極貧デザイナーの私が、冷徹CEOに溺愛されるなんて!?

極貧デザイナーの私が、冷徹CEOに溺愛されるなんて!?

last updateLast Updated : 2026-03-12
By:  悠・A・ロッサUpdated just now
Language: Japanese
goodnovel18goodnovel
Not enough ratings
43Chapters
4.4Kviews
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

夢を諦め、家賃すら払えず深夜の倉庫バイトの極貧生活を送る、新人デザイナー・澪。 ある日、偶然出会ったのは、業界を支配する冷徹CEO・久世怜司だった。 澪の隠れた才能を見抜いた彼は、強引に彼女を自分の元へ引き寄せる。 「お前の才能は、俺が独占する」 華やかなファッション業界の裏で渦巻く嫉妬と策略。傷つきながらも輝きを増す澪に、怜司は狂おしいほどの独占欲と溺愛を募らせていく。 「君は、俺が選んだ唯一の存在だ」 才能と恋が火花を散らす、極上のシンデレラ・ラブストーリー。

View More

Chapter 1

第1話 その視線は、すでに私を捕えていた

「……来たな」

 社長室の大きな窓から、久世くぜ 怜司れいじはエントランスを見下ろしていた。

 白川しらかわ みお

 服装も化粧も控えめ。

 古い型のスーツを、無駄なく仕立て直している。

 目立とうとはしていない。

 だが、線の取り方、丈の落とし方、袖の収め方――

 そのすべてが、異様なほど正確だった。

(……なるほど)

 今日は、二次審査の日だった。

 服飾のハイブランド《ルクソリア》。

 その中でも、伝説と呼ばれるライン――《AURORA(アウローラ)》。

 そのデザイナーを選ぶための、最終候補を絞る選抜。

 そして今、その席にふさわしいかどうかを見極める相手が、もうそこにいる。

 伝説のドレス《アウローラ》を、もう一度この世に引きずり戻せるかもしれない。

 たった一人の女。

「……ちょっと、確かめてくる」

 背後で、秘書の佐々木が息を呑む音がした。

 扉を開ける直前、怜司は振り返りもせず、小さく呟く。

「面白くなりそうだ」

***

 私、白川澪が本社ビルに着いたのは、予定より少し早かった。

 南青山の《ルクソリア》本社。

 ガラス張りのエントランスは、朝の光を受けて静かにきらめいている。

 受付を通り、案内までの時間を確認してから、私は足を止めた。

 ——《アウローラ》。

 展示スペースの一角。

 写真と図面、簡潔な解説。

 着る人の人生を変えるドレス。

 視界に入った瞬間、世界が一段、静まった。

 息を吸うのを忘れる。

 ただ、そこに在る、という圧だけがあった。

 母の工房にあったものとは、違う。

 色も素材もデザインも。

 でも、纏う空気と完成度は変わらない。

 布の重なり。

 光の逃げ方。

 影になる位置。

 写真なのに、分かる。

 観客席から見えない部分。

 動いたときにだけ現れる線。

(……これ)

 考えるより先に、身体が反応した。

 バッグからスケッチブックを取り出す。

 鉛筆を走らせる。

 線が、止まらない。

 さっきまで霧がかかっていた部分が、するすると形になる。

 ここは、落とす。

 ここは、逃がす。

 光を集めすぎない。

 ページをめくる。

 もう一度、重ねる。

 ——楽しい。

 こんなふうに、頭と手が同時に動くのは、久しぶりだった。

 ふと、周囲の気配が戻ってくる。

 私は顔を上げた。

 時計。

 ——まずい。

 思ったより、時間が経っている。

 二次審査の開始まで、ほとんど余裕がなかった。

 慌ててスケッチブックを閉じ、立ち上がる。

 足が、前に出る。

 走ろうとした、その瞬間。

 重心が、わずかに崩れた。

「……っ」

 転ぶほどじゃない。

 でも、身体が一拍、遅れる。

 次いで、腕に触れる感触があった。

  強くない。

  引き寄せるでもない。

  ただ、止めるだけ。

 私は息を呑んで、振り返る。

 スーツ姿の男性が立っていた。

 背が高く、その黒のスーツは一見シンプルだが、寸分の狂いもないオーダーメイドだ。

 顎のラインが鋭く、襟元から影が落ちる。

(……なんて、目)

 視線が合った瞬間、胸の奥を射抜かれた気がした。

 冷たいはずなのに、奥底では確かに熱が揺れている。

 心臓が、一拍遅れて強く鳴った。

 視線は私を捕らえ、逃がさない。

 その熱が、肌にじわりと広がる。低い声が響く。

「……大丈夫ですか」

 世界が少し揺れた。

 ——近い。

 低い声は落ち着いていて、急かす響きがない。

「はい……ありがとうございます」

 少し遅れて、声が出た。

 心臓の音が、やけに大きい。

 男性の視線が、私の手元に一瞬だけ落ちる。

 スケッチブック。

 閉じきれていないページ。

 ——見られた、かも。

「その線、光を逃がさない。

 ただ……」

「え?」

「いえ、デザイナー志望?

 アウローラの二次審査ですか?」

「はい、なんで……」

「時間、近いでしょう」

 言われて、はっとする。

「……はい」

「向こうです」

 それだけ言って、男性は歩き出した。

 迷いのない背中。

 私は、半歩遅れて、その後を追う。

 扉の前で、彼はもう一度、私を見た。

 瞳の奥で、何かがゆっくりと蠢く。

 獲物を値踏みするような、静かな飢えを感じる。

 それなのに、声だけは穏やかだった。

「君の線は……」

 一瞬、言葉が途切れる。

 まるで、喉の奥で抑え込んでいる衝動を、そのまま飲み下すように。

「一度、見たら忘れられない」

 指先が、わずかに動く。

 さっき触れた腕の位置を、記憶するようになぞる仕草。

 触れていないのに、肌が、勝手に熱を持つ。

 私は、先に目をそらした。

 ――それが、間違いだったのかもしれない。

 男の唇が、ほんのわずかに上がる。

 微笑みではない。

 捕らえた、という確信に近いもの。

「では」

 それだけ言って、彼は背を向けた。

 それなのに、妙に印象だけが残った。

 扉の前で、私は一度、深く息を吸う。

 ドアノブに手をかける。

 二次審査が、始まろうとしていた。

***

 呼吸を整えて、会議室の扉を開ける。

 一瞬で、空気が切り替わった。

 長いテーブル。

 並んだ資料。

 すでに席についている人たち。

 テーブルの上に、名札が並んでいる。

 白地に、黒い文字。

 空いている席を探していると、

「初めまして」

 声がして、顔を上げた。

 向かいの席の女性が、軽く微笑んでいる。

 整えられた髪。

 流行をきれいに着こなした服。

 余裕のある姿勢。

「成瀬です。よろしくお願いしますね」

 柔らかい声。

 敵意はない。

 そのとき、視線がテーブルに落ちた。

 ——成瀬 美玲。

 胃の底が、冷たい塊になった。

 《ルクソリア》若手デザイナー・成瀬美玲。

 社内アワード受賞。

 《アウローラ》デザイナー候補。

(……私のデザインを、盗んだ人)

Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters
No Comments
43 Chapters
第1話 その視線は、すでに私を捕えていた
「……来たな」  社長室の大きな窓から、久世 怜司はエントランスを見下ろしていた。  白川 澪。  服装も化粧も控えめ。  古い型のスーツを、無駄なく仕立て直している。  目立とうとはしていない。  だが、線の取り方、丈の落とし方、袖の収め方――  そのすべてが、異様なほど正確だった。 (……なるほど)  今日は、二次審査の日だった。  服飾のハイブランド《ルクソリア》。  その中でも、伝説と呼ばれるライン――《AURORA(アウローラ)》。  そのデザイナーを選ぶための、最終候補を絞る選抜。  そして今、その席にふさわしいかどうかを見極める相手が、もうそこにいる。  伝説のドレス《アウローラ》を、もう一度この世に引きずり戻せるかもしれない。  たった一人の女。 「……ちょっと、確かめてくる」  背後で、秘書の佐々木が息を呑む音がした。  扉を開ける直前、怜司は振り返りもせず、小さく呟く。 「面白くなりそうだ」 ***  私、白川澪が本社ビルに着いたのは、予定より少し早かった。  南青山の《ルクソリア》本社。  ガラス張りのエントランスは、朝の光を受けて静かにきらめいている。  受付を通り、案内までの時間を確認してから、私は足を止めた。  ——《アウローラ》。  展示スペースの一角。  写真と図面、簡潔な解説。  着る人の人生を変えるドレス。  視界に入った瞬間、世界が一段、静まった。  息を吸うのを忘れる。  ただ、そこに在る、という圧だけがあった。  母の工房にあったものとは、違う。  色も素材もデザインも。  でも、纏う空気と完成度は変わらない。  布の重なり。  光の逃げ方。  影になる位置。  写真なのに、分かる。  観客席から見えない部分。  動いたときにだけ現れる線。 (……これ)  考えるより先に、身体が反応した。  バッグからスケッチブックを取り出す。  鉛筆を走らせる。  線が、止まらない。  さっきまで霧がかかっていた部分が、するすると形になる。  ここは、落とす。  ここは、逃がす。  光を集めすぎない。  ページをめくる。  もう一度、重ねる。  ——楽しい。  こんなふうに、頭と手が同時
last updateLast Updated : 2026-01-25
Read more
第2話 盗まれたのは、私の全てだった
「あなた……私の案を盗んだ」  ほとんど息みたいな声。  でも、成瀬には届いた。  視線が、ぴくりと動く。 「は?」  低く、刃物みたいな一音。  成瀬は微笑んだまま、声だけを落とす。 「ルクソリアのアワードを取った私が、個人工房のあなたの案を?」  刺すような視線。 「思い上がりも、ほどほどにして」  周囲には聞こえない。  でも、確実に私だけに届く声。  私は、口を閉じた。  顔が熱い。喉が詰まる。 (……言っちゃった)  視線を落とす。  心臓の音が、うるさい。  ——でも。  胸の奥で、静かに火が灯った。 (……負けたくない)  ここは、選ばれる場所。  比べられる場所。  私は、椅子に座りながら、  廊下で言われた言葉を思い出してしまう。  ——君の線は一度みたら忘れられない。  やがて扉が開き、簡単な挨拶と会社概要の説明が始まった。  形式的な言葉が、淡々と続く。  そして、いよいよ審査に移る。 「では、グループディスカッションを始めます」  進行役の声が落ちる。  テーマが、スクリーンに映し出された。  ——《アウローラ》を、現代に蘇らせるとしたら。  頭の中が、真っ白になる。  そんなこと、考えたこともなかった。  周りを見ると、皆、頷いたり、メモを取ったりしている。  汗が、じわりと滲んだ。  私なんかが、ここに来てよかったんだろうか。  ——すべては、あの夜から始まった。 ***  半年前の夜だった。 「あっ……」  ベッドの中で、声が漏れたのは、気持ちよかったからじゃない。  でも、黒崎 恒一は、こちらの反応なんて見ていなかった。  独りよがりに動いて、さっさと終わる。  息を整えながら、「悪くなかったよ」と言う。  それだけだった。  そのあと、触れ直すことはない。  キスも、確かめる手もない。  私がどうだったかなんて、どうでもいいんだろう。  来る前に連絡はない。  明朝が納期の舞台衣装の仕上げがあって早く寝たいのに、そんなことは気にしない。  部屋に入るなり、勝手に暖房をつける。  電気代を節約しているのに。  お茶を出せば、「安いやつ?」と眉を動かす。  それで全部。 (……雑に扱われてる)  
last updateLast Updated : 2026-01-25
Read more
第3話 底辺工房と呼ばれて、怒れなかった
 その日を境に、黒崎からの連絡は途絶えた。 不思議ではなかった。 理由を考えるほどのことでもない。 ……そう思おうとした。 自分からかけることはなかった。 かけていい理由が、もう見つからなかったからだ。 それから数ヶ月後。 帰りの電車で、私はスマートフォンを眺めていた。 何気なくスクロールしていた指が、止まる。【《ルクソリア》、伝説のライン《AURORA(アウローラ)》復活プロジェクト始動】 ——アウローラ。 母の工房が胸の奥に浮かんだ。 年代物のミシンと、布の匂い。 薄暗い部屋の奥に、ひとつだけ空気の違う場所があった。 古いトルソー。 埃をかぶらないよう、白い布が丁寧に掛けられている。 まるで、触れてはいけないものを守っているみたいだった。 その下に、一着のドレスがある。 工房の中なのに、そこだけ光の落ち方が違った。 ——王宮みたいだ、と、子どもの頃の私は思った。「ねえ、澪」 トルソーの前で、母は少し照れたように笑った。「これね、人生を変えるドレスなのよ」「……なんで、お母さんが?」 首を傾げる私に、母は布の端を指先でなぞりながら言った。「私は、華やかな世界に立つ人じゃないから」 穏やかな声だった。「でもね、あの世界は、こういう人間が作ってるの」 ミシンの音。 積まれた布。 母は工房を一度見渡してから、もう一度トルソーを見る。「表に出る人じゃなくても、誰かの人生を変えるものは、作れるのよ」 少しだけ誇らしそうに。「素敵でしょう?」 私は答えず、ただ頷いた。「——私も、アウローラを作る」 あのときの言葉は、叶わない憧れになって、それでも消えることはなかった。 スマートフォンの画面に戻る。 《アウローラ》復活。 記事の文字が、わずかに滲んで見える。(……まだ、終わってなかったんだ) 期待より先に、警戒が立つ。(羨ましい。でも)(私とは、違う世界) そう思って次のページを開いた瞬間、指先が止まった。【《ルクソリア》若手デザイナー・成瀬美玲、社内アワード受賞】【《アウローラ》デザイナー候補に】 画面いっぱいに、ドレスの写真が広がる。 呼吸が、浅くなる。 切り替え。 影の落ち方。 歩いたときの揺れ。 ——見覚えがあった。 自分が引いた線だ。 頭が、うまく回らない。
last updateLast Updated : 2026-01-25
Read more
第4話 狂気すら帯びた才能への独占欲
 東京・南青山。  服飾系ハイブランド《ルクソリア》本社は、通りから一段引いた場所に建っている。  その最上階で、《アウローラ》復活プロジェクトは動いていた。  壁一面の窓から、午後の光が落ちている。  テーブルに置かれているのは、  《アウローラ》復活プロジェクトの資料一式。  社長である久世怜司。  役員二名。  そして、秘書の佐々木 誠。  誰も、軽々しく口を開けない。  この部屋では、順番よりも「重さ」が優先される。 「成瀬美玲」  怜司は、資料に目を落としたまま名前を呼んだ。 「社内アワード受賞。  若手としては異例の評価だ」  それを否定はしない。  だが、次の一言は冷たかった。 「だが、《アウローラ》の候補として出してきた案は、凡庸だ」  空気が、わずかに張り詰める。 「整っている。  評価も取りやすい」  だからこそ、と続ける。 「《アウローラ》ではない」  役員の一人が、慎重に口を開いた。 「しかし、アワード案と合わせて見れば、  成瀬は有力な候補かと——」 「アワードの案は、いい」  怜司は、はっきりと言った。  指先が、最初の資料を軽く叩く。 「だが、今ここに出ている《アウローラ》案は、だめだ。  ……同じ人間の線とは思えない」  役員が息を呑む。 「候補選びは続ける。  成瀬も、外さない」  一瞬、緩んだ空気を、怜司は切り捨てる。 「ただし」  視線が鋭くなる。氷のような温度が、部屋の空気を支配した。 「盗作の疑いがあるなら、徹底的に洗え。《ルクソリア》の名を騙った以上、容赦は一切いらない」  役員の一人が、震える声で訊ねた。 「……万が一、事実だった場合は、いかがなさいますか。  成瀬は期待の若手でもあります。穏便に、という選択肢も——」 「穏便に?」  怜司が、わずかに口角を上げた。  笑みではない。それは、獲物を屠る直前の獣のような光をはらんでいた。 「勘違いするな。俺が怒っているのは、ブランドのコンプライアンスなどという、建前の話ではない」  怜司は立ち上がり、窓の外を見下ろした。  その背中からは、圧倒的な威圧感が放たれている。 「——俺が見込んだ線を、泥のついた手で汚し、あまつさえ握りつぶそうとした。  その罪は重い」 「俺の才能を
last updateLast Updated : 2026-02-01
Read more
第5話 盗んだ相手に盗作と言われた日——私はすべての仕事を失った
 電話が鳴ったのは、工房で針を進めているときだった。  母から受け継いだ、自宅兼用の小さな工房。  ——そうはいっても、賃貸だ。  作業を止め、スマートフォンを取る。 「白川さん、いつもの注文ですが……今月から、なしでお願いします」  一瞬、意味が取れなかった。 「……え。何か納品に不備が……?」  視界が、わずかに遠のく。  耳鳴りの向こうで、相手の声が続いている。 「品質の問題ではありません。白川さんの仕事は、いつも丁寧で」  数字が、先に浮かんだ。  今月分。仕入れ。家賃。 「理由は……?」  短い沈黙。 「申し訳ありません。私の立場からは、それ以上は」  それで終わりだった。  通話が切れる。  ミシンの音だけが残った。 (……一社、切れた)  大口の取引先は三社。  それで、ぎりぎり回していた。  二社目からの連絡は、もっと早かった。  方針が変わった。今回は見送る。  理由にならない言葉ばかり。  食い下がって、ようやく聞かされた。  《ルクソリア・ワークス》から、正式なクレームが入っている。  私のデザインに、盗作疑惑がある、と。  事実かどうかは関係ない。  問題になっている。それだけで十分だった。  三社目は、はっきりしていた。  問題のあるデザイナーとの取引は控えるように。  ルクソリア側から、そう言われたと。  三社。  全部、切れた。  ミシン台に手をつく。  力が抜けて、膝が床に落ちる。 「……ちゃんと……やってたのに……」  言った瞬間、涙が落ちた。  止まらなかった。  そのとき、スマートフォンが鳴った。  九条《くじょう》 遥《はるか》。  服飾学校時代の親友。 《近くまで来てる。お茶でもどう?》  胸の奥が、ざわついた。  ——知ってるのかもしれない。 ***  駅前の喫茶店は、静かだった。  向かいに座る遥は、メニューを閉じて、こちらを見る。  背が高く、中性的で整った顔立ち。  柔らかいのに、どこか芯のある雰囲気。  服飾学校を卒業して、今は海外アパレル企業のブランド企画部にいる。 「澪の盗作の話、出てる」  疑問形じゃない。 「……うん。でも、私じゃない」 「分かってる」  即答だった。 「《ルクソリア》の社内ア
last updateLast Updated : 2026-02-02
Read more
第6話 名も知らない才能に、呼吸を乱される
 バイトを始めたのは、遥が回してくれた仕事の発注書を見たその夜だった。  ありがたいと思った。  けれど、家賃と仕入れ、光熱費を計算すると、どうしても足りない。  助けられても、生活は待ってくれない。  求人サイトを開き、夜の時間帯に絞る。  ——深夜のアパレル倉庫。  迷わず応募ボタンを押した。  迷っている余裕がなかった。  その翌日、初めて足を踏み入れた倉庫。  思っていたより静かで、無機質だった。  音はある。  低い機械音と、台車の軋み。  全部、同じ調子で続く。  箱を持つ。  置く。  番号を見る。  次。  服に囲まれているのに、  それはもう服じゃなかった。  重さと数と順番だけ。  体力もきつい。  集中力も、正直きつい。  でも、それより。  でも、服のことを考えられないのが、いちばん辛かった。  一度、ぼんやりデザインを考えていたら、  バイトリーダーらしい女の子に声をかけられた。  私より、少し若い。 「すみません、ぼーっとしないでください。  ここ、流れ止められると困るんで」  だから、服のことを考える余裕は、なかった。  帰宅して机に向かっても、すぐには描けなかった。  眠くて、体が重い。  指先に、力が入らない。  それでも、スケッチブックを開く。  何十分も、ただ座っている。  鉛筆を持って、一線落とす。  ——違う。  消す。  もう一度。  これも、違う。  いいのかどうか、自分でも分からない。  分からないことが、一番怖かった。  ページだけが増えて、残る線はない。  何日も、それを繰り返した。  工房で布を裁ちながらも、頭のどこかで線を探している。 (私の線って……)  答えは出ない。  夜が明けて、またバイトに行って、戻ってきて、それでもやめられない。  七日目の夜だった。  もう、どこを直しているのか分からなくなって、これ以上触ったら完全に壊れると分かった。  完璧じゃない。  でも、今の私が触れる限界だった。  送信ボタンを押す。 「……出しちゃった」 ***  《ルクソリア》本社、最上階。  窓の外は、もう夜だった。  だが、執務室の照明は落ちていない。  久世怜司は、無言で書類をめくっていた。  
last updateLast Updated : 2026-02-03
Read more
第7話 大事な選考の日、家賃が払えなくてバイトを選んだ
 《アウローラ》二次審査の通知が届いた。  一瞬、息が止まる。  それから、胸の奥が熱くなった。 (……通った)  嬉しい。  それは、本当だった。  ——でも。  南青山の《ルクソリア》本社が浮かぶ。  磨き込まれた床。  流行の服。  値段を気にしない空気。 (私、あそこに行っていい?)  喜びは、すぐに不安に押し戻された。  期待と警戒が、胸の奥で絡む。  遥に、短く送る。 『通った』  返事はすぐだった。 『おめでとう。  自信が持てる装いで行きな』  スマートフォンを伏せる。  自信のある装い。  古いスーツしか、ない。  仕立て直せば、どうにかなる。  ——問題は、そこじゃない。 (……家賃)  今月分。  バイト代がなければ、払えない。  夜。  倉庫の休憩室で、求人サイトを開く。  二次選考の日。  指が止まる。  ……それでも。  生活は、待ってくれない。  迷ってから、  シフトを入れた。  人生を変えるドレス。  それを作るのは、きっと、私みたいにバイトを休めない人間じゃない。  そう思って、画面を閉じた。 ***  《ルクソリア》本社、最上階。  久世 怜司は、資料から視線を上げなかった。 「二次選考の日ですが」  秘書である佐々木 誠の声は簡潔だった。 「例の候補者、その時間帯にアルバイトのシフトを入れています」  怜司の指が止まる。  ——は?  一瞬、苛立ちが走った。  《アウローラ》だぞ。  それを優先しない理由が、理解できなかった。 「理由は」 「生活費です。今月分の家賃が払えない可能性があるようです」  そこで、思考が切り替わる。  ……そうか。  資料の備考欄。  収入。  勤務時間。  深夜倉庫。  数字として見ていた情報が、今になって現実として迫ってくる。 「来させろ」  短く告げる。  佐々木が頷く。 「……援助を?」  怜司は、すぐには答えなかった。  以前、同じことをした。  庇い、囲い、守った。  結果、才能は潰れた。  ——あれは援助じゃない。  支配だった。 「援助じゃない。  デザインの買い取りを」  佐々木は一瞬だけ視線を上げ、すぐに理解した。 「承知しました」  佐
last updateLast Updated : 2026-02-04
Read more
第8話 勝ち誇った彼女は、凡庸と言われて青ざめた
 ——そうして、《アウローラ》二次審査の日が来た。  あのときは、ただの選抜だと思っていた。  でも今は、わかっている。  ここは、私の線が、試される場所だ。  そして——あの人と出会う場だったのかもしれない。 ***  最初はグループディスカッション。  テーマは、《アウローラ》を、現代に蘇らせるとしたら。 「では、発表できる方からお願いします」  進行役の声が落ちる。  一瞬の沈黙。 「はい」  成瀬が、迷いなく手を上げた。  言葉は完璧に整理されている。  誰もが納得するロジック。  資料の構成も、視線の運びも、隙がない。  ——私の案を、盗んだ人なのに。  そう思った瞬間、胸の奥がひりついた。  静かな拍手が起こる。  それが、ひどく遠くに聞こえた。  私は、何も言えずに名札を見つめていた。  喉が詰まる。  言葉が、出てこない。  ……悔しい。  それなのに。  ——やっぱり、すごい。  最後まで黙っていると、名前を呼ばれた。  立ち上がる。  視線が、一斉に刺さる。 「あの……人生を変えるドレス、って……」  言葉が、ほどけない。  頭の中には、はっきりある。  光が落ちる位置。  影が生まれる瞬間。  動いたときに、初めて見える線。  でも、口から出てこない。 「……光を……変える、というか……」  沈黙。 (もう、だめだ) (帰りたい)  そのとき。 「つまり——」  成瀬だった。  私の言葉を、ためらいもなく、なぞるように拾い上げる。 「光の当たり方で、同じドレスが今にも永遠にも見える。  人生が変わったと思わせる瞬間を、設計する——そういうこと」  部屋の空気が、静かに変わる。  誰かが、はっと息を吸った。  私は、目を見開く。 (……近い) (でも——それだけじゃない)  成瀬は、ようやくこちらを見た。  勝ち誇ったような笑顔だった。  もう自分の言葉にした、と知っている顔だった。 「……そういう話よね?」  ——悔しい。  救われたのに、そう思った。  私は、何も言えずに椅子に座った。 ***  社長室。  モニターの前で、怜司は椅子にもたれたまま呟いた。 「……言葉にする訓練を、受けていないな」  秘書の佐々木が小さ
last updateLast Updated : 2026-02-05
Read more
第9話 「ここまで来い」と、私の首筋に手をかけるような、強引で熱い挑発
――そうして、《アウローラ》二次審査は、個別プレゼンへ移った。  白い壁。  長いテーブル。  正面のスクリーンだけが照らされ、会場は不自然なほど静かだった。  成瀬のプレゼンは、完璧だった。  洗練された言葉と鮮やかなデザイン画に、会場中が酔いしれている。  彼女が優雅に一礼してステージを降りると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。 (……次だ。私の番だ)  圧倒的な差に足がすくみ、私は立ち上がることができない。  そんな時、不意に視線を感じた。  審査員席の中央、久世怜司がこちらを見ていた。  彼は拍手もせず、ただ、射抜くような鋭い瞳で私を凝視している。  ……逃げたい。  そう思った瞬間、彼がほんのわずかに、彼にしか分からないほど小さく口角を上げた。  嘲笑ではない。  まるで「ここまで来い」と、私の首筋に手をかけるような、強引で熱い挑発。  その一瞬に、心臓が跳ねた。  恐怖の奥で、甘い痺れが身体を駆け抜ける。  ——この人の瞳に、私だけを映したい。  私は資料を握りしめ、一歩前へ踏み出した。 「白川澪。始めなさい」  進行役の声が落ちる。  私は一度だけ深く息を吸い、リモコンを握った。  暗転した画面に、ドレスの線が浮かび上がる。  ——その瞬間、空気が変わった。  ざわめきはない。  ただ、視線の重さが一斉に前へ寄る。  役員の一人が、無意識に身を乗り出す。  もう一人は、ペンを止めたままスクリーンを見つめている。 「……荒いな」  低い声に、胸の奥がひくりと縮む。 「だが、光の扱いが違う」  評価だと分かるまで、ほんの一瞬。  私は息を止めていた。  それでも、手は止めなかった。  ゆっくりと、線を指でなぞる。 「ここで、光が逃げます」  影が生まれる位置。  動いたときにだけ現れる輪郭。 「その影の中で、着た人が初めて自分になる瞬間が、残ると思っています」  沈黙。  誰も、すぐには評価を口にしない。  候補者たちの空気が、わずかに変わる。  誰かが息を呑み、誰かが、資料から目を逸らした。  向かいの席で、成瀬美玲が微笑みを保ったまま、テーブルの下で指を強く握りしめているのが見えた。  その瞳の奥で、苛立ちが揺れた気がした。  久世怜司が、静かに
last updateLast Updated : 2026-02-06
Read more
第10話 重く絡みつく視線の中、そのドレスは私をデザイナーにした
「……そこまで変えるの?」  鏡越しに向けられた視線は、不服そうで、わずかに尖っている。  工房の空気は、張り詰めていた。 照明の下、モデルがトルソーの前に立つ。  私は背後に立ち、呼吸のリズムを見ていた。 肩の高さ。  骨盤の傾き。  ほんの数ミリの違和感。  私は答えず、モデルの背後に回る。 「正直、今のままでもよくない?」 「……右、少しだけ落とします」  ピンを一本抜く。  布が、わずかに滑る。  次の瞬間だった。 「あ……」  モデルが、小さく声を漏らした。 「すご……全然、違う……」  鏡を見つめたまま、呆然と呟く。 「さっきまで、服を着てる感じだったのに……  今は……私、になってる……」  私は、ただ鏡越しに全体を確認する。  線は整った。  光も、影も、意図どおりに動いている。  ——これでいい。  そう思って、ようやく息を吐いた、そのときだった。  背中に、重い絡みつくような視線を感じた。  反射的に、顔を上げる。  ガラス越しの廊下。  そこに、久世怜司が立っていた。  いつからいたのか、分からない。  扉は閉じたまま。  中に入ってくる気配もない。  ただ、立っているだけ。  ……なのに。  視線が、離れない。  さっきまでの「評価する目」とは、違う。  もっと、深くて。  もっと、熱を帯びていて。  まるで――  私を、もう自分のものだと決めているみたいな目だった。  胸の奥が、きゅっと縮む。 (そんなはず、ないのに)  仕事中なのに。  集中しているはずなのに。  あの視線を意識した瞬間、心臓の音だけが、やけにうるさくなった。  私は慌てて視線を逸らす。  ……なのに。  なぜか、もう一度だけ、確かめるようにガラスの向こうを見る。  久世は、まだそこにいて。  まだ、こちらを見ていた。  逃げ場がない。  なのに、不思議と嫌じゃなかった。  それが、いちばん困った。 ***  怜司は小さく頷き、すぐ隣に控えていた秘書の方を向いた。 「このあと、軽く食事を。  社内で、場に合う服を」  それだけだった。  余計な説明も、こちらの返事を待つ素振りもない。  まるで、もうすべてが決まっている前提みたいに。 「承知しました」
last updateLast Updated : 2026-02-07
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status