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第330話

Author: 浮島
学校としては、当然ながら厳正に対処する方針だった。

教務主任は口をきゅっと引き結び、背筋を伸ばして腕を後ろに組みながら、細長い目で蒼空を冷ややかに見下ろしていた。

その視線には、ほとんど刺すような鋭さがあった。

「学校としての考えはこうだ。君には自分のSNSアカウントをすべて公開してもらう。そして、複数のプラットフォームで久米川さんに対して声明文を出すこと。その際、学校とは一切関係がないことを明言しなさい。これはすべて君自身の判断による行為であり、結果についても君ひとりが責任を負う、学校および関係者は一切関係がない――

そう明確に述べるように」

言われなくても、蒼空はすでにそのつもりだった。

学校との関係を切ることくらい、自分でも分かっている。

ただ、瑠々への謝罪だけは、どうしても納得できなかった。

蒼空は最後まで教導主任の言葉を黙って聞いていた。

その表情にも、瞳にも、何の感情も浮かばない。

静かで、冷たくて、まるでこの場の出来事が自分とは無関係であるかのようだった。

「他に、私がすべきことはありますか」

淡々とした声。

その冷静さに、教務主任の胸にわずかな痛みが走った。

その目の奥に、一瞬だけ哀れみと同情の色が浮かぶ。

誰の目にも明らかだった。

蒼空と瑠々の騒動――

その本質は決して単純なものではない。

むしろ、瑠々こそが全ての発端であり、唯一の加害者だった。

彼女は巧妙に世論を操り、自分を被害者として演出した。

盗作が暴かれた直後、「自らシーサイド・ピアノコンクールの優勝トロフィーを返上する」というニュースを流し、メディアを通して一斉に報道させた。

結果として、世間の注目は「盗作問題」ではなく、「トロフィーを手放した高潔な少女」という美談へとすり替えられた。

さらに彼女は「うつ病を患っている」と自ら公表し、返上と病の話題を巧みに重ねてみせた。

そうして人々の同情を完全に自分の方へ引き寄せたのだ。

その陰で、蒼空は何もしていない。

彼女は無実だった。

にもかかわらず、瑠々の手によって、何度も何度も汚名を着せられ、ネットの中で悪意に晒され続けた。

そして今、被害者である彼女が、加害者に頭を下げさせられようとしている。

どれほど残酷で、どれほど理不尽な構図だろう。

この一連の流れを見れば、少しでも物事を見極め
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