Mag-log in夫・奏多は『人生を狂わせた女』と私の事を憎んでいる。罠なんて仕掛けていない、それに本当は私も被害者だ。でもこの誤解が解けたら関係が変わるかも……そう思っていたが、ある日、家に帰ると奏多は泣いている麗華の肩を抱い寄せていた。私に気づくと、奏多は突き刺すような瞳で激怒した。 私が殺人未遂?そんなことするわけないじゃない。だけど、麗華のことを信じる奏多。そんなに麗華が大事なら勝手にすれば?これ以上、あなたはとはいれないわ、さようなら。離婚届をつきつけた翌日、私は荷物をまとめて屋敷を後にした。四年後―――偶然、再会を果たすと元夫は今まで一度も見せたことのない必死な表情で私に付きまとうようになったのだ
view more月明かりが静まり返った寝室を青白く照らす深夜二時、寝室のドアが開く音が聞こえた。寝たふりをしていた私の背中に、硬く熱い胸板が押し付けられる。
「……起きてるんだろ」
住吉グループの次期後継者であり、夫でもある住吉奏多は、私の耳元で小さく囁いて返事も待たず、大きな手で私の腰を引き寄せた。口元から漂うウイスキーの香りとガウン越しに伝わる体温の熱さに心臓が跳ねる。
奏多の手は迷いなくガウンの隙間に滑り込み、指先は繊細な動きで私の身体の曲線をなぞっていく。後ろから首筋に落とされる熱くて深い吸い付くようなキス。その感触に身体が震えた。
「あ、んっ……奏多……」
その声に、奏多は私の髪を乱暴にかき分け、剥き出しになった胸に何度も指ではじいて弄ぶ。熱に浮かされたような声が漏れると、奏多は私の耳たぶを甘く噛み、吐息を吹きかけた。
「もう感じたのか?いやらしい女だな」
意地悪な言葉で罵られているというのに、奏多に触れられているという事実だけで、私の内側は愛おしさで疼いてしまう。奏多の指が私の身体の奥深くに侵入し、容赦なく快楽の渦へと引きずり込んでいく。奏多は、自分のガウンを床に脱ぎ捨てると私の中へと入ってきた。
激しく求められるたび、私は奏多を拒絶することができず、むしろその腕の中にしがみついてしまう。汗ばんだ肌が密着し、吐息が重なり合う。
この瞬間だけは、彼が私を見ているのだと感じることが出来た。
(もっと、もっと私を見て――――――)
愛を乞うように奏多の首に腕を回すと、奏多は鼻で笑い、動きをはやめて私の身体を支配していった。
――――翌朝、着替えを終えて家を出ようとする奏多はリビングに立ち寄ると分厚い封筒を手渡してきた。
「……これは、何ですか?」
私が尋ねると、奏多は視線すら合わせずに冷たく言い放った。
「昨日の『奉仕』への報酬だ。お前のような女には、言葉よりも金の方が分かりやすいだろ。岡田家への仕送りもしておいた」
心臓をナイフで抉られたような衝撃が走る。彼にとって私は身体を売る女と同じ、あるいはそれ以下の存在なのだ。
「報酬だなんて……私はあなたの妻として……」
「妻? 笑わせるな」
奏多が立ち上がって私に歩み寄る。彼の鋭い瞳が私を射抜いた。
「二年前、あのホテルでお前が仕組んだスキャンダル。俺はそのせいで、麗華との未来を奪われた。お前がその薄汚い身体で俺の隣を勝ち取った代償は、一生かけて払わせてやる」
「私は、何も仕組んでなんていない! あの夜のことは、私も……」
「黙れ。お前の言葉など一切信じるものか」
奏多は、お金が入った封筒をわざと逆さにして私の足元にぶちまけた。百万円を束ねる帯が取れ、床に散らばる一万円札に屈辱で視界が滲む。膝をつき、足元に散らばった札束を震える手で一枚ずつ拾い集めるが、 惨めで、苦しくて、息ができない。
奏多がいなくなってから寝室で着替えをしていると、姿見に自分の身体が映り込んでいた。胸元には赤紫色の痕が点々と残っている。これは、奏多からの愛の証ではなくただの「所有物」として扱った刻印だ。
(身体を重ねている時だけじゃなくて、普段から奏多に愛されたい……)
奏多に抱かれるたびに『この人は愛はないけれど欲のために私を抱いている』と虚しさがこみ上げてきたが、いつか私を見てくれる日が来るかもしれないと淡い期待を抱きながら奏多のために、食事や身支度などをこなしているのであった。
(もし、子どもが出来たら……奏多は変わってくれるのかな?私たちをいい方向に導いてくれたりするのかしら)
もう一か月半も生理が来ていない。もしかしたらという微かな期待を胸に、私は病院へと向かった。
「おめでとうございます。妊娠していますね。」
主治医である森本医師が、私のお腹に機械を当てながらにこやかに話しかける。モニターを覗くと小さくて丸いものが僅かに動いている。
「これが赤ちゃん。まだ小さくて人のカタチはしていないけれど、これからどんどん大きくなって手や足が作られていくんですよ。ほら、今もこうして動いているでしょう。これは、赤ちゃんの心臓の動きだよ」
まだ私のお腹に命が芽生えているなんて信じられなかったけれど、画面に映る小さな丸は確かに呼吸をしている。その事実に、言葉で言い表せないほどの喜びがこみ上げる。しかし、森本医師は表情を少し険しくしてから付け加えるように言った。
「ただし、遥さんは通常より子宮の壁が非常に薄いため他の人より流産の可能性が高いです。決して無理をしないようにしてください」
(流産の可能性……?)
せっかく宿ったこの命が産まれる前になくなってしまうことに恐怖で背筋が凍る思いだった。あのエコー画面だけでも喜びに満ちているのに、この子が外の世界を知る前に命が途絶えるなんて悲しみで心がおかしくなりそうだ。
(森本医師の言うことを守るためにも、奏多に言って無理をしない生活を心掛けなくちゃ……)
妊娠したことへの喜びを噛みしめながら病院を後にした。しかし、家に入る直前まで胸にあったわずかな安堵や高揚感は、玄関に置かれたハイヒールを目にした瞬間、静かに消え失せたのだった。
奏多sideカランカラン。表彰式が終わると、俺はネクタイを緩めてある場所へと向かっていた。扉を開けると、備え付けの小さなベルが控えめな音を立てて俺の訪問を告げる。店主は入口へ視線を向け、穏やかな眼差しを浮かべた。「住吉さん、お久しぶりですね。どうぞ、お好きな席へ」最近は仕事に追われ、すっかり足が遠のいていた会員制バー。遥と離婚したばかりの頃、俺は毎晩のようにここへ来ては入り浸っていた。何倍飲んだか分からない。あの頃の俺にとって、この店は抑えきれない感情をやり過ごすための隠れ家に過ぎなかった。「お飲み物はどうされますか? いつもと同じウイスキーのダブルで?」数年ぶりの来訪にもかかわらず、マスターは俺の好みを正確に記憶していた。時の経過を少しも感じさせないそのプロの振る舞いに、どこか救われるような心地がする。「ああ、頼む」店の雰囲気もマスターも何も変わらないはずだ。しかし、不思議なことに、以前の記憶がぼんやりとしか覚えていない。記憶にあるのは、カウンターのテーブルとメニュー表のみ。店内の内装はしっかり見渡したの
遥side「社長、やりました!」広報担当の社員が、興奮を隠しきれない様子で息を乱し小走りでオフィスへ飛び込んできた。駆け寄ってくるその表情には、明らかな達成感が浮かんでいる。「一体、どうしたの? そんなに慌てて」「ビッグニュースです! 先方から連絡がありまして、今年度のトレンド大賞において、我が社の会計システムが最優秀賞を受賞しました! 他社にも類似製品はありますが、我が社が先駆者として市場シェアを独走している点と高い操作性が評価されたようです。来月、都内で授賞式が開催されますので、是非ご出席を、とのことでした!」その瞬間、オフィス内には社員たちの歓声が響き渡った。このシステムを開発するまでの道のりは、決して平坦ではなかった。連携作業での不具合、深夜に及ぶエラー対応など幾多の困難を乗り越えてようやく形にしたものが、こうして一般の方々にも広く使われ社会に認められたのだ。その喜びは、言葉にできないほど大きかった。授賞式当日、都内の高級ホテル。三百人を収容できる広大な宴会場は、華やかな空気に包まれていた。直人と共に会場へ足を踏み入れると、報道陣やTVカメラがひしめき合い、活気に満ちている。ノミネートされるだけでも企業として大きなステータスとなるこの賞は、今後の事業展開においても極めて重要な宣伝となる。「それにしても、すごい人ね…&helli
遥side柔らかな太陽の光が差し込む朝、目が覚めてリビングに降りると執事や家政婦たちが一斉に深々と頭を下げた。「遥様、おはようございます。そして、お誕生日おめでとうございます」「みんないつもありがとう。これからもよろしくね」食卓の席に着くと、直人と花蓮が既に起きていて私を見るなりパッと表情を輝かせて「おめでとう!」と声を合わせて祝福してくれた。「遥、誕生日は本当にディナーだけでいいのかい? 欲しいものがあったら、何でも遠慮なく言ってほしいんだ。君が喜ぶものなら、世界中から取り寄せてくるよ」「そうだよママ!せっかくの誕生日なんだからパパに甘えて欲しい物を買ってもらえばいいのに」「ありがとう。……でも、いいの。こうして二人がお祝いしてくれるだけで十分幸せだもの」私がそう言って笑うと、二人は少し呆れたような、でも愉快な眼差しで目を合わせている。結婚してから三年。奏多との息苦しい結婚生活よりも長くなったけれど、今も私と直人の関係は新婚当初と変わらなかった。花蓮もこの暮らしにすっかり馴染み、いつの間にか直人のことを『パパ』と呼ぶようになっていた。直人も花蓮の良き理解者で時には私よりも心を許して直人に相談や甘えることもある。
奏多side「佐藤、午後の会議資料はこれで問題ない。参加者に送っておいてくれ。それから、別件で来月に薔薇の手配を頼む。送り先は……」言い淀むまでもなく、秘書の佐藤は全てを察したように頷いた。「遥様のところですね。住所は存じ上げておりますので、滞りなく手配いたします」俺は深く溜め息をつき、それ以上は何も言わなかった。薔薇の花束を贈るのも、今年で三回目になる。一年目は驚きに目を丸くし、理由を尋ねてきた佐藤も、今では年間行事の一つとして何も言及せずに粛々と遂行してくれるようになった。「……あれから、もう三年か」オフィスビルから街を見下ろしながら、あの河川敷での出来事を思い出す。遥と最後に会った、あの誘拐事件の日のことだ。あの時、遥は俺に対して一点の曇りもない瞳で自らの信念を突きつけてきた。俺が過去の過ちを謝罪し、本当に愛していたのはお前だけだったと募る想いで伝えても、遥の心は微塵も揺れなかった。迷う素振りなど皆無で毅然と拒絶された。「……俺がかつて麗華をあしらい、冷たく突き放したように、今度は俺が遥に拒まれるなんてな。あの時の遥の瞳には、俺の入る隙間なんて最初から一ミリも残されていなかったな……」
Rebyu