Mag-log in王家の策略により、王太子の婚約者に選ばれた伯爵令嬢ベアトリーチェ。 「お気づきになりましたか、お嬢様。これは、栄誉ある縁談などではない。『金の首輪』ですよ」 愛する家族を守るため、令嬢は決意する。 ――そうだわ、わざと嫌われて、婚約破棄されればいいのよ! 歴史上の悪女を手本に「完璧な悪役令嬢」を目指すが計画は、持ち前のポンコツさとドジっぷりで、いつもあらぬ方向へ大脱線! お嬢様の奇行を、慇懃無礼に支えるのは、ミステリアスな専属執事、イヅル・キクチただ一人。 悪役を演じる不器用令嬢を、『最高のエンタメ』として愉しむ執事がおくる、予測不能な勘違いラブコメディ。 さあ、勘違い悲喜劇(バーレスク)、ここに開幕。
view more「……ふう」 シートに身を沈める。どっと、ローラントを疲労感が襲った。 御者が鞭を振るう音。再び馬車に乗り込めば、ジャンジャックが気だるげにページをめくっていた。 遠ざかる、王都。 遠ざかる、かつての栄光と罪の場所。「……終わったか」「ええ。……心残りがないとは言いませんが」「まあ、そうだろうな。心残りは、たくさんあるに越したことはない」「……そうでしょうか?」「若いうちから、心残りを消すことをするな。まだ早い」「先ほどからなんですか! 俺とジャンジャック殿、そこまで年齢が違うとは思いませんが!?」 なぜ、さほど歳の変わらない相手に、若造扱いされているのか、ローラントは不思議で仕方がなかった。 年上風を吹かせてくる男というのは、騎士には珍しくもないが、ジャンジャックの態度は妙に鼻につく。「気を遣ったつもりなのだがな。小生が知らせていなければ、見送りもいないぞ?」「それはっ! 確かに。……ありがとうございます」「素直でよろしい。先ほどより、顔つきがマシになったじゃないか」 ローラントに、勝ち目はないらしかった。どうにも分が悪い。「そう、ですね。なんというか……不思議なことに、失ったはずなのに、心が軽いです」「そうだな。ある種の人間は、心を軽くしてくれるものだ」「ある種の、人間?」「小生にとっての、ルチア。お前にとっての、ベアトリーチェ」 それは、ローラントにも否定する余地がなかった。「仮になにもかもが演技であり、勘違いや錯覚だったのだとしても……そこに抱いた感情には、偽物も本物もない」 ジャンジャックは、ページをめくる。「狂人を演じ続けられる者は、最早それは狂人であるように。同時に、お前の前で、英雄を演じきってくれるならば――その者は、お前にと
「……はぁ。結局、振り出しに戻ってしまいましたわ」 帰りの馬車の中。 わたくしは、がっくりと項垂れていた。こんなにお天気なのに、乙女心は土砂降り雨模様よ。 すると、向かいに座るイヅルが、優雅に脚を組み替えながら、涼しい顔で水を差す。「まあ。この状況での婚約解消など、殿下にとっては想定外もいいところでありましょう」「なんでよ!」 思わず、手近なクッションをぎゅっと抱きしめて抗議する。「夜会で、あんなに派手に暴れましたのよ? 複数人の殿方を侍らせて、前代未聞のスキャンダルを起こしたではありませんのよ! 普通なら、愛想を尽かされて当然ですのに……」「ええ、確かに。普通ならばそうでしょうね」「どうして、バージル殿下の頑固さが、あんな斜め上の方向に進化してしまっているのかしら? ハッ、まさか……王族って、特殊な性癖とかおありになるの???」「お嬢様。その邪推は、あまりに不名誉すぎて、不敬罪でございますよ」 そんなツッコミは一旦、無視よ。不敬罪くらいで、今さら怖がってなんかいられないわ。「はて、そこまで大暴れされても、婚約解消はしたくない。そんな男心が、ビーチェお嬢様に伝わらないのはなぜなのでしょう。……あまりに眼中になさ過ぎる?」 続く、イヅルのぼやきも、あとまわし。 わたくしは頬杖をつき、馬車の窓ガラスに映る自分の顔を睨みつけた。でも、しょぼくれてはいられないわよね。「やはり、初心に帰るべきなのよ」「初心、でございますか?」「ええ。奇策に頼らず、コツコツと積み上げるの。手始めに、中断していた『恋愛スキャンダル計画』を、継続するしかありませんわ!」 わたくしは、拳を握りしめて宣言した。 そう、こうなったら長期戦の構えっ! 悪役令嬢延長戦に突入よ!「やっぱり、ヒュプシュ卿にお願いしようかしら。あの方なら、ノリノリで協力してくれそうですもの! もう、『恋人のフリ』のプロフェッショナル
――数日後のこと。 わたくしは、バージル殿下に呼び出され、王宮の庭園を歩いていた。あら、すっかり修復されたのね。 午後の柔らかな日差しが、手入れの行き届いた白薔薇の生垣に降り注ぎ、甘やかな香りが風に乗って漂う。 砂利を踏む、ザッ、ザッという足音が心地よい。「……此度の件、改めて礼を言う」 足を止めた殿下は、わたくしに向き直ると、黄金の頭を下げた。 公式記録に、記されてならない。王族が頭を下げる行為。飾らない礼。「そなたがいなければ……私は、友を失い、国を失っていたかもしれない」「頭をお上げください、殿下。わたくしは、自分のしたいことをしただけですわ」「その上、ローラントへの見送りまでも、果たしてくれたな。私の分までも」「……きっと、ローラント殿には届いていますわよ。殿下のお気持ちは」 イヅルへの侮辱は、まだ許せないけれど。 でも、あの夜、傷つきながらも、まっすぐにローラント殿にぶつかっていったお姿。 悔しいけれど……正直、感動したの。(だからこそ、わたくしは……腹を割って話そうと思いますの) パチン。扇を閉じ、わたくしは殿下の瞳を見つめ返した。「わたくし、今回のことで殿下を見直しましたわ」「……そうか? ……そうかっ!!」「だから、殿下。もし、やり直せるなら……また一から、始めたいと思っております」 わたくしは、正直な気持ちを伝える。「――わたくしたち、やり直しませんこと?」 すると、バージル殿下は、パァァァッ!と、見たこともないような明るい表情になった。 年相応の少年のお顔で、無防備に手を取り、強く握りしめてくる。「ベアトリーチェっ! やはり、そなたもそう思ってくれていたか! 私も同じ気持ちだっ!」「まあっ
王都を出る城門で、馬車が止まる。「……フム。どうやら、お見送りのようだぞ」 ジャンジャックの視線先。城門の脇、二つの人影。 燃えるような赤髪の令嬢と、影のように付き従う黒衣の執事。 ローラントは馬車を降り、不自由な身体で深く頭を下げた。「ベアトリーチェ様、なんと言えばよいのか。……その、わざわざ、お見送りに?」「ごきげんよう、ローラント殿。もちろんよ。お加減はいかがかしら?」 ベアトリーチェは、ローラントの包帯だらけの姿を見て、一瞬痛ましげに瞳を揺らした。 が、すぐに、いつもの勝気な笑顔を作っては、扇を広げる。「おかげさまで。命だけは、拾いました」「そう? まだ、もっと色々残っていると思うけれど」 言われても、ローラントにはこの身に何が残っているか、思いつかない。 言葉に困り、助けを求めようにも、隣に立つイヅル・キクチは、相変わらず何を考えているか読めない。涼やかな微笑。「本当は、バージル殿下も来たがっていたけれど、お立場が許さないって。それに、他にも来たがっていた人はいたのだけれど……大々的には出来ないから。だから、わたくしだけで来たわ」「そう、でしたか」「寂しい見送りでごめんなさいね。でも、殿下ったら、歯を食いしばって、目も真っ赤。泣く寸前になっていましたわよ?」「……あまり、民衆に見せてはいけなさそうな姿ですね」「でしょう? だから、かえって良かったかもしれないわ」 ローラントは、想像して目を伏せる。(もし、会えていたら。……俺は、ここから離れがたくなってしまっただろうな) すると、「あっ!」とベアトリーチェが声を上げた。「それより約束、でしたわよね。これ、受け取ってくださる?」 差し出されたのは、一枚のハンカチ。 上質な絹の布地。その隅に繊細ながらも、力強い糸運びで、刺繍が施されている。
憤慨していると、イヅルは意地悪に口端を吊り上げて、ニュースペーパーを取り上げる。「――それはまさに、ベアトリーチェ伯爵令嬢が悪漢の手に落ちんとする、刹那。颯爽と現れたバージル殿下は、手勢の騎士団を率いて、賊を一網打尽にしたのであるっ」「や・め・な・さ・い! もう、わたくしの周りにいる大人って、本当に嘘つきばっかりっ! キーッ! どうして、誰も彼も正直に生きられないの!?」 本当、うんざりよ。すぐに、その気取った朗読を制した。 陰謀を打ち破った、騎士団を率いる若き王太子。 ささやかながらも、勝利に貢献したのは、またもや勇
「でね、ベアトリーチェ様ー! 聞いてくださいよー! 今日の歴史学の講義でですね、先生が!」 それから、何日経っても……変わらない。 すっかり友達だと言う顔をして。今日も、わたくしの隣に座ると、楽しそうにおしゃべりを始めるルチア。「へえ、それで?」「それでですね! ツェツィちゃんが、うとうと……なんと居眠りしてて! 先生にはバレなかったけど、指摘したらすっごく可愛い顔で、むくれてたんですよ!」 口から語られるのは、宰相令嬢ツェツィーリア様の、可愛らしい日常。本当に
小さな背中が、わたくしの前にすくっと立つ。小柄な少女が、向き合う姿は。男たちの失笑を買った。「ククク、世間知らずのガキが。お前が魔術を構築するより、俺の刃が、喉を掻っ切るのが先だぜ」 男は刃の切っ先をちらつかせ、一気に踏み込んだ。危ないっ?!「ええ、でしょうね。だから――」 ひゅん。軽やかに、飛ぶ。「ぐぅうっ!?」 膝。そう、しなやかな膝が、男の鼻っ柱にめり込んでいた。 瞬発的に飛びあがったルチアは、鮮やかな飛び膝蹴りを叩きこみ。「――魔術構築なんて、しませんよ」
シャーデフロイ家の、禍々しい『翼ある蛇』と『ジェンシャン』の封蝋。 私は破り捨てるように封を切り、中身に目を通す。目に入る、走り書きされた、乱れた文字。--- 火急ゆえ、失礼には御海容を。 宮廷内の誰が『敵』に内通しているか分からぬ、この状況下。 されど、シュタウフェンの若獅子たる殿下の双眸だけは、曇りなきものと信じ、筆を執っておりまする。 己が力不足を認め、恥を忍んでどうか何卒。我が至宝、ベアトリーチェをお救いするため、力をお貸しいただきたい。 一人の父親として、ただただ娘の身を案じており
Rebyu