ポンコツ悪役令嬢の観察記録 ~腹黒執事は、最高のショーを所望する~

ポンコツ悪役令嬢の観察記録 ~腹黒執事は、最高のショーを所望する~

last updateآخر تحديث : 2026-01-18
بواسطة:  裃 左右(かみしも そう)مكتمل
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 王家の策略により、王太子の婚約者に選ばれた伯爵令嬢ベアトリーチェ。 「お気づきになりましたか、お嬢様。これは、栄誉ある縁談などではない。『金の首輪』ですよ」  愛する家族を守るため、令嬢は決意する。  ――そうだわ、わざと嫌われて、婚約破棄されればいいのよ!  歴史上の悪女を手本に「完璧な悪役令嬢」を目指すが計画は、持ち前のポンコツさとドジっぷりで、いつもあらぬ方向へ大脱線!  お嬢様の奇行を、慇懃無礼に支えるのは、ミステリアスな専属執事、イヅル・キクチただ一人。  悪役を演じる不器用令嬢を、『最高のエンタメ』として愉しむ執事がおくる、予測不能な勘違いラブコメディ。  さあ、勘違い悲喜劇(バーレスク)、ここに開幕。

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الفصل الأول

第1話 プロローグ ~ 開幕までのいきさつ

 この世がすべてひとつの舞台だとして、男も女もみな役者に過ぎぬとしても。

 そう。わたくし、ベアトリーチェ・ファン・シャーデフロイの人生は、豪華絢爛かつ、研鑽と叡智に満ちたものでありましたとも。

 社交界の華、才色兼備の煌めき。望むものはすべて手に入れ、退屈な殿方からの恋文は暖炉の焚き付けに。

 まるで不満はなかったの、何ひとつ!

 そんな華々しい人生が、ガラガラと安っぽい音をたてて崩れたのは、十六歳の誕生日を間近に控えた、ある晴れた日の午後だったのですわ。

「あら、なんて良い香り。この紅茶、とても美味しいですわね、パパ」

「そうだろう? ようやく届いた特別な茶葉なんだ」

 わたくしの言葉に、父は得意げに笑う。本当に素敵。

 でも、ちょっとだけ嫌な予感がしたのです。

 父は良い話だと、なにかとフライングしがちな迂闊さがあるのだけれど、それともなんだか違うような、妙な気分。

「それで、お話というのは何ですの? そんなに改まって」

 そう、忘れもしない。

 我がシャーデフロイ伯爵家が誇る薔薇の庭園。伝統ある深紅の品種『グラン・アムール』から、改良を重ね生み出された幻の青薔薇『レーヴ・ドゥ・ニュイ』まで。

 多種多様な花々が競い合う。さながら芳香の舞踏会。

 そんな白亜のガゼボからの眺めは、いつだってわたくしのお気に入り。

 父であるウェルギリ伯爵が、極上のダージリンを勧めながら、爆弾を投下するまでは。まあ、本当に悪くないお茶会でしたのよ。

「ビーチェ、王太子バージル殿下との婚約が、内々に決まった」

「――は?」

 ガチャン。ティーカップを、危うく割るところでしたわ。

 王太子殿下との婚約。

 この国における、女性にとっての最高の名誉。いずれ国母となる、栄光への階梯。心臓が、期待に、大きく跳ねる。

 もちろん、わたくしにこそ相応しい立場ですとも!

「まあ、お父様っ! わたくしが殿下と!?」

「いかにも。王たっての願いだ、光栄なことだよ」

 ええ、当然よね。だって、わたくしですもの。

 でも、そんな喜びも束の間よ、すぐに冷静になったの。“麗しの”バージル殿下のお顔が浮かんだ途端にね。

(えっ、でも|アレ《・・》と結婚するの!?)

 まず、顔は良い。そこは認めますわ。

 陽光を溶かし紡いだ金髪、|湖の青《レイクブルー》を閉じ込めた碧眼。肌は磨き上げられた象牙細工のよう。そうね、お顔だけは国宝級。

 で・す・が! 冗談ひとつ通じない、あの性格!

 アカデミーでは「歩く氷点下」「笑わずの王子」「アイスマン」とまで呼ばれている、あの堅物中の堅物!

 父と一緒になって、古代の詩集に涙する(強面の癖に、父は乙女チックな詩が大好きなの)、わたくしとは、水と油どころか雪とマグマのように相容れないわ!

「つまり、あの仏頂面と毎日顔を合わせるということですの!? 絶対に、ずぇ~ったいに無理ですわ!」

「お、おいビーチェ。さすがに不敬が過ぎるぞ!」

 思わずほとばしった絶叫は、本心そのもの。

 いえ、国母になるのは全然やぶさかではないのですけれど、無理なものは無理でしょう。

「そうはいうが、民からの人気は絶大だぞ。公明正大、文武両道、立ち振る舞いも覇気があると評判だ」

「あのね、パパ! 国中の民にスマイルサービスできても、肝心のわたくしに、愛想一つも向けられないのが問題なのよ!」

「う、む。妻になれば……まあ、その、なんだ。態度も違うかもしれんではないか」

 百戦錬磨の策略家として名高い父が、どこか苦渋に満ちた顔を逸らす。

 なにか胡散臭い態度。

 ええ、でも、立場上、拒否権などないことくらいは、理解する分別はありましたのよ。この時は、まだ、ね。

***

 後日、婚約の発表を前に、我が家でセッティングされたお茶会。

 甘い雰囲気を期待したわけではないけど、悪夢以外の何物でもなかったわ。

 お茶を淹れるのは、わたくしの専属執事――イヅル・キクチ。

 音もなくシルバーポットから注ぐ、最高級の茶葉の香り。

 パティシエが腕によりをかけた季節のフルーツタルトの、宝石のような煌めき。

 こんなにも雅なもてなしなのに、主役である王子は、石像みたいに硬い表情。

「ベアトリーチェ嬢、か」

 値踏みするような第一声。

 わたくしは、反射的に背筋を伸ばし。淑女の笑みを披露しましたわ。

「はい、殿下。本日は御来訪いただきまして、心より感謝いたしますわ」

「かのシャーデフロイ家の娘と聞いて、どんな腹黒い女狐かと身構えていたが」

「は?」

 今、この方はなんとおっしゃった。女狐?

「どうやら、存外、普通の令嬢のようだな」

 侮辱。

 ええ、他に解釈もしようがないほどの侮辱。

 浮かべた笑顔が、微動だにしなかったのは、長年の淑女教育の賜物よ。

(普通ですって? 数多の令息たちから熱烈な恋文を受けた、この社交界の華、ベアトリーチェ・ファン・シャーデフロイを捕まえて、ふ、普通っ!?)

 バージル殿下は、渦巻く憤りなど露知らず。紅茶を含むと、心底興味なさそうに続けた。

「まあ、いい。これは王家と伯爵家における、政治的決定だ。余計な期待はせぬようにな。よろしいか?」

 それは恋も愛も、一欠けらも婚約に存在しないという宣告。

(せめてっ! 今日のために新調した、この水仙色のドレスを褒めなさいよ! あなたの瞳に合わせて選んだ、わたくしの気遣いがわからないの!? この馬鹿王子っ!)

 許されるなら、すぐさま紅茶を、鑑賞用のお顔にぶっかけてやりたかったわ!

 でも、扇で口元を隠しながら「はい、畏まりました」と頷くのが精一杯。

 そこに、専属執事イヅルが割って入る。銀縁眼鏡がきらりと光った。

「殿下。茶のお代わりは、いかがでございましょうか」

「……もらおうか、味は悪くない」

「ありがたき幸せにございます」

 空になったカップに紅茶をとくとく注ぐ、イヅル。レンズ奥、黒曜石の眼差しからは何の感情も読みとれない。

「聞いた記憶はある。シャーデフロイ家に、辺境島国から来た一族が仕えていると。……イヅル、と言ったか。確かに、我らとは違う毛色をしているな」

 バージル殿下は矛先を、今度はイヅルに向けた。

「はい。殿下のお目に留まり、光栄の至りに存じます」

「まさか、祖国から追放された身の上か? 流刑された犯罪者の末裔ではあるまいな?」

「いえいえ、滅相もございません。およそ百年前のこと。我らは、お仕えする主君を求め、故郷の島国を旅立ったのでございます」

「ほう。そこで見つけたのが、翼を持つ毒牙と|ジェンシャン《リンドウ》を冠する、この『|業深き骸山の館《シャーデフロイ》』だと?」

「仰る通りでございます。我らにとっては、まさに僥倖だったのでしょう」

 イヅルは当たり障りのない答えで、さらりと侮辱を受け流す。

(この馬鹿王子。……わたくしの執事を犯罪者の末裔呼ばわりしたわね!?)

 ああ、もうっ! まったく勝手なことばかり。

 この婚約、どうしてこんなことになってしまったの!

 ……けれど、なぜかしら。

 イヅルの声に、ほんの微か。ショーを観劇している時のような、愉悦の響きが含まれているように、聞こえた気がしたの。

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裕美
裕美
この執事、有能なのか、曲者なのか、あるいは•••
2026-01-17 16:52:03
0
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アップル
アップル
素敵な作品を、楽しく読ませていただきました。
2025-10-05 21:49:44
1
0
裕美
裕美
執事くんが天然?お嬢様に翻弄される物語です♪
2025-10-04 17:36:09
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0
111 فصول
第1話 プロローグ ~ 開幕までのいきさつ
 この世がすべてひとつの舞台だとして、男も女もみな役者に過ぎぬとしても。 そう。わたくし、ベアトリーチェ・ファン・シャーデフロイの人生は、豪華絢爛かつ、研鑽と叡智に満ちたものでありましたとも。  社交界の華、才色兼備の煌めき。望むものはすべて手に入れ、退屈な殿方からの恋文は暖炉の焚き付けに。  まるで不満はなかったの、何ひとつ! そんな華々しい人生が、ガラガラと安っぽい音をたてて崩れたのは、十六歳の誕生日を間近に控えた、ある晴れた日の午後だったのですわ。「あら、なんて良い香り。この紅茶、とても美味しいですわね、パパ」 「そうだろう? ようやく届いた特別な茶葉なんだ」 わたくしの言葉に、父は得意げに笑う。本当に素敵。  でも、ちょっとだけ嫌な予感がしたのです。  父は良い話だと、なにかとフライングしがちな迂闊さがあるのだけれど、それともなんだか違うような、妙な気分。「それで、お話というのは何ですの? そんなに改まって」 そう、忘れもしない。  我がシャーデフロイ伯爵家が誇る薔薇の庭園。伝統ある深紅の品種『グラン・アムール』から、改良を重ね生み出された幻の青薔薇『レーヴ・ドゥ・ニュイ』まで。  多種多様な花々が競い合う。さながら芳香の舞踏会。  そんな白亜のガゼボからの眺めは、いつだってわたくしのお気に入り。  父であるウェルギリ伯爵が、極上のダージリンを勧めながら、爆弾を投下するまでは。まあ、本当に悪くないお茶会でしたのよ。「ビーチェ、王太子バージル殿下との婚約が、内々に決まった」 「――は?」 ガチャン。ティーカップを、危うく割るところでしたわ。    王太子殿下との婚約。  この国における、女性にとっての最高の名誉。いずれ国母となる、栄光への階梯。心臓が、期待に、大きく跳ねる。  もちろん、わたくしにこそ相応しい立場ですとも!「まあ、お父様っ! わたくしが殿下と!?」 「いかにも。王たっての願いだ、光栄なことだよ」 ええ、当然よね。だって、わたくしですもの。  でも、そんな喜びも束の間よ、すぐに冷静になったの。“麗しの”バージル殿下のお顔が浮かんだ途端にね。(えっ、でも|アレ《・・》と結婚するの!?) まず、顔は良い。そこは認めますわ。  陽光を溶かし紡いだ金髪、|湖の青《レイクブルー》を閉じ込めた碧眼。肌
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第2話 悪役令嬢の産声(前半)
 翌朝は、本当に最悪の目覚め。  カーテンを開けに来たイヅルの微笑みは、いつもと変わらないけれど。「ねえ、イヅル……昨日のことなのだけれど――」 「ああ、おいたわしや、ビーチェお嬢様。よもや、バージル殿下が、あのように心無い御方だとは……このイヅル、胸が張り裂けそうな想いでございます」 芝居がかった台詞回しは、夢ではなかったことの、残酷な証明だった。  本当に、この専属執事は。仰々しいわりに、心がこもっていないのよね。 婚約が正式に発表されると、王立アカデミーの空気は一変。  肌をちりちり焼く嫉妬や羨望の視線は、予想していた。それならまだよかったのに。 ――けれど現実はもっと陰湿で、まき散らされたガラス片みたく厄介。どこを歩いても、心を傷つける。 まず、アカデミー内が、二つの色にくっきりと塗り分けられた。  片や、我がシャーデフロイ家に連なる、伝統と格式を重んじる貴族たち。旧家の令嬢たちがドレスを揺らす。「まあ、ごきげんよう。ベアトリーチェ様。この度は、まことに……」 「ええ……ごきげんよう。みなさん」 でも、令嬢たちの瞳には、この先の嵐に巻き込まれまいとする慎重さと、ある種の憐憫がありありと浮かんでいたわ。 そして、もう一方。飛ぶ鳥を落とす勢いのシューベルト宰相家に連なる派閥。主に、新興の家柄や、海を越えた商取引で財を成した外資系の貴族たちね。 派閥の中心で、女王蜂のように君臨するのが、宰相の娘ツェツィーリア・ファン・シューベルト。  これ見よがしに高笑いを響かせ、挑戦的な視線を「ふふん」と送って来る。 すぐ後ろにいた取り巻きの令嬢らは、わたくしと目が合うと、気まずそうに目を逸らした。 (つい先日までは、みんなお友だちでしたのに……) わたくしは、望んでもいないのに、『シャーデフロイ派』などという派閥の象徴、張り子の|女王《クイーン》に仕立て上げられてしまったの。 教室も、サロンも、図書館さえも。  チェスの盤上のように、見えない境界線で区切られてしまった。笑顔で牽制、隠された棘を探る、|冷たい戦争《コールド・ウォー》の最前線。「穏やかに過ごせていたはずでしたのに。……なんと、息が詰まるのでしょう」 きっかけは明白、バージル殿下との婚約。  でも、まだ望みを捨てたわけではなかったの。バージル殿下次第では、なんとかでき
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第3話 悪役令嬢の産声(後半)
 ――その夜。  自室で、答えの出ない問いに苛まれ、途方に暮れているわたくし。「うう、ひっく。わけが、わかりませんわ……」 |繻子《サテン》の枕に顔を埋め、声を押し殺し泣く。こんな惨めな姿、誰にも見られたくはない。「お嬢様、いつまでメソメソとなさっておいでで?」 けれど、この屋敷には、わたくしの都合などお構いなしの使用人がいる。  音もなく入室してきた、専属執事イヅル。同情も慰めもない、さらさらとした砂の声で尋ねて来た。「か、勝手に部屋に入って来るなんて、どういうつもりなのよ!」 「あまりお心が休まっておられないようでしたので。安眠を誘うハーブティーを、お持ちしたまででございます。ほれ、この通り」 差し出す銀盆には、わたくしが好きなカモミールティーの優しい湯気が薫る。湯気が薫る。でも、苛立ちは止まない。「あなたには、わからないでしょうねっ!」 思わず、枕を投げつける。もちろん、イヅルは柳に風と、身体を少し傾けるだけで涼やかにかわしてみせたけれど。「このっ! わたくしの気持ちなんて、あなたなんかに、わかりっこないんですからっ!」 「そうですか。では、このカモミールティーはご不要で?」 「それはっ! ……いるけどっ!」 ぬいぐるみとかを手当たり次第、投げつけてみたけど疲れるだけだった。肩で息をする間に、セッティングを整えるイヅル。「もうっ! 本当にあなたって勝手なんだから! 頼んでもいないことばかりして!」 「主人に命じられてから動くようでは、二流でございます。それよりも、お嬢様。泣いても、状況は何も改善されませんよ。涙の無駄遣いでは?」 「そんなこと、わかってるわよ!」 「でしたら、何故お泣きに?」 「それはっ! だってっ! 婚約が決まったのに、誰も祝福してくれないし! 婚約者は冷たいし、アカデミーは居心地悪いし、ツェツィーリア様は嫌味を言ってくるしっ!」 その上、ルチア嬢の方が、バージル殿下とずっと親しげだった。  もう、まるで世界中から「お前は邪魔者だ」と、指を差されている気分なのよ!「なるほど。つまり――お嬢様はなぜそのような状況に陥っているのか、まるでご理解されていない、と」 「なっ!?」 イヅルは、にっこりと微笑んだ。面白い玩具を見つけたみたいに。  カッチーン! どうしてこうもまあ、うちの執事は頭にくる言
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第4話 華麗な企みは基礎研究から
「――まず、わたくしの目的は『穏便な婚約破棄』ですわ」 月明かり差し込む、夜の自室。 絨毯には、イヅルが集めてきた悪女・毒婦に関する書物が、戦利品のように積み上げられていた。 歴史書から、大衆向けのけばけばしいゴシップ小説まで、なかなかに壮観な眺めね。「はあ、穏便ですか」 ため息交じりに、イヅルが顎先をさする。あ、さてはわたくしを信じてないな?「ところで、ビーチェお嬢様。これらの集めた書籍には、いったいどのような意味が?」「参考書よ、参考書! 何事も基礎研究が大切なのよ、基礎が。わかる?」「……お嬢様の尽きることなき探究心は、素晴らしい長所でございますね」「ふふん、そうでしょ?」 たまに、素直に褒めてくれるわね。我が専属執事は。生暖かい目に感じるのは、きっと気のせいよね。 わたくしは、ぼんやりとした魔力灯を頼りに、羽ペンを走らせる。びっしりと書き込まれた|反撃計画《プラン》。 それをイヅルに、意気揚々とプレゼンテーションしたの。「王家に“ビーチェでは到底、王太子妃は務まらない”と心の底から絶望させ、あちらから婚約破棄を申し出させる。これが最も穏便で、理想的な結末ですわ」「ふむ。面白いアプローチですが、両派閥を争わせたい王家が、そう易々とお嬢様を手放すでしょうか」「だからこそ、継続不可能なほどのスキャンダルを捏造するのよ! 品行方正を重んじる王家が眉をひそめるような、ね。奔放で、制御不能な女だと誤解させればいい! 爛れ乱れる不良娘とかね、手段はいくらでもあるわ!」 「制御不能なのは元々では? で、さらに爛れ乱れる、と。なるほど」という心ない声が返ってくるけど、無視よ、無視!「標的にしたいのは、もちろんバージル殿下ご本人。けれど、あの方はすでにわたくしを『シャーデフロイ家の腹黒い女』という色眼鏡で見ていらっしゃるわ」「はい。言ってしまえば、ビーチェお嬢様への印象どうこうよりも、我が家の評判の問題でしたね」「そうなのよねえ。……お父
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第5話 悪役令嬢デビュー果たします!
 三日後の昼休み。 アカデミーの中庭は、芝生の緑と生徒たちの楽しげな談笑で満ち溢れていた。色とりどりのドレスが、まるで蝶のように舞っている。 生まれ変わったわたくしは、漆黒のベルベットリボンでポニーテールを結び、背筋をまっすぐに伸ばして歩く。(ふふん、見てなさい。やられっぱなしじゃないのよ、このベアトリーチェは!) そこにひそりと、専属執事イヅルが鼓膜を撫でるように囁いた。「あまり気負われますと、足元を掬われますよ。マイレディ」「ひあっ!? いきなり、そんな声出さないでっ!」 抗議すれば、イヅルが「これは失敬」と、愉しげに一歩下がる。心臓が飛び跳ねたわよ! 我が執事ながら、本当にイイ声してるじゃないのよっ! でも、そうよ。まだ目立ってはいけないのだったわ。 わたくしは標的がテラス席につくのを、柱の陰からじっとハンターのように息を殺し待ち伏せた。 ――来たわ! 令嬢たちに囲まれながらも、どこか退屈そうにお茶を啜るバージル殿下。 その隣で忠実に控える騎士ローラント殿。そして、招き入れられ恐縮する、本日の主役、聖域の乙女ルチア嬢! にやり、完璧な布陣ですわ!「で、お嬢様。ブツのご準備はよろしいので?」「ブツって言わないでちょうだい!」 イヅルが差し出したのは、一見するとただの高級そうなインク瓶。 しかし中身は、シャーデフロイ家に伝わる特殊なインク。 一度染み付けば、どんな優れた染み抜き師でも、決して落とすことのできない代物よ。「そう! 我が家の秘伝なる染み抜き液でも使わない限り、未来永劫ね!」「ところで。あまりに用途が限定的すぎるのですが、一体どのような経緯でこのようなインクが開発されたので?」「ふふふ、動きのシミュレーションは完璧よ。ああ、わたくし、己の才能が恐ろしいわっ!」「どうやら、聞いてはいらっしゃらないご様子で」 おさらいね、まず作戦はこうよ!【作戦概要】1. わたくしは偶然を装い、殿下たちのテーブルの側を通り
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第6話 踊れ踊れ、黒鷲と獅子(前半)
 バージル殿下の、地響きのような怒号。 それが、フリーズしていた中庭の時間を動かす合図だった。「答えろ、ベアトリーチェ嬢ッ。場合によってはただでは済まさんぞッ!」 ひぃっ、と喉が引きつる。 全身の血という血が、サーッと引いていく感覚。 断頭台っ! 勘当っ! 国外追放っ! いえ、シャーデフロイ家お取り潰し?! あらゆる最悪の未来が駆け巡る。「このような……扱いを受けたのは、生まれて初めてだ」 バージル殿下は、己の胸元を汚す醜い染みを、信じられないばかりにと見下ろしている。 王家の象徴たる黄金の獅子が、暗黒に塗りつぶされていた。 怒りに混じる驚愕は、裏切りにあったかのよう。その反応がかえって、わたくしの罪悪感を煽る。(ど、ど、どうしましょう!? 謝罪ですわ、まずは謝罪! でも、どんな顔で!? どんな言葉で!?『わざとじゃないんです、本当は隣の女の子を狙ってました』って?! とても言えるわけないじゃない、そんなのっ! あああ、もう! わたくしの人生、ジ・エンドですわーーっ!) もはやパニック。口から泡を吹いて倒れてしまってもおかしくない、そんな極限状態。 そこに、スッと黒い影が割り込む。わたくしを庇うように。「これはこれは、王太子殿下には大変なご無礼を」 わたくしの専属執事、イヅル・キクチ。  いつの間に移動したのか。 そこだけ時間の流れが違うみたいに、周囲の混乱など意にも介さず、優雅に、ゆったりと恭しく一礼。陽光を反射して、眼鏡の銀縁がキラリ。「我らがお嬢様は、見ての通り少々お転婆が過ぎますので。皆様の前で、なんともお恥ずかしい限り」 そして、イヅルは懐から見せつけながら取り出す。装飾が施されたガラス小瓶。 先日、書斎で見かけた、例のシャーデフロイ家特製――染み抜き液だった。(え、なぜ、あなたがそれを持ってるの?) そのまま小瓶を、硬直している護衛騎士ローラント殿へと、旧知の友人に向けるように、にこやかに差し出した。
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第7話 踊れ踊れ、黒鷲と獅子(後半)
 そこに騒ぎに駆けつけたツェツィーリア様が、顔を真っ赤にして叫ぶ。「な、なんですって!? ふざけたことを! 我がシューベルト家への、許されざる侮辱ですわ!」「おや、ツェツィーリア様。実に、そう。じ・つ・に! タイミングの良いことで。わたくしめは、ただ市井の噂を申し上げたまでですが……何か、お気に障りましたか?」「あなた、自分の立場が分かってるのかしら!」「これはあくまで、独り言ではございますが。聞いたところによれば、ここ最近の身辺警備を担っている者たちは、侯爵家と所縁がある者も増えているとか? さすがは、栄えあるシューベルト家でございます」「うっ……それは。そう、なの、かしら???」 ツェツィーリア嬢も、知らぬことを切り出されて混乱している。真に受けて、「そうなのか」と互いに、顔を見合わせる貴族の子息令嬢たち。 護衛の騎士達は怪訝そうにしてるけれど、確かに数名は、バツが悪そうに顔を伏せていた。「おやおや、だとしたら。たかが娘一人の『うっかり』を止められぬほどの警備体制になったのは、なぜでございましょうか? 何かよほど深い理由がおありなのかもしれませんねえ」 公然の場でここまで言われてしまえば、警備責任者は原因を究明せざるをえない。 確かに、アカデミー内での警備に、弛みがあったのは事実。 そして、指摘にあった通り、調べさえすれば、宰相家の息がかかった者など、周辺にいくらでも出てくるに違いない。(いえ、でも。実際、シューベルト宰相家はなにもしてないですわよね? すべてはわたくしの、ドジのせいなのに!?) イヅルはわたくしを一瞥もせず、再び王子と騎士たちに向き直る。とどめを刺すように、この上なく挑発的に告げた。「おや、ローラント殿。染み抜き液、急ぎお使いになりませんか? 我が家の特製インクは、“それ”でなければ、永久に消せませぬ故。――それとも、大鷲の威光を恐れて、獅子への忠義を示す事もままなりませんか?」 警備の穴を突くというパフォーマンスは、成功の確信があったからこそ。今なら
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第8話 王はカードを、子は正気を語る
 あの一件。 後に、王立アカデミーの歴史に『インクテロ事件』と記されることになる(非常に不本意ですわ!)大騒動の翌日。 当然ながら、王宮は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。「――つまり、これは一体、どういう類の茶番なのだ?」 シュタウフェン王朝の現国王は、深く皺の刻まれたこめかみを、指でさすった。呆れと、ほんのすこし、面白がる響きを乗せて。 王の執務室にある机上は、さながら三竦みの戦場と化していた。 王太子バージルからの、若さゆえの怒りに満ちた緊急報告書。 宰相シューベルト侯爵からの、血すら滲もうかというほどの筆圧が強い激烈な抗議文。 そして、シャーデフロイ伯爵から届けられた“お見舞い”と称する、極めて丁寧かつ、慇懃無礼な書簡。 三者三様の文書が、事件の複雑怪奇さを物語る。「報告書の通りです、父上」 父王の前に立つのは、いまだ悔しさと屈辱に強張らせるバージルだった。 一睡もできなかったのか、目元は痛々しいほどに赤い。「あの女。……ベアトリーチェ嬢が、公衆の面前で私にインクを浴びせかけ、事実無根の言いがかりでシューベルト侯爵家を貶めたのです。断じて許されることでは――」「だが、事実無根とやらを、誰が証明できる? 警護に、致命的な隙があったのも事実であろうが」「それはっ! しかし、あれは明らかに意図的な嫌がらせでっ!」「そうだとして、だ。シャーデフロイの令嬢に何の利がある? 国母となる栄誉を目前にした娘が、わざわざお前にインクをぶちまけて、どんな得があると申すのだ」 剃刀の如き問いに、バージルは言葉を詰まらせる。「それは……私には考えられません。あれは言ってしまえば、狂人の行い。そう、正気の沙汰とは思えません」「そうか? わしには、そうは思えんがな」 国王は、シャーデフロイ伯爵からの手紙。 その封蝋を小指の爪でカリ、と弾いた。翼を持つ毒蛇と|ジェンシャン《リンドウ》の花。「『この度の件
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第9話 毒蛇パパは激おこぷんぷん(前半)
 その頃、シャーデフロイ伯爵邸の書斎は、凍てつくような静寂に支配されていた。 普段ならお気に入りの茶葉と、父の愛する葉巻の香りが満ちているはずのなのに。今や氷河期のよう。 「――それで? この惨状を、一体どう説明してくれるのかね? 我が愛しのビーチェ。そして“誰より有能な”執事殿」 地を這うような声で、空気が震えた。 マホガニーの机向こうに座る父、ウェルギリ・ファン・シャーデフロイ伯爵は、普段の親バカな顔を封印。 恐るべき毒蛇としての顔で、わたくしたちを見据えていた。 こうなったら、もう、言い訳よ! とにかく、必死に! 頭、フル回転!「そ、その、パパ。これは……ええと、不慮の事故と申しますか」 でも、絞り出せた言葉はこんなもの。わたくしったら根が正直だから!「なるほど。事故で王太子にインクをぶっかけ、宰相家に宣戦布告まがいの挑発をし、アカデミーを巻き込む大騒動になる、と? ベアトリーチェ、お前は私のことを、それで納得するほど耄碌した父親だと思っているのかね?」 ひぃっ! め、目が笑ってないっ! 全然笑ってない! でも、こっちにだって、言い分があるもんっ!「パパだって! この縁談にひどい裏があるなんて言わなかったじゃない! わたくしを売ったわね、この裏切り者! ママに言いつけてやるんだからっ!」 わたくしが半ばヤケクソで叫ぶと、毒蛇の仮面に、ピシリ、と亀裂が入った。 そうよ、忘れてはいけないわ。この家における最終兵器にして、絶対的な女王……それは何を隠そう、愛しのママなのだ! よし、効果は抜群だわ!「ま、ママは……この件には関係ないだろう」「関係なくないですわ! 愛する一人娘を、政争の生贄に差し出したなんて知ったら、ママは悲しみのあまり三日三晩寝込んで、パパとは一ヶ月は口をきいてくれなくなりますわよ! なんならもうっ、お気に入りの別荘に引きこもって、帰ってこなくなるかも!」「ぐっ。そ、それは、非常に困
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第10話 毒蛇パパは激おこぷんぷん(後半)
「で、だ。……イヅル」 父の鋭い視線が、わたくしの後ろに控える影へと移る。 イヅルは、今まで気配すら消していたのが嘘のように、するりと一歩前に進み出て、片膝をついて跪く。「は、ここに」「この、常軌を逸した場当たり的な奇策は、どう考えてもお前の入れ知恵だろう。違うか?」 え。うーん、作戦自体は、わたくしの独断だってば。 『麗しの白百合に、消えぬ染みを』作戦。特に名前が、すごく気に入ってるの。「いいえ。すべては、ベアトリーチェお嬢様の類稀なるご慧眼と、千変万化のアドリブ力によるものでございます。わたくしめはただ、お嬢様がお怪我をなさらぬよう、影として付き従っていたに過ぎません」「ほほう?」「お嬢様は、我らキクチに伝わる謀略論の基礎を、すでにご自身のものとされ。あの場で瞬時に応用されたのです。このイヅル、感服の念に堪えません。まさに『翼ある蛇』の血統、末恐ろしい御方にございます」 なんですって!? 事実と、嘘と、お世辞をミルフィーユみたいに重ねて、最終的にとんでもないものをお出ししてませんこと、この執事っ!?「ちょっ、待ちなさい。イヅル、明らかに致命的な脚色が――」 わたくしが口を挟むより早く、おもむろに眼鏡を外し、目頭を押さえるフリまでした。なんて白々しい!「何たるご成長の早さかっ! この私めを、赤子の如く手玉に取り、駒として自在にお使いになられる器量! ああ、生涯をかけてお仕えする主君を得た喜びで、胸がいっぱいでございます!」 あまりに大仰な賛辞が、厳粛な書斎に響き渡った。 絶対、涙なんか一滴も出てないでしょうがっ! しかし、パパは娘に甘い。そして、思い込みも激しい。 イヅルの大仰な賛辞を聞いて驚き。やがて、瞳の色がじわじわと感動へ変わっていく。「な、なんと!? そうか、我がビーチェは、すでにそこまでの高みに。くっ! 何も見えていなかったのは、父親である私だったというのかっ!」 パパの目に、うっすらと光るものが。大きな手が、わたくしの両肩をがっしりと掴
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