LOGIN私は行方不明になってしまったレイラ・アルトワ様の代わりだった。 だが、ある日、本物のレイラ様が現れた。 ニセモノはもう必要ない。私はやっとレイラ様の代わりから解放される。 そう思っていたのに。 義弟も婚約者も何故かそれを許さなかった。 私はアナタたちのレイラ・アルトワではないのに。
View More私の思惑通りにことは進み、あの子はついに〝レイラ・アルトワ〟であることを手放した。 私にその名を返し、リリーとしてアルトワを出ていくらしい。 父と母にそう知らされた時、どんなに嬉しかったことか。 その嬉しさが表に出ないように、どれほど耐えたことか。 あの子は周りの迷惑も考えず、早朝にここから出ていくそうだ。 仮にもアルトワの娘の旅立ちだ。当然、この家の使用人たちは、彼女を見送りに集まらなければならない。 父も母もそうするようで、何とセオドアやウィリアムまでもそこに立ち会うと言っていた。 何も全員で見送らなくても。 あの子はただの男爵令嬢であり、アルトワの所有物にすぎないというのに。 そう思うが、女神のように慈悲深く、完璧なレイラ・アルトワならそんなこと、口にしない。 早朝から出る迷惑なあの子の行いに、嫌な顔ひとつせず、朗らかに微笑むのだ。 どうか、お元気で、と。 ーーーそう、なるはずだった。 「セオ…!ウィル…!」 私から悲痛な声が漏れる。 伸ばした細い指先の向こうには、どんどん遠ざかっていく馬車がある。 あの馬車には、セオドアとウィリアムが乗っていた。 どうして。 どうしてこうなってしまったの。 あの子は1人でここから消えるはずだった。 だが、蓋を開けてみれば、あの子は消えるどころか私の大切な人を連れ去ってしまったのだ。 『姉さん。コイツはね、いずれ、今とは違う形で僕たちの家族になる人なんだ。そんな家族を1人にするわけにはいかないでしょ?』 つい先ほど、当然のようにそう言ったセオドア。
レイラ・アルトワとして、全てを取り戻す。その為に、まずは味方を作った。アルトワには、元々私こそがレイラであると知っている使用人たちもいる。彼らの中には、当然、今の状況に難色を示す者の方が多い。そんな彼らに、私は不安と涙を見せた。「私は今の状況に何一つ不満はないの。けれど、リリーがね、私に全てを奪われると思ったのか、とても冷たいの。目が合えば鋭い目つきになるし、言葉数も少なくて…」辛そうにそんなことを言い、まぶたを伏せれば、皆、私に同情した。実際、あの子は、積極的に私と関わろうとしない。いつもどこか一歩引いている。その姿をこれでもかと悪く見えるように言えば、あの子のなんてことない言動一つが、私を攻撃しているように見えるだろう。私の思惑通り、使用人たちは正義感から私を守ろうとし、時にあの子に攻撃もした。どんどんあの子に対して、使用人たちは冷たくなり、世話をする者は消え、さらにはあの子に毒を盛った者まで現れた。そして、今はあの子が使っている私の部屋から、レイラ様のものを取り戻すのだと、服やアクセサリーなどを運び出す動きもあった。けれど、この騒ぎが大きくなればなるほど、その黒幕が暴かれやすくなるというもの。私はあくまで被害者である、というスタンスを崩さず、さらには、いつも弱々しく、彼らにこう言っていた。「ねぇ、どうか私がこんな弱音を吐いていることなんて誰にも言わないでね。私は常に完璧でいたいから」すると、彼らは私の尊厳も守るのだ!と、決して涙を見せた私の話を他言しようとはしなかった。これで屋敷内でのあの子の居場所はなくなった。ーーーだが、これだけでは足りない。私はまだまだその手を止めなかった。レイラ・アルトワにはたくさんの苛烈なお友達がいるのだ。社交界で強者であり続ける為には、そういったお友達も必要だ。自分の手を汚さず、邪魔者
〝レイラ〟という名は、私のものだ。だが、私は今も〝アイリス〟として生きていた。そうアルトワで決めたからだ。では、何故そうなったのか。それはレイラと名乗る私の代わりであるあの子と私を今急に入れ替えるとなると、双方に悪影響が及ぶと判断されたからだった。私とあの子では、何もかもが違う。6年前は、私に似ていたらしいあの子にはもう、ホンモノである私のような輝きはない。そんな私たちが入れ替われば、誰だって違う存在がレイラを名乗っている、となるだろう。私がホンモノだというのに。そうなれば、いろいろな悪い噂やしなくてもいい苦労をすることになる。そうならないためにも、数年単位で徐々に、私たちを入れ替えるという結論に辿り着いた。この話を父と母から聞かされた時、私は酷く心が冷えた。一体、何を恐れてそんなことを言っているのか。私が悪い噂などに屈するはずがないのに。私ならどうにでもできる。それを両親も弟も、わかっているはずなのに。あの子を悪者にすればいい、私が悲劇のヒロインになればいい。ホンモノである私はリリーの手によってどこかに監禁され、リリーはその状況にほくそ笑み、レイラのフリをして、いつまでもそこに居座り続けていた、だとか、レイラはリリーからの暴力を恐れ、逆らえなかった、だとか。思いつく酷い話など山ほどあるし、貴族とは時に自身の利益のためならそうやって、世論を嘘で動かすものだろう。けれど、そうしないのは、両親があの子にも愛情を注いでいるからだ。彼らは、リリーを家族として認め、最善を尽くそうとしているのだ。その事実が、私は癪に障った。あの子はなんの血の繋がりもない、ただの男爵令嬢だ。それも男爵家のために売られた存在。我が家の所有物、使用人と同じような立場なのだ。そんなもの、捨て置けばいいものを。何故、私と同等に扱うのか。「アイリスもまた今度一緒にレイラの学院で
ーーーアイリス。それが、私の名前だ。私には、苗字がない。かつてはあったのかもしれない。けれど、私にはその記憶がない。数ヶ月前、ある村の近くの川辺に、天使のように美しい少女が倒れていた。その少女は驚くことに自分が何者かさえもわからないという記憶障害を起こしており、村人たちは保護した当初、大変困り果てていた。ここはこの国の中でも、山の奥深くにある辺境の地。人探しをする情報を集めようにも、その術がないのが現状なのだ。それでも優しい彼らは、記憶を失い、身元さえもわからない少女を、せめて自分たちの村の子どもとして育てようと受け入れた。医者によるとおそらく12歳くらいだと言われた少女。彼女には、新たに〝アイリス〟という名前が与えられた。山に囲まれた小さな村。簡易的な似たような家や店、畑が並ぶこの自然豊かな村で、私は1人、異質な存在だった。ふと、目にした家の窓に、その異質な存在である私が映る。鎖骨の下まで伸びる艶やかな黒髪に、そこから覗く明るい星空のように輝く濃い青色の瞳。右目の下には控えめなホクロがあり、忘れられない印象を与える。この村の人々は皆、質素で、特徴の薄い、またはあまり整っていない顔立ちの人が多い。その為、彼らと私では、何もかもが違っていた。私だけが特別な輝きを放っていた。おそらく、私は彼らとは違うものなのだろう。川辺に倒れていたということは、どこかから流れて来たということだ。天上から流されてきた天使だ、という村人もいるが、そうであってもおかしくはない。ここにいる誰もが望んでも行くことのできない、そんな場所から私は来たのではないか。そう証明したいのだが、私にはそうするための記憶が綺麗に失われていた。どんなに美しくとも、どんなに他と違おうとも、それを証明する術がない限り、私はただの小さな村にいる一住人にすぎない。特別でもなんでもない
次に目を覚ました時、私は死んでいなかった。見覚えのある天井に自分が今、レイラ様の部屋にいるのだと把握する。何となく体を起こす前に誰かの気配を感じたので、横を見てみれば、そこには椅子に座り、ベッドにうつ伏せになって寝ているセオドア様の姿があった。何故、ここにセオドア様が?疑問に思いながらも体をゆっくりと起こす。すごく重たい感じはするが、それ以外に特に目立った異常は感じられない。毒を飲んだ割には至って正常だ。今までの毒の中でも強力なものだと思っていたのだが、そうではなかったのかもしれない。「…ん」私が起きた気配を感じたのか、セオドア様も目を覚まし、体を起こした。それから至って
アルトワ伯爵家に来て早、1ヶ月。少しずつここでの生活にも慣れてきたのはいいのだが、セオドア様の私に対する嫌がらせは、現在も当然のように続いていた。相変わらず私のものはよく壊されるし、わざと物置や小さな部屋に閉じ込められる。さらには食べ物や飲み物に微量な毒まで入れられて、体調不良を起こすことも度々あった。嘔吐に腹痛に頭痛に熱まで。一通りの症状をここ数週間で全て経験した。しかし本当に微量の毒だったので、ちょっとした不調にしかならず、苦しんでも2日ほどだった。なので、私の体調不良をアルトワ夫妻は、環境が急に変わったストレスによるものだと思っているようだった。「あら、ちょうどいいところに
気まずすぎる夕食を終えた後、私は私に与えられたレイラ様の部屋で、明日やる勉強の予習と今日の勉強の復習を行う為に、机へと向かっていた。 白色と星空のような深い青色の家具で統一されたレイラ様の部屋は、1週間経った今でもあまり落ち着かない。 男爵家にいた頃は必要最低限のごくごく普通の家具たちに囲まれて生活していた。 それが今ではこんなどれもとても高そうなものばかりに囲まれて生活しているのだ。 どこかふわふわして落ち着かないのも無理はない。 「…はぁ」 そんな落ち着かない部屋で私はじっとノートを睨みつけ、今日も深いため息をついた。 …わからない。わからないから頭に全く入ってこない。
私、リリー・フローレスがレイラ・アルトワ様の代わりになって1週間が経った。 私は今日もレイラ様として、アルトワ伯爵邸内の広すぎる食堂で、アルトワ伯爵家の皆様と気が重すぎる夕食を共にしていた。 「レイラ。今日はレイラが好んでいた魚料理を用意させたのよ。どうかしら?美味しい?」 私がよく知る一般的なテーブルとは違い、何十人もの人が一斉に使えるであろう長く大きなテーブルの向こう側に優雅に腰掛ける30代前半くらいの見た目のグレーの綺麗な髪を後ろにまとめている美しい女性、アルトワ夫人がふわりと私に笑いかける。 私を優しく見つめる濃い青色の瞳は、明るい星空のように輝いており、その瞳に見つめられ
reviews