復縁しない!許さない!傲慢社長が復縁を迫ってきても、もう遅い!

復縁しない!許さない!傲慢社長が復縁を迫ってきても、もう遅い!

By:  月下Updated just now
Language: Japanese
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六年間、一途に愛した深津蒼介(ふかつ そうすけ)こそが運命の人だと、星野文月(ほしの ふみづき)は信じていた。 だが、結婚を目前に控えたある日、蒼介が別の女と密会する写真を目にしてしまった。 裏切った婚約者、その浮気相手、そして彼女を見下す姑――いっそ、その三人だけでお似合いの家族にでもなればいい。 過去を断ち切り、文月は新たな人生を歩み始めた。 画家としての才能を開花させ、自らの力で莫大な富と輝かしいキャリアをその手に掴んだ。 数年後の再会。蒼介の目に映ったのは、かつての面影はなく、一段と美しく成長し、別の男性の腕に抱かれ、妖艶に微笑む文月の姿だった。 蒼介は、彼女の前にひざまずき、涙ながらに復縁を懇願する。 しかし、文月を優しく抱き寄せるその男性は、蒼介に冷ややかな視線を向け、静かに言い放った。 「文月に二度と近づくな。お前は、彼女に相応しくない」

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Chapter 1

第1話

「本気で婚約を解消するつもりなの?」

テーブルの向かい側で、上質な服に身を包んだ中年女性が、疑いの目を向けてきた。

星野文月(ほしの ふみづき)は、目の前に置かれた婚約書を手に取ると、迷うことなく真っ二つに引き裂いた。そして、深津蒼介(ふかつ そうすけ)の母親――深津梨沙子(ふかつ りさこ)へと視線を戻した。

「これで、信じていただけましたか?」

梨沙子は一瞬言葉を失い、目には明らかな驚きが浮かんだ。だが、すぐに嘲るように唇を歪めた。「いいでしょう。新しい身分はこちらで手配してやるわ。一ヶ月以内に、この澄川市から出ていきなさい」

文月はグラスを握りしめ、静かに頷いた。「わかりました」

彼女がバッグを手に席を立とうとすると、梨沙子が鋭い声で呼び止めた。「約束は守ってもらうわよ。余計な騒ぎは一切起こさないこと。もし蒼介のお父さんが彼の浮気を知ったら、ただじゃ済まないから!」

文月の足が止まった。ある過去の出来事が、脳裏をよぎる。

かつて、他人から見れば、彼女と蒼介の関係は陳腐なおとぎ話そのものだった。ド貧乏シンデレラが、白馬の王子様に見初められた物語。

大学時代、彼女は真面目な優等生で、彼は誰もが憧れる御曹司。どう考えても、交わるはずのない二人だった。

それなのに、蒼介は彼女に一目惚れしたのだ。

周囲の学生たちの話では、蒼介はまるで何かに憑かれたかのように、彼女と付き合うためなら、どんな無茶でもした。

勉強嫌いだった蒼介が、彼女の欲しがっていた一冊の専門書を手に入れるため、雪の降る冬の夜に街中を探し回ったこともあった。

彼女が魚料理を好むと知ると、夜明け前から釣りに出かけ、危うく川で溺れかけたことさえあった。

当初、文月は身分の差があまりに大きいことを理由に、彼の熱意に感動はしても、彼の想いを何度も断っていた。

しかし、彼女との婚約を許してもらうため、蒼介は実家で土下座までし、父親に本気で足を折られかけたのだ。

病院へ運ばれる途中、蒼介は彼女に電話をかけ、震える声で「結婚してほしい」と告げた。

その夜、文月はついに心を開き、蒼介こそが一生を共にする相手だと確信した。

大学時代から卒業、そして婚約したこの二年間を含め、六年の歳月を共にしてきた。

もうすぐ結婚というその時に、自分だけを見つめてくれていたはずの男が、なぜ突然心変わりしてしまったのか。彼女自身にも、それが信じられなかった。

……

その夜、文月はリビングで蒼介の帰りを待っていた。

夜十一時を過ぎても、彼が帰ってくる気配はない。

文月はスマホを手に取り、彼に電話をかけた。

三度目の呼び出し音で、ようやく相手が出た。

「文月?ごめん、今ちょっと接待中でさ。どうしたんだ?」蒼介の声は、とろけるように甘い。

電話の向こうから聞こえる騒がしい音楽に、文月は尋ねた。「バーにいるの?」

蒼介は言い聞かせるように説明した。「ああ、大事な接待なんだ。少し長引きそうで、帰りが遅くなるかもしれない」

その直後、蒼介の息遣いがわずかに乱れ、唇が絡み合うような、生々しい音が聞こえた。

かすかな音だったが、耳のいい文月はそれをはっきりと捉えてしまった。

胸がずきりと痛み、彼女はかろうじて声を絞り出した。「今……すぐ帰って来られない?」

蒼介は深く息を吸い込んだ。情欲を抑えきれないのか、声が微かに震えていた。「相手がまだ帰らないんだ。たぶん無理だな。でも約束するよ。この席が終わったら、すぐに飛んで帰るから。それでいい?」

文月の心は、完全に冷え切った。彼女は乾いた唇の端を吊り上げた。「わかったわ。じゃあ、切るね」

電話を切り、スマホを強く握りしめる。

三日前、蒼介のシャツの襟に口紅の跡を見つけた彼女は、親友の桜井由美(さくらい ゆみ)と一緒に蒼介のいるバーへ向かった。

薄暗い店内で、蒼介は白石萌々花(しらいし ももか)を腕に抱き、気だるげな表情で友人に愚痴を漏らした。「正直、彼女にはもう飽きたんだ。活気も個性もない。こっちの思い通りになるだけの粘土人形みたいで、つまらない」

文月の瞳から光が失われ、ドアを開けようとしていた手が止まった。自分の心が砕ける音が、はっきりと聞こえた気がした。

由美は背後で、文月を心から気の毒に思いながら、呆然と呟いた。「嘘でしょ……あれ、本当に蒼介さんが言ってるの……?」

文月は苦笑いしたが、どう答えていいかわからなかった。実のところ、蒼介がもう自分を愛していないことには、うすうす気づいていた。

半月前、文月は蒼介が見知らぬ華奢で美しい女性を抱きしめ、ある邸宅に入っていくのを目撃してしまったのだ。

すぐに探偵を雇い、多くの証拠書類と写真を入手した。

女性の名前は白石萌々花。大学を卒業したばかりで、深津グループに採用されたばかりのインターン社員だった。

出勤初日に、二人は関係を持ったという。

ホテル、高級レストラン、夜景の見えるバー。写真の中の二人は、幸せそうに睦み合っていた。

彼女が家で結婚式の準備に追われ、月末の挙式のために夜更かししている間、蒼介は何も手伝わないどころか、外で別の女性と不倫関係になったのだ。

家に帰るたびに、彼はまだ彼女を深く愛しているかのように振る舞い、彼女の肩を揉み、足をマッサージし、「今日も一日お疲れ」と囁いていた。

すべてが嘘。すべてが腐りきっていた。

文月は目を閉じ、静かに二階へ上がると、部屋にある宝飾品をすべて箱に詰めた。

「もしもし、佐藤さん?いくつか宝飾品を処分してほしいの。それと、予約をお願いしていた結婚式場、キャンセルしておいて」

電話の向こうで、佐藤和也(さとう かずや)が少し驚いたように尋ねた。「星野さん、社長と喧嘩でもしたんですか?」

「いいえ。式場は、私が自分で選び直すことにしただけよ」

文月がそう言い終えるか終えないうちに、窓の外を車のヘッドライトが横切った。

彼女は電話を切り、窓辺に寄った。

蒼介が車から降りてきた。相変わらず背が高く端正で、スーツを完璧に着こなしている。

ただ、襟元は乱れ、シャツから鎖骨が覗いていた。

彼は慌てて襟元を直し、いつもの香水を軽く吹きかけ、身なりを整えてから家に入ってきた。

その一部始終を、文月は目に焼き付けていた。

胸が、締め付けられる重苦しい痛みを感じる。

やがて部屋のドアが開き、蒼介が入ってきた。彼は後ろから文月を抱きしめ、彼女の肩に頭を埋めてすり寄った。「文月、ただいま。ここ数日、飲み会続きでごめんね。もしかして、怒ってる?」

その声には、探るような響きがあった。

文月は彼の腕からそっと抜け出し、振り返って静かに尋ねた。「接待じゃなかったの?どうして早く帰ってきたの?」

蒼介は笑って彼女の手を取り、甘い眼差しを注いだ。「君が帰ってきてほしいって言うなら、全部放り出してでも帰ってくるさ。どんな取引先やプロジェクトも、文月より大事なものなんてないよ」

彼はズボンのポケットからアクセサリーケースを取り出し、文月に手渡した。

「プレゼント。開けてみて」

文月が受け取ると、中にはダイヤモンドが散りばめられた高価なブローチが入っていた。

だが、彼女は一目で思い出した。三日前に探偵から送られてきた写真の中で、黒いワンピースを着た萌々花が、胸にまったく同じものを付けていたことを。

かつては自分だけのものだったはずの愛情が、今や蒼介によって二人に分け与えられている。

何より皮肉なのは、同じプレゼントを、蒼介があの女に贈ってから三日後、ようやく彼女にも買ってきたことだった。

彼女は、もう彼の「都合の良い女」に成り下がったのだ。

心臓に、無数の細い針が突き刺さるような痛みが走り、顔から血の気が引いていく。

蒼介は彼女の様子の変化に気づき、眉をひそめた。「文月?どうしたんだ?」

文月は必死に感情を抑え、微笑んでみせた。「ううん、何でもないわ。プレゼント、とても素敵ね。あなたを呼び戻したのは、サインしてほしい書類があったからなの」

彼女は振り返って書類を一部取り出し、署名欄を指差した。

「西ノ丘にあるあの別荘、とても気に入ってるの。私に譲ってくれない?」

蒼介は笑い、ペンを取ると、内容をろくに確認もせず、気安くサインした。「なんだ、そんなことか。これから欲しい不動産があったら、直接佐藤に手続きさせればいいんだよ。いちいち俺に聞かなくていい。俺のものは、すべて文月のものなんだから」

文月は黙ってその書類を引き出しにしまった。

おそらく、蒼介は永遠に知ることはないだろう。その書類が持つ、本当の意味を。
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第1話
「本気で婚約を解消するつもりなの?」テーブルの向かい側で、上質な服に身を包んだ中年女性が、疑いの目を向けてきた。星野文月(ほしの ふみづき)は、目の前に置かれた婚約書を手に取ると、迷うことなく真っ二つに引き裂いた。そして、深津蒼介(ふかつ そうすけ)の母親――深津梨沙子(ふかつ りさこ)へと視線を戻した。「これで、信じていただけましたか?」梨沙子は一瞬言葉を失い、目には明らかな驚きが浮かんだ。だが、すぐに嘲るように唇を歪めた。「いいでしょう。新しい身分はこちらで手配してやるわ。一ヶ月以内に、この澄川市から出ていきなさい」文月はグラスを握りしめ、静かに頷いた。「わかりました」彼女がバッグを手に席を立とうとすると、梨沙子が鋭い声で呼び止めた。「約束は守ってもらうわよ。余計な騒ぎは一切起こさないこと。もし蒼介のお父さんが彼の浮気を知ったら、ただじゃ済まないから!」文月の足が止まった。ある過去の出来事が、脳裏をよぎる。かつて、他人から見れば、彼女と蒼介の関係は陳腐なおとぎ話そのものだった。ド貧乏シンデレラが、白馬の王子様に見初められた物語。大学時代、彼女は真面目な優等生で、彼は誰もが憧れる御曹司。どう考えても、交わるはずのない二人だった。それなのに、蒼介は彼女に一目惚れしたのだ。周囲の学生たちの話では、蒼介はまるで何かに憑かれたかのように、彼女と付き合うためなら、どんな無茶でもした。勉強嫌いだった蒼介が、彼女の欲しがっていた一冊の専門書を手に入れるため、雪の降る冬の夜に街中を探し回ったこともあった。彼女が魚料理を好むと知ると、夜明け前から釣りに出かけ、危うく川で溺れかけたことさえあった。当初、文月は身分の差があまりに大きいことを理由に、彼の熱意に感動はしても、彼の想いを何度も断っていた。しかし、彼女との婚約を許してもらうため、蒼介は実家で土下座までし、父親に本気で足を折られかけたのだ。病院へ運ばれる途中、蒼介は彼女に電話をかけ、震える声で「結婚してほしい」と告げた。その夜、文月はついに心を開き、蒼介こそが一生を共にする相手だと確信した。大学時代から卒業、そして婚約したこの二年間を含め、六年の歳月を共にしてきた。もうすぐ結婚というその時に、自分だけを見つめてくれていたはずの男が、なぜ突然心変わりしてし
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第2話
翌日、蒼介は仕事を休み、わざわざ時間を作って文月を宝飾店へ連れて行こうとした。文月は言われるがままに従ったが、心は凪いでいた。蒼介が急に、最近自分をないがしろにしすぎていると感じたのか、あるいは良心が咎めたのか、どちらにせよ、もはや文月にとってはどうでもいいことだった。一ヶ月以内なら、蒼介が何を買おうと、すべて受け取るつもりだ。それは自分が受け取るべき当然の対価。もらわないわけがない。文月は蒼介に連れられ、市内で最も格式高い宝飾店へと足を踏み入れた。老舗ブランドで、特に限定品のジュエリーセットが有名だ。店に入るとすぐ、文月は中央に飾られた店の看板商品に目を奪われた。燦然と輝くダイヤモンドのティアラ、大粒のダイヤが揺れるイヤリング、そして繊細なレースとシルクで仕立てられた、壮麗なウェディングドレス。どう見ても、ある一人の花嫁のために特別にあつらえられたものだ。四千六百万円という値段を表示するスタンド看板が、その衣装の下に輝いている。文月の意識は、一瞬でそれに引きつけられた。なぜなら、探偵から送られてきた証拠資料の中に、この店への四千六百万円の送金記録があったからだ。かつて結婚の計画を話し合っていた時、蒼介は言った。盛大な結婚式を挙げて、純白のドレスを纏った彼女を、世界で一番のプリンセスとして迎え入れたい、と。甘い愛の誓いも、男が気まぐれに口にした約束に過ぎず、あっさり他の女に与えられてしまう。それを本気にした彼女だけが、永遠の愛を夢見ていた日々の果てに、無慈悲な裏切りを突きつけられた。文月の呼吸がわずかに乱れる。すると、彼女の視線に気づいた店員が言った。「お客様、こちらのドレスはすでに売約済みでして。三日前に全額前払いでご予約が入り、今は一時的にお預かりしているだけなんです。申し訳ございません」文月は動きを止め、蒼介に視線を向けた。蒼介の目が、一瞬不自然に揺らいだ。他の店員たちが、感嘆の声を上げた。「なんでも、あるお金持ちが恋人に贈ったそうですよ。まだ結婚の話も出ていないのに、この気前の良さですって」「羨ましいわね。そのお金持ち、絶対に彼女のことを本気で愛していますね」「皆さんご存じないでしょうけど、その女性が店に来てこのドレスに一目惚れして、電話一本かけただけで、すぐにお金が振り込まれた
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第3話
水を飲んでいた文月は、その言葉に思わず動きを止めた。彼女は蒼介の方を向き直る。「キャンセルはしてないわ。ただ、前の場所はあまり良くないと思ったから、会場を変えようと思っただけ」蒼介はネクタイを少し緩め、笑いながら近づいてきた。「どこが良くないんだ?あそこは『恋人の聖地』ヴィーナスだぞ。心から愛し合う者同士がそこで誓いを立ててこそ、末永く添い遂げられるっていう伝説があるんだ。縁起がいいと思わないか?」文月の瞳に、一瞬、嘲りの色が浮かんだ。ええ、心から愛し合う者だけが、ね。でもあなたは胸に手を当てて、今でも昔と変わらずこの私を愛していると言えるの?その言葉を、文月は口には出さなかった。代わりに、自分のものとは思えないほど穏やかな声が響くのが聞こえた。「やっぱり場所を変えたいの。結婚式のことは、全部私に任せてくれるって言ったでしょう?」蒼介は一瞬虚を突かれたが、すぐに笑みを浮かべた。「わかったよ。全部、俺の奥さんの言う通りにする。一ヶ月後、君が用意してくれるロマンチックで素敵な結婚式を楽しみにしてる」文月はただ微笑むだけで、何も言わなかった。穏やかにそこに座る彼女の姿は、まるで一枚の絵のように美しかった。蒼介は思わず見惚れ、彼女に寄り添って囁いた。「なあ、文月。最近仕事が忙しくて、君を全然抱けてないな」文月の体はこわばり、気づかれないようにそっと身を引くと、立ち上がった。「少し疲れているの。また今度にして」蒼介が何か言う前に、文月はさっさと二階へ上がってしまった。部屋に戻ると、彼女は一本の電話をかけた。相手が出ると、文月は名乗った。「もしもし、星野文月です。出品していた絵ですが、取り下げていただけますか。売るのはやめました」電話を切ると、彼女は机に向かい、パソコンを立ち上げてオークションの公式サイトにログインした。オークションに出品されていた「春の息吹」は、すでにページから消えていた。文月はデスクトップに保存されている別のファイルを開き、パスワードを入力する。中には、百枚を超える色とりどりの絵が画面いっぱいに表示された。彼女は下へスクロールし、「春の息吹」の画像をクリックした。それは完全な手描きの作品で、春風に揺れる梨の花が、見る角度によって鵲の輪郭を浮かび上がらせる。巧妙でありながらわざとら
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第4話
個室のドアが開けられ、文月は中に座る蒼介と、彼にぴったりと寄り添う萌々花の姿を見た。萌々花はまだ不満そうに、蒼介のほうへさらに体を寄せる。男が距離を取ろうとしているにもかかわらず、彼女はやめようとしない。あからさまな挑発だ。文月は目の前の女を観察する。整った顔立ちに、透き通るような白い肌。いかにも清楚可憐な少女といった風情だ。よりにもよって、そんな娘が人のものに手を出すとは。小夜子がすぐに立ち上がった。「文月、ちょうどよかったわ。蒼介とあなたの結婚式の打ち合わせをしてたのよ。あなたも来たことだし、一緒に座って話しましょう」小夜子は文月の手を引こうとするが、文月の視線は萌々花に釘付けになったままだった。「彼女は誰?」蒼介の目に一瞬、後ろめたさがよぎる。彼が立ち上がって説明するより先に、萌々花の手が突然、彼の体のとある場所へと押し当てられた。二人はテーブルの下で、人目も憚らず、そんな恥知らずな行為に及んでいる。文月には、蒼介の顔に浮かんだ愉悦の色がはっきりと見えた。彼はきっと、こういうスリルや、背徳感を求めているのだろう。「あなたが、未来の社長夫人でいらっしゃいますね」萌々花は唇の端を上げた。「白石萌々花と申します。新しく社長のアシスタントになりました」文月は眉をひそめた。「アシスタントですって?結婚式の打ち合わせに、アシスタントも同席させるものなの?」小夜子は二、三度咳払いをし、気まずさを隠すように水を一口飲んだ。「文月、白石さんは蒼介のそばで仕事に慣れているところなのよ。まだ新人だし、それに彼女の知り合いに、素晴らしいウェディングプランナーがいるの」萌々花は立ち上がると、グラスを手に文月の前まで歩み寄った。「社長夫人、一杯どうぞ!」文月は彼女の着ているドレスに目をやった。どこか見覚えがある。自分のクローゼットにあるドレスとよく似ているが、あれは一点物のはず。彼女が着ているのは、おそらく模倣品だろう。文月が萌々花からグラスを受け取った、その次の瞬間。萌々花の手から力が抜け、グラスが彼女自身のドレスの上に落ちた。彼女の目は、瞬く間に赤くなった。蒼介は立ち上がり、萌々花を自分の後ろに引き寄せると、心配そうに言った。「大丈夫か?」萌々花は非難がましい視線を文月に向けた。「社長夫人、どうし
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第5話
個室に戻ってきた萌々花の目は、赤く腫れていた。蒼介の顔色が変わる。「萌々花、文月に何かされたのか?」萌々花は何も言わず、ただ蒼介の胸に顔をうずめる。「私がこんな素敵な服を着る資格なんてないって……ただのアシスタントのくせに、真似したって滑稽なだけだって……」その言葉に、蒼介は指を強く握りしめた。「あいつはいつもそうだ。俺が甘やかしすぎたせいで、いつの間にか手に負えなくなっていた!」小夜子も口を挟む。「蒼介、本当に彼女と結婚する気?あんな性格、我慢できる人なんていないわよ。前から気に食わなかったのよ。萌々花みたいな、か弱い子をいじめるなんて。結婚前からあの調子じゃ、先が思いやられるわ」蒼介は目を伏せた。「形だけの結婚だ。俺が一番愛しているのは、萌々花なんだ」文月はドアの外に立ち、中の会話を聞いていた。自分は小夜子に対して、誠意を尽くしてきたつもりだった。昔、小夜子が失恋するたびに、そばで話を聞き、必死に慰めたのは自分だった。小夜子がブランドバッグを欲しがれば、友人に頼んで海外で買い付けてもらった。時には自分の足で走り回り、ただ彼女を喜ばせたい一心だった。バーで酔って喧嘩になった小夜子を庇い、代わりに殴られたことさえある。本当に痛かったのだ。それなのに、今、小夜子が口にしているのはその言葉。やはり、自分の必死の献身がもたらすものなど、裏切り以外にありはしないのだ。文月は身を翻し、その場を離れると、友人へメッセージを送った。【あのバッグ、もういらない。】それは小夜子が半年も心待ちにしていたバッグだった。誕生日に合わせ、わざわざ特注のドレスまで用意していたというのに。もう、その必要もない。せいぜい偽物のバッグでも持って、誕生日を祝えばいい。バーを出て家に帰ると、オンライン画展のチケットが届いていた。数ヶ月前に手配していたもので、ようやく開催されるのだ。自分の絵がどうなっているか、見に行きたかった。翌日、文月は車で画廊へ向かった。彼女の絵はネット上で有名だった。「感情」をテーマにしており、多くの富裕層が、美しい愛の記念として彼女の絵を買い求め、家に飾っていた。皮肉なことに、その愛は完全に打ち砕かれ、美しい思い出を込めたはずの絵は、今やただの当てつけにしか見えない。文月は身分を隠して会場
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第6話
萌々花は唇を噛んだ。邸宅ですって?蒼介が文月に邸宅を?それに、あの電話で聞こえてきた言葉が頭から離れない。「婚前契約書も忘れないで。結納として、深津家の株式をいただくのよ」萌々花は、もう我慢の限界だった。それは彼女の子供のものになるはずのもの。どうして文月なんかに渡してなるものか。怒りに任せて、彼女は画廊を飛び出した。文月はそれを見て、口元をほころばせた。案の定、その夜、蒼介は安眠を得られなかった。萌々花は妊娠してからというもの、以前にも増してわがままになっていた。かつては蒼介を立て、何でも言うことを聞く素直な女を演じていたが、女には野心というものがある。深津夫人の座は一つしかない。そして今、その場所には文月という邪魔者が居座っている。蒼介が文月に邸宅と株式を与えたと知った今、萌々花は完全に行動を抑えられなくなっていた。蒼介が仕事から戻り、疲れ切った体で萌々花を抱きしめようとした途端、彼女は目を真っ赤にして彼を責め立てた。「あなたの心には星野さんしかいないのね。私なんてどうでもいいんでしょ!お金も邸宅もあの人にあげて、結婚までするなんて。蒼介、私のこと、お腹の子のこと、本気で考えたことあるの?」蒼介の顔が、一瞬にして冷たくこわばった。だが、すぐにいつもの表情に戻ると、萌々花をなだめ始める。「俺が一番愛しているのは君だけだ。結婚は、あいつが六年もそばにいたから、責任を取らないといけないだけなんだ。萌々花、もう少しだけ我慢してくれないか?今すぐ蒼月湾の邸宅を君の名義にする。明日からそこに住んでいいから!」萌々花は唇を尖らせたが、男を追い詰めすぎるのは得策ではないと知っている。彼女はただ、こう急かすだけだった。「じゃあ、早く行ってきて」文月は、蒼介がこの邸宅に戻ってくるとは思っていなかった。彼の目元には、うっすらと隈ができている。体からは強い酒の匂いがした。あまりにも疲れているのか、演じる気力さえないのだろう。纏った香水の匂いが鼻をつく。彼はソファに身を投げ出し、そのまま動かない。周囲は奇妙なほど静まり返り、やがて文月が彼のために白湯を一杯持ってきた。彼女がただ蒼介を見つめていると、男は突然起き上がり、彼女をその腕の中に閉じ込めた。「文月、会いたかった。あいつらが無理やり酒を飲ませるんだ。
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第7話
蒼介の手が文月の腰に近づき、その掌の熱さに、彼女は思わず身を引く。「蒼介、私、生理なの」蒼介の動きが止また。彼は視線を外し、その目にははっきりと不満の色が浮かぶ。「なあ、文月。君の周期はちゃんと覚えてる。今じゃないはずだ」彼は文月を見る。「この間も結婚式場をキャンセルしたいって言ってたし、俺が最近、仕事で構ってやれなかったから怒ってるのか?機嫌を直してくれよ。明日はおばあ様の誕生日なんだ。一緒に行こう?」深津家の人間の名を聞いた途端、文月の体はこわばる。実のところ、深津家の人間は彼女を快く思っていない。特に蒼介の祖母、深津美代子(ふかつ みよこ)は、文月が蒼介のそばに六年いても子供ができないのは、彼女に子供を産む能力がないからだと決めつけていた。今、萌々花が妊娠したのだ。美代子はさぞ喜ぶことだろう。そんな場所へ行けば、彼女こそが本当の道化師になってしまう。「蒼介、最近ちょっと忙しいの」文月は会うのを避けたい。彼女は深津家の人間と会いたくないし、向こうも彼女に会いたくはないのだ。しかし蒼介は、深津家は文月に対して十分に良くしてやっていると思っていた。彼はわざと傷ついたふりをして言った。「文月、俺の家族が嫌いなのか?」文月は幼い頃に両親を亡くした孤児だ。かつての蒼介なら、彼女に家族がいないと聞けば、ただ心を痛めてくれた。だが今の蒼介はこう言う。「君には両親がいないんだから、俺の両親が君の両親だ。もう少し、うちの家族と親しくなろうとしてくれないか?」親しくなりたくないのは、自分の方だろうか?文月は自嘲の笑みを浮かべた。いくら自分が媚びへつらっても、深津家の人間は彼女を品がないと見下すだけだ。これ以上続けても、時間の無駄でしかない。「蒼介、行くわ」彼女は小さくため息をつき、ついに諦めて頷いた。彼女はわかっていた。自分は、蒼介に逆らうことなどできないのだ。蒼介は彼女の腰を抱き、腕の中に引き寄せた。文月は胸に吐き気を覚えたが、その腕の中は、かつては彼女にとって唯一の安らげる場所だった。文月は、自ら進んで惨めになるような女ではない。蒼介との六年の愛情がどれほど深いものであっても、彼が浮気をした瞬間に、すべては粉々に砕け散ったのだと、彼女は知っていた。蒼介は口元に笑みを浮かべた。「文
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