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第532話

Author: 浮島
遥樹が眉を上げた。

「もうわかったのか?」

蒼空はぱちぱちと瞬きをした。

下薬の話題になると、遥樹の顔はまた不機嫌になる。

「そいつ知り合い?今もバーにいるのか?」

蒼空は少し考える。

「んー......知り合いと言えば知り合い。今はバーにいないよ」

遥樹の声が沈む。

「なら急がないとな」

蒼空が問う。

「何する気?」

遥樹は立ち上がり、冷たい笑みを浮かべた。

「決まってんだろ。ぶっ飛ばすんだよ。時間かけたら逃げられる」

蒼空は鼻先を掻き、小さく言う。

「放っておいて。自分で何とかするから」

遥樹は舌打ちし、肩を押して彼女をベッドに倒した。

「病人はちゃんと休め。強がるな。誰がやったか俺に教えてくれればいい」

蒼空が口を開きかけたとき、ノックの音が響く。

蒼空はそっと息をついた。

「看護師さんかな。開けて」

扉が開く。

だが入ってきたのは看護師ではなく、瑛司と瑠々だった。

蒼空の眉がわずかに動く。

遥樹は不機嫌なままドア枠に手を置き、二人の前に立つ。

「何の用?」

瑠々は柔らかく笑う。

「蒼空のお見舞いに来たの。彼女、大丈夫だった?」

遥樹は鼻で笑う。

「平気だよ。もう見たなら帰れ」

追い返す気満々。

瑠々の笑みが少し薄れ、困ったように瑛司を見る。

瑛司は遥樹とほぼ同じ目線で、深い黒い視線を蒼空に落とした。

低く名を呼ぶ。

「蒼空」

遥樹は相変わらず気怠そう。

「松木社長、ここは俺のテリトリーだ。こいつに用あっても無駄」

瑛司は冷たく一瞥し、そのまま蒼空を見据える。

遥樹はほとんど笑い出しそうだ。

「お前――」

「遥樹」

蒼空が遮った。

「入れてあげて」

遥樹は噛みしめるような声。

「蒼空?」

蒼空が目で合図する。

「外で待ってて。少し話すよ」

まるで爆発寸前の表情。

顔色が青かったり紫だったり忙しい。

それでも遥樹は出ていき、わざわざ扉まで閉めた。

病室には三人だけ。

瑠々は優しく歩み寄り、ベッドの端に腰を下ろす。

「蒼空、体は大丈夫?」

蒼空はじっと彼女を見る。澄んだ黒い瞳に、冷えた光。

静かに言った。

「あなたが薬を仕込まなかったら、私は入院することもなかったのでしょう」

雷のような言葉。

病室が一瞬で静まる。

瑠々の表情が固まる。

無理に笑った
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