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第113話

Author: 浮島
蒼空は洗面所に立ち、少しずつ自分の身に着けていた衣服をすべて脱ぎ捨てた。

そして両手で水をすくい、少しずつ自分の体にかけながら、瑛司が残した痕跡を一つずつ手のひらでなぞり消そうとする。

鏡の中の自分を無表情で見つめながら、力いっぱい肌をこすった。

蒼空の肌はきめ細かく柔らかい。

だがその手の動きは容赦なく、擦った跡が赤く斑点のように広がっていく。

どうしても消えないのなら――

より深い痕で覆い隠すしかない。

三十分後、全身びしょ濡れになった蒼空が洗面所から出てきた。

両腕をきつく抱き、自分を守るように歩く。

うつむいたまま数歩進んだとき、病室の外から瑛司が入ってきた。

蒼空は顔を上げ、白と黒のはっきりした瞳で彼を見た。

そこに感情らしい色はない。

逆に瑛司は、濡れた髪先に目を留め、眉をわずかにひそめて低く言った。

「病み上がりで風呂か?」

蒼空は唇を固く結び、冷たい視線を向けたまま何も言わない。

その態度と、身を守るように服を押さえ込む仕草――

それで瑛司は異変に気付いた。

彼の表情が一気に険しくなり、大股で彼女に近づくと、いきなり手を伸ばして衣の襟を引き開いた。

そこには、こすりつけたような赤い痕が広がっており、彼が残した痕跡はすべてその下に隠されていた。

瑛司の瞳に怒りが滲む。

怒りに笑みが混じり、顔を近づけて低く囁く。

「俺が汚いと?忘れるなよ。昨日はお前が俺にすがったんだ」

蒼空の顔色がさっと青ざめ、冷たく見返す。

確かに、あのときは自分から求めた。

あの惨めで哀願する姿は、思い出すだけで吐き気がする。

彼女は一歩後ずさり、距離を取るように身を引いた。

「これは私が罠に嵌って、自分を制御できなかったせい。

助け出してくれたことには感謝する。

でも、」

その目はさらに冷たくなり、声に歯ぎしりするような響きが混じる。

「でもあなたは、人の弱みに付け込むべきじゃなかった」

瑛司は鼻で笑い、彼女の顎をつかんでぐいと持ち上げ、冷ややかな黒い瞳で見下ろす。

「泣きながら俺に縋ったその顔、俺は忘れていないぞ」

蒼空は唇を噛む。

彼は唇の端を愉快そうに上げた。

「もし監視映像があったら――あの姿を見れば、男なら誰も我慢できないだろう」

蒼空は歯を食いしばり、勢いよく彼を突き飛ばす。

「松木家に入ってか
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