烏滸がましいってね) 憧れはもはや偶像崇拝の域に達している。 今日も、その姿を脳内で拝みつつスタジオの扉を開けた。 「おはようございま──……」 扉を開けて、いの一番に視界に飛び込んできたのは、つい数秒前まで会いたいと願っていた人物、仲佐皓也だった。 「お、紗千香来たな!あのな──って、あれ?」 ディレクターの小柴さんが説明をしようとしてくれたが、初めて生で目にする仲佐さんの姿に、堪らず扉を閉め返してしまった。 (えぇぇ!?ちょっと待って、夢!?) 会いたい思いが強すぎて具現化したかと思った。 紗千香はその場にしゃがみこみ、高鳴る胸を抑えつつ真っ赤に染った顔を両手で覆っていた。 立っているだけで感じる圧倒的な存在感と艶かしい色気。一瞬、目にしただけでもこれほどまでの破壊力。 (はぁぁぁ~……無理……かっこいい……) 会話なんて
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episode.2
二人が演じる『北風と太陽』は、幼なじみである男女の恋模様を描いた作品。 ふわふわとした愛らしい主人公の杏が、ヤクザの若頭である樹に迫り、脅迫紛いの言葉で付き合う所から物語が始まる。 この手の話は需要があるらしく結構耳にする。 「……これは……」 紗千香は台本を開いて言葉を失った。 「あ、気付いた?」 同じように台本を手にしている小柴さんが嬉しそうに声をかけてくる。 私の記憶が間違いでなければ、この原作は全年齢対象だったはず。だが、台本に書かれている台詞はツラツラと甘い言葉が並べられ、キスシーンや絡み合う場面が多い。 「監督からの指示でね。ギリR15」 親指を力強く立たせ、ウィンクで決めてきた。 (冗談でしょ……) ただでさえ緊張してるのに、更に追い詰められた感が半端ない。 一方、動揺する紗千香とは対称的に淡々と台本に目を通す仲佐。眼鏡をかけ、顎に手を置きながら真剣に取り組みむ姿は、もはや絵画のよう。 「収録は後日。今日は顔合わせと台本を渡すために呼んだだけだから、これにて解散ね」 気持ちを落ち着かせる間もなく外へ放り出された。 暫くは茫然とスタジオの扉を眺めていたが、こうしていても埒が明かないと気付いた。 (こうなったら腹を括るしかない) 覚悟を決め、拳をグッと握りしめた。やるからには全力でやってやる。個人的な感情を仕事に持ち込むなんてプロとして失格だ。 折角、私を押してもらえたんだ。そんな彼を失望させるなんて真似できない。 そうだ。これは憧れの人に認めてもらえるチャンスだと思えばいい。彼に少しでも近づけるように…… ──収録は一週間後。 *** 『樹ちゃん。これなぁんだ』 『……それ、お前が子供の頃どうしても書けって迫った誓約書じゃねか』 『そうです。私が20になったら結婚してくれるって誓約書ですねぇ。──で、私の現在の年齢は?』 あっという間に一週間が経ち、収録の日がやって来た。滑り出しは順調。始まる前は緊張で吐きそうになっていたが、いざ始まってしまえば役になりきることが出来る。 『ガキの頃の約束なんざ無効だ無効』 『他人には嘘をつくなって偉そうな事言ってるのに自分は良いんですか?』 『お前なぁ……』 隣では『樹』になりきった仲佐さん
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episode.3
──と、言い出しっぺの小柴さんとスタッフ数人、そして仲佐さんに連れられて居酒屋へ行き、何だかんだ楽しくて飲み過ぎた自覚はある。 「……」 目が覚めた時、見知らぬベッドに寝ていた時のやっちまった感は言葉に言い表すことは出来ない。 出来るだけ心を落ち着かせ、部屋を見渡してみる。物が少なく統一感がある部屋。殺風景と言うのとはちょっと違う。人の気配はするのに、生活感がない。まるでホテルの一室のようだと思った。 窓から見える街の灯りは随分下に見える。明らかに高層階。こんな部屋に住んでいるのは…… (……嫌な予感がする……) 眉間に皺を寄せながら頭を悩ませていると、カチャッとドアが開いた。 「あ、起きた?」 思わず「ヒュッ」と喉が鳴った。 紗千香の視界に飛び込んできたのは、風呂上がりの仲佐。 湯上りで熱を帯びた肌はほんのり色付き、しっかり拭かれていない髪からは水が滴り落ちている。それだけでも十分目のやり場に困ると言うのに、普段見られないラフなTシャツ姿とゆったりとしたパンツ姿にドキドキも止まらない。 「気分はどう?」 ベッドに腰掛けながら、気遣う言葉をかけてくれる。 「えっと、私、昨日……」 「覚えてない?」 この手の返し方は、十中八九こちら側に非がある言い方。だが、聞き返された所で返す言葉が見つからない。不幸中の幸いなのは服を着ていたという点だけ。 (最悪……) 仲佐に認められるどころか、迷惑しか掛けてない。仕事でも失敗して、酒でも失敗して……こんなの呆れられて当然だ。 そう思ったら、目頭が熱くなり涙が頬を伝った。 「どうしたどうした!?」 急に泣き出した私を見てギョッとしている。 「す、すみません……私、迷惑ばかり……」 また困らせると分かっているのに、一度溢れた涙は止まらない。 「憧れの仲佐さんに少しでも近づけるかと思って今回の役を引き受けたのに、失敗ばかりで皆さんに迷惑ばかりかけて……」 酒が抜けていないのか、感情が抑えられない。 「紗千香ちゃんは頑張ってるよ」 そう言って宥めようとしてくるが、今は慰めの言葉すら惨めに感じてしまう。 「そもそも!仲佐さんのその駄々洩れの色気が悪いんです!」 完全に論点がずれた逆ギレ。酔っ払いにありがちな絡み方。これほど面倒臭い絡み方は
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episode.4
「大丈夫?」 「重ね重ね申し訳ありません」 再び目を覚ました時には夜が明け、外は明るくなっており、既に陽は真上に差し掛かっている。 紗千香は寝起き早々にベッドの上で土下座で頭を下げながら謝罪した。 初めましてのお宅でベッドを占領した挙句、昼近くまで呑気に寝てるなんて無神経にも程がある。自分が自分で信じられない。 仲佐さんは私が起きるまで仕事をしていたらしく、テーブルの上には台本と資料が置いてある。 人気声優ともなれば台本は一つじゃない。それに、声優以外の仕事も受け持っていて、目が回るように忙しいはず。 「すみません。貴重な時間を潰してしまって……」 「全然。俺としては、紗千香ちゃんの寝顔を横目で見ながら仕事ができたから役得だと思ってるよ」 申し訳なさそうに口にするが、返ってきたのはこちらが恥ずかしくなるような言葉。 落ち着いた所で、気を失う前に聞いた言葉の真意を聞くことにした。 「あの……初めての男って……その、そういう……?」 「ん?」 顔を赤らめ恐る恐る聞くと、仲佐さんの口角が吊り上がるのが見えた。 「そうだね。まずはキスから始めようか?」 唇に指を当て、ゆっくりとなぞられた。その瞬間、全身に電流が走ったように体が跳ねる。 完全に言葉を失い口をパクパクさせていると、仲佐さんが「ふはっ」と吹き出した。 「あははは!本当に君はいい反応してくれるね」 また揶揄われたと思ったのと同時に、この人は案外意地が悪い人なのだと知った。
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episode.5
──その後、お洒落なカフェでお洒落なワンプレートランチを注文して、デザートにこれまた可愛らしいショートケーキをご馳走してもらった。 女性の好みドンピシャなセレクトに、スマートなエスコート。完全に女性の扱いになれている男の所作。分かってはいたが、こんなん目の当たりにしたら私なんてまだまだお子様で、隣に並ぶのが恥ずかしくなる。一歩下がって後ろを歩こうとするが、私の気持ちを知ってか知らずか手を繋ぎ隣を歩かせようとする。 「後ろを歩かれちゃ顔が見れないでしょ?」 もう、この人には敵わないなと思った。 「じゃあ、またね」 「はい。ありがとうございます」 アパートまで送ってもらい、笑顔で別れた。次に会うのは収録のある明後日。いつの間にか弱気な気持ちなんてなくなり、もう少し頑張ろうという気になれていた。 「ふんふん~」 鼻歌混じりに階段を上がり、自分の部屋までやって来るとポストに一通の手紙が届いていた。 「へぇ、同窓会か」 それは中学の同窓会の招待状。高校時代は後半の辛くて苦しいかった思い出が強くて、あまりいい思い出がないが、中学はそれなりに楽しかった記憶がある。男女関係なくみんなが仲良く、友達と呼べる人も多くいた。 「行ってみようかな……」 高校の同窓会は毎年ハガキが来るが、毎回欠席で出している。でも、中学は行ってもいいかもしれないと思った。 (優弥も来るかな) 三須優弥は紗千香の幼馴染。家が近所だったこともあり登下校はいつも一緒で、頭の良かった勇也に勉強を教えてもらっていた。高校生になり、学校が別々になった事で疎遠になってしまってそれっきり。 地
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episode.6
「……お邪魔します……」 「はい。どうぞ」 収録が終り、気配を消して気づかれぬ内に帰ろうとしたが、しっかり仲佐さんに捕まり、あれよあれよと言う間に私のアパートへ。必要な荷物だけ詰め込み、仲佐さんのマンションへ来てしまった。 「この部屋を使って」 通された部屋は客間として使われている部屋だった。 本当にシンプルな部屋で、ソファーとベッドが置いてあるだけ。 「必要なものがあったら言ってね」 パタンとドアが閉められ、一人部屋に残された。 ここまでの記憶がほとんどなく、茫然としたまま仲佐さんのなすがままになっていた。 一旦、気持ちを落ち着かせようと深呼吸をするが、何度息を吸っても落ち着かない。 これから先、仲佐さんの気配を感じながら生活しなければならない。別に嫌だと言っている訳じゃなくて、私の気配も向こうは感じていると思うと、緊張と戸惑いで気が狂いそう。 ──とはいえ、今更帰るとも言えない。 「はぁぁ~……」 盛大に溜息を吐くと、持ってきた荷物を片付け始めた。 *** 荷物をあらかた片づけ終え部屋を出ると、リビングにいい匂いが広がっていた。 「あ、片付け終わった?お腹すいたでしょ」 「え!?これ、仲佐さんが作ったんですか!?」 「あははは、そんな大したものじゃないけどね」 テーブルの上には出来立ての魚介の入ったトマトのパスタとサラダ。小鉢にはお洒落にオリーブが生ハムと一緒にピックに刺さっている。それにワインもしっかり置かれてる。 (こんなのレストランでも食べたことないよ……) このレベルを大したことないと言われてしまったら次元が違い過ぎて何も言えない。
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episode.7
カーテンの隙間から朝日が差し込み、紗千香の顔に当たる。 「ん、眩し……」 眉を顰め重たい瞼をゆっくり開けると、朝日が目にしみる。枕に顔を埋めて光を遮ろうと考え寝返りをうつと、やけに身に覚えのある温度と感触に触れた。 (あ、れ……?) その瞬間、一気に脳が覚醒。体が硬直したように動かなくなった。 (ちょっと待って。私、昨日どうしたっけ?) 仲佐さんの手料理を食べたのは覚えてる。物凄く美味しくて、店出せますよ!なんて調子乗って言ってたんだよ。その後、ワインを勧められるままに飲んでて、半分飲んだまでは覚えてるが、その後の記憶がない…… 全身からは嫌な汗が噴き出し、現実を見るのが怖くて目が開けられない。 「おはよう」 「!!」 頭上から声がかかり、ビクッと大きく肩が跳ねた。分かってはいたけど、こうして現実を突きつけられると、どうしていいか分からない。 まずは朝のあいさつ?それとも失態に対する謝罪?それとも介抱してくれた礼?どれが正解なのか誰か教えて! 「どうした?具合悪い?」 頭を撫でられ、ますます顔を上げづらくなってしまった。だが、ずっとはこうしていられない。今日は仲佐さんも私もお互いに違うスタジオで仕事がある。 唇を強く噛みしめ、意を決して顔を上げた。 「あの……私、昨日の記憶が途中からなくて……ごめんなさい。……何か失礼な事しました?」 無意識のうちに仲佐さんの服を掴みながら、逃げ場を求めるように縋った。すると、大きな溜息が聞こえた。 「君さ、その表情は狡いよ」 「え?」 「意味が分らないなら、俺以外にこういう事はしないこと。いい?」 「え、あ」 額を
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episode.8
仲佐さんと共同生活を始めて、一月ほど経った。 最初はどうなる事やらと思った共同生活だったが、慣れとは怖いもので、最初の頃に感じていた緊張感も不安も徐々に薄れ、今では仲佐さんと目を見て話せるようになった。 そのおかげもあり、アフレコも順調に進んでいる。 『樹ちゃん、キスして欲しい……』 『お強請りが上手くなったじゃねぇか』 『言わないとしてくれないじゃないですか!』 『俺は馬鹿だからな。ちゃんとどうして欲しいか言ってもらわねぇと分かんねぇの』 『こっちは毎回恥ずかしいんです!』 『その恥ずかしがる顔が見てぇんだよ。ほら、もう黙れよ』 目の前の画面では鈴と樹のキスシーンが大画面のドアップで映し出される。 『……んッ、もっと……』 『は、物欲しそうにしやがって……俺がどんだけ我慢してると思ってんだ』 「カーートッ!!」 ここから更に絡みが増えていくシーンでカットがかかった。正直、この場面で助かった。 日常会話や微糖程度ならば問題なく役をこなせるが、激甘になるとまだ慣れない。 「大分良くなったけど、まだ色気が足りないんだよなぁ」 またしても指摘された。 「どうしたら色気って出せるんですか?」 紗千香が問いかけたのは、杏の親友菜桜役の朝比奈那奈。紗千香の事務所の先輩で、人当たりも良く面倒見がいいのでよく相談に乗ってもらっている。 声優歴も長く、これまで様々な役をこなしてきた実績がある。それこそ、濡れ場なども経験している。紗千香とは違い、那奈の声は艶があって臨場感がある。 「ん~、そうねぇ」 コーヒーの入ったカップを手にしながら首を傾げた。
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episode.9
結果的に合コンは失敗に終わった。 「本当ごめん!」 店を出たところで盛大に那奈さんに謝られた。 相手の男性陣が大学生ということもあり、就職していて収入が安定している私達のヒモになろうとしている魂胆が丸見え。更に「おばさんでも俺全然いけますよ」なんて見下しながら爆笑してる男性陣に那奈さんがキレた。 「おい、クソ子供どもええ加減にせぇよ?つい最近までママの乳吸っとた子供が……!どの口でおばはん言っとるんや?えぇ!?」 そこからは那奈さんの無双状態。顔面蒼白で謝罪を繰り返す男性陣に「まだ許さへん!」と、こちらが飲み食い終わるまで延々と説教を続け、ようやく解放されたのが2時間後の今。 「あははは!全然気にしてませんよ!むしろ清々しました!」 「そう?ならよかった」 他の女性陣も那奈さんに感謝して気持ちよく帰路に着いていた。因みに会計は全て相手持ち。 「それにしても、那奈さんの関西弁での説教は迫力ありました」 「いややわぁ。恥ずかしい。我を忘れると出ちゃうんよ」 顔を赤らめて照れる姿は、先程とは打って変わって可愛らしい印象だった。 「那奈さんって関西出身だったんですね」 「あら、知らなかった?」 「はい。私は関東から出たことないんで、方言って憧れるんです」 小学校の時とか、転校してきた子が方言を話したりすると新鮮で、なんか同じ日本人なのに違う国を話しているようでかっこよく見えたのを覚えてる。 「仲佐さんも同じ関西よ?」 「えぇ!?」 「憧れの人の出身地知らなかったの?」 衝撃の事実に驚いていると那奈さんが呆れながら言い返してきた。 「いや、だって、ずっと標準語だったし、なんか都会な感じがしたから……」
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episode.10
車内は重苦しく、ひしひしと伝わってくるのは苛立ちと怒りを含んだ重々しい圧。 マンションに着くまでの間、何度車を飛び降りてやろうかと思ったか…… 「はい。じゃあ、話して」 家に着くなりソファーにドカッと座り、威圧を放ちながら投げかけられた言葉。 私は床に正座で座り、視線を逸らすように目を伏せている。いつもの甘い雰囲気など一切ない。 そもそも、保護者でもなければ彼氏でもない仲佐さんに話す義務はない。はずなのに、抗う事ができない。抗う事を許されない。 紗千香はゴクッと息を飲み込み、ゆっくりと口を開くと、事の経緯を話して聞かせた。 合コン相手が大学生で、危うくカモにされるところだった事や、那奈さんがキレて大学生らに詰め寄った事。関西出身と知り、方言を羨ましがった辺りから様子が変わってきたと……洗いざらい吐いた。 今回は行きたくて行ったんじゃないし。酒だって、飲んだと言ってもノンアルコールだったし、ちゃんと電車のある時間に帰るつもりでいた。イレギュラーな事態さえ起こりさえしなければ、今頃お風呂に入ってのんびり台本を読み直している所だった。──と言い訳紛いの言葉が口から出かかり、グッと飲み込んだ。 そんな事を言ったら火に油を注ぐ事になる。ここは大人しくしておくのが最善の策だと、ここ数ヶ月で学んだ。 仲佐さんの顔が見れず、ずっと床を見つめていていること数分。 「はぁ」小さな溜息が聞こえた。 「とりあえず、紗千香ちゃんの身に何も無くて良かった」 続いて聞こえたのは、いつもの通りの優しい声色と大きな手が頭を撫でる感触。 「君はもう少し危機感を持った方がいい。相手が女性だからと安心しきって心を許すと今回みたいなことになりかねないからね」 今日のは、酔っ払った那奈さんの暴走だし。那奈さんも酒の影響でテンションがおかしくなってただけだし…
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