竹浦 樹里亜 26歳 救命医 × 高橋 渚 26歳 救命医 出生の秘密を抱えながら医師として働く樹里亜と、俺様で強気な救命医渚。同い年で同僚カップルの恋の行方。
Lihat lebih banyak「ううー、気持ち悪い」
ムカムカと込み上げてくる吐き気がして、クラクラと目も回ってきた。 ヤバイなあ・・・目の前の景色がゆがんで見える。ドテッ
私は近くのベンチに倒れ込んでしまった。公園は自宅マンションのすぐ前。
もうちょっと頑張れば家なのに・・・もう動けない。今の時間は・・・多分、深夜11時くらい。
きっと、少し休んだら動けるようになるはず。 5分だけ、5分だけ休んで帰ろう。頭の中でそんなことを考えながら、私は持っていたバックを枕にベンチに横になった。
スーッと冷たい風が頬を撫で、公園の草の臭いもなんだか懐かしい。***
「樹里亜(ジュリア)、あんまり走らないで」
後ろの方から母の声がする。「だって、大樹(ダイキ)が」
前を走ってる兄を、私は必死に追いかけた。「いいから、戻っていらっしゃい」
妹を抱いた母が私に手招きする。「ほら、流れ星だよ」
父の声がして、私も大樹も足を止めて空を見上げた。
「うわー、キレーイ」
声を上げて、両手を天に突き上げた。
まるで、手が届きそうな星々がそこにはあった。子供の頃、夏休みはいつも軽井沢の別荘で過ごした。
元々体が丈夫ではなかった母の静養を兼ねて夏休みの始まりと共に別荘に行き、週末に父様がやってくる生活はお手伝いさんもいない家族だけの時間で、とても穏やかで幸せだった。普段は忙しい父も、来るといつも遊んでくれた。
海に行ったり、花火をしたり、天体観測もした。 都会よりも空が綺麗で見渡す限りの星空に、「いい加減に帰りますよ」と母の声がかかるまで、私達は空を見上げていた。 あの頃のまま時間が止まっていたら、どれだけ幸せだったろう。 私も、大樹も、妹の梨華も分け隔てなく遊んだ日々。 あの頃にはもう戻れない。***
「お嬢さん」
ん?声をかけられて、肩を叩かれた。
見ると、いかにもをジョギング中らしいおじさん。「お嬢さん、大丈夫かね?」
もう一度言われて、やっと思考が戻った。
うわぁー、まずい。
すでに辺りはすっかり明るくなっているし、散歩中のおばあさんも遠巻きに私を見ている。わー。わーあー。
どうしよう。 ヤバイヤバイヤバイ。色んな事を考えながら動けないでいると、
「こんなところで何してるの。早く帰りなさい」 通りすがりのおばさんに、叱られた。「すみません」
私は逃げるように目の前の自宅マンションに駆け込んだ。時刻は午前6時で、完全に朝帰りの時間。
こっそり、静かに、足音を忍ばせながら、私は部屋に入った。キッチン、リビング、寝室。
一通り見て回ったけれど、誰もいない。ふー。
「よかった」 胸をなで下ろしてベットに倒れ込む。勤務は9時からだから、2時間くらい寝られる。
目覚ましと携帯のアラームをセットして、私は眠りについた。大樹先生がアパートに泊ってから2ヶ月。 あの時はっきり断ったから、声をかけてくることはなくなった。 病院でも、何もなかったように普通に接してくれる。 それが寂しい気がするのは、私のエゴね、きっと。 「杉本さん、今日は日勤だったでしょ?」 勤務時間を過ぎても帰る様子を見せない私に、師長が声をかけた。 最近は労務管理がやかましくて、師長も残業にはピリピリしている。 「すみません。もう、帰ります」 「そう、お疲れ様」 追い立てられるように病棟を後にした私。 かといって、アパートに帰る気にはなれない。 その理由は、今日は結衣がいない日だから。 はー、寂しいな。 今まで子育てに忙しくて、1人がこんなに寂しいなんて思ったことがなかった。 このまま買い物にでも行こうかな。 良さそうな店があれば1人で飲んでもいいし。 こんな時に大樹先生がいたらいいのになあ。 バカバカ、自分が拒絶したんだった。 何考えているんだろう私。 結局足が向かったのは、以前大樹先生に連れられて行った駅前のバー。 「何かお作りしましょうか?」 マスターに声をかけられ、 「ええ、オススメのカクテルをお願いします」 注文してしまった。 「おいでになるのは2度目ですね」 「覚えているんですか?」 「はい。随分酔っていらっしゃいましたから」 はあ、そういうこと。 顔が赤くなってしまった。 「今日はお一人ですか?」 「ええ」 「どうぞ」 と出されたのは、薄いブルーの液体。 「うん、美味しい」 今日、結衣は父親の実家に行っている。
まだ桃子とデートもしたことがないのに、1日結衣ちゃんと過ごした。 行きたかったというパーラーでフルーツパフェを食べ、本屋や洋服屋を周り、スーパーに寄った。 「夕食、何にしようか?」 「うーん」 俺も結衣ちゃんもそんなに料理が得意なわけではない。 できれば、桃子が帰ったときには食事の用意ができているようにしたい。 なおかつ、俺も桃子も結衣ちゃんも好きなメニュー。 結構ハードルの高い難題に、頭を悩ませた。 「そうだ、お鍋にしようか?」 考えてみれば、今は冬ではない。 でも、いいじゃないか。 冷房を効かせてでも、今夜は鍋が食べたい 桃子は鶏肉が好きらしいし、結衣ちゃんの希望はソーセージ。 俺は・・・魚貝が食べたい。 豆腐、白菜、キノコに、〆のうどん。 そういえば寄せ鍋ってどうやって作るんだ? 「結衣ちゃん寄せ鍋作ったことある?」 「えー、大樹先生はないの?」 「うーん、ないなあ」 家は母さんが台所を仕切っていたし、父さんや俺が台所に入ることなんてないし。 「大丈夫、スマフォで検索すればすぐにわかるから」 はあー、今時の子だなあ。 アパートに帰り、桃子の帰宅に会わせて準備を始めた。 結衣ちゃんはとっても手際が良くて、どちらかというと俺の方が使われている気がする。 「もうすぐ帰って来るね」 「ああ。食器と箸持って行った?」 「うん。ゆず胡椒もね」 ゆず胡椒? 「随分大人な物が好きなんだな」 「違う、ママが使うの。結衣は辛いの食べられないから」 「フーン」 子供がいればそうなるのか。 「ただいまー」 「「お帰り」」
10時を回ってようやく結衣ちゃんが部屋から出てきた。 「おはよう」 「・・・」 「ママ、心配そうにお仕事に出かけたぞ」 「・・・」 「ご飯食べる?」 「・・・」 返事はしないつもりらしい。 それでも、結衣ちゃんのために味噌汁は温め、ご飯もよそった。 「結衣ちゃん、ご飯食べちゃって」 「・・・」 やはり返事はせず、不機嫌そうに席に着いた。 「いただきます」 「はい」 どんなに怒っていても、きちんと「いただきます」が言えるのは桃子の躾のお陰かもしれない。 なんだかんだ言って、結衣ちゃんはいい子だ。 「ママに告げ口したの?」 「え?」 「だって」 ああ、俺が桃子に話したことを怒っている訳か。 「本当は結衣ちゃんから話してもらうつもりだったんだ。でも、昨日の夜家に結衣ちゃんがいなくてママがすごく心配したから、黙っていられなかった」 「嘘」 「え?」 「ママは結衣よりお仕事が大事なのに」 はあ? 「そんなことないよ。ママは結衣ちゃんが何よりも大事なんだ。昨日の夜、ちゃんと話しただろう?」 「でも、又お仕事に行ったじゃない。今日は映画に行く約束だったのに。ママなんて・・・嫌い」 「結衣ちゃんっ」 思わず語気を強めた。 結衣ちゃんだって、ママが仕事を頑張っているのはわかってくれたはずだ。 きっと、楽しみにしていた映画がダメになって機嫌が悪いだけ。 こうしてわがままを言ってくれるのは、打ち解けた証拠。 理解はしているんだが・・・ カチャカチャと音をたて、玉子で遊びだした結衣ちゃん。 あまり食欲がないようだ。
翌朝。 いつもより早く目が覚めてしまった。 リビングのフローリングは思いの外堅くて、昨夜はなかなか寝付けなかった。 午前6時。 彼女、イヤもういいだろう。 こうしてアパートに泊めるくらいに心を許しているんだ、桃子って呼んでも問題ないはずだ。 桃子も結衣ちゃんもまだ目覚める様子はない。 昨日の夜は遅くまで起きていたんだから仕方ないか。 そういえば、今日仕事になったって言っていたな。 結衣ちゃんに話すって言っていたのに、きっと話せてないだろう。 昨日の晩は色々あったから。 さて、コーヒーでももらおうか。 うぅーん。と伸びをして立ち上がると、肩と腰が重い。 まいったなあ。 こんな事なら、狭くてもソファーで眠るんだった。 「痛て」 キッチンへ向かいながらつい口をついてでた。 まるでじじいだな。 アパートらしくコンパクトにまとめられたキッチン。 広くはないが良く整理されている。 昨日も遅かったはずなのに、鍋も食器も綺麗に片づけられていて、予約タイマーがセットされていた炊飯器が湯気を出している。 いかにも、手を抜かない桃子らしい。 その時、 「先生?」 背後から声がした。 「おはよう」 「おはようございます。姿が見えないから、帰ったのかと思いました」 普段病院で見せるより少しだけ穏やかな表情。 「目が覚めたから、コーヒーでももらおうかと思って」 「いれましょうか?」 パジャマ姿でスッピンのまま、キッチンに入ってくる。 「いいよ。今日は仕事
ガチャ。 玄関を開け、まず俺が先に入った。 結衣ちゃんは、ドアの前を動こうとはしない。 「ほら、入って」 少し強引に、手を引いた。 ここまで連れてくるのに、結構苦労した。 「ママに会えない」と泣き出す結衣ちゃんを「このまま逃げても何の解決にもならないよ。僕が一緒に行くから、帰ろう」となだめすかしながら連れ帰ってきた。 「結衣っ」 玄関まで駆けよった彼女が、強い口調で名前を呼んだ。 それでも、結衣ちゃんは動かない。 靴も履くことなく、俺を押しのけて部屋の外に出た彼女は 「いつまでそんな所にいるの。早く入りなさいっ」 ギュッと腕を引っ張って、結衣ちゃんを部屋の中に入れた。 「今何時だと思ってるの。小学生が出歩く時間じゃないでしょう」 いつもの冷静な彼女からは想像できない取り乱しようだ。 「結衣はいつからそんなに悪い子になったの」 「そんなに一方的に言うなって」 つい口を挟んでしまった。 「先生は黙っていて。結衣をこんな子にしたのは私の責任なんだから」 「こんな子って、結衣ちゃんはいい子だよ」 「小学生のくせに夜中まで遊び歩いて、どこがいい子なのよ」 話している間に興奮してきたのか、彼女が結衣ちゃんに手を振り上げた。 「オイ、やめろ」 とっさに振り上げられた手をつかむ。 「いい加減にしろ。さっき言っただろう。まずは結衣ちゃんの話を聞け。その上で違うところがあれば言えばいいだろう。お前みたいに一方的にまくし立てたんじゃあ会話にならないじゃないか。冷静になれ」 叱りつけてしまった。 うわぁー。 泣き出す結衣ちゃん。 座り込む彼女。 俺もその場に立ち尽くした。
ボロボロと流れる涙を止めることができない。 この10年間は一体何だったんだろう。 一生懸命に結衣を育ててきたつもりなのに・・・ 私の子育ては最初から間違っていたんだろうか? たとえシングルマザーでも肩身の狭い思いはさせない。私が2人分愛してあげるからと生まれたばかりの結衣を抱きしめたのは、私の独りよがりだったの? 私はいつも、どんなときだって結衣だけを見てきた。 初めて朝まで眠ってくれた日も、リビングのテーブルでつかまり立ちをした日も、初めて歩いた日も、「ママ」って呼んでくれた日も一緒にいた。 夜泣きが酷くて朝までドライブしたことだってあった。 結衣のことは何でも知っていると思っていたのに。 ピコン。 大樹先生からのメール。 『結衣ちゃんを見つけた。無事だから、安心して。もうすぐ帰るから』 はぁー、良かった。 このまま帰ってこなかったらと思うと、生きた気がしなかった。 やっと一息つき、冷めてしまったコーヒーを口に運んだ。 「苦っ」 普段からブラックを飲むのに、今日のコーヒーは苦い。 まるで今の気持ちみたい。 冷めてしまったコーヒーを一気に流し込み、溢れてしまった涙を綺麗に拭いた。 私は母親なんだから、結衣の前で泣き顔は見せられない。
Komen